伊藤ファミリーBLOG

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【COGHCC聖書通読】 2018/08/31

2018-08-31 07:40:27 | 一日一章・聖書通読日記
ナホム書 3:1-4

わざわいなるかな、血を流す町。その中には偽りと、ぶんどり物が満ち、略奪はやまない。 むちの音がする。車輪のとどろく音が聞える。かける馬があり、走る戦車がある。 騎兵は突撃し、つるぎがきらめき、やりがひらめく。殺される者はおびただしく、しかばねは山をなす。死体は数限りなく、人々はその死体につまずく。 これは皆あでやかな遊女の恐るべき魔力と、多くの淫行のためであって、その淫行をもって諸国民を売り、その魔力をもって諸族を売り渡したものである。

2章で学んだように、堅固な城壁に囲まれた難攻不落の要塞都市ニネベは、水害により城壁が崩れたことにより呆気なく陥落しました。バビロンとメディアの連合軍は、槍と剣にかけてニネベの人々を一人残らず殺害し、かつてアッスリヤが滅ぼした国々から奪い取った金銀財宝を略奪しました。その有様は、累々と積み重なった死体でつまづくほどでした。このようにニネベが滅ぼされた理由は、遊女にたとえられたニネベの人々が諸国を売り渡したためであると記されています。アッスリヤの残虐行為は目を覆うほどのもので、近隣諸国を情け容赦なく徹底的に滅ぼし尽くしました。その報いを彼らは受けたのです。自分の行いが自分に帰ることは聖書の原則です。

http://bible.com/81/nam.3.1-4.ja1955

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ナホム書 3:5-7

万軍の主は言われる、見よ、わたしはあなたに臨む、わたしはあなたのすそを顔の上まであげ、あなたの裸を諸民に見せ、あなたの恥じる所を諸国に見せる。 わたしは汚らわしい物を、あなたの上に投げかけて、あなたをはずかしめ、あなたを見ものとする。 すべてあなたを見るものは、あなたを避けて逃げ去って言う、「ニネベは滅びた」と。だれがこのために嘆こう。わたしはどこから彼女を慰める者を、尋ね出し得よう。

アッスリヤが諸国に行った辱めを、自分自身が受けることになりました。もはやニネベのために嘆く者も、慰める者もいません。アッスリヤの圧力に苦しめられていた近隣諸国の人々は、アッスリヤを助けることなく、むしろ逃げ去って、その噂を言い広めるだけです。人に対して情け容赦のない者は、憐れみを受けることはありません。人はそれぞれの行いに応じて報いを受けることを、私たちは忘れてはなりません。

http://bible.com/81/nam.3.5-7.ja1955

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ナホム書 3:8-12

あなたはテーベにまさっているか。これはナイル川のかたわらに座し、水をその周囲にめぐらし、海をとりでとなし、水をその垣としている。 その力はエチオピヤ、またエジプトであって、限りがない。プトびと、リビヤびともその助け手であった。 しかし、これもとりことなって捕えられて行き、その子供もすべてのちまたのかどで打ち砕かれ、その尊い人々はくじで分けられ、その大いなる人々は皆、鎖につながれた。 あなたもまた酔わされて気を失い、あなたは敵を避けて逃げ場を求める。 あなたのとりでは皆初なりの実をもつ、いちじくの木のようだ。これをゆすぶればその実は落ちて、食べようとする者の口にはいる。

テーベとはナイル川中流地域にある、かつてエジプトの首都が置かれていた都市の名前です。この町もナイル川に守られ難攻不落を誇っていましたが、皮肉なことにアッスリヤがこの町を攻め落としました。エジプトの傭兵となっていたエチオピア人もリビヤ人もアッスリヤに捕らえられ、町に住んでいた人々は虐殺され資産は略奪されました。同じ屈辱を今度はアッスリヤ自身が首都ニネベ陥落で味わうこととなったのです。神様に信頼せず人の力に頼る者は、必ず滅ぼされることを、私たちは心にとどめなければなりません。

http://bible.com/81/nam.3.8-12.ja1955

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ナホム書 3:13-17

見よ、あなたのうちにいる兵士は女のようだ。あなたの国の門はあなたの敵の前に広く開かれ、火はあなたの貫の木を焼いた。 籠城のために水をくめ。あなたのとりでを堅めよ。粘土の中にはいって、しっくいを踏み、れんがの型をとれ。 その所で火はあなたを焼き、つるぎはあなたを切る。それはいなごのようにあなたを食い滅ぼす。あなたはいなごのように数を増せ。ばったのようにふえよ。 あなたは自分の商人を天の星よりも多くした。いなごは羽をはって飛び去る。 あなたの君たちは、ばったのように、あなたの学者たちは、いなごのように、寒い日には垣にとまり、日が出て来ると飛び去る。そのありかはだれも知らない。

