創作小説屋

創作小説連載中。BL・R18あるのでご注意を。

永遠の約束の果て(5/5)

2009年11月22日 22時00分00秒 | 永遠の約束の果て(一部R18)
 水色の空を真横に見ながら、ウォークマンを胸に抱き、再生ボタンを押した。
『あの夏の約束をおぼえてるだろう』
 切ないギターのイントロのあとジェイクのやわらかい歌声がはじまった。
 美音子さんは、どういう気持ちで息子に名前をつけたのだろう。どういう気持ちで息子の名前を呼んでいるのだろう。
『愛してる。ただそれだけを伝えたい』
 愛してるから? そうなの? 美音子さん。ジェイクへの愛を昇華した上で今の幸せをつかんだってことなの?
『お前の笑顔を守りたい』
 さみしいギターの音色と切ないボーカルが一面の空に広がっていく。鳥のさえずりさえも別の世界の音のようだ。
「でも、悲しいね。そばにいられないなんて」
『しょうがないさ。死んじまったんだから。でもオレは美音子の心の中で生き続ける。そうだろ?』
 ジェイクが答えてくれる。
『お嬢、簡単に「死にたい」なんて言うな。死んだら何もできねえぞ』
 死んだ人間が言うと、説得力がありすぎる。
 でも。
「でも、つらい気持ちが押し寄せてくるの。どうしようもなくて気が狂いそうになる。気持ちが体から離れてて、生きてる実感がしないんだよ」
「それは……。あ』

 ジェイクの驚きの声に顔をあげると、ヒロキさんが立っていた。ヒロキさんもびっくりしたようにこちらを見ている。
「お墓まで来てくれるなんて、君、実は兄貴のファンだったの?」
「いや、その……はい」
 しょうがなく肯く。でもまんざら嘘ではない。ジェイクの歌声は悲しいほど心に響いた。
「さっき君と話をしたら、急に兄貴に会いたくなっちゃってね。早々に店じまいして墓参りにきたんだよ」
 ヒロキさんは慣れた手つきで線香をつけた。
「この花、君がいけてくれたんだよね? ありがとう。これ、兄貴の彼女が好きだった花なんだ。さすがファン。知ってたんだ?」
「ええ、まあ……」
「彼女もね、兄貴が亡くなった時には、後を追ってしまうんじゃないかっていうくらい落ち込んでたんだけど、半年くらいしてからかなあ、いい人が出来たらしくて。その後はオレも会ってないから知らないけど、今頃どうしてるかなあ。子供でも産まれてたりするのかな。幸せならいいんだけど」
 この兄弟、同じようなこと言ってる。思わず、意地悪が口に出た。
「彼女、何で後を追わなかったのかな。私だったら辛くて後を追ってしまいそう」
「え」
 驚いたようにヒロキさんが私を見返した。優しい瞳。ジェイクもこんな瞳をしているんだろうか。
「後を追うなんてとんでもないよ。そんなこと兄貴は望んでないし。彼女の幸せを一番に願っていた人だからね」
「でも……」
「もしかして、君も今、あの時の彼女と同じような思いをしているの?」
「………」
「魂がここにないって感じするよ?」
 そっと頭に手を乗せられた。涙が出そうになる。

『お嬢、ちょっとこのウォークマン、ヒロキに渡して。ヘッドフォンさせて』
「え? うん。あの、これ……聞いてみてください」
 意味もわからずウォークマンを差し出すと、「何?……え? うわ!」
 受け取ってヘッドフォンを耳にしたヒロキさんが、ビクビクビクっと痙攣をした。
「だ、大丈夫ですか?」
「ん……大丈夫。なあ、お嬢」
「!」
 顔を上げたヒロキさんの表情が、先ほどとまったく変わっている。優しさで満ちあふれていたヒロキさんの瞳が、情熱と猛々しさの色に染まっていた。
「……ジェイクなの?」
「ああ。ちょっとだけ体拝借。たぶんあんまりもたないから手短に」
「え? 何?」

