これまで2回観た「伊勢音頭恋寝刃」は油屋からの上演。
2006年に仁左衛門の貢で観た時に、ようやくこれはこれでありの演目だなぁと思えたが、東京での通し上演は20年ぶりという。作品全体をきちんと把握しておきたかったので大歓迎だ。
【通し狂言 伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)】
今回の配役は以下の通り。
福岡貢=海老蔵 今田万次郎=門之助
仲居万野=吉弥 料理人喜助=愛之助
油屋お紺=笑三郎 油屋お岸=宗之助
油屋お鹿=猿弥 藤浪左膳=右之助
奴林平=獅童
<序幕>相の山の場、妙見町宿屋の場、追駈け地蔵前の場、二見ヶ浦の場
初見なので公式サイトからあらすじをほぼ引用。
「阿波の国家老、今田九郎右衛門の息子万次郎は、将軍家へ献上する青江下坂の名刀紛失の詮議のため伊勢へ来たが、古市の遊女お岸の色香におぼれて通いつめている。刀を折角探しあてたものの、質入れして遊びの金としてしまい、大切な鑑定書である折紙まですり替えられてしまう(「相の山」)。
宿では、万次郎の後見役藤浪左膳から助力を乞われる家来筋の福岡貢。万次郎を陥れようとする敵方の様子をうかがう奴林平と貢は、御家横領の詮議の手掛かりとなる密書を手に入れる(「宿屋・追駈け地蔵前・二見ヶ浦」)。
<二幕目>油屋店先の場、奥庭の場
ここはあらすじ省略。
以下、感想を書く。まず序幕。
家を出るのが遅くなって「相の山」が終る少し前に着席。悪者が折紙を手に入れちゃったようだというところで幕切れ。まぁ大勢に影響ないかな(^^ゞ
「宿屋・追駈け地蔵前・二見ヶ浦」が予想以上に面白かった。宿屋で藤浪左膳が貢に万次郎への助力を頼むところがあるので貢の忠義の努力がすんなり理解できる。奴林平が一所懸命に悪者方を追いかけるチャリ場も笑えた。獅童は悪者方2人とにらみあっての極まりも一人腰高でちょっとかわいそうに思えたが「レッドクリフで馬に乗っているより速い」と言われるあたりで外部での活躍という話題性も芸のうちかなぁと思えた。井戸から出てきた悪者は「ポニョポニョポニョ深い井戸からやってきた」と茶を入れて、映画ネタ満載なのもよかった(笑)
その3人のドタバタの追いかけっこを見る貢と万次郎が「アレは気違いやなぁ」と醒めた目で繰り返すのもまた可笑しい。海老蔵が二枚目顔で肩の力の抜けた芝居をして笑いもとれるのかと感心しきりだった。
「二見ヶ浦」の夜明け前の密書をめぐるだんまりの締め括りに舞台奥の幕が落ちて夫婦岩に朝日が登っての幕切れ。伊勢の名所をしっかり見せるお江戸でも伊勢参りが盛んだったろうから、受ける演出だったのだろうと思い至った。
前半が実に面白く、「相の山」にも間に合いたかったと少々残念だった。
二幕目の油屋店先の場。宗之助のお岸は可愛く、万次郎が入れあげているのも納得。その万次郎がまた本当に頼りない坊ちゃんという雰囲気がよくわかる。こんな若主人のためにみんなそんなに頑張ってるなんて可哀相と思えるが、そういうところも喜劇的なのかもしれないと思った。
猿弥の油屋お鹿が実によかった。以前
「八重桐廓噺」のお歌がよかったのでこの役もよかろうと思っていたが、愛嬌の上に貢への愛情の深さがにじんで情の濃い女郎として人気があるという自信の披露の台詞にも説得力があった。
そして吉弥の仲居万野が絶品だった。年増女のお金への執着もよく出ていて、そのために金にならない客へは冷たくする、金になる話にはからんでいく、女郎もだまして金を巻き上げる、と金のために何でもする嫌らしい女の存在感があった。貢は名前を悪用されて潔白を言い立てるが、万野の口の方が上手でやりこめられ、あわてふためき、怒りをカッコをつけて抑えこむ。ここの海老蔵の芝居が予想以上によくて見直した。
笑三郎の油屋お紺は少し硬いが綺麗。もう少し売れっ子女郎としての色気が出るといいと思った。愛之助の喜助は少し抑えすぎかも。もう少し線を太くしてもいいかも。
海老蔵の貢は、白塗りではあるが声域もそれほど高くないために無理しないで出せたのか声が裏返ることもなく、狼狽の場面は可愛く、怒りをこらえる場面も美しく、合格だ。辛抱立役、ぴんとこな、できるじゃないか!
万野の挑発で刀で打ったら鞘走って斬ってしまい、そこから青江下坂の妖力が乗り移っての大量殺人。ふらふらしながら斬っていくという夜の部の仁木弾正がスピード感あふれるものとは正反対のゆっくりした動きの美しさが問われる立ち回り。この両者を昼夜で見せるというのは、観ているこちらも楽しいが、やっている方も実は楽しかろうと思えてしまった。
奥庭の場へ丸窓を蹴破って登場するのは仁左衛門に習ったことの現われだと思う。いろいろな先輩に習いにいけるというのも海老蔵の強みだろう。
笑三郎のお紺を斬りそうになってようやく正気が戻り、自害も喜助がとどめて、青江下坂もその折紙も喜助やお紺の必死の尽力で揃ったことがわかっての幕切れ。仁左衛門のようにニッコリという顔ではなかったが、なんとか主人への忠義はなったという安堵感をにじませる表情での幕切れだった。
通しで観ると、大量殺人のドラマではなく、忠義を貫くための笑う場面あり、偽の縁切りあり、凄惨な場面までありの波乱万丈というか破天荒というか、とにかくいろいろな場面てんこもりのいろいろな役者の見せ場がいっぱい仕組まれた作品だという全貌が明らかになった。
最近の海老蔵は父・團十郎の闘病で気持ちを入れ直したかのような大活躍で、大いに喜ばしい。また、通し上演にこだわっているようだが、歌舞伎に馴染みの薄い観客にもよりわかりやすいだろうし、自身が役を深くつかむためいいと思うし、こういう取り組みは応援したい。
1月の演舞場もしっかり観るつもりである。
写真は演舞場のロビーにあった今回公演の特別ポスター4種から携帯で撮影。
11/14夜の部①「竜虎」
11/14夜の部②「通し狂言 伽羅先代萩」
11/16昼の部①「吉野山」