噛みつき評論 ブログ版

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少量の毒は食べてもOK・・・"無毒性量"の周知を

2008-09-29 09:36:16 | Weblog
 メディアを見ている限り、食の不安が社会に大きく広がっているという印象を受けます。メディアによる大量報道、故意に不安を煽るような報道がその原因のひとつであることは間違いないと思います(参照)。

 一方、情報を受けとる読者・視聴者は、農薬など毒性のあるものを僅かでも摂取すると、量に応じた影響があると考えていないでしょうか。少量なら小さい影響が、多量なら大きい影響があるという理解です。その理解が不安を高めているのかもしれませんが、実は少し違います。

 一般の化学物質(*1)は一定量以下では影響を与えません。この量以下では一生涯毎日摂取しても、影響が出ないという量があり、無毒性量と呼ばれます。そして影響の出る境界を閾値(いきち)と呼びます。詳しくは製品評価技術基盤機構の解説をご覧ください。我々はダイオキシンなど、微量の毒物を日常的に摂取していますが、この仕組みのおかげで健康を維持できるわけです。

 動物実験などで求められた無毒性量(mg/kg/日)を安全係数(100程度)で除して、つまり100分の1などにしてADI(許容一日摂取量、TDIと同じ)を求めます。食品に含まれる許容量はこのADIをもとにして決められるわけです。したがってかなりの量を摂取しない限り無毒性量の範囲に収まります。短期間の摂取ではさらに影響はありません。ギョーザ事件では大きく超えましたが、これは悪意のある犯罪で、他と同列に考えるべきものではないと思います。

 前にも触れましたが、英国やドイツでは基準値を超過した場合、内容を評価して健康上問題がないとされれば回収は行わないそうですが、恐らく無毒性量の範囲に十分収まる場合なのでしょう。メディアが無毒性量の存在を読者にきちんと知らせていれば、不安はずいぶん小さいものになっていたと思います。もっともメディア自身がそれを正しく理解する必要があります・・・実はそれが大問題なのですが。

 前に不安を煽る報道だと指摘したように(参照)、9月21日の朝日朝刊は今回のメラミンの日本での混入事件について『この種の化学物質は、多量に摂取した場合の症状以外に、慢性的な症状が現れる危険性がある』という、里見宏・健康情報研究センター代表の話を掲載しています。

 それに対し、27日の朝刊には『専門家「健康影響なし」』と題して唐木英明東大名誉教授(毒性学)の、最大濃度のクリームパンダを50kgの人が1日約17個、一生食べ続けても問題のない計算になるというコメントを載せています。内容も、信頼性も前回とは違い、これなら十分納得がいきます。

 ただ、一方で冷静な対応を呼びかけながら、同じ紙面に「また汚染 何食べれば」と大書し、不安に脅える市民の声をいくつも載せています。これでは不安を一層煽るだけで、冷静になれるわけがありません。必要以上の恐怖心を与えたのはメディア自身であり、ここには報道の結果に責任を持つという姿勢がまったく感じられません。この市民らは報道を信じ、素直に反応しているだけであり、そうした人々に誤解を与える行為は罪が深いと言わざるを得ません。

 第三者のコメントと言っても新聞社の判断に基づいて掲載するものですから、選択は重要です。下心がないのであれば、公正さと信頼性を基準に選定すべきです。もっとも新聞にそれを判断できるだけの見識が必要です・・・これもまた難しいことのようですが。

(*1)発癌物質は閾値がないと考えられてきました。製品評価技術基盤機構の発ガン性の評価をご参照下さい。

「事故米で被害が次々に判明」と朝日新聞・・・これ、本当ですか

2008-09-25 07:30:10 | Weblog
 9月24日付朝日新聞17面には衝撃のニュースが載っています。その冒頭部分を引用します。
『京都、兵庫、大阪、三重、富山・・・・・。学校給食に事故米を加工した赤飯や卵焼きが出されていた被害が次々に判明している』

 そして『アトピー性皮膚炎の増加など化学物質による影響は、すでに子どもたちに出ている』という40歳の母親の話を紹介しています。「次々と出ている被害」の紹介はこれひとつで、他は不明です。

