独立記者の挑戦 中国でメディアを語る

27年間の記者生活を土台に、国境を超えた普遍的な価値を追求する

「新緑」チーム・・・いよいよ九州福岡へ出発

2017-03-25 11:22:06 | 日記
日本への交通の便が悪い点が、地方都市・汕頭のつらいところ。昨夜は上海で一泊し、これから上海浦東発の福岡便で出発する。4月2日まで汕頭大学新聞学院の女子学生6人を引率し、福岡・北九州で環境保護関連の取材を行う。中国で10年間を過ごした新聞記者時代は、自分は記者で、中国人スタッフが多くのお膳立てをしてくれていた。今回は私が取材をアレンジし、中国人の学生記者にそれを体験させる。役割の逆転を新鮮に感じている。

チームの名前は「新緑」である。



学生たちが取材テーマを練っていく中で、意見を出し合い、1か月以上をかけて考え出した。「新緑」は唐代の詩に出てくるが、日常会話の中ではあまり使われない。一方、日本では春になると必ず耳にする言葉だ。日中を橋渡しするネーミングとしてはぴったりだ。春の訪れを告げる澄んだ水は「緑水」と呼ばれ、新たな希望、生命の活力を象徴する。さらに「新」は「新聞(ニュース)」の「新」に通じる。「新緑(xīn lǜ シンル)」は中国語で心拍を意味する「新率」と同じ発音で、生命の根源にもかかわる、というわけだ。

初めての日本、初めての海外、という学生が大半を占める。チェックインをし、「FUKUOKA」と書かれたボーディングパスをまじまじと見つめ、携帯で写真に収める姿がある。両親や友人に送るのだろうか。第一印象がときにその人の人生に決定的な影響を刻むことがある。私も大学を卒業し、すぐに留学した北京で、いまだに忘れがたい経験をした。彼女たちにとって意義ある旅となるよう願っている。

出発までまだ時間がある。何を買うわけではないのに、はしゃいで免税店を巡っている。そんなささいなことも、旅の思い出の一つなのだろう。彼女たちの荷物番をするのも悪い気はしない。

学内の先生たちから称賛されるほどのスケジュールができあがった。大きな期待が寄せられている。福岡・北九州、ひいては熊本に住む日中の人々、政府からメディア、学者、文化人、企業家、学生、民間人にいたるまで、幅広い人々が誠心誠意対応をしてくれたおかげである。その厚情に感謝申し上げたい。

ありがとうございました!行ってきます!

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「文革的」と「文革の再来」の根本的な違い

2017-03-17 21:22:17 | 日記
「文化大革命の再来」について続ける。

いたずらに煽ることには賛成しない。だが、危険な芽に注意を払うことは忘れてはならない。文革中は、社会の異分子を排除するため、法を無視し、冤罪をでっちあげ、見せしめ、再起不能になるまで叩きのめすことが日常的に行われた。人の権利も尊厳も虫けら同然に踏みにじられ、自殺に追い込まれた知識人も数多い。数千万人規模の犠牲者を生んだのだ。

今でも、恣意的な権力が特定の個人に対し、文革まがいの弾圧を行うことがある。ネットでの容赦のない集団による個人攻撃をみていると、本で読んだ文革の光景を思わずにはいられない。中国社会の封建的な性格だけが理由ではない。人間の本性、弱さ、醜悪さに根差しているだけに、あらゆる国で起こり得る。日本の新聞社でも似たようなことが行われているのを、私は知っている。

だから「文革の再来」への危惧を煽るよりも、「文革的」なるものの芽を摘むことが、国境を超えた人類共通の課題だと考える。中国が薄熙来元重慶市党委書記のスキャンダルに沸いた2012年全国人民代表大会閉幕の記者会見で、退任間近の温家宝首相が言い残している。薄熙来解任の前日だ。



「文化大革命の誤りと封建的な影響は完全にはぬぐえていない。経済の発展に従い、分配の不公平や信用の書いてみる欠如、汚職腐敗の問題も生じた。こうした問題の解決を理解するためには、経済体制の改革だけでなく、政治体制の改革、特に党と国家指導制度の改革も進めなければならない。今や改革は攻めの段階に入った。政治体制の改革がなければ経済体制の改革も徹底して進めることが不可能で、すでに成し遂げた成果も再び失うかも知れない。社会で発生した新たな問題を、根本から解決されなければ、文化大革命の歴史の悲劇はまた繰り返されるだろう」

総書記に次ぐナンバー2の首相が残した最後のメッセージだ。最高指導部の合意を得ていないスタンドプレーとして、温首相は自己批判を迫られた、と後日談を耳にした。覚悟を決めて語った深刻な反省である。政敵である薄熙来への反感がにじみ出た発言だが、重要なのは「政治体制の改革」への言及である。権力へのチェックが働かなくなれば、必ずや法は形骸化する。文革の反省もここにある。

