セピア色の映画手帳 改め キネマ歌日乗

映画の短い感想に歌を添えて  令和3年より

「サンダカン八番娼館 望郷」

2012-05-13 01:30:41 | 邦画
 「サンダカン八番娼館 望郷」(1974年・日本)
   監督 熊井啓
   原作 山崎朋子
   脚本 広沢栄
       熊井啓
   出演 栗原小巻
       高橋洋子
       田中絹代
       水の江瀧子
  

 1974年を代表する日本映画の名作であり、オールタイムの邦画の中でも
傑作の一つに数えていいと思っています。
 ただ、内容は重く、もう一度見直すには勇気が要る作品なので記憶だけで
書きます、細部に誤りがあったとしてもご容赦願います。

 昭和初期、貧困と借金の為、女衒に売られ遠く南洋ボルネオ島サンダカン
の娼館で働くことになった少女の物語。
 「からゆきさん(唐行きさん)」と呼ばれ、貧しかった日本の外貨獲得の手段
ともされた女性達の一人に、「女性底辺史」を執筆してる女性作家が取材し
ていく、という形で話が進みます。

 女性作家(作者・山崎朋子の分身)三谷圭子に栗原小巻、「からゆきさん」
のサキに高橋洋子、現代の年老いたサキに田中絹代、娼館の女主人にSK
D伝説の大スターで、後に名プロデューサーでもあった水の江瀧子。
 もう、栗原小巻を除く(小巻さんは「受け」の演技しか出来ない立場だから、
ある程度、仕方ない)3人の演技が凄まじい。
 肝の据わった女伊達、姐御肌の女主人を、水の江瀧子が貫禄と流石の演
技でこなし。
 サキの少女時代から20代半ば迄を演じた高橋洋子も特筆モノの演技を見
せる。
 本当に、この時の高橋洋子は絶賛されていい演技をしたと思います、この
映画の真の主役、田中絹代さんに較べても決して見劣りはしません。
 ただ、田中絹代さんが、もう神懸りとしか思えないような演技をしてしまった
ので、どうしても、その陰に隠れてしまっただけなんです。
 でも、この物語で両輪の片側である高橋さんが下手だと、せっかくの田中さ
んの演技が浮いてしまう、この作品が、ここまで高いレベルになったのは高橋
さんの力が非常に大きく貢献してると思います。

 田中絹代さん
 日本映画界を背負ってきた大女優、その遺作になる本作での演技は例えよ
うもないくらい素晴らしいものでした。
 年老いてまで差別され、小さな村の片隅で誰とも交わらず、ひっそりと暮らす
老婆。
 その人生で幸せを感じたことは皆無に近く、これ以上ない程の悲惨と過酷が
付いて回った人。
 全てを飲み込み、何も言わず、言えず、頑なに、でも淡々と生きている。
 その人が、取材目的で近づいてきた女性作家に、徐々に心を開き喋る言葉
の一つ一つが優しくて強くて美しい。
 建ってるのが奇跡のようなボロ家で、腐った畳の上にチョコンと座ってる姿。
 作家と二人で障子を張替え、腐った畳の上に新しいゴザを敷いてもらい、
 「御殿のごだる(のようだ)」と言いながらピョンピョン跳ね、真新しいゴザに頬
を擦り付ける姿。
 スクリーンには伝説の大女優 田中絹代ではなくて、辛酸を嘗めつくした元か
らゆきさんサキが実在しているんです。
 この映画は、田中絹代さんなくしては成立しなかった映画だと確信しています。

 日本と日本人に捨てられた人達は、結局、自らも国を捨てるしか道はなく、そ
の決心の悲痛さは言葉で書けば書くほど白々しいものにしかなりません。
 それを写し出す最終章の映像は残酷です。


※この作品は国内の賞をほぼ独占し、アカデミー外国語映画賞にノミネートされ
 ました。
 田中絹代さん、高橋洋子さんも同じく主演、助演の賞を独占し、田中さんはベ
 ルリン映画祭最優秀女優賞を受賞しました。
※この映画は上記のお二人と表記上は主演の栗原小巻さんの3人で話を転がし
 ていきます。
 公開当時から、栗原小巻さん演じる三谷圭子のサキさんに対するアン・フェア
 な取材方法への反感もあってか、栗原小巻さんへの評価が著しく低い。
 まあ、確かに東京からやって来たインテリお嬢さんを、学級委員長みたいな栗
 原小巻さんが演じてるんですから、田中、高橋、ご両人の熱演に較べようもない
 のですが、でも、もし、この役を二人に対抗できるような人が演じたとして、果た
 して、それが良い結果になるでしょうか。
 濃い二人の間に無色透明な小巻さんが居るからバランスが良かったとも考えら
 れるんですよね、この辛い話を進ませる3人が3人共、濃い人だったら窒息して
 しまう気がしないでもないんです、どうでしょうか?
 あ、書き忘れましたが、僕、コマキストなんです。(笑)