 ある物質が病気の原因になっていることを確定するのには長い時間と手間のかかる調査研究が必要なことを、この記者とデスクは知らないのでしょうか。母親が「感じたこと」だけを根拠に「被害が次々に判明している」と、断定した報道ならば、恐ろしいことです。是非とも被害の明確な根拠をお示し願いたいと思います。

 次にメタミドホスの基準値0.01ppmについて、『ポジティブリスト制が導入される際、EUの基準値を参考に定めた』という記述がありますが、これも誤解を招きます。この表現では0.01ppmは毒性評価から決まったように理解できますが、ポジティブリストから外れたものはすべて一律に0.01ppmとされたわけで、トマトなどの基準値が2ppmとなるポジティブリスト制(参照)の仕組みを説明すべきです。また基準値の設定に際して参考にしたのは正確に言うと、Codex、米国、豪州、カナダ、EU、ニュージーランドなどであって、EUと勝手に変えるべきではありません。

 さらに、『内閣府の食品安全委員会が、ラットを対象にした実験で健康被害が出た量に100分の1を掛けて1日許容摂取量(ADI)を設定している』としていますが、これも誤りです。食品安全委員会の(食品健康影響調査の結果の通知)によれば、「1 年間慢性毒性試験で得られた0.06 mg/kg 体重/日が、イヌにおける無毒性量としてより適切であると判断され、この値を一日摂取許容量(ADI)の根拠とすることが妥当と考えられた」とされています。

 無毒性量とは毒性が認められなかった量であり、これを「健康被害が出た量」と勝手に改ざんする神経は理解できません。両者は断じてイコールではありません(前出の「食品健康影響調査の結果の通知」11-1を参照)。またイヌを省いた理由もわかりません。記事を正確に書くことは最も基本的なことで、勝手に変えることは許されません。この記事を鵜呑みにする人も多いはずで、職業人としての誠実さを強く疑います。

 記事という商品自体の品質に欠陥があるわけですから、産地偽装などよりよほど深刻です。産地偽装の食品を食べても実害はありませんが、間違った記事は読者の判断を狂わせます。有名な橋下大阪府知事にならって「クソ記事」と呼びたいところです。

 朝夕刊48ページのうち約半分が広告であり、残りの24ページの8割は発表もの(記者クラブの発表などを伝えるだけ)だと言われています。つまり調査報道・論説などは5ページにもなりません。それを数千人もの記者が作るのだと考えると、記事の「品質管理」能力はなんともお粗末な気がします。

 朝日新聞は読者信頼度が低下(参照)したとはいえ、800万部を発行する大新聞であり、良くも悪しくも影響は甚大です。ひとつの記事にこれだけの問題点を含んでいることは、記者やデスクはむろんですが、朝日新聞の編集能力に問題があることを示唆します。虚偽や歪曲が含まれた記事が広く報道されることは社会にとって深刻な問題です。

メラミン混入事件に見る各紙の報道ぶり・・・朝日は異色

2008-09-22 07:57:36 | Weblog
 日本で販売されている食品にもメラミン混入の可能性があることが9月20日の夕刊、翌日の朝刊で報道されました。21日の朝刊(大阪版)では日経を除く朝日、毎日、読売、産経が一面トップで報じています。朝日は前日夕刊もトップです

 連日トップというだけで危険なものという印象を与えられますが、読者の関心はこのメラミンがどの程度危険なものかという点にあるでしょう。新聞各紙はメラミンの危険性に対する説明を掲載していますが、説明にはかなりの差があり、各紙の姿勢を表すものとして興味深いものがあります。

 日経と産経は、大量に摂取すると腎臓や膀胱に結石などを引き起こすとし、米国のペットフード事件や中国の粉ミルク事件などを紹介しています。毎日は、メラミンは毒性が低いとされ、米食品医薬品局(FDA)は1日摂取耐容量を体重1kgあたり0.63mgとしているとし、中国での死亡事件を紹介しています(NHKは、メラミンの毒性は低く、長期間大量に摂取すれば障害が起きるという専門家のコメントを出していますが、これは妥当だと思います)。