 いきなり腕をつかまれ、墓地のさらに奥にある森に連れてこられた。意味が分からない。
「何? いきなり……痛っ」
 森を少し入ったところで、大きな木の幹に体を押しつけられた。
「生きてる実感ってやつだよ」
「何を言って……っ」
 いきなり、噛みつかれるように唇を重ねられた。痛い。痛い。痛い。〈彼〉はこんなこと絶対しない。〈彼〉のキスはいつだって優しくて、とろけるほど幸せで……。
「あ……」
 涙が出てきた。〈彼〉のキスを思い出そうとしても、それを上書きする力強さで、ジェイクの荒々しい唇がすべてを奪っていく。
「自分の指なんかじゃ実感できないだろ?」
「!」
 昨夜の自慰行為、見られていたんだ!
「み、みてたの?」
「みてた。こんな風に手を入れて……」
「あ」
 男の人のごつごつした大きな手。ぎゅっと強く、痛さと快楽の間の絶妙な強さで、胸をもみほぐされる。シャツをたくしあげられ、乳首に歯を立てられる。思わずのけぞると、体の向きを変えられ、後ろから腰をしっかり抱きかかえられた。そのまま上半身を木に押しつけられる。頬と胸に木の幹の冷たさが伝わってくる。
「生きている実感って、何かと触れあうことで得られるんだよ」
 耳元でささやかれる甘い声。そのまま耳朶を噛まれ、膝がくだけそうになる。スカートをまくられ、素早く下着を剥ぎ取られる。
「ほら、こんなに出てる」
 太い指が繁みの中に侵入してきた。自分でも溢れていることがわかる。太股に生暖かいものが伝ってくる。
「お前、生きてるんだよ」
 膨らんでいくふくらみをぐりぐりといじられ、頭が朦朧としてきた。崩れ落ちそうだ。
 崩れ落ちる寸前、もう一度、腰を抱え上げられた。
「……ああっ」
 我慢できなくて、声を漏らす。後ろから熱いモノが中に入ってきた。大きな左手が胸をきつく揉みあげ、太い右の指が敏感な場所を刺激し続ける。熱いモノが中心を突くたび、体中に電流が走る。自分の体を支えるために、木の幹にしがみつく。木の青い匂いが口の中にまで入ってくる。
「周りを見ろ、お嬢」
 突き上げながら、ジェイクが言う。
「お前の周りには美しいものがたくさんある。木の緑。空の青。鳥の声。感動する歌。前の男以外の人間。ちゃんと触れあってみろ。お前はこんなに感じてる。生きてるんだよ」
「あ……」
 空が……青い。木の幹が、冷たい。ジェイクの命が……熱い。
「ああ……っ」
 快楽の頂点に達したとき、声にならない声が体の中からほとばしった。次の瞬間、ジェイクのモノが中でドクリと動いたのを感じた。力が抜けて、ジェイクの腕の中に倒れ込む。
「……気持ちいい」
 ジェイクの腕は大きくて、たくましい。安心できる胸に頬を寄せると、鼓動が伝わってきた。反対の頬を心地よい風が撫でてくれる。森の澄んだ空気が黒い気持ちを浄化してくれるようだ。こんなに穏やかな気持ちになったのはいつ以来だろう。
あの日から、体と心がバラバラになっていた。でも今は、指の先まで自分の体だと思える。感覚がある。魂が、戻ってきた。
「……愛してる。ただそれだけを伝えたい」
