1日1話・話題の燃料

これを読めば今日の話題は準備OK。
著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

6月5日・ケインズの魅力

2017-06-05 | 歴史と人生
6月5日は、『国富論』を書いた経済学者アダム・スミスが生まれた日(1723年)だが、近代経済学の父、ケインズの誕生日でもある。

ジョン・メイナード・ケインズは、1883年に英国イングランドのケンブリッジで生まれた。父親はケンブリッジ大学で教鞭をとる経済学者で、ジョンは3人きょうだいのいちばん上の子だった。
14歳で名門イートン校の奨学生となったケインズは、22歳でケンブリッジ大学を卒業。
政府の役人となって、当時英国の植民地だったインドを管轄するインド省に勤務した。その後、大学にもどって経済を研究しだし、また役人にもどって大蔵省に勤めたり、経済誌の編集をしたりしながら、ずっと経済について研究を続け、論文を書き、発言した。
53歳のとき、歴史的著作『雇用・利子および貨幣の一般理論』を発表。
イングランド銀行理事を務め、男爵となった後、1946年4月、心臓発作により、サセックス州のファール没した。62歳だった。

現代の日本政府がやっている、政府が税金を投入して有効需要を創り出し、景気をよくしていこうとする政策は、もともとケインズの理論にしたがったものである。
マルクスが、個人一人ひとりの経済活動を分析して、社会全体の経済の動きを説明しようとした「ミクロ経済学」であるのに対して、ケインズのほうは、社会全体を動きまわる巨大な経済の流れを経済指標や数式を用いてつかもうとする「マクロ経済学」である。ケインズ理論の登場は、それまでの古典派の経済学を一変させる経済学の革命的事件だった。

ケインズは、イートン校、ケンブリッジ大学の青年時代からずっと、同性愛者だった。しかし、20代のころも女性に興味がないこともなかった。それが、38歳のとき、ディアギレフ率いるロシアバレエ団の踊り子、ロポコヴァを知ってからは、彼女に強く引かれるようになり、当時つきあっていた同性の恋人を袖にして、42歳のとき彼女と結婚した。若いころからの友人たちは、ケインズの変わりように驚いたという。
これはケインズの学問的業績には関係がないけれど、彼の人となりを知る上で興味深い話である。彼は社会通念や習慣にしたがうのでなく、自分自身の理性に素直にしたがう人だった。だから、既成の通念にとらわれない、革命的な理論が打ちだせたのではないか。

第一次大戦が終わり、その戦後処理について話し合われたヴェルサイユ会議で、ドイツにばくだいな賠償金が押しつけられた。このドイツへの戦争賠償金について、見識のあるケインズは大反対し、論陣を張った。
しかし、結局、賠償金は課された。その結果、ドイツでは急激なインフレが起き、ドイツ国民の生活は破壊され、それがナチス党のファシズムが台頭する背景となり、つぎの世界大戦の引き金となった。
ケインズは「経世済民」という本来的な意味における魅力的な経済学者だった。
(2017年6月5日)



●おすすめの電子書籍!

『おひつじ座生まれの本』~『うお座生まれの本』(天野たかし)
おひつじ座からうお座まで、誕生星座ごとに占う星占いの本。「星占い」シリーズ全12巻。人生テーマ、ミッション、恋愛運、仕事運、金運、対人運、幸運のヒントなどを網羅。最新の開運占星術。


●電子書籍は明鏡舎。
http://www.meikyosha.com

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする