医者から詳しく聞かされない医療情報:セカンドオピニオン

誤解と批判を恐れない斜め後ろから見た医療情報

薬物治療で十分に治療されていればカテーテル治療は不要

2019年12月26日 | 循環器
先月の米国心臓病学会でISCHEMIA(イスケミア)研究の結果が発表されました。

International study of comparative health effectiveness with medical and invasive approaches (ISCHEMIA trial)

以前私は、一定の条件に合致する患者に対して、心臓の血管のステントを入れる治療とバイパス手術を行った場合その3年後までの予後がどちらが良いかという臨床研究の結果を報告しました。

心臓バイパス手術 vs ステント治療 CREDO-Kyoto

こういう比較研究を私は長年見続けてきましたが、結局、調査の対象にする患者の条件をどうするかによって結果は異なるし、時によって調査を行う研究者がある特定の結果を狙って条件を設定することもあります。

結果の前にお伝えしておきますが、この結果は以前から私の頭の中では当たり前のことでした。これまでカテーテル治療に使用するステントや風船を売る欧米の企業が資金を出して条件をカテーテル治療に有利になるように設定して、バイパス術や薬による治療だけよりもカテーテル治療が良いという研究をたくさん行ってきました。

最近、治療が必要かどうかを判断するための圧測定ワイヤーが風船カテーテルと同等の値段で発売されるようになり、企業はカテーテル治療を推進しなくてもこの診断ワイヤーで利益をあげることが可能になってきました。ISCHEMIA研究の内容の最後の方を読みますと、これらのワイヤーや心筋梗塞のリスクを減らす薬を売る企業が軒並み資金と道具を提供してバックアップしています。ちなみにその会社はアボット、メドトロニック、セントジュード・メディカル、フィリップス、オムロン、アムジェン、アストラゼネカなどです。

さて、本題に戻ります。この研究は中等度~重症の冠動脈疾患の患者を対象にして行われました。

中等度~重症の患者の定義は
冠動脈CTの結果、心臓の主な血管に50%以上の狭窄があり、負荷心筋シンチグラム検査で心臓の筋肉全体の10%以上の範囲で血液不足が認められる患者
冠動脈CTの結果、心臓の主な血管に70%以上の狭窄があり、運動負荷心電図で心臓の筋肉の血液不足が証明された患者

調査から除外する患者の基準は
左室駆出率といって心臓のポンプ機能を表す指標が35%以下と低下した患者
過去1年間に心臓バイパス術やカテーテル治療を受けた患者
過去2ヶ月間に心筋梗塞や不安定狭心症になった患者
心不全の指標であるNYHAが3,4と、心不全が重症の患者
左の血管の根本に50%以上の狭窄がある患者

これらの患者に十分に適切な薬物治療を施したうえでランダムに心臓カテーテル治療を行う群2588人と、行わずに薬物治療だけの群2591人に振り分けてその後4年間の予後(心臓病による死亡、心臓病による入院)を比較しました。結果はどちらの群も予後は同じでした。結局、このような患者には冠動脈カテーテル治療は必要ないということです。

このような臨床研究は小規模ですが日本でも行われています。

Percutaneous coronary intervention plus medical therapy reduces the incidence of acute coronary syndrome more effectively than initial medical therapy only among patients with low-risk coronary artery disease a randomized, comparative, multicenter study.
JACC Cardiovasc Interv. 2008;5:469-79


このJ-SAP試験では心臓の血管に75%以上の狭窄がある患者が対象となったのですが死亡率は両群で同じで、死亡+心筋梗塞や不安定狭心症の発症率が心臓カテーテル治療を行う群で少なかったです。心筋梗塞や不安定狭心症は、たとえ軽度や中等度の狭窄であっても心臓の血管の不安定な動脈硬化部の破裂から生じますので悪玉コレステロールや血圧を低くしておくことが重要であり、それが不十分であると心臓カテーテル治療を行う方が良いという結果です。しかし、このJ-SAP試験ではカテーテル治療した部位以外の軽度や中等度の狭窄の不安定な動脈硬化部の破裂から生じた不安定狭心症はカテーテル治療した群であっても防ぐことはできませんでした。

このJ-SAP研究と今回のISCHEMIA研究ではなぜ結果に違いが生じたかということですが、J-SAP研究では左室駆出率が30%以下が除外基準ですので30%~35%の比較的心不全の悪い患者が含まれています。左室駆出率は生命予後に関係することはこれまでの研究で十分に明らかになっており、血流を回復させると左室駆出率は回復する傾向がありますので、カテーテル治療でそれらの患者が救われたことが挙げられます。

また、J-SAP試験では悪玉コレステロールが125~106mg/dlですが、ISCHEMIA試験では83mg/dlであり、十分に下げられていたのでカテーテル治療の有無よりもこの因子が良い影響を与えたことも挙げられます。同様にJ-SAP試験では血圧が約140/70mmHgですが、ISCHEMIA試験では130/77mmHgであり、十分に下げられていました。

極めつけは、J-SAP試験は日本というカテーテル治療が上手な医者が多い国(医療先進国)だけの結果ですが、ISCHEMIA試験はブラジル・ロシア・インドなど、とうてい医療先進国とはいえない国を含んだ試験です。インドでは主婦は0.5回/日、井戸水を汲みに行くという結果が出た場合、あなたは日本の隣の奥さんも2日に1回は井戸水を汲みに行っていると思いますか??という例えが分かりやすいと思います。
医学の臨床研究では、世界の平均としての結果は日本人には当てはまらないことの方が多いです。