 朝日は、2面の最下部というあまり読まれない場所にFDAの1日摂取耐容量など、まともな説明をしていますが、読まれやすい社会面には「慢性症の恐れ」という見出しで、里見宏・健康情報研究センター代表の話を掲載しています。一部引用します。

『実態が不明な段階から、「健康被害は出ていない」点が強調されているのは気がかりだ。この種の化学物質は、多量に摂取した場合の症状以外に、慢性的な症状が現れる危険性がある。』

 現在、健康被害は出ていない、と強調されているとは思えません。また「この種の化学物質」とはどのような種を指しているでしょうか。慢性的な症状について少し調べてみましたが、結石以外、該当するものが見あたりません。「少量でも危険がある」と思わせる、この短い文章には3箇所も疑問点があります(朝日の記者は疑問を感じないのでしょうか)。そこで、健康情報研究センターについて少し調べました。

 健康情報研究センターのHPをみると、化学物質や遺伝子組換食品などの危険性を指摘するのが主な内容のようです。2006年「婦人之友」10月号掲載された里見宏氏の放射線照射に関する批判記事に対し、日本原子力産業協会は編集長に対し、14箇所について問題があるとし、その事実確認を求めています(参考資料)。やはり特殊な立場の人物という印象を受けます。

 新聞は専門家の意見という形で自社の主張を載せることがよくあります。掲載者が責任逃れしやすい便利なものです。しかし、専門家といっても一部にだけ受け入れられるような特殊な人物は避けるべきでしょう。里見宏氏のHPにはまともなものもあるようですが、「フッ素で骨肉腫」「アトピー性皮膚炎の塗り薬と発癌リスク」など論文発表の段階のセンセーショナルな情報を流しており、信頼性に疑問を感じます。

 このような人物を起用してまで、危険を強調する朝日の姿勢には強い疑問を感じます。何を意図しているのでしょうか。BSE騒動を引き起こした韓国のMBC放送を思い出します(参考)。高濃度の汚染ミルクを毎日大量に飲む乳児と加工食品に混入したものを少量食べるのとでは影響は全く異なります。余分な心配をしなくて済むよう、正確な情報を伝えるのが新聞の役割であり、流言蜚語を伝えるものではありません。

 『日本ではMRL(農薬などの残留基準)超過があると直ちに回収や廃棄という対応を執ることが多いので誤解を招きやすいが、英国やドイツでは超過した内容を評価して健康上問題がないとされれば回収は行わない。ただし超過の原因については調査し再発防止策を執ることになる』(食品安全情報blogより引用)

 もし日本で、厚労省が「基準は超えているが健康に害はないので食べてください」などと言ったら、メディアは政権が倒れるほどの大騒ぎをすることでしょう。日本は英国やドイツと同じ先進国ですが、このあたりの事情はちょっと違うようです。

事故米転用事件で自殺者・・不安を広げる歪曲報道の犠牲者

2008-09-19 09:30:01 | Weblog
 農水省は事故米の流通先の375社の地域と社名を発表しましたが、そのうちの奈良県の米穀販売会社社長の自殺が報じられました。この事件は健康被害を全く出していないのに、ひとりの命を奪いました。まことに理不尽で、痛ましい出来事です。

 トマト(メタミドホスの基準値2ppm)や白菜(2ppm)ブロッコリー(1ppm)など、ふだん食べている食品による摂取が認められているメタミドホスの量に比べて事故米(0.05ppm)による摂取可能量が圧倒的に少ないことを報道せず、危険を針小棒大に報道したメディア各社は責任を免れるものではありません。

 マスコミ報道により広まった不安に対して、農水省はこれをしずめるためとして流通先375社を発表しましたが、これもまた到底理解できません。逆に不安をより具現化する効果があり、これはさらに風評被害を生み出すのではないでしょうか。農水省が不安を取り除くために何よりもすべきことは、健康には全く影響がないということを説明することでしょう。ポジティブリスト制度(*1)による暫定基準値0.01ppmの意味を詳しく説明すれば、十分可能だと思います。また、O157汚染事件のとき大臣が貝割れ大根を食べてみせましたが、事故米を食べる実演をされては如何でしょうか。

