ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

06/07/19 東京裁判三部作完結『夢の痂(かさぶた)』

2006-08-15 02:06:30 | 観劇

61年目の終戦記念日に合わせ、夜中に一気に書いた文章をきちんと読み直さずにアップしたために乱文の極みだった。「吉里吉里人」が「吉利吉利人」になっていたし、文章もおかしいところだらけだったのでかなり修正を入れさせていただきました。

私にとって初めての新国立劇場の小劇場。「小劇場新作連続上演」では、現代をリードする劇作家たちと集団が「時代と記憶」をテーマに作品を発表。この企画の最後が井上ひさしの東京裁判をモチーフにした「夢」シリーズ。このシリーズを知った時にはすでに第二部までの上演(「夢の裂け目」「夢の泪」)が終わっていて、最後の第三部は見逃すまいと思っていた。職場の観劇好きのお仲間を誘って3グループに分かれて観劇。私は7/19の夜の部を観た。小劇場は本当に小さく座席も硬くまさに硬派のお芝居を楽しむにはぴったりの劇場だった。
演出は新国立劇場芸術監督の栗山民也が演出。遅筆堂と名乗る井上氏のこと、今回も原稿アップは初日ギリギリになったらしい。役者さん、スタッフさんに観客としても大感謝である。キャストは「夢」シリーズ3作を通して出演された9人。
角野卓造 高橋克実 福本伸一 石田圭祐 犬塚 弘 三田和代 藤谷美紀 熊谷真実 キムラ緑子

東京裁判三部作のはずなのに裁判自体は全く出てこない。東京裁判では政治的活用を目的に起訴対象にされなかった天皇の戦争責任を問う、また国民もまたその責任について考えてこなかったことをテーマにしたドラマだった。
角野卓造は昨年の休職中に毎日のように見てしまったTVドラマ『渡る世間は鬼ばかり』でおなじみだったのだが、舞台は初見。しかしまず冒頭、大本営所属の軍服姿が決まっていることに驚き、満州にいる娘に遺書を残して自殺をはかって入り江と見立てたオケピに飛び込む。そして生き残ってしまって月日を経た次の場面、だらしなく寝ているステテコ姿をさらすという極端から極端に人間の変化を表す作劇を味わい深く体現!すごい、すごすぎる。冒頭からひきつけられてしまった。その徳次は実家の骨董商を手伝って屏風の収集家の東北の地主だった佐藤家で立ち働いていた。そこに娘がたずねてきての久方ぶりの対面シーン。井上ひさしの喜劇味あふれる変化を持たせた繰り返しの台詞にほのぼのしてしまう。人間宣言をした天皇が国民と触れ合うための巡幸の際の行在所として佐藤家に白羽の矢がたち、失敗をしないように予行演習をすることになる。徳次は大本営で天皇の姿にふれたことのある人間として天皇の役をつとめるよう依頼される。そして天皇に成りきっていくところの異常な可笑しさ。この変化の幅の大きな役をどの場面も魅力たっぷりに演じてくれた。全幅の信頼を寄せるに値する役者だと思い知る。

三田和代は『喪服の似合うエレクトラ』以来。今回は32歳の行かず後家になりそうな佐藤家の長女絹子役。年齢的にはちょっと無理があったが、真面目な女学校の国語の教師という役柄にはぴったりだった。絹子が国語の文法を通して世の中の変化を生徒と一緒になって考えていくという筋書きがまず全体を一本通している。主語が隠れてしまう日本語が持つ曖昧さ。時代の大勢に主語を置き換えることで何も考えずにすばやく宗旨替えをすることができてしまうという鋭い指摘。そうしながらも長女として天皇の行幸を成功させるための指揮をとっているようにみえる。しかしそれは天皇に戦争責任を問いたいためだということがわかる。
絹子は小作の息子を愛していた。その彼は反体制的だったために最前線の戦地に送られて餓死。そのための責任をとって欲しかったのだ。それが予行演習の中で明かされ、徳次の天皇に国民に謝罪し責任をとるように迫る場面は秀逸。ここで絹子の台詞を引用しておこう。
「天子さまが御責任をお取りあそばされれば、その下の者も、そのまた下の者も、そのまたまた下の者も、そしてわたしたちも、それぞれの責任について考えるようになります。「すまぬ」と仰せ出だされた御一言が、これからの国民の心を貫く太い心棒になるのでございます。ご決意を!」

徳次天皇は「古来から天皇は謝らないことになっている」とか最初は言っているがついに追い詰められて謝罪、その上で退位まで宣言。そして我に返ってなんというおそれ多いことをしたかとまたまた飛び降り自殺を図りまた失敗。2度も天皇のために死のうとするハメに陥っているということの愚かしさ、滑稽さ…。その徳次に絹子が思いを寄せ、徳治もまんざらでもないらしいという終わり方で救われるのだ。角野卓造も41歳という年齢設定に少々無理を感じたが(笑)。

