旅と歴史

全国各地の史跡を取り上げて紹介しています。

熊野神社

2013年05月31日 | 旅 歴史
 山形県寒河江市大字慈恩寺字田沢にある熊野神社です。
 熊野神社本殿は保元元年(1156)後白河天皇の勅願で勧請されました。その後、永正元年(1504)兵火のため延焼し、延宝9年(1681)に再建されています。昭和63年(1988)県の有形文化財に指定されています。
 文治2年(1186)院宣を真言門人弘俊阿闍梨に帯せしめて慈恩寺に下し当社をもって一山の鎮守にしたと記されています。江戸前期の一間社の流れ造りです。

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慈恩寺三重塔

2013年05月30日 | 旅 歴史
 山形県寒河江市慈恩寺にある三重塔です。
 高さ26.7mの慈恩寺三重塔です。屋根は銅板葺で山形県指定有形文化財です。慶長13年(1608)山形城主の最上義光(よしあき)が建立しました。その後焼失し文政13年(1830)に慈恩寺の大工棟梁・布川文五郎によって再建されました。
 村山盆地ではただ1ヶ所の三重塔です。塔は高欄のない縁をめぐらし、縁の下は板張りになっています。堂内には1本の太い木が中心にさげられており、バランスをとるような仕組みになっています。
 慈恩寺舞楽は国重要無形民俗文化財となっています。

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慈恩寺薬師堂

2013年05月29日 | 旅 歴史
 山形県寒河江市慈恩寺にある慈恩寺の薬師堂です。
 薬師堂にある薬師三尊(薬師如来・日光菩薩・月光菩薩)と、この眷族である薬師十二神将は、国の重要文化財に指定されています。これらの仏像は、ワシントンで開催の国際彫刻展に日本を代表して出陳されたそうです。

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慈恩寺仁王門

2013年05月28日 | 旅 歴史
 山形県寒河江市慈恩寺にある慈恩寺の仁王門です。
 慈恩寺の山門は楼門づくりで仏教を守護する仁王尊が祭られているので仁王門ともいいます。5月5日の一切経会のお祭りで奉納する舞楽の楽屋としても使用されます。屋根改修の際発見された札で慶長18年(1613)のものがあったところから慈恩寺山中一番古い建造物の一つです。県指定有形文化財です。

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慈恩寺宝蔵院表門

2013年05月27日 | 旅 歴史
 山形県寒河江市慈恩寺にある慈恩寺の宝蔵院表門です。
 宝蔵院表門は慈恵寺の中で一番古い建造物の一つです。屋根修理の際、最古の護摩札が慶長18年(1613)であることからそれより以前に建てられたものです。県指定有形文化財です。

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慈恩寺本堂弥勒堂

2013年05月26日 | 旅 歴史
 山形県寒河江市慈恩寺にある慈恩寺の本堂弥勒堂です。
 東北を代表する古刹・慈恩寺の本堂は国の重要文化財に指定されています。堂内の普賢菩薩像、阿弥陀如来、文殊菩薩、十羅刹女が国の重要文化財の指定されています。慈恩寺本堂は保存修理のため平成16年まで工事中でした。
 寛永19年(1642)最上院は上野寛永寺末となり天台宗に改宗し、慈恩寺は天台真言両宗兼学の一山となりました。終戦後一山は、宗教法人として独立し、本山慈恩寺を名乗り、慈恩宗となっています。
 現在の本堂は元和4年(1618)、山形城主の最上義光が再建したといわれています。最上氏より以前は大江氏の庇護をうけていたようです。最上氏改易後は幕府より3812石の御朱印を受けていたようです。

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慈恩寺

2013年05月25日 | 旅 歴史
 山形県寒河江市慈恩寺にある慈恩寺です。
 小高い山の山腹に、閑散とした杉木立の中にたたずむ瑞宝山慈恩寺は、天平18年(746)聖武帝の勅命により行基がこの地を選び、婆羅門僧正が開いたと伝えられています。
 神亀元年(724)、行基が諸国遊錫に訪れ、都に帰った折り、この地の景勝を聖武帝に奏上され、勅宣を以って開山し、勅願寺と定められたそうです。
 弥勒菩薩を本尊として最上院・宝蔵院・華蔵院の3ケ院、それに付属する48坊からなる一山組織の寺院であったそうです。現在は3ケ院16坊です。
 天仁元年(1108)鳥羽帝の勅宣によって奥州藤原基衡がここ慈恩寺を修復したようです。仁平年間(1151-1153)に奈良興福寺の僧願西上人が再興諸堂を行ったそうです。
 京文化を伝える平安時代後期の仏像が14体もあるのは興福寺からの影響です。興福寺は法相宗の寺であり、慈恩寺という寺号は法相宗の祖慈恩大師からつけられたようで当時すでに法相宗の寺院となっていたようです。