 9月17日の朝日新聞大阪版「声」には「事故米の焼酎、夫婦で飲んだ」という題で気持を綴っています。「今のところ体調に変化はないが心配だ」「どれだけの会社や人が経済的窮地に追い込まれ、健康被害の不安にさいなまれるのだろうか」。

 散々不安を煽っておいてその「成果」を声欄に出し、さらにその効果を増幅するのが朝日新聞の手口です。朝日の論調と反対のものはまず掲載されません。声欄は読者の声ではなく朝日の声だと思った方がよいでしょう。以前、文章の約40%を担当者の作文で書き換えられ、主題も変えられた経験をしました(詳細)。話がそれましたが、メディアの努力のおかげで、深刻な不安が広がっているのは事実だと思います。

 一方、鹿児島県酒造組合は風評被害を受けたとして国に損害賠償を求める訴訟を起こす方針を決めたそうです。安全な酒100万本を廃棄する方針とも言われていますが、もったいない話です。流通先の375社の発表で風評被害はさらに拡大すると思われます。

 国民の不安と経済的損失を招いたものが、日常摂取しているより少ない量のメタミドホスであったなら、実に愚かなことです。健康被害など起こるわけがありません。三笠フーズなどの違法行為と危険性の多少は別の問題であり、行為が悪質だからと言って危険性を誇張して報道するのは筋違いです。あるいはメディアも農水省も危険性の意味がよくわかっていないのでしょうか。どちらも当事者能力が強く疑われます。

(*1)ポジティブリスト制度(前コラムと一部重複します)
06年から実施された制度で米、麦、馬鈴薯、トマトなど食品ごとに、適用される農薬の残留基準を定め、それ以外の農薬については一律に0.01ppmという基準を適用するものです。メタミドホスは米の栽培に適用されないので一律基準の0.01ppm(暫定値)となります。従ってトマトでは2.0ppmでも安全とされるのに米では40分の1の0.05ppmで危険とされる不合理なことが生じます。

 つまり基準の5倍のメタミドホスを含む米を食べても、同じ量のトマト(基準値を含む)を食べた場合の40分の1のメタミドホスしか摂取したことになりません。各食品におけるメタミドホスの基準値は日本食品化学研究振興財団の(農薬等の基準値表)をご覧下さい。

メタミドホス5倍は怖くない、トマトなら200倍でもOK・・・不安を煽る集中報道

2008-09-16 09:35:28 | Weblog
 三笠フードによる事故米転用事件によって、食に対する不安が広がっています。朝日は「給食米にメタミドホス」(9/13)などと連日一面トップで取り上げ、NHKも連日トップニュースで報じています。報道量の多さは問題が深刻であるとの印象を与え、その中の「現在のところ健康被害は報告されていません」という表現は健康被害の発生する可能性があるのだという認識を与えます。これでは不安が広がるのは当然です。

 メタミドホスが基準の5倍というだけで危険なものと受けとるのが一般的でしょう。しかしこれがどの程度危険なのかという点についての詳しい説明はありません。実は食品によってメタミドホスの基準値は大きく異なり、キャベツやレタスは米の100倍、トマトやピーマンでは200倍、セロリでは500倍となっています。

 具体的に言うと、米の基準値0.01ppmに対してバレイショは0.25ppm、トマト2.0ppm、セロリ5.0ppmとなっています(日本食品化学研究振興財団の農薬等の基準値表)。問題の米は0.05ppmが検出されたので5倍とされたのですが、なぜ米の基準値がこれほど厳しいのでしょうか。トマトと米では摂取量が違うというものの200倍の差は説明できません。その理由は06年に施行されたポジティブリスト制度にあります。

 ポジティブリストとは食品ごとに、適用される農薬の残留基準を定め、それ以外の農薬については一律に0.01ppmという基準を適用するものです。メタミドホスは米の栽培に適用されないので一律基準の0.01ppmとなります。従ってトマトでは2.0ppmでも安全とされるのに米ではその40分の1の0.05ppmで大騒ぎとなるわけです。