多くの日本人が誤解している。中国において「権力の集中=悪」ではない。胡錦濤政権時代に起きたのは、権力の分散によって、各権力が勝手放題に振る舞った腐敗現象だ。当時、民主派の知識人も「胡錦濤は権力が弱く、役に立たない」と批判していた。現在は、習近平が力を握り過ぎたことへの批判に変わっている。法治社会建設の衰退だという声もある。だがそもそも法に絶対的な価値は与えられていない。統治の道具でしかないのは有史以来変わっていない。

この大国を率いる巨大な権力機構において、いったん権力を解き放てば、たちどころに内部崩壊する。だから権力を中央に集中させ、グリップをきかせなくてはならない。そのために用いられるのが法である。これが習近平を含めた歴代指導者の発想だ。政治体制改革も結局は集めた権力をどう使うのか、という点に帰結する。西側の権力チェック機能を想定していては、永遠に堂々巡りの議論をすることになる。

庶民もこの体制を根本からひっくり返そうとは思っていない。今の安定と発展を保ちつつ、一歩一歩、住みやすい社会になればいいと思っている。これまであまりにも多くの苦難を経てきた。ようやく豊かになるチャンスがめぐってきた。この気持ちはなかなか外国では理解できないだろうが、隣国の日本人は、深い傷跡を残した当事者として、理解しようと努めなければならない。

まず自らを振り返り、相手の立場に立つことが、相互理解の第一歩であることは言うまでもない。もちろん多種多様な人がいるということを念頭においてだ。さもなければ不毛な罵り合いで終わるしかない。
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習近平の中国は文革時代に近づいているのか?

2017-03-17 00:45:25 | 日記
東京の雑誌編集者から、「習近平への権力集中はもはや文化大革命の再来と言われている」と聞かされた。



15日に閉幕した全国人民代表大会を含め、日本での報道は「党中央の核心」と権威づけられた習近平を毛沢東と重ね、その集権的、強権的な政治手法を文革に結びつけることで、中国脅威論を煽っているのだろうか。籠の中に閉じこもっていると、妄想ばかりが膨らんでいく。視野が狭まっていることさえ自覚ができなかれば、かなりの末期症状だ。

まずは文革(1966-76)が起きた国際・国内の情勢を振り返る必要がある。

当時、米国によるベトナムへの空爆で中国は資本主義化の危機感を募らせ、一方、フルシチョフのスターリン批判を契機とするソ連との対立で、国際共産主義運動の主導権争いも激化した。米ソの両大国を敵に回した絶体絶命の危機だった。国内は戦争に備え、大都市には防空壕が掘られ、沿海部の軍需・重工業拠点は内陸部に移された。海外との交流は厳しく制限され、事実上の鎖国状態だった。

これに毛沢東の主導する権力闘争が結びついて文革は起きた。全国民が毛沢東語録を手にし、神のようにあがめる個人崇拝が極限にまで達した。伝統文化は破壊され、それに毛沢東思想が取って代わった。疑似戦時体制のもと、法が踏みにじられ、人権ばかりが多数の人命が犠牲となった。

では今はどうか。

メディアは米中の対立と衝突ばかりに目を向けるが、50年前との比較にならないほど様変わりしていることを忘れてはならない。ケチをつけるのは簡単だが、大局を見据える視点がなければ世論を誤導することになる。

習近平は、海と陸のシルクロード戦略「一帯一路」に代表される全方位的なグローバル戦略を掲げている。ロシアとは過去にない蜜月状態だし、その関係をもとに中央アジアやBRICSとの連携を探っている。米国とは多くの摩擦を抱えながらも、人とモノ、金を通じた相互依存関係はどの国より深いと言っても過言ではない。年間、1億2000万人以上の中国人が海外に行き、1億4000万人以上の外国人が中国に来る時代だ。若者は国内のネット規制を乗り越えて海外サイトと接続し、日本メディアがさかんに引用する人民日報や中央テレビのニュースに目を通している庶民はごくわずかでしかない。

つまり、日本の内向き指向とは逆に、過去にない外向き時代を迎えているのだ。ハーバード大やオックスフォード大には中国人留学生があふれ、海外の観光地も中国人観光客でごった返している。いい悪いの問題ではなく、これが現実である。どうして「文革の再来」ばかりが伝えられるのが、不思議でならない。世界を見るフィルターが大きくずれていることに早く気付かなければならない。