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山寺三重小塔

2013年05月24日 | 旅 歴史
 山形県山形市山寺の立石寺(山寺)にある三重小塔です。
 奥の院の手前の参道に戻り、看板に沿って別の石段を登っていくと、華蔵院に行きます。その手前に岩窟の中にすっぽりと納められた三重小塔があります。
 塔銘により、十穀静允の作で静運が寄進、建立が永正16年(1519)6月であることがわかります。この塔は、相輪頂までの高さが2.4m余りという全国で最も小さいもので、昭和27年(1952)に国の重要文化財に指定されました。

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山寺奥の院

2013年05月23日 | 旅 歴史
 山形県山形市山寺の立石寺(山寺)にある奥の院です。
 正面右側の古いお堂が奥の院の如法堂です。石墨草筆(せきぼくそうひつ)の写経道場で、明治5年(1872)に再建されています。
 開山慈覚大師が中国で修行中に持ち歩いたといわれている釈迦如来と多宝如来を本尊としています。比叡山延暦寺から分火された火は奥の院(如法堂)の常火に千年以上受け継がれています。
 正面左側には大仏殿があります。像高5mの金色の阿弥陀如来像を安置しています。毎日卒塔婆供養(そとばくよう)を行っているそうです。
 大仏殿の秋の彼岸の中日の施餓鬼法要(せがきほうよう)には宗派をこえた数千人の参拝者で賑わうそうです。
 奥の院まで800余段の石段を、一段一段登ることによって、煩悩が消えて幸福になれるそうです。

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山寺納経堂

2013年05月22日 | 旅 歴史
 山形県山形市山寺の立石寺(山寺)にある納経堂です。
 納経堂は岩の上にある小さな堂です。写経を納めるところで、山内では最も古い建物だそうです。県の指定文化財です。真下には慈覚大師の眠る入定窟(にゅうじょうくつ)があります。

 入定窟の調査が昭和23年(1948)から24年にかけて行われました。5体の人骨が発見されそのうちの1体は慈覚大師である可能性があるということです。
 入定窟の入口は四重の板扉で塞がれ、中はやや方形で奥行が五尺五寸(165cm)でした。大師のものと推定された遺骸は金棺に納められていました。頭蓋骨はなく木彫りの頭像が安置されていました。頭像の制作年代は平安初期と鑑定されたようです。

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山寺五大堂

2013年05月21日 | 旅 歴史
 山形県山形市山寺の立石寺(山寺)にある五大堂です。
 正徳4年(1714)に再建された舞台造りの御堂です。大聖不動明王、東降三世明王など五大明王を安置しています。
 天下泰平を祈る道場で山寺随一の展望台になっています。五大堂の標高は約380mで、山寺でもっとも観光客に人気があるスポットの1つです。

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山寺開山堂

2013年05月20日 | 旅 歴史
 山形県山形市山寺の立石寺(山寺)にある開山堂です。
 開山堂は、立石寺を開いた慈覚大師の廟所で、立石寺第65世情田和尚が嘉永4年(1851)に再建しました。山内の僧侶が朝夕、食飯(じきはん)と香を供えお勤めしています。
 堂内には、大師の座像が安置され、また、中国の天台山国清寺から伝えられた千年以上香煙をゆらし続ける不滅の「常香」があります。

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山寺金乗院

2013年05月19日 | 旅 歴史
 山形県山形市山寺の立石寺(山寺)にある金乗院です。
金乗院は山内支院の一つです。江戸時代までは12の塔中支院があり、多くの僧が修行に励んでいました。今は性相院、金乗院、中世院、華蔵院の4つの院が面影を残しています。


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山寺修行の岩場

2013年05月18日 | 旅 歴史
 山形県山形市山寺の立石寺(山寺)にある山寺修行の岩場です。
 修行の岩場があります。危険な岩場を通ってお釈迦様のみもとにいたる行場(ぎょうば)で、出世や欲望の為の修行者が岩場から転落したことも多かったそうです。

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立石寺(山寺)仁王門

2013年05月17日 | 旅 歴史
山形県山形市山寺の立石寺(山寺)にある仁王門です。
 弥陀洞の先に奥の院の山門・仁王門があります。嘉永元年(1848)に再建されたケヤキ材の優美な門です。左右に安置された仁王尊像は、運慶第13代の後裔平井源七郎の作と伝えられ、傍らに高さ45cmの十王尊を祀っています。
 仁王尊像は、邪心をもつ人は登ってはならないとにらみつけているのです。後方の閻魔王がこの門を通る人たちの過去の行いを記録するといわれています。
 右側の岩穴に見える石塔には、亡くなった人のお骨が入っているそうです。他の岩穴にも古い人骨が納められているそうです。

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