 つまり基準の5倍のメタミドホスを含む米を食べた場合と比べ、同じ量のトマトを食べた場合は最大で40倍のメタミドホスを摂取することになります。われわれは汚染米からよりずっと多くのメタミドホスを野菜や果物から日常的に摂取している可能性が十分あります。したがって米の5倍や2倍は決して不安を感じるようなレベルのものではなく、報道は極めて不適切です。近畿農政局は消費者相談窓口を近畿2府4県の農政局・農政事務所に設置し、不安に煽られた消費者の相談に追われています。無用の不安を煽るばかりで、同時に危険性の程度を明瞭に知らせない報道は、歪曲・虚偽報道と言っても過言ではありません。

 食品の偽装事件が誇大に報道された結果、食の不安が社会に広がりました。ひとつの指標に過ぎませんが、食中毒による死者は1955年の554人から減少傾向が続き70年には23人、ここ10年間はほぼ数人となっています。原因物質もほとんどが感染症とフグなどの動植物毒です。統計上からは安全性が低くなっているという事実は見あたりません。これは殺人事件などの凶悪犯罪が減っているにもかかわらず、報道によって増えていると感じている人が多いということによく似ています(参考記事)。

 われわれは食の不安が増大し、凶悪犯罪の不安に脅える暗い社会に住んでいる、というのがメディアが作り出したイメージですが、どちらも統計の事実と異なります。むしろ、より安全な社会に住んでいるという方が適切です。

 このような歪曲報道の結果、生じた社会不安は野党の政府に対する攻撃材料になりました(民主党鳩山氏の談話)。韓国のBSE騒動を生み出した歪曲・虚偽報道は政治的な意図が指摘されています。こちらは意図的かどうか知りませんが、不安の蔓延が政治的な不安定を促すという効果はあるでしょう。

 しかしこの歪曲報道の背後にある最も重要なことはメディアの認識能力の低さだと思われます。もし危険性の程度を理解していたならばこのようなレベルで大騒ぎし、社会に不安を与えることに良心の呵責を感じるでしょう。世の中には深刻に受けとる神経質な人もいるわけで、大きな不安を抱え込むことになり、大変不幸なことです。私の知る限りポジティブリストの基準値を解説したメディアはありません。認識能力に加え、勉強も不足ならちょっと救い難い話です。

 16日の報道ステーションでは加藤氏が、政府はなぜ汚染された米を輸入したのか、と憤っておられましたが、その理由は06年のポジティブリスト制が施行される前の輸入であったからです。やはりもう少しお勉強をお願いしたいですね。

 それに加え、事実を正確に伝えるという意識の低さ、報道の結果に対する責任感の薄さも気になるところです。読売、毎日、産経は購読していないので知りませんが、日本を代表するメディアである朝日とNHK(恐らくは他のメディアも)がそろって事実を正確に伝えることができないという事態を憂慮します。私にとっては食品よりも、犯罪よりも、このようなメディアが日本をリードすることが一番の「不安」であります。
  * * * * * * *
 虚偽または事実を歪曲した報道によって物質的・精神的な被害を被ったとして、韓国の視聴者は集団でテレビ局に対して損害賠償を訴えましたが(参考記事)、日本でも訴訟が起きれば、メディアも少しは慎重になるでしょう。

「お世話になったから麻生氏を支持する」・・・森元首相発言への反応

2008-09-11 08:59:16 | Weblog
『自民党町村派の最高顧問、森喜朗元首相は8日夕、同派の臨時総会で「自分は麻生さんをやる。麻生さんには大変お世話になったことは忘れてはいけない」と表明し、自民党総裁選で麻生太郎幹事長を支持するよう呼びかけた』(9/8 NIKKEI NETより)

 世話になった人の恩を忘れないというお気持はたいへん立派ではありますが、麻生氏を総裁に推される理由としては少々違和感があります。個人的な、あるいはごく内輪の場での発言ならともかく、全国に報道される公の場での発言となると、推薦は総裁にふさわしい人物かどうかという観点だけから行われるべきでしょう。

