ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
カタリナと歩いた街、優しい人たちとの折々の出会い・・・
それは、想い出という名の心の糧 

身に覚えあり、笑いながらも嗤えない話 ・・・

2017年04月21日 | 日記

 過日(4/19)の天声人語氏、幾分の揶揄も込めて、その所業 “ 安直すぎていささか拍子抜け ” と書く。

 その二日前(4/17)の同紙には、“ 75年の横浜市県民ホールの開館に合わせ、緞帳の原画として晩年の棟方志功に板画の制作を依頼した ” とあった。
 記事は、“ 緞帳制作会社に一時期預けた後、額に入れて館長室に架けていたが、それがいつの間にかすり替わっていた ” と続いてい、それを受けての冒頭のコラムである。

 40年ほども前の話、まま、館長室に置いとけば知られずに済んだが、自前の美術館の展覧会に出したところ、美術に詳しい観覧者から 「レプリカじゃない」と指摘を受けて気が付いたンだと。

 お役人やなあと思ったのは、なんとそれを、三年間も知らぬ顔の半兵衛を決め込んだこと。

 しかも、本物の 「宇宙讃 ‐ 神奈雅和(かながわ)の柵」は、和紙に刷られたものだったが、普通紙にカラーコピーされたものをご丁寧にも上下逆さまに額装されていたとかで、恥の上塗りをやってしまったよう。

 まっ、緞帳のための原画、初期の目的は達しているのやし、そんなに目くじらを立てることはないのかも知れない、ましてや他県民としては。

 てなことで、論文から在庫一掃大臣の国会答弁までコピー全盛のこのご時世、わが小編も身に覚えあり、笑うに嗤えない記事ではありました。

 ところで本編、件の版画を他のサイトから借りて添付しようと思って気付いた、それもコピーやないかと。
 で、夙川堤の葉桜の中、名残りの 「藪椿」を、えっ、記事もコピペやないかって、えらいすまんことで。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1297

コメント
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