 並んで木の根元に座り込むと、ジェイクが小さく歌いはじめた。涙が出るほど優しい声。
 目をつむると〈彼〉とのたくさんの思い出が瞼に浮かんでくる。不思議と別れた頃のつらい記憶は浮かんでこない。
 このまま、昇華できるのだろうか。私のこの気持ち。昇華して、前に進めるのだろうか。
 メロディが少しずつ小さくなり曲が終わりを告げた。私は空に向かって腕を広げた。ジェイクの歌が美音子さんに届きますように。                  
 涙がこぼれ落ちた。でも、今までのようなつらい涙ではない。清々しい涙だ。
「お嬢、ありがとな」
 涙を手でぬぐってくれながら、ジェイクが言った。
「オレ、あの世でお前の幸せ祈ってるよ」
「え?」
 それって?
「オレ、そろそろいくよ。じゃあな」
「そんな突然……」
 文句を言いながら振り仰いだ時には、ジェイクはいなかった。そこにいたのは、優しい瞳をしたジェイクの弟のヒロキさん。
「えーと、あの、その、オレ……」
 困ったように頭をかいている。どうやらジェイクに体を支配されていた間の記憶、ばっちり残っているらしい。
「なんといったらいいのか……」
「あ、大丈夫ですよ。今日、安全日なので」
 真面目に言うと、吹き出された。
「いや、そういうことじゃなくて! あの、ごめん。オレ、兄貴にのりうつられてたみたいで……まさか、こんなことが現実に……。でもおかげで良い思いしちゃったっていうか……わあああ、ごめん! 初対面なのに! しかもこんな場所で! 兄貴のヤツ!」
 黄色い頭をかきむしるヒロキさんを見ていたら、自然に笑いがこみ上げてきた。
「ごめんなさい。こちらこそ。彼女に悪いことしちゃいましたね?」
「いや、彼女なんて何年もいないよ。だから余計に、こんな良い思いしたのなんて、すっげー久しぶりで……って、わあ!ごめん!」
 慌てぶりがおかしくて、ゲラゲラ笑っていたら、お腹が空いてきた。お腹が空くなんて、何日ぶりだろう。
「あの、よければ、何か食べに行きませんか? 久しぶりにお腹空いちゃって。今なら何でも食べられそう」
「う、うん。了解! こうして会ったのも何かの縁! お薦めのラーメン屋に連れて行ってあげるよ。ラーメンは何味が好き?」
「んー、豚骨」
「お。気が合うね。オレも豚骨派。ちょうどいい店が近くにあるんだよ」
 ヒロキさんが坂を下りはじめるのを、後ろから着いていく。
 ジェイクのお墓の前を通り過ぎたとき、ふっと風が吹いた。スイートピーが優しく揺れている。
「ジェイク……」
 彼は空にのぼっていったのだろうか。それとも美音子さんのところに?
「……愛してる。ただそれだけを伝えたい」
 自然とメロディが口にのぼる。
 〈彼〉を愛した気持ちにウソはない。三年間、愛されたことにもウソはない。きっと。だから大丈夫。私は大丈夫。想いを昇華して、歩いていけるようになる。
「大丈夫? 坂きついから下りるのも大変でしょう?」
 ヒロキさんが笑顔で手を差し出してくれている。その手をそっと掴む。温かい手。
『がんばれよ、お嬢』
 ふいに耳元で、ジェイクの声が聞こえた気がした。