習近平の集権化は北京・中南海での話だ。もちろん中国の政治を見極めるためには中南海ウオッチが欠かせない。党幹部も連日、習近平演説を学ぶのに必死だ。いつ腐敗調査が及ぶかわからない不安と背中合わせである。だが、大半の庶民には縁遠い話だ。いくら習近平用語集を出版しても、それを手に歩いていたら奇異な目で見られるだろう。習近平に対する庶民の高い支持は、強い指導者像と平易な親しみやすい演出の二面からで、個人崇拝というよりは、大衆政治家の人気に近い。

中国が今抱えている深刻な課題は、中南海での権力集中とは逆に、社会主義イデオロギーが色あせ、信仰が揺らいでバラバラになっている国民をいかに一つにまとめていくかということだ。できるはずのない幻想を求めなければならないのが、イデオロギー政党の宿命である。そこでたどりついたのが、国民を精神的に団結させるための伝統文化、つまり孔子や孟子から老荘思想まで、使えるものは何でも使うというスタイルだ。思想のつまみ食いから「習近平思想」は生まれない。伝統を否定して一から作り上げた「毛沢東思想」とは大きな違いがある。

今晩はここまでにしておく。
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日中の民法論争の違いから見えるもの

2017-03-14 10:27:12 | 日記
北京で全国人民代表大会が開かれているが、学生はほとんど関心がないかと思っていた。試みに、ニュースに注目しているかと聞いてみると、ふだんは目立たない女子学生から「人民の権利に法律の保護を与える民法の制定は画期的なことです」と答えが返ってきた。



硬い話題だったので意外だった。まっすぐな目が、価値あるものを探そうとしている。埋もれている芽を見つけると心が高鳴り、それをいとおしむ気持ちが沸いてくる。何かの助けになるかと思い、私は明治期、日本で起こった民法典論争を紹介した。

中国には、婚姻法や相続法などが個別に存在するが、それらを包括する民法はない。中国共産党が建国後、権力闘争に明け暮れ、法を重視してこなかった。改革開放後は計画経済と市場経済の併存が、「経済法・民法論争」の形でイデオロギー対立を招き、法制定を先延ばしした。市場経済が浸透し、それに応じた社会制度が整備され、人々の意識も変わってきた。ようやく序章となる民法総則草案が全人代に諮られ、2020年をめどに民法典の編さんが進められることとなった。確かに画期的なことなのだ。

胎児の遺産相続権や成年後見、個人情報の保護、緊急救助行為の免責などが盛り込まれれている。離婚が日常化し、農村に残された独居老人が増えた。個人情報を悪用した詐欺行為が横行し、人助けをして逆に訴えられる不条理な事件が相次いでいる。人口の流動化や価値観の変化によって伝統的な家族が変質し、社会道徳が危機にさらされている。こうした風潮に対応した内容だ。

中国の社会は、政治権力が圧倒的な権威を持つ一方、人々が強い権利主張をしてぶつかり合う複雑な社会だ。圧倒的な権力にひれ伏す反面、それが及ばない領域においては過剰なほど権利を貫く。さらに法よりも情を重んじる「合情合理」の風土がある。ルール一辺倒の日本社会とはかなり異質である。違いを説明するには、明治期の民法典論争にまでさかのぼらなくてはならない。

言うまでもなく、明治期の法制度整備は、不平等条約を改正する国家悲願のため、西洋と同じ土俵に上ることが主目的だった。社会の実態に合わせて法がそれを追認するのではなく、西洋の社会モデルをそのまま移植した。憲法学者の穂積八束が論文「民法出でて忠孝亡ぶ」を発表し、日本の伝統的な大家族制度を擁護したのは、その事情を物語る。民法典論争は、当時としてはやむを得ぬ選択ではあったが、対外関係優先の拙速な国内法制定が招いた東西文化の衝突を背景に持っていた。その結果、根を持たない臣民の権利は疎んじられ、恣意的な公権力に飲み込まれた。

戦後の新憲法で国民の権利は保障されたが、権利は条文によるのではなく、実践によってしか守られない。企業では今でも恩恵を施す「賞与」の言葉が残る。退職金を人質に取られたサラリーマンは、上下関係という不合理な権力の前で、わずかな権利さえも主張できない。新聞社でさえも、自由な議論は存在せず、一党独裁国家のような言論統制が敷かれる。閉ざされた組織を硬直化したルールが支配し、異論は排除され、同化する道しか残されていない。受け身の姿勢は政治行動にも及び、投票率は下がり続ける。驚いたことに棄権も政治的権利の行使だという詭弁、暴論までまかり通る始末だ。