佐藤家の次女繭子(熊谷真実)は、絵描きの道を志したが挫折してキャンバスの向こう側に行ってしまっていた。恋敵でもあり、対抗するモデルクラブ所属の高子(キムラ緑子)ともども額縁ショー出演仲間でもあった。このふたりが明るくたくましいキャラクターであるのも魅力的だ。結局最後には佐藤家の当主の爺さん(犬塚弘)を除いて4組のカップルにおさまっていく雰囲気も明るい希望を感じさせた。

それにしても私は驚いた。当時の日本人がきちんと自らの戦争責任を考えるために一番有効だった手段として「天皇の謝罪」を真正面から提示している。まさに一番有効だったろう。A級戦犯だけが裁かれることで天皇の戦争責任を不問とするという政治取引があったことは歴史的に明らかになっているのにそれは国民の共通認識になっていない、いや、ならないように情報操作されてきた日本の戦後史。それで死んだA級戦犯の合祀について昭和天皇が不快に思うということの異常さ。昭和天皇は「人間宣言」の後も最後まで元首意識を持ったままの人だったらしい。ちゃんと「人間」として育てられていないのだから仕方がないのかもしれないが。
「夢の痂(かさぶた)」というタイトル、日本社会にできた大きな傷の表面は戦争責任を曖昧にしたまま痂になってしまっている。それを剥がして膿を出す必要があるというのが今回の作品への井上ひさしの問題意識だったようだ。

また、全編を通して井上ひさし特性の合成東北弁がとびかうことで標準語では味わえない人間の泥臭さ、可笑しさが出てきている。アテルイのような反大和政権的な感覚、吉里吉里人のような中央政権からの独立意識のようなものも根底にあることが作品の支えになっていると思う。
井上ひさしの作品の中では『太鼓たたいて笛ふいて』が一番好きだが、それについでこの作品も気に入った。

新国立劇場のプログラムは安くて読むところがたくさんあってかさばらないのが気に入っていて毎回買っている。今回はさらにこの作品の戯曲が掲載されていた文芸誌『すばる』8月号もしっかり買ってきて、観劇後すぐに読んで舞台を脳内で再現。これはなかなか楽しかった。そしてあらためて井上ひさしの戯曲の質の高さを味わうことができたのだった。戯曲の一読もかなりおすすめである。

写真は、新国立劇場のHPのチラシ写真から転載。
ご参考までに、昨年の『箱根強羅ホテル』の感想はこちら
この夏は昭和天皇がA級戦犯合祀を不快に思っていたことがわかるメモが見つかったという報道もあり、元首相で後にA級戦犯で処刑された広田弘毅の遺族が「祖父の合祀については靖国神社が勝手にやられたことで承知していない」とインタビューで応えている報道も見た。さらに昨晩はニュース23で合祀をしないでいた皇族出身の宮司が亡くなって福井から抜擢された次の宮司が就任3ヶ月でさっさと合祀してしまったという報道も見た。戦争責任についてしっかり考える機会を持ってこなかった日本人という問題に向き合わざるを得ない(そこがナチスの責任をしっかりと総括し迷惑をかけて周囲の国々ときちんと付き合ってきたドイツとの大きな差だと思っているのだが.....)。


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9 コメント

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あまり、政治の話は (お茶屋娘)
2006-08-15 06:25:47
しないようにしているのですが・・・。



戦国時代なら、敗軍の将は、自らの首と引き換えに家臣や領民を救うもの。

かりにも、一流の軍人として教育をうけてきたA級戦犯の方々も、それぐらいの覚悟はお持ちだったと思います。

だから、戦犯として処刑された、ということは、別に、不名誉でもなんでもないこと。神様として祀られるのは、かえって彼らの名誉を、貶めることになるのでは?一番、当惑しているのは、泉下の彼らではないでしょうか。



ワタシの祖父母も、植民地支配の加害者側でした。だから、自分も、中国やアジアに思い入れがあるように思います。祖父母の罪がなくなるわけではないけれど、地道に交流することが大事かな、と思っています。勿論、祖父母と中国の人たちの間に、暖かな交流もあったのだ、とは信じていますが。
こんばんは♪ (真聖)
2006-08-17 22:30:19
角野さんは初見でしたか。

彼の文学座での舞台もいいですよ~

今度是非~



いつもながらぴかちゅうさんの鋭い歓声には脱帽です。

井上さんの舞台は左よりというかモロですが、やっぱりすばらしい脚本を書かれる方ですよね。



それから、来年とうとう蔵ちゃん(佐々木蔵之介)もこまつ座デビューです。

嬉しい!