<完>
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永遠の約束の果て(4/5)

2009年11月21日 22時00分00秒 | 永遠の約束の果て(一部R18)
 ジェイクに頼まれ、電車とバスを乗り継ぎ、木々に囲まれた霊園にやってきた。ここにジェイクの墓があるそうだ。
 青い空に縁取られるように、墓石の群れが行儀よく並んでいる。平日の昼間なだけあって、人っ子一人いない。うっとおしいほどの蝉の声と森のざわめきがあたりにこだましている。
『ここにくるの三年ぶりだ。前にきたときは、美音子体力無いからこの坂の途中でバテちまってさ、オレがおぶってあがったんだよ。そしたら墓についたときには今度はオレの方が足がくがくになっちまって……』
「ねえ、なんで?」
 こらえきれずジェイクの声をさえぎった。
「なんで美音子さんの話、平気な声でできるの? あの人はあんたが死んでから一年もたたないうちに子供作ってあんたのことなんて忘れて幸せになってるんだよ? あんたは二年も【永遠の約束】信じてたのに」
『オレは美音子を愛してるんだ』
 きっぱりとした声。
『美音子には幸せになってほしいんだ。それがオレの望みだ』
「そ……んな、きれいごといわないでよ!」
 思わず叫び声をあげた。
「あんた何とも思わないの? 彼女が他の男を愛して他の男と家庭を作ったっていうのに。私は耐えられないわ。自分の好きな人が他の人に微笑みかけるなんて! 私を抱きしめたのと同じ腕で彼女を抱くなんて。同じように頭をなでるなんて。私を見たのと同じまなざしで『大好きだよ』って彼女にいうなんて……そんなこと想像しただけで気が狂いそうだわ! 気が狂うわ!」
 最後は悲鳴になっていた。胸の中にしまいこんでいた言葉が破裂していく。
「『幸せになってほしい』? 冗談やめてよ。彼女は他の男に抱かれていたのよ? たえられる? 私はたえられない。私がこうして胸がつぶれそうに苦しくてご飯も食べれなくて眠ることもできない時も、〈彼〉は新しい彼女と笑っているのよ。愛しあっているのよ。たえられないわよそんなの。私達が一緒に過ごしてきた三年はなんだったのよ。あの約束は? 信じろっていった言葉は? 全部全部消えたとでもいうの? 私は変わらずここにいるのに。なんでなんで離れて行くのよ! もう……死にたい……」
 しゃがみこみ膝をかかえる。涙が地面に落ちて黒いシミをつくる。肩で息をする。蝉の声がきこえる。思い出がかけめぐる。
『……お嬢、お前さ』
 五分近くたったところで、やさしいジェイクの声が耳に直接響いてきた。
『そいつに会わなかったほうが良かったと思えるのか? そいつを好きになったこと、三年つきあったこと後悔してるのか?』
 三年間本当に楽しかった。毎日輝いていた。
『後悔なんてもちろんしてないだろ? だったらつきあっていたその時の思い出まで否定することはないだろ』
「でも、こんなにつらい思いをするなら、こんなに好きになるんじゃなかった。もうこんな気が狂うような思い嫌だよ。もう誰も信じられないよ。信じるのがこわい」
『でも、三年間そいつがお嬢に言ってきたことにウソはないと思うぜ。わかってんだろ?』
「…………」
 三年間にウソはない……。
 おもむろに、私は立ち上がった。
「お墓どこ?」
『ああ、すぐそこ。長澤家の墓』
 灰色の長方形の墓石。掃除がよく行き届いている。枯れかかっていた花をとり、持ってきたスイートピーを代わりに生ける。縁もゆかりもない人のうちのお墓に花をいけるなんて変な感じがする。
『ああ。ここ眺めがいいな。風が気持ちいい』
 かなり高台にあるので町が一望できる。模型のようだ。空が近い。風が運ばれてくる。
『オレは美音子に出会えて本当に幸せだよ。あいつがいたから夢を追いかけることができたし、あいつが人を信じること教えてくれた』
「でも、美音子さんは」
『オレが死んだせいで美音子が一人ぼっちさみしく生きていたらオレは死んでも死にきれないよ。あいつ幸せそうだったよな。あいつの笑顔きれいだったよな。本当に良かった』
「MDは? 渡さないでいいの?」
『ああ』
 ジェイクのため息は雄弁だった。
『オレはただ、聞いて欲しかったんだ。オレがどういう思いで美音子を見続けていたか。オレのことずっと忘れないでいてほしかったんだ。でも、もういいんだ』
「もういいって……」
 あきらめの言葉かと思った。でも違う。ジェイクは満足そうだ。なぜ?
『なあ、MDここできいてくれないか』
「うん。いいけど」
 納得がいかない。なぜジェイクはこんなにおだやかなのだろう? なぜ?
「あ」
 ふいに目に止まった。墓石の横、眠っている人々の名が刻まれた石。その一番端。日付は二年前。享年二十三才の男性の名前。
「長澤……俊一?」
『そ。オレの名前』
「しゅんいちって……あ!」
 そうだ。美音子さんの赤ちゃん。『シュンスケ』と呼ばれていた。『シュンスケ』と『シュンイチ』。同じ『シュン』が付いているのは偶然だろうか? いや、偶然なわけがない。
『MDはお嬢が聞いてくれればいいんだ』
 ジェイクの笑顔が見えた気がした。

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永遠の約束の果て(3/5)

2009年11月20日 21時00分00秒 | 永遠の約束の果て(一部R18)
「幸せになってくれ」
 別れ話の最後にそういわれた。
 あなたと一緒にいるだけで幸せだった。それ以外何も望まなかった。それなのに、幸せになってくれ? あなたがいないのにどうやって幸せになれるというの? もう、この世界からいなくなってしまいたい。


 私達はそのまま美音子さんが働いているという花屋に向かった。
「ところでこのMD、何が入ってるの?」
『プロポーズするときに渡そうと思って作った曲なんだよ。完成したその日に事故にあっちまったからな』
「でも今さらそれ渡したってあんた死んでるんだから結婚なんてできないよ? まさか、美音子さんのこと連れて行く気?」
『まさか。このMD渡す時に伝言してほしいんだ。オレはいつでも見守っているから、幸せになれって』
「……やなセリフ」
『なんでやなセリフなんだよ』
「別に。あ。あの店だ」
 花で飾られた木の看板がぶら下がっている。店の外にも大量の花や木があふれだしていて、七人の小人の置物があちこちで迎えてくれている。その小さな店内に、お姫さまがいた。

