言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

経済学批判を経済学者が見ると

2010-02-14 | 日記
池尾和人|池田信夫 『なぜ世界は不況に陥ったのか』 ( p.138 )

池田 金融危機にいつも出てくる教祖は、ジョージ・ソロスです。日本でもソロスのまねをして、経済学は間違っているとか、「市場原理主義」をやめろとかいう話をする人が多いのだけれど、どう思いますか。

池尾 経済学が常に正しいとは、全然思っていません。経済学が進歩しているということは、必ずしも正しくないところもあるという話だと思っています。しかし、世の中で経済学が間違っていると言う人は、進化している経済学を固定化して、ある時点での経済学の見解を経済学の絶対的な見解であるかのようにみなして批判しているケースが圧倒的に多いように感じます。
 ところが、実際の経済学はもっと動的に変化している。あるときまではそういう考え方が支配的だったとしても、次の時点では変わっている。過去のある姿を固定化して批判している人の論点は、批判が出ているときにはそんなことは当たり前という感じになっていて、経済学研究はすでに前に進んでしまっていることが珍しくない。
 ケインズが『一般理論』の結びのところで、世の中の政治家や実業家は、何十年か前の古い経済思想の奴隷であると書いています。私は理論経済学の最先端をやっているわけではなくて、応用経済学者だから、理論の最先端よりは一歩か二歩遅れたところで研究活動をしている。そこよりもさらに五年から一〇年、世の中の経済学に対する理解は遅れていると思わざるを得ないことがよくあります。

池田 それは深刻な問題で、この本の一つの目的もそのギャップを埋めることです。一般庶民はしょうがないとして、官僚とか政治家とか、それからメディアも最近では政策形成に関与しているのだから、最低限度の常識を持ってもらわないと困る。
 最近、ハイマン・ミンスキーが銀行関係者や政策担当者によく読まれていますが、言っているのは素朴なことです。効率的な「ヘッジ・ファイナンス」ばかりではなく、美人投票のような「投機的ファイナンス」や、他人に損を押し付ける「ねずみ講ファイナンス」もあるという話ですが、理論的な分析なしに「資本主義は本質的に不安定だ」という結論に飛躍してしまう。そこが逆に昨今もてはやされる理由なんでしょう。

池尾 少なくとも、経済学の道具箱にはいろいろな道具があるということは知っておいてほしい。普通、世の中の人が思いつきそうなアイデアは全部実はあるので、経済学はこういうことを見落としているとかいう話はあり得ない(笑い)。かなり頭のいい人が思いついたようなことでも、過去何百年の歴史の中で一度も思いつかれていない新しいアイデアなんていうのは、人類社会にほとんどない。かつて思いつかれたことのあるアイデアのうちで、それなりに意味のありそうなことは全部、経済学の道具箱の中に一応あると思っていただいた方がいい。
 だから、倉庫に行けば取ってこられる。ただし、普通議論しているときには、標準装備で議論をしているから、標準装備の中には適切な分析理具が入っていないかもしれない。でも、そういうものが必要な状況に直面したら、ちゃんとオプションとして、必要な分析理具を取ってくることはできます。何か理具そのものがないみたいな批判の仕方は、基本的に分かっていないと思います。


 世の中の経済学批判について、経済学者の立場で、意見を述べられています。



 「過去何百年の歴史の中で一度も思いつかれていない新しいアイデアなんていうのは、人類社会にほとんどない」ので、「経済学の道具箱には」「世の中の人が思いつきそうなアイデアは全部実はある」というのは、まさにその通りだろうと思います。

 経済学に対しては、役に立たないという批判があり、さまざまな人が、それぞれ、自分の意見を主張しています(このブログもその一つです)。引用部分には、こういう現状に対して、経済学者がどう思っているのかが、示されています。



 しかし、「経済学の道具箱には」「世の中の人が思いつきそうなアイデアは全部実はある」とはいえ、

  1. 経済学者が見落としていることがあるかもしれないし、
  2. 新しいアイデアが出てくるかもしれない

ので、一般庶民が経済について、意見を述べてはいけない、ということにはならないと思います。経済が庶民の暮らしに直結している以上、人々が意見を述べるのは当然だと思いますし、また、経済運営は、国民の意向を踏まえてなされるべきだと思います。経済について、人々が意見を述べることは、好ましいことだと思います。



 もっとも、そうはいっても、「知の集積」である経済学を軽視してよいことにはならないと思います。引用部の記述も、経済学の業積・進歩を顧みずに意見を述べる人々に対する、経済学者の気持ちが表れたものではないかと思います。

 私はこのブログで、私の意見を主張していますが、経済学の知識を吸収・引用・紹介することも行っており、私なりに、経済学・経済学者に対する敬意は払っています。少なくとも、経済学・経済学者の業積を無視することは、していないと思っています。



 旧暦では、今日は元旦にあたります。

 すこしずつ、充実した内容・高度な内容のブログにしていきたいと思っています。本年もよろしくお願いいたします。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« リスクを取引する意義 | トップ | 証券化商品とシグナリング »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

関連するみんなの記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。