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ある精神科医の欺瞞

2019-08-04 22:43:54 | マスメディア
 京都アニメーション放火事件はまことに痛ましく、かつ理不尽なものであった。放火犯の動機についてあれこれ言われているが、どんな動機があったにせよ、まともな人間は罪のない社員を焼き殺すようなことには結びつかない。その意味でガソリン男は、精神科医の診断がどうであれ、精神異常者と見て間違いないだろう。

 7月29日朝、NHKラジオ第一放送に著名な精神科医である斎藤環氏が登場した。斎藤氏の主張は、京都アニメーション放火事件の犯人が精神障害者であるかのような報道がなされたことに関し、安易に精神障害者が危険人物とみなされることへの懸念であった。むろんこれはもっともなことである。しかし彼の説明は誤った数値を並べ、さらに都合の悪い事実を伏せるなど、学者として極めて不誠実なものであった。以下、斎藤氏の説明要旨を簡単に述べる。

「犯罪白書によれば精神障害者の検挙率は0.6%に過ぎない。精神障害者は全人口の2%を占めるので、精神障害者の犯罪率は一般より低い。また殺人・放火の重大犯罪に於ける精神障害者の再犯率はそれぞれ6.8%、9.4%なのに対して、一般は28.0%、34.6%であり、精神障害者の再犯率は低い」

 このように精神障害者は一般よりも安全であるとの主張をしているわけであるが、この数字に疑問を感じたので調べてみた。平成30年版の障害者白書によれば、精神障害者の数は知的障害者108万2千人(全体の0.9%)、精神障害者392万4千人(同3.1%)、合計500万2千人(同4%)である。斎藤氏の言う2%はどこにもない。また斎藤氏は殺人・放火の再犯率を提示しているが、これはあまり意味があるとは思えない。それよりも殺人・放火の重大犯罪に占める率がずっと重要である。平成30年版の犯罪白書によれば、精神障害者による殺人・放火犯罪はそれぞれ13.4%、18.7%に達する。つまり人口3.1%(4%?)に過ぎない精神障害者であるが殺人・放火に関しては一般よりずっと高い犯罪率なのである。犯罪全体でも精神障害者が占める割合は1.5%であり、斎藤氏の言う0.6%とは2.5倍もの開きがある。斎藤氏は犯罪白書をどう読んだのか。これほどのデタラメは理解困難である。大衆は小さな嘘より大きな嘘にだまされやすい、と言ったのはヒトラーだが、これは大きな嘘である。

 斎藤氏は精神障害者の犯罪率という最も重要なデータを誤るだけでなく、精神障害者による殺人・放火が高い率で起きている事実を故意に伏せたものと思われる。精神障害者が誤った偏見を受けることは避けなければならないのはわかる。しかしそのために誤った情報を提供したり、故意に誤解を招くような情報の恣意的選択は許されない。そんなことをすれば朝日新聞と同じである。斎藤氏は数十冊に及ぶ本を出版している。本の大量生産がお得意のようだが、こんな不誠実な姿勢では本の信頼性にも疑念が生じる。

 また殺人・放火犯罪が13.4%、18.7%という事実は重大である(精神障害者などによる殺人の実数は117件)。なぜならその中には理不尽な、つまり合理的に予想できないような犯罪が含まれるからである。被害者になる理由、つまり因果関係がなければ犯罪を予想して避けることなど、不可能に近い。殺人・放火犯罪が13.4%、18.7%といっても絶対数ではたいしたことはないのであまり怖がることはないと思うが、こんな重大な事実を伏せてまで自分の主張を通す態度は許せるものではない。

 これを全国放送したNHKもその嘘に加担した。誤解を日本中に広める手助けをしたわけである。間違いであるならば訂正広告を出すのが当然である。番組は「三宅民夫の真剣勝負」という気負ったセリフがジャジャジャジャーンという大音量の音楽の後に出てくる印象の悪いものだが、三宅氏とのやり取りを聞いていると、予め打ち合わせているのがわかる。当然、チェックの機会はあったと思う。怠慢というか無能というか、公共放送として情けない。ついでに言うと、三宅氏の質問も的確さを欠き、しかも緩慢である。失礼ながらこの役はもっと頭の切れる人がふさわしいと思う。