「いらっしゃいませ」
 お姫さまが微笑んだ。ふわふわのパーマがかった髪を軽く一つに結っている、薄いピンクのエプロンがよく似合うお姫さま。
『美音子』
 ジェイクの声が震えている。予想通り、いや予想以上に素敵な人だ。
『そのピンクのスイートピー買ってくれないか? 美音子が一番好きな花なんだ』
 美音子さんのイメージにぴったりの、かわいらしい花がこちらを見上げている。
「それ、ください。二千円分」
「はい。ありがとうございます」
 美音子さんがふわりと笑った。細い首。白い手。はかなげな瞳。案外とそうかもしれない。この人なら亡くなった恋人を忘れず、悲しみを抱きながら生きているのかもしれない。【永遠の約束】を守っているのかもしれない。【永遠の約束】が本当にあるのなら……。
「あの」
 MDを渡そうとカバンを探った時。

 カランカランとドアについている鈴の音がなり、背の高い男の人が入ってきた。その胸で赤ん坊が泣き叫んでいる。私の姿をみるとすまなそうに頭を下げた。
「すみません。うるさくて。ちょっと美音子。何やっても泣きやまないんだよ。みてくれないか? 店番変わるから」
「オムツはかえた?」
「替えたばっかりだよ。ミルクも飲ませたばっかり。なんだよ、シュンスケ。パパに抱っこされるのがいやなのか?」
 男の人が困り顔でいって赤ん坊を美音子さんに渡した。すると魔法のように赤ん坊が泣くのをやめた。美音子さんがフフと笑う。
「ママが恋しかっただけかな。シュンスケ?」
「ママあ?」
 思わず叫んでしまった。
「あなたがママ? それじゃパパは……」
 さっきこの男の人がパパだといっていたではないか。その証拠に赤ん坊の目元は美音子さんに、口元はこの男の人にそっくりだ。
「あの……赤ちゃんいくつですか?」
「もうすぐ六ヶ月なんですよ」
「六ヶ月……」
 ジェイクが死んだのはニ年前。ということは、彼が死んでから一年もたたないうちに子供を作ったということになる。
「おまたせしました。二千円になります」
 ピンクのスイートピーが目の前に出される。
「私、この花が一番好きなんですよ」
 聖女が笑う。胸に抱かれた赤ん坊はおとなしくあたりを見渡している。私はカバンの中からMDを取り出した。
「あの、私、あなたに……」
『お嬢、待て!』
 今まで黙っていたジェイクが突然叫んだ。
『渡さないでいい』
「だって」
『いいから。……いいんだ』
「…………」
「あの?」
「さよなら!」
 小首をかしげた美音子さんに二千円を押しつけ店を飛び出した。びっくりしたように赤ん坊が泣き出す。
「あらあらシュンスケ。泣かないの。ほらいい子だから。シュンスケ」
 あやす声を背中に、私は駅に向かって全力疾走した。幸せな声から逃げ出すために。

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永遠の約束の果て(2/5)

2009年11月19日 21時00分00秒 | 永遠の約束の果て(一部R18)
 悲しい夢を見るのはつらい。でも楽しかったころの夢をみて目覚めるのはもっとつらい。目覚めた瞬間、微笑んでいる自分に気づいて涙が出る。戻らないあのころを余計に思い出して胸が苦しくなる。
 こうなる前に世界が滅びればよかったのに。そうすればこんなにつらい思いをしなくてすんだのに。そうすれば幸せしか知らないですんだのに。どうしてこんなにつらいのに、生きているんだろう、私。


 翌日、再び隣町の公園に足を運んだ。ウォークマンのヘッドフォンはつけたままである。ジェイクがヘッドフォンごしに話しかけてくるのだ。電話のような感覚である。
 あれから私はジェイクのノロケ話をさんざん聞かされた。

『オレの恋人、美音子』
 ジェイクの嬉しそうな声に胸が痛んだ。私も〈彼〉の名前を言う時はいつもこんな風に誇らしげだった。それが今は、名前なんてつらすぎて口に出せない。

『MD、捨てられてないといいなあ』
 ジェイクは妙にうきうきしている。
『二年たったってことは、ヒロキはオレとタメか。変な感じ。美音子は二十五! いい女になってるだろうなあ』
「あのさあ」
 話を聞いていてイライラしてきた。その気持ちのままトゲトゲしく言葉を続けた。
「彼女二十五歳ってことは結婚しててもおかしくないよ? もう二年もたつんだし、あんたのことなんか忘れてるかもよ」
『そりゃあないよ』
 あっさりと、ジェイクがいう。
『オレと美音子は永遠の愛を誓ったんだ。あいつがオレを忘れるなんてありえないね』
 その信じて疑わないセリフ、腹が立つ。
 私だって〈彼〉と三年つきあった。「ずっと一緒にいよう」って約束した。信じた。全て信じた。でもそんな約束、もう……。

『あ、ヒロキだ! うわあ変わんねなあ!』
 ジェイクの叫び声で我に返った。黄色い頭のお兄さんが昨日とまったく同じ場所で店を広げている。ジェイクが並べられている品々をみて今度は悲鳴をあげた。
『オレの物ばっかじゃねえかよ。げっオレの宝“Gibson”まで売る気かよ!』
「うるさいよ。あんた。黙っててよ」
 小さく制して、ヒロキさんに近づく。すると、向こうから笑いかけてくれた。
「昨日ウォークマン買ってくれた子だよね? どう調子は? 大丈夫だった?」
「ええ。時々変な雑音が入るけど」
『雑音とはなんだ雑音とはっ』
 ジェイクのがなり声を無視して続ける。
「今日はこのウォークマンで聞けるもの探しにきたんですけど」
「ってことはMDか。みてみる?」
 ヒロキさんが親切に奥に置いてあったダンボール箱を持ってきてくれた。山のようにMDやカセットテープが入っている。この中から探し出せというのか。
「オレもね、ここにあるもの全部、兄貴の物だから中身よく知らないんだよ」
「お兄さん?」
 言うと、ヒロキさんは、しまった、という顔をして口をつぐんだ。死んだ人間の物を買うというのは、あまり気味の良い話ではない。おそらく誰の持ち物であるかは内緒で売るつもりだったのだろう。
「あの、お兄さんって、ジェイクさん、ですか?」
「え、兄貴のこと知ってるの?」
 驚いたようにヒロキさんが叫んだ。
「ええ、まあ、あの……お亡くなりになったんですよね?」
言うと、ヒロキさんは気まずそうに頭を下げた。
「ごめんね。言わなくて。死んだ人間の物なんて誰も買わないと思って黙ってたんだ。実は、兄貴の持ち物、家にあっても悲しくなるだけだから処分してくれって親に頼まれてさ。捨てるのも辛いし、でもリサイクルショップに売ってどんな奴が買ったか分からないの嫌だから、こうやって大事に使ってくれそうな人かどうか見極めてから売ってるってわけ」
 なるほど。
「じゃ、私はそのお眼鏡にかなったんですね」
「うん。君はね、なんか……さみしそうだったからかな。そのさみしさ紛らわすために使ってほしいなって思ったんだ」
「さみしそう? 私が?」
「うん。さみしそう」
『うん。さみしそう』
 いきなりジェイクが話に参加してくる。
『男に振られたんだろ? オレも覚えあるよ。高校一年の時、女に振られて、今のお前みたいに何も食べられない眠れないってなったもん。ありゃつらかったよ。だからお前の気持ちもよく……』
 知った風な言葉にカチンときた。声を聞きたくなくて、ヘッドフォンを外す。
「あの、MDみせてくださいね」
 返事も待たず、ダンボール箱ごと人気のないベンチに持っていく。一つ一つ見たけれど、どれのことだか分からず、しょうがなくまたヘッドフォンをする。
「ねえ、どれ?」
『何怒ってんだよ? 図星だったのか? 男に振られたっての』
「……そうだよ」
 MDをベンチの上に並べながら肯いた。つらくて人に話すのは嫌だったのだが、それでも話したのは、美音子さんを信じて疑わないジェイクの考えを揺るがせてやりたかったからかもしれない。
「一ヶ月前に振られたばっかりだよ。他に好きな子ができたって。私達つきあってちょうど三年だったんだ。ずっと一緒にいてこれからもずっと一緒にいられると思ってたよ。ずっと一緒にいるって約束してた。でも終わる時はあっけなかったよ。一方的に、はい、さようならってね」
 ジェイクが黙っているのでそのまま続けた。
「人の気持ちほど不確かなものなんてないよ。約束なんてあてになんないよ。だからさ、美音子さんには会わないほうがいいよ。知らないほうが幸せだってこともあるよ。【永遠の約束】なんてありえないんだから」
『でも、オレは愛してる』
 ポツリといわれ言葉をとめた。
 どうせ裏切られて泣くのはジェイク自身なんだ。傷ついて私の言葉を身をもって知ればいい。
「で、どんなMDなの?」
『ピンクで何も書いてないやつ』
 真ん中あたりからジェイクに教えられた条件と一致するMDがでてきた。一応全てに目を通し、それ以外で該当するものがないか確認してから他のMDをダンボールの中に入れ直した。
「このMD、いくらですか?」
 ポケッとタバコを吸っていたヒロキさんに声をかけると、
「いいよ。タダで。なんかさあ、君のそのさみしそうな顔みてたら思い出しちゃったよ。当時の兄貴の彼女のこと」
 美音子さんのことだ。
「兄貴、突然死んじゃったからね。彼女すごいショック受けて、痛々しかったんだ」
 ちょうどいい機会だ。美音子さんの居場所を聞いてしまおう。
「その彼女、今どうしてるんですか?」
「実家の花屋継いでるらしいよ。花買うことあったら行ってあげてよ。場所はね……」
 案外と近い。電車で二十分ほどのところだ。
「ありがとうございました。……え?」
 立ち去ろうとしたところ、おもむろにMDを渡された。“KINKS HIT SINGLES”と書かれている。
「元気が出る曲ばっかりだよ。なにがあったか知らないけど早く元気になってね」
 ヒロキさんが人なつっこい笑顔でいう。
「オレ明日もいるからよかったらまた来て」
「………」
 ぺこりと頭を下げた。
 今は誰かに優しくされるのも、つらい。

