言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

証券化商品とシグナリング

2010-02-15 | 日記
池尾和人|池田信夫 『なぜ世界は不況に陥ったのか』 ( p.148 )

池田 ちょっと別の議論で、銀行が危なっかしい財務構造をしているのは、預金者の不信を招くとすぐにつぶれるというリスクを取ることで、預金者を裏切ることなくまじめに資産運用をやるというメッセージを送っているのだというとらえ方があります(文献7)。口でまじめにやると言っても、信用してもらえるとは限らないから、行動を通じて信用される形でメッセージを出すことをゲームの理論でシグナリングと言いますが、リスク自ら取ることがシグナリングになっているという議論です。
 これがなぜ重要かというと、今回の主犯の一つとされている格付会社は、ただの評論家で、融資していないからリスクを取っていない。だから、この企業は大丈夫だと言ってつぶれたって、自分は何の損害も被らない。しかも、格付会社は格付対象の企業からカネをもらってやっているのだから、バイアスがあることは分かっているのです。
 ところが今回の場合には、古典的な銀行のような仲介機関がだんだん落ちぶれて、証券化によるブローカレッジに近い形での投資が増えてきた。そうすると、もともと信用できない評論家に頼らざるを得なくなってきたということですね。

池尾 まあ格付会社の場合も、いいかげんなことをすればレピュテーション(評判)を失うリスクを取っているという話だったのですけれどもね。また、通常の証券化の場合にもシグナリングのメカニズムはあります。
 当初、証券化に際しては、オリジネーターが劣後部分を一定割合保有した。ゴミばかりプールした証券化商品を投資家に売り切ってしまえるなら、まじめにオリジネーターが行動するインセンティブはなくなります。そこで、問題が起きたときに真っ先に損を被るのはオリジネーターであるというふうに仕組むことによって、すなわち最劣後部分を一定割合オリジネーター自身が留保して持つことによって、証券化商品の品質を保証するという工夫が、証券化のメカニズムとしてあった。
 ところが、銀行がオリジネーターの場合を想定すると、そういうふうに劣後部分を銀行が留保している場合には、オフバランス化したと想定されない。結局、証券化して売ったとしても、真っ先にそのリスクは自分に戻ってくるような形の構造になっていたら、それはオフバランス化とは言えないということです。銀行にとって証券化の狙いの一つは、自己資本比率規制を回避するために資産規模を圧縮することにあるわけですが、劣後部分を自分が保有している限り自己資本比率対策にはならない。だから、完全にオフバランス化したと認めてもらうために、劣後部分も売り切るという形にだんだんなっていった。それで、指摘されたようなインセンティブの問題が深刻化していったということだと思います。
 もっとも、そこはいろいろ研究があって、リスクをオリジネーター自身が取っていなかったらインセンティブが歪むなんていうことは誰が考えたってすぐ分かることだから、暗黙のうちに責任を取るというふうに銀行が投資家に約束しているという実態があるのではないかと指摘されています。

池田 BIS規制(国際決済銀行の自己資本規制)が、逆に隠れてリスクを取らせるような結果になっていた。

池尾 規制当局にオフバランス化したと認めてもらうためには、売り切らなきゃいけない。だけど、劣後部分を手放すと投資家は不信を覚える。だから、規制当局の方に向ける顔としては、売り切りましたと言いながら、投資家との関係ではフォーマルな契約ではなく、インプリシットな形だけれど、劣後部分を持っているのと同じことを、損が出たら何らかの手当てをすることを約束していたのではないかというわけです。
 あるいは、そういう約束を明示的にやっていなかったかもしれないけれど、銀行自身のレピュテーションを守るために、問題が起きたらある程度ロスを引き受けるという行動を取らざるを得なかった、あるいは自分の評判を守るために取った。だから、今回の危機で金融機関自身がずいぶん損をしている。全部投資家に押し付けているなら、そんなに損するわけがない。
 事実、オフバランスのはずのSIVが困ったら、銀行が引き受けたりしている。その限りにおいては、言うところのオリジネート・トゥ・ディストリビュート・モデルみたいなものが支配的だったというのは、ちょっと表面的なものの見方ではないか。


 今回の金融危機をもたらした証券化商品について、シグナリングのメカニズムの観点で論じられています。



 要は、「自分でリスクを取らなければ、信用されない」ということかと思います。

 とすると、格付会社の信頼を取り戻す方法は、「格付会社がみずから、リスクを取ればよい」のではないか、と考えられます。今回の危機は、格付会社が信頼を失ったことが、要因の一つではないかと思われます。したがって、格付会社が再び、信頼される存在になるためには、「みずから、リスクを取ればよい」ということになると思います。

 しかし、「みずから、リスクを取る」というのは、投資家になることにほかならないわけで、そういう存在は、「格付会社といえるのか」という疑問はのこります。

 このように考えれば、「格付会社は不要である」ということになるのではないかと思います。



 もっとも、投資家の側が、「ただの評論家」である格付会社の意見を参考にすることには、なんら問題がないと思います。

 したがって要は、「ただの評論家」の意見を、「権威ある」意見として受け取らなければ、それでよい、とも考えられます。

 とすれば、格付会社に対する信頼が失われた現状は、「好ましい状況になった」ととらえることも可能ではないかと思います。



 なお、「規制当局の方に向ける顔としては、売り切りましたと言いながら、投資家との関係では…(中略)…損が出たら何らかの手当てをすることを約束していたのではないか…(中略)…あるいは…(中略)…問題が起きたらある程度ロスを引き受けるという行動を取らざるを得なかった、あるいは自分の評判を守るために取った」という記述についてですが、

 このような行動が取られたのであれば、「(実質的に)規制が守られていなかった、あるいは守られなかった」ということになると思います。

 このような規制を逸脱する行為に対しては、なんらかの制裁があってよいのではないかと思います(自己の利益拡大のために、自己資本比率規制を回避しようとして失敗した、ということにほかなりません)。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   トラックバック (1)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 経済学批判を経済学者が見ると | トップ | 「詭弁」について »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

関連するみんなの記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。
野村證券 グローバルハウスの火種 2/2~証券化は魔法のつえ (投資一族のブログ)
この本は、どの話も中身が無いので極めて抜粋が難しいのだが、何も書かないと分からないと思うので、 P83~85 ガイ・ハンズ、94年11月、プリンシパル・ファイナンス・グループ(PFG)設立の責任者として、ノムラインターに入社。 「ガイ、君のアイデアについては、ある程度...