隣国の人権侵害をあげつらうことには秀でていても、自分たちが権利を守るために努力を続けているかどうかは反省しない。新聞社は「知る権利」を訴えるが、もはやその資格がないことは多くの人々が気付いている。事なかれ主義と自己保身がまかり通り、臆面もなく「特ダネより訂正を出すな」と言う人々がいる。自分は常に正しいと思いこまなくてはならないため、知らず知らずのうちに世間の常識からずれ始める。だから船が沈みかかっていても、タコツボの中で人の悪口にすがるしかない。

私はこの学生に、

「たとえ法律に書いてあっても、権利を行使しなければ権力に従う奴隷となる。権利を主張しなければ、義務や責任の観念も生じない。時効が設けられているのは、権力放棄の怠慢を戒めるためだ。逆に、相手の権利を尊重しない権利は社会からも尊重されない。同じように、自由を求めるのであれば、相互に認め合わなければならない。独立した人格、独立した思考を実現するためには、まずこの点をわきまえなければならない」

と伝えた。彼女は「法律の意識は、国民の民度ということなのか」と尋ねてきた。一般的に日本人は民度が高いと言われるが、果たしてそうなのか。彼女の質問がそんな問いかけを誘った。
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ルールで縛るのではなく、内発を導くことの大切さ

2017-03-12 12:18:36 | 日記
福岡への環境保護取材ツアーを月末に控え、参加する学生6人との議論にも熱が入る。先日は生物多様性について話し合った。現在の環境が過去の遺産によって成り立っているのだとしたら、その恩恵を受けているわれわれは将来の環境に責任を負う。人間は多様な生態の一部であり、その中でしか生きることができない。だとすれば、生物多様性の破壊は自滅を導くしかない。訪問時、日本はちょうど桜が咲き始めるころだ。花見の中に、日本人が自然といかに向き合ってきたかを探ることはできないか。そんな取材テーマも含んでいる。

全校を対象にした「日中文化コミュニケーション」のクラスに生物学専攻の男子1年生がいた。授業中、文化の多様性を論じる中で、生物多様性を引き合いに出した。彼がすらすらと概念を紹介してくれ、クラスの多様性をありがたく思った。彼にエドワード・O・ウィルソンの『バイオフィリア(Biophilia)』を読んだことはあるかと聞いたら知らなかった。まだ1年生だからなのか。中国語の翻訳版もどうやら出ておらず、原語版の紹介しか見当たらなかった。



同書はちくま学芸文庫で日本語版がある。人間は生まれながらにして、生き物に対し関心を抱く傾向を持っている。それをウィルソンは「バオオフィリア」という造語で表した。「バイオ」は生物、「フィリア」は愛を意味する。熱烈なナチュラリストである著者の思いが強く込められた言葉だ。中国のネットで検索したところ、翻訳例としては、「生物之恋」「生物熱愛」「親生物性」など苦労の跡がみられた。カタカナでそのまま翻訳されると、意味が伝わない。日本ももっと意訳を取り入れるべきだ。

世の中には動物嫌いの人も多い。だがそこにはたいてい幼少時の苦い経験がある。わけもなく追いかけられたとか、不快な手触りとか。もしかすると、その忌まわしい体験がなければ、動物好きだった可能性もある。本能か主か、環境か主か、の議論を始めたらきりがないが、程度の差はともかく、いずれもがかかわりあって人間、そして生物の行動が生まれるとみるのが正しいと思える。動物を虐待、乱獲したり、熱帯雨林を平気で伐採したりしてしまうのは、本来の姿ではなく、人間社会で生きるため、肥大化した欲望のため、生物愛の本能を忘れて行っていることだ。

性善説を唱えた孟子も、対象はあくまで人間に限られているが、似たようなことを言っている。

「惻隠の心がないものは人間でない」「惻隠の心は、仁の始まりである」(『孟子』公孫丑章句上)

惻隠の心は、困ったものをみて、自然に生まれてくるあわれみの情だ。見ず知らずのおさな子でも、井戸に落ちかかっているのをみたら、だれもがとっさに駆け寄って救おうとする。親から褒美をもらうためでもなく、人にほめられたいからでもなく、非難を恐れてでもない。放ってはおけないと感じる、そういう忍びざるの心である。だが多くのものは目先の利益に心を奪われてあくせくし、功を急ぎ、あるいは怠惰に流れ、浩然の気を養うことを忘れている。環境がひとの心を眠らせているのだ。日々の行動の中で、人の情は目覚めるのだと孟子は言っている。

全人代で議論されている初の民法草案には、民事責任の項目に「生態環境を修復する」ことが盛り込まれた。法に頼るだけでは、生態環境も改善されるず、生物多様性も守ることができないことはだれでもわかっている。外から強制する発想ではなく、うちにもともとあるものを引き出していくと考えた方が、人はより前向きになることができる。人そのものを育てる教育もまた同じではないかと思う。
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