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永遠の約束の果て(1/5)

2009年11月18日 21時00分00秒 | 永遠の約束の果て(一部R18)
 いくつものささやき。

「かわいいね」
「お前といると心が安まる」
「大好きだよ」

 いくつもの約束。
「花火大会に行こう」
「スキーに行こう」
「ずっとずっと一緒にいよう」

 そして、突然の別れの言葉。
「ごめん」
「他に好きな人ができた」
「別れてくれ」

私は変わらず愛しているのに?


 大学生最後の夏休み。隣町の公園で行われているフリーマーケットに足を運んでみた。
 炎天下の中、衣料品を中心とした様々な店がならび、お手伝いらしき子供達が元気いっぱいに呼びこみをしている。
 その喧騒から離れた隅のほうで、黄色い頭をした背の高い男の人がCDやレコードを並べていた。
 一番に目に入ったのはコバルトブルーのウォークマン。『千円でお譲りします』という張り紙つき。かなり古い型というのがネックではあったが、「君、かわいいから八百円でいいよ」といわれたのに気を良くして、五百円まで値切って買ってきた。今晩からはこれで音楽を聞きながら眠ろう。

 最近、あまり眠っていないのだ。ようやくウトウトしかけても、どこからか、私を振った〈彼〉の声がきこえてくる。それは幸せだったころの甘いささやきだったり、嫌になるほど鮮明に覚えている別れの時の言葉だったりするのだが、どちらであっても心臓が異常なほど波打ちはじめ、勝手に涙があふれだして寝ていられなくなる。頭をかきむしりたくなる衝動を必死で押さえながら、耳をふさぎ、朝がくるのをただじっと待つ。そんな夜が一ヶ月以上続いていた。
 でも今夜からはこのウォークマンで耳をふさぐことができる。そうすれば〈彼〉の声も聞こえなくなるかもしれない。

 MDをセットしヘットフォンを装着した。部屋を真っ暗にしてベッドにもぐりこむ。手探りで再生ボタンを押すと、ガチャッと大げさな音がして曲がかかりはじめた。一曲目は『雨だれのプレリュード』。静かな調べが心地よい。ショパンを聞くと落ち着く。
 そういえば、〈彼〉と付き合っていた3年間は、ほとんどクラッシックを聴かなかった。〈彼〉が好きだという歌手の曲を聴き、一生懸命カラオケで練習した。喜んでもらいたくて。もっと好きになってほしくて。