井上さんが無事(新作なので)ホンを書き終えてくださるようにと今から祈ってます。





PS:話があっちへ飛んだりこっちへ行ったりしてごめんなさい。
皆様コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2006-08-17 23:44:47
★お茶屋娘さま

8/15前後は戦争にかかわる特別番組なども多く、靖国神社へのA級戦犯の合祀についてもいろいろ報道されていました。

>一番、当惑しているのは、泉下の彼らではないでしょうか.....東条英機は自分が死刑になった後は靖国への合祀を望んでいたらしいですよ。明治以降、天皇のために戦って死んだ英霊?を祀るためにわざわざ作った神社ですからねぇ。確か薩摩に西郷隆盛を征伐に行っての戦死者も祀られていると以前にTVで見た記憶があります。帝国軍人には江戸時代以前の武士のそういう覚悟は引き継がれていないようです。

私の母方の父も軍属でした。兵隊さんの軍服の縫製工場をやっていたんじゃないかな。国債をいっぱい買っていて東京大空襲で全部焼けて家も全部バラックを建てた人にとられてしまったのに戦後は自民党員でした。支部の名前が入ったてぬぐいが家にあったような記憶があります。全く懲りてない。天皇が謝罪したら祖父も反省したのかもしれないです。

★真聖さま

井上ひさしの脚本は本当に緻密ですよね。現代の近松門左衛門と呼んであげたいです。

佐々木蔵之介はNHKの朝ドラで注目しました。こまつ座デビュー、私も絶対観ますよ!彼なら台本アップがギリギリでも立派にやってくれると思ってます。初日が開かないような事態にだけはならないことを今から祈りましょう。

TB再トライ (butler)
2007-06-18 11:53:44
ぴかちゅうさん、こんにちは。

再度トライさせていただきました。


★「ようこそ劇場へ!」のbutler様 (ぴかちゅう)
2007-06-18 22:21:37

井上ひさし関連をまとめてリンクした下記の記事を見ての2本のTB、嬉しいです。有難うございますm(_ _)m
http://blog.goo.ne.jp/pika1214/d/20070611
次回の「ロマンス」が本当に楽しみですね。その時もまたよろしくお願い申し上げます。
Unknown (hitomi)
2010-04-12 18:53:38
「夢の痂(かさぶた)」ぜひ観たかったです。ぴかちゅうさんの記事でわかって嬉しいです。今日はばばこういちさんや福田陽一郎さんの訃報も入りました。ショーガールは最後のだけ観ることが出来ました。
★hitomiさま (ぴかちゅう)
2010-04-15 01:30:44
井上さんの追悼記事のURLを名前欄に入れておきます。そちらでまとめてお返事します。
東京裁判三部作は今年の4~6月で連続上演され、全部観る予定です。今回もまた感想アップしますね。
Unknown (hitomi)
2010-04-15 19:35:20
近所の図書館にったら井上ひさしコーナーが出来ていて「夢のかさぶた」「夢の裂け目」がありましたので借りてきました。三田さんの台詞がやはりいいですね。
今日の夕刊にも最後まで執筆の闘志があったと三女さんのお話が載っています。
★hitomiさま (ぴかちゅう)
2010-04-21 22:07:01
貴ブログで拙記事をご紹介いただき有難うございますm(_ _)m
職場の先輩が映画「沈まぬ太陽」の主人公・恩地のモデルとなった小倉寛太郎氏の著書『自然に生きて』を貸してくださったので読んでいます。
その57ページに以下のようにありました。
「・・・・・・十何年、木戸孝一は内大臣として天皇と付き合っていたそうです--その木戸孝一が、巣鴨から天皇に手紙を書いています。
『陛下はこの際、ご退位あるべく。さもなくば、後世の日本人の道徳と倫理に著しき弊害を及ぼすでありましょう』。
平ったく言うと『天皇さんよ、戦争責任をとって天皇をお辞めなさい。それでないと将来日本人はみんな無責任になっちゃいますよ』。当たりました。」
→このコメントの名前欄のURLは「沈まぬ太陽」の記事のものにしています。
『木戸孝一日記』というのにそういう話があったというのは聞いたことがありましたが、文字になっているのをみたのは初めてでした。
井上ひさしはもちろんこういう資料にも全部目を通して戯曲を書いているのだろうと感じ入った次第です。
>今日の夕刊にも最後まで執筆の闘志があったと三女さんのお話が載っています......朝日新聞の4/15夕刊を確認したのですが見当たりませんでした。
こまつ座の公式サイトのトップにも報告と座としての今後の決意が掲載されています。

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