 首相を選ぶのは与党の議員と党員であり、国民は議員を選ぶことで間接的に関与できる仕組みです。この仕組みの長所のひとつは議員という政治の玄人が首相を選ぶために、人気や感情にあまり左右されず、適任者が選出されることです。最適な人物を選ぶという仕事を国民から委託されているわけですから、私情や派閥の事情に影響されるべきではありません。それは理想であり、難しいことと思いますが、こうも正直に公言されると、建前を正面から否定することになります。

 現在、この発言に対する反応は見られませんが、私にはその方が気になります。キングメーカーとも言われた、総裁選びに強い影響力のある元首相の公的な場での発言だけにメディアが何の反応も示さないことに疑問を感じます。発言は思わず本音が漏れたものだと想像しますが、メディアの無反応はメディア全体の見識に関わるもので、こちらの方が重要です。

 政治部の記者らは永年政治の世界に入り浸りであるため、その世界の力学にすっかり慣れてしまい、私的な関係を公的な部分に持ち込むことに対して違和感を持たなくなっているのではないでしょうか。政治家と記者とは持ちつ持たれつの関係とも言われます。一種のインナーサークルを形成し、外部世界とは異なる見識を持つに至ったという解釈も可能です。

 どんな世界でも理想通り、建前通りにはいかないということはわかります。しかし、世話になったから支持するということは情実による支持の表明であり、それを認めるなら、前に援助(金など)を受けたから支持するといったことも否定できなくなります。それを批判せず、当然のことのようにメディアが受け止めたのであれば、メディアの感覚はおかしいと思わざるを得ません。

 あるいは殺人事件や不祥事に比べ、取り上げるほどの価値のない些細なことなのでしょうか。まあ、日本のメディアと政治の成熟度を知るのに格好の材料だと思います。

韓国BSE騒動と竹島問題・・・歪曲報道が日韓関係に影響

2008-09-08 11:59:37 | Weblog
 歪曲報道が世論を動かし、それが政治や外交にまで影響を与えた例として、韓国のBSE騒ぎに注目したいと思います。報道で知り得たことだけですが、主な経過を記します。

 発端は4月29日と5月13日、韓国MBCの情報番組「PD手帳」が放送した「米国産牛肉、果たして狂牛病(BSE)から安全なのか」という番組です。この放送によって変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)の不安が全国に広がりました。ネットの情報は不安をさらに加速し、米国産牛肉を食べるとvCJDになって死ぬと、多くの人が信じたようです。そして連日の大規模なろうそくデモを引き起こしました(参考)。

 この運動は当初の米国産牛肉輸入反対からやがて政治的な色彩を帯び、反政府運動へと変質していきます。これには政権と対立する左派勢力が関係したとされています。李明博政権は支持率が10%台まで落ち込み、政権は危機に陥ります。

 このとき持ち上がったのが竹島問題です。5月17日、文部科学省が新学習指導要領の中学社会科の解説書で、竹島を「我が国固有の領土」と明記する方針を固めたことに対して、李明博政権は強硬な姿勢を示します。李明博政権は前左派政権と異なり親日政策をとっていましたが、危機に立たされていた李明博大統領は政権の人気を維持するため、対日強硬策をとらざるを得なかったと言われています。

 MBCの歪曲報道に端を発した日韓関係のきしみは幸い大事に至らず収束したわけですが、もし日韓の間に別の対立問題があった場合、事態は深刻な展開を見せていたかもしれません。

 様々な情報が自由に手に入る状況において、虚偽情報が長期間大きな影響を持ち続けた事実はテレビの影響力の巨大さと共に注目に値します。そして少数のテレビ番組制作者が国を左右するほどの影響力を持つことに危惧を覚えます。メディアが軽率に同じ方向を流れやすいわが国でも同様な危険があることを否定できません。

 問題を起こしたMBC(文化放送)は株式を政府系機関(放送文化振興会70%、正修奨学会30%)が所有しているため、事実上半官半民の放送局だそうです(Wikipediaより)。MBCは反米・親北の左派が支配的と言われており、今回の報道は意図的なものだとする見方があります。

 その後の経過を簡単に記します。
 「PD手帳」は名誉棄損疑惑で検察の捜査を受けましたが、検察は中間発表で、その大半が制作陣が取材した事実とは異なるものに歪曲したか、意図的に編集したものと結論付けた、としています(2008/07/29 YONHAPNEWS)。その後、「PD手帳」は8月12日に謝罪放送を行いました。