城壁が自分たちを守ってくれると安心しきっていたニネベの人々は、兵隊さえも弱体化し、城壁の破れ口から町に侵攻したバビロン・メディア連合軍の前になす術もなく、イナゴの大群が畑を食い荒らすように略奪され、跡形もなく火で焼かれて、廃墟は人々の記憶から忘れ去られてしまいました。ニネベは19世紀に発掘されるまで、伝説上の町と見なされていたそうです。人々は栄枯盛衰の歴史を繰り返しますが、歴史を支配するのは他でもない、天地万物を造られたまことの神、ただお一人です。

http://bible.com/81/nam.3.13-17.ja1955

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ナホム書 3:18-19

アッスリヤの王よ、あなたの牧者は眠り、あなたの貴族はまどろむ。あなたの民は山の上に散らされ、これを集める者はない。 あなたの破れは、いえることがなく、あなたの傷は重い。あなたのうわさを聞く者は皆、あなたの事について手を打つ。あなたの悪を常に身に受けなかったような者が、だれひとりあるか。

ニネベは陥落しましたが、アッスリヤ王は落ち延びたようです。しかし信頼する部下を失い、王を支える貴族も死に絶え人々は散らされて、この3年後にアッスリヤは滅亡しました。それまでアッスリヤに苦しめられていた人々は手を叩いてその滅亡を喜び、圧制からの解放を祝いました。「復讐するは我にあり」とあるように、神様は悪に必ず報いられるお方です。私たちは自ら人を裁くことなく、時が来れば必ず成就する神の怒りに任せて、むしろ悪に対して善をもって報いる者とならせていただきたいと願います。

http://bible.com/81/nam.3.18-19.ja1955
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【今日の聖句】 2018/08/31

2018-08-31 06:35:14 | 今日の聖句
ヘブライ人への手紙 12:1 新共同訳

「こういうわけで、わたしたちもまた、このようにおびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか、」

数千年もの時代を経て私たちの手元に届けられている聖書は、数多くの先人たちが命懸けで守り通した信仰の結晶です。この尊い信仰を私たちの代で途絶えさせることなく、次の世代に確実にバトンタッチするためにも、立派な主の証人となって、神様が私たちに定められている使命を果たす者でありたいと願います。

http://bible.com/1819/heb.12.1.新共同訳
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【COGHCC聖書通読】 2018/08/30

2018-08-30 07:30:19 | 一日一章・聖書通読日記
ナホム書 2:1-2

撃ち破る者があなたに向かって上って来る。城を守れ、道をうかがえ。腰に帯せよ、大いに力を強くせよ。 主はヤコブの栄えを回復して、イスラエルの栄えのようにされる。かすめる者が彼らをかすめ、そのぶどうづるを、そこなったからである。

2章ではアッスリヤ帝国滅亡の様子が描かれています。打ち破る者とは、城壁に守られた町ニネベを陥落し、アッスリヤ帝国を滅ぼしたバビロンとメディアの連合軍です。その理由をナホムは、ユダをかすめイスラエルの祝福(ぶどうづる)を損なったからだと預言します。神の民イスラエルの祝福を奪う者は、神様の厳しい裁きを免れることはできません。これは昔も今も変わることのない聖書の真理です。

http://bible.com/81/nam.2.1-2.ja1955

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ナホム書 2:3-5

その勇士の盾は赤くいろどられ、その兵士は紅に身をよろう。戦車はその備えの日に、火のように輝き、軍馬はおどる。 戦車はちまたに狂い走り、大路に飛びかける。彼らはたいまつのように輝き、いなずまのように飛びかける。 将士らは召集され、彼らはその道でつまずき倒れ、城壁に向かって急いで行って大盾を備える。