「あ」
 思わず、閉じていた目を開いた。ショパンが数曲かかったあと、〈彼〉のお気に入りだった歌手の曲が流れはじめたのだ。録音したことを忘れていた。
「この曲、あの時の……」
 忘れもしない。〈彼〉と初めて結ばれた時に、ラブホテルの有線でかかっていた曲だ。私にとって初めての性経験だった。
 かすれた女性歌手の声に導かれるように、あの時の記憶が体中を支配する。〈彼〉の指、〈彼〉の唇。〈彼〉の……。
「……あ」
 〈彼〉の指の跡をたどるように、左手が耳、首筋、右胸、と下りていく。右手は右の膝から内股へ……それから下着の中へと。
 濡れてるよ、という〈彼〉のささやきを思い出して体が熱くなる。中指にじっとりと愛液が吸いつく。そのままゆっくりと奥まで指をさしいれ、左手は左胸を痛いほど掴む。
 もっと強く? 〈彼〉の声が聞こえる。
「もっと……」
 天井を仰ぐ。声を思い出すだけで、絶頂がすぐ近くにやってくる。もっと、もっと、もっと。足をぎゅっと閉じる。両手を激しく動かす。数秒後には、頭が真っ白になって、身を仰け反らせた。でも。
「………バカみたい」
 絶頂を迎えた2秒後には、どうしようもないむなしさが襲っていた。心と体がバラバラだ。

「バカみたい」
 もう一度つぶやいた、その時。

『お嬢さん! お嬢さーん! オレの声きこえる? 聞こえてるよな!』
「え?」
 なに? 今の声。
 右手を下着の中にいれ、左手でTシャツをたくし上げた、なんとも間抜けな格好のまま、周りを見渡したけれど、もちろん誰もいない。
「空耳か……」
『空耳じゃねーよ!』
「うわっ」
 思わず叫んでヘッドフォンを本体ごとベッドの上に放り投げた。今、確かに男の声がウォークマンから聞こえてきた。
 気づかないうちにラジオでも撮ってしまったのだろうか?

 火照った体も一気に冷めてしまった。部屋の電気をつけて他のMDを探し出す。
 今度はサティにしよう。これは録音してすぐに爪をおったから大丈夫だろう。
 MDをセットし、ヘッドフォンを耳にして、再生ボタンを……。
『だから空耳じゃないってばよ!』
「!」
 まだ再生していない。それなのに声がする!
「な、な、な……」
『まて! ヘッドフォン外すな!』
 体が金縛りにあったように動かない。いや、金縛りにあったように、ではなく金縛りだ。恐怖で頭が凍りつく。
「……な、なに?」
『オレはこのウォークマンの持ち主だ。ジェイクと呼んでくれ』
「ジェイク? 外人? ずいぶん日本語の上手な……」
『ちっがーう。芸名だよ。げーめー』
「ってことは、芸能人?」
 わけがわからない。
『いや。なる予定ではあったけどな。ライブ活動とかやってて、事務所にスカウトされたこともあるんだぜ。横浜じゃ結構有名だったんだけどな。知らねえか?』
 知らない。知らないしそんなことはどうでもいい。全身に鳥肌が立っているのが分かる。
『オレさ、バイクの事故で死んじまってさ。でもどうしてもやりたいことがあって、成仏しないでこのウォークマンにしがみついて、オレの声聞いてくれる奴を待ってたんだよ。今、何年なんだ?』
「!」
 自分の意思とは関係なく、視線が机の上のカレンダーにむいた。するとヘットフォンのなかから男の溜息がきこえてきた。
『オレが死んでからちょうど二年か。結構たったなあ。ま、いいか。ようやく願いが叶う。あきらめないで待ったかいがあったぜ』
 スカウトされたというだけあっていい声をしている。しかし相手は幽霊だ。金縛りで体は凍りついたまま動かないし、首の後ろがぞわぞわとして気持ち悪い。しかしどうにか声だけは出せる。
「願いってなに?」
『聞いてくれる? いい奴だね、あんた。じゃ、金縛りとくな』
 ふっと体が軽くなった。どさりとベッドに腰を下ろす。信じられないような出来事だがこれは現実だ。こちらの戸惑いも気に留めないようにジェイクが明るく話し始めた。
『ところで、あんた誰? なんでオレのウォークマンもってんの?』
「……今日フリマで買ったのよ。背の高い黄色い頭の男の人が売ってたよ」
 どこを向けばよいのか分からないのでとりあえずウォークマン本体に向かって話す。
『黄色い頭? ヒロキかな。なんであいつがオレのウォークマン売ってんだ?』
「CDとかレコードとかも並んでたよ」
『げっ。MDは? MDもあった?』
 やけに慌てている。しかし記憶をたどってみるが覚えがない。
「たぶんなかったと思うけど。なんで?」
『あのMDがなけりゃ、今日まで成仏しなかった意味がないんだよ。オレの願いはただ一つ。オレが死ぬ直前に録音したMDをある人に渡してほしいってことなんだ』
「ある人って?」
『オレの恋人……美音子に』

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