ブリュッセルに着く筈の列車、ストで途中停車。
その顛末、長々と書いたが、その間ぶさたにしたフェルメールのことに戻る。<上野美術館>から始めたフェルメールの旅、この辺でひとまず終える。
ところで、ドイツにはフランクフルトという町がふたつある、マイン川畔のフランクフルトという意のフランクフルト・アム・マイン。
そして、今もポーランドとの間でしこりを残すオーデル・ナイセ国境線、その、オーデル川畔のフランクフルトという意の、フランクフルト・アン・デア・オーデル。
ここで書くのは、欧州有数の金融の街アム・マインの方。
ここにはドイツ最大の空港があり、関空から直行便も飛ぶが、大聖堂やゲーテの家やレーマ広場の他にさして見る所もなく、観光だけなら半日もあれば足る。
かつて<フラ・コート>の稿でも書いたが、飛行機を乗り継ぐことはあっても宿泊することは殆どなかった。
それでもひと昔ほど前、美しいドイツの ‘Xmas市(上/レーマ広場)を楽しもうと、この街から出るバスでミュンヘンまで二日かけて移動したが、その折にはマイン川畔のホテルに泊まった。
また、二年前にも、ドイツルネサンス期の画家デューラーを訪ねた折、帰国前に行きたい所があってこの街で一泊した。
その二年前の凍るような寒い日に訪ねた先が、シュテーデル 美術館である(下)である。
※ カタリナの独り言
訪ねたいと思いながら何時も素通り、悔しい思いをしてきた、シュテーデル美術館、ドイツもこれで最後になるかも知れないので、何年か振りに一泊することにしたのだが、これでようやく念願が叶う。 ()
19世紀の初め、金融業で財を成したヨハン・シュテーデルが、市民のために蒐集したコレクション、土地、家財ひっくるめ遺贈したのが始まりとされ、ルネッサンスから象徴主義までの作品を幅広く収蔵する。
1937年のナチスによる退廃芸術狩りによって、ゴッホなどの多くの絵が持ち出される悲劇をこの美術館も体験したこと、この旅で初めて知った。機会があれば、小編でその傑作を取り上げたいと思っている。