赤銅で作られたバビロン軍の軍服と盾は真っ赤に彩られていたそうです。その理由は、日が当たると燃え立つ火のように見え相手に恐怖感を植え付けると共に、傷を負っても血の色を敵に見せないようにするためだといわれています。ちなみにアッスリヤ軍の軍服は青い色だったそうです。まさにバビロンがアッスリヤを倒すことを、ナホムはすでに数十年前に預言していたのです。神様の御言葉はすべて正しく必ず成就することを、私たちは決して忘れてはなりません。

http://bible.com/81/nam.2.3-5.ja1955

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ナホム書 2:6-10

川々の門は開け、宮殿はあわてふためく。 その王妃は裸にされて、捕われゆき、その侍女たちは悲しみ、胸を打って、はとのようにうめく。 ニネベは池のようであったが、その水は注ぎ出された。「立ち止まれ、立ち止まれ」と呼んでも、ふりかえるものもない。 銀を奪え、金を奪え。その宝は限りなく、もろもろの尊い物はおびただしい。 消えうせ、むなしくなり、荒れはてた。心は消え、ひざは震え、すべての腰には痛みがあり、すべての顔は色を失った。

ニネベの町は周囲13キロにも及ぶ高さ10メートル以上の城壁と、その周囲をチグリス川から水を引いた堀に囲まれ、古代歴史上でも類い希な難攻不落の要塞都市でした。しかしニネベ陥落の直前に起こった大雨の影響で堀の水が氾濫して城壁が崩れ、その破れ口から突入したバビロン・メディア連合軍によって一気に攻め落とされてしまいました。水害と、人々の慌てふためく様子が詳細に預言されています。ニネベの人々は、たとい敵に包囲されても自分たちの建てた完全に防備された町の中にいれば絶対に大丈夫だと思っていましたが、神様の前に驕り高ぶった彼らの安心はもろくも崩れ去ることとなったのです。私たちが真に頼るべきものは、人の力ではなく、大自然と人を造られた神様です。

http://bible.com/81/nam.2.6-10.ja1955

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ナホム書 2:11-13

ししのすみかはどこであるか。若いししの穴はどこであるか。そこに雄じしはその獲物を携え行き、その子じしと共にいても、これを恐れさせる者はない。 雄じしはその子じしのために引き裂き、雌じしのために獲物を絞め殺し、獲物をもってその穴を満たし、引き裂いた肉をもってそのすみかを満たした。 万軍の主は言われる、見よ、わたしはあなたに臨む。わたしはあなたの戦車を焼いて煙にする。つるぎはあなたの若いししを滅ぼす。わたしはまた、あなたの獲物を地から断つ。あなたの使者の声は重ねて聞かれない。

獅子は力の象徴です。ここで獅子にたとえられたアッスリヤは、その絶大な力に任せて敵国の人々を引き裂き、絞め殺し、すべての富を略奪しました。アッスリヤの残虐さは類を見ないもので、人を生きたまま串刺しにしたり、目をえぐり取ったりすることを日常茶飯事のように行っていました。ヨナの宣教によって一度は悔い改め悪事を控えましたが、再び悪行三昧の生活に立ち戻ったアッスリヤの罪に報いるために、神様ご自身が立ち向かい、その子孫も絶え果てました。神を敵とする生き方は、滅びを招く愚かな人生の選択です。

http://bible.com/81/nam.2.11-13.ja1955
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【今日の聖句】 2018/08/30

2018-08-30 06:35:30 | 今日の聖句
詩編 46:2 新共同訳

「神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。」

神様は遠く離れた天上から地上の私たちを眺めておられるのではなく、苦しみのときにすぐ側近くにいてくださり、悩みの中にいる私たちを助けてくださるお方です。まことの神をわが避け所、わが砦とすることのできるさいわいに感謝し、主の力強い御手にすべてを委ねて平安を得る私たちでありますように。

http://bible.com/1819/psa.46.2.新共同訳
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【COGHCC聖書通読】 2018/08/29

2018-08-29 07:48:38 | 一日一章・聖書通読日記
ナホム書 1:1-5

ニネベについての託宣。エルコシびとナホムの幻の書。 主はねたみ、かつあだを報いる神、主はあだを報いる者、また憤る者、主はおのがあだに報復し、おのが敵に対して憤りをいだく。 主は怒ることおそく、力強き者、主は罰すべき者を決してゆるされない者、主の道はつむじ風と大風の中にあり、雲はその足のちりである。 彼は海を戒めて、これをかわかし、すべての川をかれさせる。バシャンとカルメルはしおれ、レバノンの花はしぼむ。 もろもろの山は彼の前に震い、もろもろの丘は溶け、地は彼の前にむなしくなり、世界とその中に住む者も皆、むなしくなる。