 『MBCテレビの報道番組『PD手帳』による、虚偽または事実を歪曲(わいきょく)した報道によって、物質的・精神的な被害を被ったとして、約2400人の視聴者がMBCを相手取り損害賠償を求める訴えをソウル南部地裁に起こした。原告は一人当たり1万ウォン(約950円)の参加費を払って訴訟に参加し、一人当たり100万ウォン(約9万5000円)の損害賠償を求めており、賠償額の総額は約24億ウォン(約2億2750万円)に達する』(9月4日付朝鮮日報)

 訴訟への参加者は1万人に達するだろうとも言われていますが、視聴者が集団でメディアを訴えたこと、精神的な被害を理由に挙げたこと、虚偽だけでなく歪曲をも問題にしたことは、責任をとらないのがあたりまえであったメディアにとって、警告となるでしょう。

政権放棄が続く理由・・・優れた政治家が育たない環境

2008-09-04 20:19:07 | Weblog
政権放棄が続く理由・・・優れた政治家が育たない環境

 権力者とは、欲しいままに甘い蜜を貪(むさぼ)り、やめろと言われようが意に介さず地位にしがみつく強欲な人物、というイメージが私にはありました。しかし2年続いて起きた首相の政権放棄によってそのような権力者のイメージを変えざるを得ません。

 きつい仕事と重い責任を伴う首相の仕事には優れた識見や理念はむろんですが、鉄面皮のしたたかさが必要なのでしょう。それはさて措き、ここでは連続して政権放棄が起こった背景を政治家の資質という観点から考えてみたいと思います。

 二世、三世の政治家が多いという事実は外部の世界から政治家を目指す有能な人間が少ないことを示唆しています。外部からの参入の困難さもあると思いますが、外部からの志望者の減少は優れた政治家を選ぶのに必要な選抜のメカニズムが十分働かないことを意味し、それは政治家の質の低下を招きます。

 昔の権力者は政治権力はもちろん、財産やハーレムまで手に入れることができました。当然、多くの有能な人間が激しく競争したことでしょう。ところが現代の首相は一定期間だけの、しかも部分的な権力であり、魅力の大きさは比較になりません。その限られた魅力のなかでは名誉が大きい位置を占めます。ところがマスコミは批判するのが仕事とばかりに攻めたてるので、その名誉も逆に傷つくことが少なくありません。

 小泉元首相の改革は極度に悪化した財政の建直しに道を開きましたが、一方で格差の拡大を招いたとされています。しかし取り上げられるのは圧倒的に格差拡大の方であり、財政の健全化が評価されることはほとんどありません。経済の活性化と格差拡大は新自由主義政策のもつ両側面です。どんな政策でも正の面と負の面があり、どちらを取り上げるかによってイメージは自在に変えられます。

 最近、官僚の主な供給源であった東大法学部では官僚を選ぶ学生が少なくなっているそうです。官僚や政治家に魅力を感じなくなっているためでしょう。官僚や政治家を目指す若者が多くなるように、もっと魅力を増やす必要がありましょう(官邸にハーレムを併設するのは無理でしょうけど)。官僚と政治家は全国民に重大な影響を与える最も重要な仕事ですから、優れた人材を集め育てることは大変重要な課題だと思います。松下政経塾はそうした試みのひとつでした。

 マスコミも官僚や政治家を批判するばかりでなく、評価すべきは評価するという是々非々の姿勢をとれば、長期的には優れた政治家を育てることになると思います。叩くばかりで、官僚や政治家のイメージをこうも悪くしていては、志をもつ多くの若者が政治家を目指すことはないでしょう。

竹槍事件の意味するもの・・・首相の暴虐

2008-09-01 20:56:53 | Weblog
 前のコラムで東条元首相と新聞の戦争責任に触れました。終戦の約1年半前に起きた竹槍事件は両者に深い関係をもち、また当時の特殊な状況を理解するのに有益なのでその概要を紹介したいと思います。以下は「太平洋戦争と新聞」(講談社学術文庫)からの引用です。