コメント (4)    この記事についてブログを書く
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4 コメント

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こんばんは☆ (miri)
2012-08-29 22:50:54
今「震える舌」を見ていらっしゃるのですね~。
全く、凄いわ。

http://saisenseisuki.blog97.fc2.com/blog-entry-1351.html

怖い映画の企画で、背中を押され、再見しました。
感想をアップしましたので、またいつでも結構ですのでお願いします。

>ただ、内容は重く、もう一度見直すには勇気が要る作品なので記憶だけで書きます

怖い映画ではなく、再見するのが怖い映画の筆頭でしたが、
再見したら怖いよりも、あれこれの感情でどうにもなりません。

ホントは鉦鼓亭さんをお誘いしたかったのですが、お忙しそうだったから見てしまったのです。
だから良かったらいつか再見してね☆

あ、作者は山崎朋子さんです、よろしく☆

>あ、書き忘れましたが、僕、コマキストなんです。(笑)

この記事は、その目線で書かれていますよね~。
私はあんまり好きではない女優さんなので・・・ごめんなさい。

>それを写し出す最終章の映像は残酷です。

ココを一番見せたかったのだと思います。

再見なさったら、もっとお話ししたいな~って思いますが、
「今すぐ見てね」という意味ではありませんので気にしないで下さいね。

では、お仕事や地域の行事、まだまだ暑いので、体調にお気を付け下さいね~。
返信する
ようこそ! (鉦鼓亭)
2012-08-30 23:59:15
 miriさん、こんばんは。
 コメントありがとうございます!

作者は山崎朋子さんです>汗、汗、汗
そうでした、豊子さんでは小説家になっちゃいますよね。
ありがとうございました!!

ココを一番見せたかった>僕も肝はココだと思います。
ここへ、どう辿り着かせるかが勝負だったのだけど、田中、高橋、二女優のお陰で、あの無残なシーンをより強烈に印象付けることに成功したと思っています。

再見>洋画の「地下水道」、邦画の「サンダカン八番娼館」、「飢餓海峡」は僕にとって相当な気構えの要る作品。
再見のお約束はしますが、「いつ」に関しては今年中にとしか今のところ言えません、御了承下さい。

小巻さん>生活感のない人ですよね、演技も舞台と映画を使い分けられない不器用な人だと思います。(笑)
彼女の作品では「忍ぶ川」、「新・男はつらいよ」が好きです。
「忍ぶ川」は、「絶唱」や「野菊の如き君なりき」の世界(純愛)をS40年代に持ってきたような話なんですけど、二人で男の故郷へ→祝言→初夜→ラストへ、の部分はしみじみとして美しく好きです。

熊井啓さん>非常に生真面目な演出をする人、そんな印象です。
ただ、邦画は語れる程、見ていないので余り言えません。
(阪妻やデコちゃん贔屓の弟の方が邦画は断然強い~笑)

「震える舌」>昨晩見ていて渡瀬・十朱の夫婦が、まるで自分達夫婦を鏡に写してるように見えました(勿論、容姿は及ぶべくもありませんが)。
自分が言うだろう台詞を渡瀬恒彦が狂いもなく言い、女房が言うだろう台詞を十朱さんが忠実に再現してくれる。(笑)
言い方、話し方が、これまた似てるんだ、僕は自分の事は余り解らないけど不機嫌な時はあんな感じだと思うし、十朱さんはイントネーションまで女房に似ていて・・・。
自分達の壊れっぷりを見ているみたいで、破傷風だの痙攣だのは、どうでもよくなってしまいました。(笑)
※miriさんが、もし子供に対する施術が見るに堪えないと感じてるのなら、あれは全て一目で解るトリックでした。
返信する
Unknown (mardigras)
2013-04-29 03:54:12
鉦鼓亭さん、こんばんわ。

この映画の田中絹代はホント、すさまじいですね。。。言葉は悪いんですけど、あまりにみすぼらしい老婆になりきっていて、その役者魂というか、覚悟にたじろぎました。
私もこの映画と「地下水道」は1回こっきりで、おそらくもう観ることはないような気がします。(それから「震える舌」も!)

ご返事が遅くなってしまいましたが、ブログにご連絡いただいた件、もちろんOKですのでよろしくお願いします。
返信する
Unknown (鉦鼓亭)
2013-04-29 12:01:40
 mardigrasさん、こんにちは

ご承諾、ありがとうございます。
ご好意に甘えて記事をUPします。

「サンダカン八番娼館 望郷」は、演技が素晴らしいので余計に堪えます。。
(男全員、ロクデナシだし~笑)
監督が黒澤以上に直球勝負の人なのもキツイですね。

「震える舌」は再見してみて、病気の子供が真ん中に居るのだけど、実態は「脆くも壊れていく夫婦の物語」だと感じました。
miriさんへのレスにも書きましたが、あの夫婦の言動が余りに自分達そっくりなので、余計、そう感じたのかもしれません。
返信する

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