2017/02/20 「歌舞伎の日」に勘太郎・長三郎兄弟の初舞台「二人桃太郎」の話題



 『週刊女性自身』で2/20が「歌舞伎の日」ということにちなんだ記事があったので、ネット検索してみると、1603(慶長8)年に京都四条河原で歌舞伎踊りを始めた出雲の阿国が1607(慶長12)年2/20に江戸城で将軍徳川家康や諸国の大名の前で初めて歌舞伎踊りを披露したことからのようだ。前者は何月何日という記録がないのだろうが後者は確実に記録があるだろう。他に1889(明治22)年の11/21に東京木挽町に歌舞伎座がオープンしたことを記念して11/21を歌舞伎の日とする情報もあったが、さすがに歌舞伎座開場だけでいうのは難がある。
 今月の歌舞伎座は出雲の阿国一座が江戸に出てきて小屋掛けすることを許されるのを芝居にした演目あり。しかしなんといっても十八代目中村勘三郎の孫兄弟の初舞台・襲名披露が話題。十八代目の初舞台が桃太郎、子の勘太郎・七之助の初舞台が二人桃太郎、そして孫の勘太郎・長三郎も二人桃太郎で初舞台ということになった。チケットの先行予約日にうかうかしていたら休日の夜の部の3階席は売り切れてしまい、2/15(水)にフレックスで早上がりして観るはめになった(^^ゞ

 上の写真2枚は襲名披露の祝い幕とそれをおさめた箱のロビー展示。野田秀樹演出作品の衣裳デザインでおなじみのひびのこづえさんのデザインでその画も箱の前にあり。二人桃太郎のスチール写真で「猿若祭二月大歌舞伎」の特別ポスターも作られている(下の写真)。
 芝居半ばで菊五郎の引き合わせによる襲名披露口上あり。おともの犬猿雉の姿で染五郎、松緑、菊之助も口上を述べたのが珍妙。兄弟の二人桃太郎は5歳の兄はしっかりし、3歳の弟はお兄ちゃんについてようやくという感じではあったがまぁ合格(笑)
 こうして伝統工芸の継承と同じように家の場で伝統芸能も継承されていく。その家に生まれたからと言って親の七光りでは通らない厳しい世界だ。才能のないものは役者としては廃業ということにもなる。「継承」ということについて考えさせられる。

歌舞伎公式サイト「歌舞伎美人」の「江戸歌舞伎三百九十年 猿若祭二月大歌舞伎」の情報ページはこちら
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