『44年2月23日の「毎日」第一面真ん中に、
「勝利か滅亡か、戦局はここまで来た。竹槍では間に合わぬ。飛行機だ、海洋航空機だ」
という5段抜きの記事が載った。

「太平洋の攻防の決戦は、日本の本土沿岸において決せられるものではなくして、数千海里を隔てた基地の争奪をめぐって戦われるのである。本土沿岸に敵が侵攻してくるにおいては最早万事休すである。・・・・・敵が飛行機で攻めてくるのに竹槍をもっては戦い得ない。問題は戦力の結集である。帝国の存亡を決するものはわが海洋航空兵力の飛躍増強に対するわが戦力の結集如何にかかって存するのではないか」

 本土決戦、女性から子供まで竹槍主義で一億玉砕を唱えていた陸軍のアナクロニズムをズバリと批判した。同日の社説「今ぞ深思の時である」でも、「必勝の信念だけでは戦争に勝てない」と軍部の精神主義を正面からやっつけていた。

「然らばこのわれに不利な戦局はいつまでも続くのか、どこまで進むのか。われ等は敵に跳梁を食い止める途はただ飛行機と鉄量を敵の保有する何分の一かを送ることにあると幾度となく知らされた(略)。

 この記事は一大センセーションを呼び、全国から賛辞の嵐がわき起こった。読者から圧倒的な支持を受け、販売店や支局からも大好評の報告が入った。海軍省報道部の田中中佐は、この記事は全海軍の言わんとするところを述べており、部内の絶賛を博しております、と黒潮会(海軍省記者クラブ)で述べた』・・・(引用終わり)

 一方、この記事に竹槍精神を強調していた東条首相は激怒し、記事を書いた新名記者の退社を要求しますが、高田編集総長は責任は自分が負うと、これを拒否し、間もなく高田編集総長らは辞任します。極度の近視で兵役免除になっていた37歳の新名記者はその後、東条の意向によって懲罰召集され、「玉砕」の硫黄島へ送られるところを海軍によって救われます。東条は毎日新聞の廃刊をも企てますが、これは周囲の反対によって断念します。

 以上がこの事件の概要ですが、記事は竹槍精神を正面から批判してるだけでなく、「不利な戦局はいつまでも続くのか」という表現は、負け戦を隠し、勝利を誇張する大本営発表によって戦意を鼓舞していた軍部の欺瞞に対する挑戦とも受けとれます。

 44年という厳しい言論統制の下でこれほどの記事が書かれたことに驚きます。毎日はこのキャンペーンを1週間続ける計画であったそうです。軍部の提灯記事一色の新聞界で、新名記者と毎日の編集局の勇気は大変際立つもので、余程の覚悟があったものと想像できます。逆に言うとそのような認識と気概があれば書くことが可能であったとも言えます。

 毎日の行動に朝日や読売が追従したと言う事実は見つかりませんでした。だとすれば彼らは見殺しにしたことになります。追従は先頭を走るより楽な筈であり、このとき歩調を合わせていれば、その後の展開は違ったものになっていたかもしれません。日本全体のことより商売仇の危機を喜ぶという意識が働いたのかもしれません。国のことより党利党略を優先して争う政党となにやら似ています。

 しかし、これだけで毎日(東京日日新聞)を優れた新聞だと決めつけるのは早計です。国民を戦争へと駆り立てるのに果たした役割は朝日に劣らないといわれています。どんな組織も一枚岩であることはまずなく、様々な勢力が消長を繰り返すのがふつうです。竹槍事件は、認識能力を持ち言論人としての職業意識の強い数名の人間によって主導されたと見るべきでしょう。

 ところでこの事件の余波は思いがけない悲劇をもたらします。新名記者は丸亀連隊へ一人だけの二等兵としての入隊となるのですが、兵役免除の年齢に該当していることが判明すると、陸軍は辻褄を合せるため同じ年代の兵役免除者250人を招集します。新名記者だけは海軍の計らいで報道班員としてフィリッピンへ送られるのですが、250人は予定通り硫黄島に送られ、全員が戦死します。37歳と同年代ですから多くは妻子があったことでしょう。