今日からナホム書の通読に入ります。ナホムという名前には「慰め」という意味がありますが、その預言の内容は2節に「妬み」「報復する」「憤る」とあるように、アッスリヤ帝国の首都ニネベに対する裁きの預言書です。これがなぜ慰めと関係があるのか、それは直後の3節に「怒ることおそく」「罰すべき者を決してゆるされない者」とあるように、慰めと報復は表裏一体の関係にあるからです。ニネベについては先にヨナ書でも学びましたが、ヨナのときにはニネベは救われたのに、ナホム書ではなぜ裁かれるのか? それはヨナの宣教によって一時的に罪を悔い改めたために裁きを免れたものの、長続きせず再び残虐な行いを働くようになったために、神様はヨナの時代から約一世紀半後にバビロンによってニネベを陥落させ、アッスリヤ帝国は滅びました。

http://bible.com/81/nam.1.1-5.ja1955

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ナホム書 1:6-11

だれが彼の憤りの前に立つことができよう。だれが彼の燃える怒りに耐えることができよう。その憤りは火のように注がれ、岩も彼によって裂かれる。 主は恵み深く、なやみの日の要害である。彼はご自分を避け所とする者を知っておられる。 しかし、彼はみなぎる洪水であだを全く滅ぼし、おのが敵を暗やみに追いやられる。 あなたがたは主に対して何を計るか。彼はその敵に二度としかえしをする必要がないように敵を全く滅ぼされる。 彼らは結びからまったいばらのように、かわいた刈り株のように、焼き尽される。 主に対して悪事を計り、よこしまな事を勧める者があなたのうちから出たではないか。

ニネベに対する神様の裁きは徹底したもので、その子孫までも完全に絶たれてしまいました。ニネベは元々、創世記に出てくるノアの次男ハムの子孫で最初の権力者ニムロデが建てた町で、神様に反逆する者の象徴的存在でした。神様に聞き従わず悪行三昧の者を何とか悔い改めさせようとヨナを送ったものの、再び罪に戻ったニネベを、神様はその義の故に滅ぼさないわけにはいかなかったのです。アッスリヤは一時的にはエジプトまでも支配する強大な国家となりましたが、それからわずか50年後には滅亡します。神様の憤りは単なる感情的な恨みや妬みによるものではなく、罪に対する徹底した対抗措置の現れであり、それはこの世の悪に苦しめられている義人にとって、何よりの慰めとなるものです。

http://bible.com/81/nam.1.6-11.ja1955

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ナホム書 1:12-15

主はこう言われる、「たとい彼らは強く、かつ多くあっても、切り倒されて絶えはてる。わたしはあなたを苦しめたが、重ねてあなたを苦しめない。 今わたしは彼のくびきを砕いて、あなたからとり除き、あなたのなわめを切りはなす」。 主はあなたについてお命じになった、「あなたの名は長く続かない。わたしはあなたの神々の家から、彫像および鋳造を除き去る。あなたは罪深い者だから、わたしはあなたの墓を設ける」。 見よ、良きおとずれを伝える者の足は山の上にある。彼は平安を宣べている。ユダよ、あなたの祭を行い、あなたの誓願をはたせ。よこしまな者は重ねて、あなたに向かって攻めてこないからである。彼は全く断たれる。

この箇所は「あなた」「彼」と記された対象が交互に入れ替わるために、注意して読まないと矛盾した全く意味不明の預言となってしまいます。14節だけ「あなた」はアッスリヤを指し、それ以外は「あなた」はユダを指します。ちなみに聖書で「わたし」とひらがな表記になっている場合は、常に神様あるいは御子イエス様を指します。そのように読むと、この箇所はアッスリヤに苦しめられていたユダに対する慰めに満ちた預言であることが読み取れます。神に刃向かい邪悪な行為を働くよこしまな者は必ず裁きを受け、神を畏れ御言葉に聞き従って耐え忍ぶ者は必ず救いを受けます。

http://bible.com/81/nam.1.12-15.ja1955
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【今日の聖句】 2018/08/29

2018-08-29 06:35:29 | 今日の聖句
詩編 27:14 新共同訳‬‬

「主を待ち望め
 雄々しくあれ、心を強くせよ。
 主を待ち望め。」

たとい絶体絶命の危機に陥っても、私たちを糾弾する者の激しい攻撃に晒されても、全知全能の神、主が共にいてくださるならば、私たちは何者をも恐るるに足りません。神を畏れ御言葉を守り行う者を決して見捨てることをなさらない主の御臨在を確信し、主を待ち望んで勇敢な心をいただく私たちでありますように。

http://bible.com/1819/psa.27.14.新共同訳
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【COGHCC聖書通読】 2018/08/28