医療後進国を組み込んで、意図的に別の結果を狙うというのは、私が以前ご紹介したとおりです。

心房細動に対する新しい抗凝固療薬エリキュースの臨床試験のワーファリン群の脳出血が多すぎる件(その8)

このように、研究の対象とする患者の基準をどうするかで、研究の結果は変わります。さらに研究者は研究の対象とする患者の基準をどうするかで結果を自分たちの狙いに近づけることが出来ますし、実際、資金を企業が出している研究では大にしてそのようなことが行われます。

企業が資金を出すとろくなことになりません。その反面、資金がないと研究もできないので悩ましいのですが、やはり研究資金は公共機関が捻出するべきです。製薬企業は講演料と称して自分の企業の広告塔になってくれる医者を捜し、その医者に講演料をつぎ込み自分の企業に有利な講演をしてもらう。私もこれまで何度も製薬会社から広告塔として目を付けられましたが、講演自体を断るか、講演料と交通費の受け取りを断って真実を講演してきました。心臓カテーテル治療の学会に行くと参加者の半数以上が企業の社員です。これはもう「学会」ではありません。「製品展示会」です。

ともあれ、薬物治療で十分に治療され、悪玉コレステロールは80mg/dl、血圧は130/80mmHgにコントロールされていれば、心臓の血管のカテーテル治療を行っても予後は変わらない(施行する必要がない)ということが言えます。私たちはこういう患者に、外来でカテーテル治療を詳細に説明して勧めなくてすむので、随分楽になります。

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インフルエンザワクチンはほとんど効いていないというデータ

2019年12月12日 | 感染症
上の図は日本臨床内科医会会誌の今月号に載っていた図です。
「インフルエンザワクチンの有効性と安全性」
日本臨床内科医会会誌 2019;34:14
(インパクトファクター☆☆☆☆☆、研究対象人数★★★★★)←この表示、久しぶりです。

過去10シーズンについてインフルエンザワクチンを接種した人と接種しなかった人のインフルエンザの罹患率を年齢別に示したものです。

ご覧いただくとわかるように、昨シーズンはインフルエンザワクチンは9歳以下と30歳~39歳の人しかインフルエンザの発症を抑制していません。全体を平均して図の説明では、全年齢で「一定」の効果がみられたと書かれていますが、統計学的にはp=0.0512は差がないということですから、この説明は誤りです。この説明を書いた人は統計学を誤解していると思います。9歳以下と30歳~39歳の人では効果がみられたと書けば正しかったと思います。30歳~39歳の人は働き盛りなので職場や通勤交通機関などで不特定多数の人と接する機会が多く、これらの人には有効であったと想像できます。

この年齢でない私はこれらのデータを以前から知っていますので、私はインフルエンザワクチンを接種していません。

インフルエンザワクチンを接種すれば症状が軽くなるという話もききますが、私は半信半疑です。以下にその理由を述べます。

(その1)
私たちは医学研究をする前に、「こういう理由から私たちはこの仮説をたてた。この仮説を検証するためにこの研究を行った」と論文を書くことが多いです。皆さんも冷静に考えてみて下さい。インフルエンザワクチンの場合の私個人の「仮説」は、「まだウイルス量が少ない発症さえも抑制できないのに、発症して体内で何万倍にも増殖したウイルス量状態である症状を軽くすることなどできるのだろうか」ということです。

(その2)
この医学研究を行う場合(既に行われていますが)同一人物で2種類の人生など比較できませんから、接種群と非接種群に分けて両群の平均を比較するのですが、それが本当に個別の人々にあてはまるのだろうか、ということです。少し難しい話なので分かりやすい例を挙げます。ある若者は将来社長になりたくて東北大学に入ろうか九州大学に入ろうか迷っていました。調べたら人数で補正した社長数は九州大学出身者の方が多かったので(例えばの話なので本当かどうかわかりません)その若者は九州大学に入学しました。その若者にはその方がよかったかどうかなどという証明はほとんど不可能ということです。
その若者自身には東北大学の方が合っていたかもしれません。会社数自体が北日本よりも西日本に多いのかもしれませんし(例えばの話なので本当かどうかわかりません)、社長をめざす若者が過去のデータを見て九州大学を選んでその結果社長をめざす人が九州大学に多く社長が多くなったのかもしれません(例えばの話なので本当かどうかわかりません)。
このように医学研究でいうところの「交絡因子」が沢山あります。ワクチンを接種する人の方が健康に配慮する人が多いので罹患しても早く対処したのかもしれません。

(その3)
百歩譲ってインフルエンザワクチンに症状を軽くする効果があったとしても、今では、タミフルやイナビルなどの抗インフルエンザウイルス薬が登場し、早期に内服すれば発熱などの症状は約36時間短くなるのですから、万が一罹患したら早めに内服を始めれば、ワクチンの存在意義はないのでは?ということです。でも本来は健康な成人の場合、耐性の問題から抗インフルエンザ薬など使用しない方がよいです(仕事の都合でどうしても、という場合は仕方がないですが)。
この件に関しては以前ここで書きました。

インフルエンザワクチンの効果は65歳以上では9%

結論
インフルエンザワクチンは9歳以下と30歳~39歳の人以外には効果はほとんどありません。9歳以下と30歳~39歳の人には有効ですから接種して下さい。図から判断すると10歳~19歳もお勧めです。


私は以前、別の観点の説明を書きました。

意外と効いていなかったインフルエンザワクチン
インフルエンザワクチンはあまり効いていない

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