2018-08-28 07:45:06 | 一日一章・聖書通読日記
ミカ書 7:1-3

わざわいなるかな、わたしは夏のくだものを集める時のように、ぶどうの収穫の残りを集める時のようになった。食らうべきぶどうはなく、わが心の好む初なりのいちじくもない。 神を敬う人は地に絶え、人のうちに正しい者はない。みな血を流そうと待ち伏せし、おのおの網をもってその兄弟を捕える。 両手は悪い事をしようと努めてやまない。つかさと裁判官はまいないを求め、大いなる人はその心の悪い欲望を言いあらわし、こうして彼らはその悪を仕組む。

初生りのいちじくと聞いて思い起こすのは、イエス様が十字架にかかられる前、エルサレムに向かう道の途中にあった実を結ばないイチジクの木を呪われた場面です。いちじくの季節ではなかったというのは、初生りのいちじくが実をつけているはずの時期でしたが、青々と葉が茂るだけで実をつけていませんでした。これは外見は立派でも実を結ばない当時のイスラエルの偽りの信仰を呪われたという意味です。この出来事がミカ書に預言されていたことに気付かせていただき、聖書を通して読むことの大切さを改めて教えられました。同時に、見掛け倒しの信仰に陥らないように気を付け、御霊の実を結ぶ信仰者とならせていただきたいと願います。

http://bible.com/81/mic.7.1-3.ja1955

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ミカ書 7:4-7

彼らの最もよい者もいばらのごとく、最も正しい者もいばらのいけがきのようだ。彼らの見張びとの日、すなわち彼らの刑罰の日が来る。いまや彼らの混乱が近い。 あなたがたは隣り人を信じてはならない。友人をたのんではならない。あなたのふところに寝る者にも、あなたの口の戸を守れ。 むすこは父をいやしめ、娘はその母にそむき、嫁はそのしゅうとめにそむく。人の敵はその家の者である。 しかし、わたしは主を仰ぎ見、わが救の神を待つ。わが神はわたしの願いを聞かれる。

世の中に欺瞞が蔓延るとき、多くの愛が冷え、人々は不信に陥り、親しい友も、家族さえも信頼できず、疑心暗鬼になります。これはミカの時代のイスラエルだけでなく、現代社会にも通じることではないでしょうか。家庭崩壊や家族間の殺人事件などが報道される度に心を痛め、いよいよ世の終わりが近付いていることを覚えます。しかしそのような暗黒時代にも、主を仰ぎ見る者はさいわいです。罪に沈む世にあっても罪に汚れず、義なる神を頼みとして救いを待ち望む私たちでありますように。

http://bible.com/81/mic.7.4-7.ja1955

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ミカ書 7:8-13

わが敵よ、わたしについて喜ぶな。たといわたしが倒れるとも起きあがる。たといわたしが暗やみの中にすわるとも、主はわが光となられる。 主はわが訴えを取りあげ、わたしのためにさばきを行われるまで、わたしは主の怒りを負わなければならない。主に対して罪を犯したからである。主はわたしを光に導き出してくださる。わたしは主の正義を見るであろう。 その時「あなたの神、主はどこにいるか」とわたしに言ったわが敵は、これを見て恥をこうむり、わが目は彼を見てあざ笑う。彼は街路の泥のように踏みつけられる。 あなたの城壁を築く日が来る。その日には国境が遠く広がる。 その日にはアッスリヤからエジプトまで、エジプトからユフラテ川まで、海から海まで、山から山まで、人々はあなたに来る。 しかしかの地はその住民のゆえに、そのおこないの実によって荒れはてる。

神を信じてこの世に染まらない私たちを疎ましく思う敵たちは、義のために迫害される者の苦しむ姿を見て喜び、暗闇の中に捨て置かれることをあざ笑うかもしれません。しかし私たちはただまことの裁き主であられる主を待ち望み、この世の罪を自らの責任として負わなければなりません。この世の罪のために執り成す者を、神様は決して捨て置かれず、光の中に導き出してくださいますから感謝いたします。主の裁きの日には、私たちをあざ笑った者は踏みつけられ、その地は荒れ果てて廃墟となります。これは主の預言であって、後の日に必ず起こるべきことを予め示されたものです。私たちは神の御言葉に真摯に向き合わなければなりません。

http://bible.com/81/mic.7.8-13.ja1955

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ミカ書 7:14-17

どうか、あなたのつえをもってあなたの民、すなわち園の中の林にひとりおるあなたの嗣業の羊を牧し、いにしえの日のようにバシャンとギレアデで、彼らを養ってください。 あなたがエジプトの国を出た時のように、わたしはもろもろの不思議な事を彼らに示す。 国々の民は見て、そのすべての力を恥じ、その手を口にあて、その耳は聞えぬ耳となる。 彼らはへびのように、地に這うもののようにちりをなめ、震えながらその城から出、おののきつつ、われわれの神、主に近づいてきて、あなたのために恐れる。

神様の救いは、すでに出エジプトの記事を通して神様が何をなさったかを見れば明らかなことです。はじめはイスラエルに敵対した人々も、神様の大いなる御業と数々の奇跡を見て驚き、難攻不落の堅固な要塞都市エリコでさえも、イスラエルの故に戦う気力を失い、茫然自失の状態で籠城する以外にありませんでした。私たちにできることは一つ、頑なな心を捨てて主の御前にへりくだり、救いを求めて罪を悔い改めることです。

http://bible.com/81/mic.7.14-17.ja1955

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ミカ書 7:18-20

だれかあなたのように不義をゆるし、その嗣業の残れる者のためにとがを見過ごされる神があろうか。神はいつくしみを喜ばれるので、その怒りをながく保たず、 再びわれわれをあわれみ、われわれの不義を足で踏みつけられる。あなたはわれわれのもろもろの罪を海の深みに投げ入れ、 昔からわれわれの先祖たちに誓われたように、真実をヤコブに示し、いつくしみをアブラハムに示される。

義なる神様は罪に対しては厳しく臨まれますが、同時に愛なる神様は、罪を悔い改めて主に立ち返る者の不義を赦し、その罪を深海の底にまで投げ捨てて、心から喜んで迎え入れてくださるお方です。神に聞き従う者にどこまでも真実を尽くしてくださる憐れみ深い主に心から感謝して、御言葉を守り行い、神様の御心に適う者となる私たちでありますように。

http://bible.com/81/mic.7.18-20.ja1955
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【今日の聖句】 2018/08/28

2018-08-28 06:35:40 | 今日の聖句
コリントの信徒への手紙一 13:4-5 新共同訳‬

「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。 礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。」

まことの愛の特徴は、決して自己主張しないこと、自分のことは脇に置いて相手を尊重し、いかなる労力も苦と思わず、徹底して相手に尽くすことが真の愛の極意です。忍耐強く、情け深く、妬まず、自慢せず、高ぶらず、礼節を重んじ、見返りを求めず、苛立ちも恨みも抱かないまことの愛を身に着けたいと願います。

http://bible.com/1819/1co.13.4-5.新共同訳
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【COGHCC聖書通読】 2018/08/27

2018-08-27 07:35:12 | 一日一章・聖書通読日記
ミカ書 6:1-5

あなたがたは主の言われることを聞き、立ちあがって、もろもろの山の前に訴えをのべ、もろもろの丘にあなたの声を聞かせよ。 もろもろの山よ、地の変ることなき基よ、主の言い争いを聞け。主はその民と言い争い、イスラエルと論争されるからである。 「わが民よ、わたしはあなたに何をなしたか、何によってあなたを疲れさせたか、わたしに答えよ。 わたしはエジプトの国からあなたを導きのぼり、奴隷の家からあなたをあがない出し、モーセ、アロンおよびミリアムをつかわして、あなたに先だたせた。 わが民よ、モアブの王バラクがたくらんだ事、ベオルの子バラムが彼に答えた事、シッテムからギルガルに至るまでに起った事どもを思い起せ。そうすれば、あなたは主の正義のみわざを知るであろう」。

神様はイスラエルの民に対して、主の訴えられることを聞き、山と丘の前で私と論争をせよと言われました。これは人の目は騙せても、悠久の昔から変わることのない大自然の前では隠し事はできないということです。日本人には、お天道様が見ている、という表現がわかりやすいかもしれません。その上で神様はイスラエル民族の歴史を紐解き、わたしが何をしたか思い出せと言われます。神様はいつも私たち人間に数々の恵みをもって憐れみ深く接してくださるお方であったのに、私たち人間は神様に対してなんと不誠実な者でしょうか。「主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな」という讃美のように、私たちは神様の恵みを一つ一つ数えて思い起こし、神の義と愛を決して忘れることのないようにしたいと願います。

http://bible.com/81/mic.6.1-5.ja1955

*****

ミカ書 6:6-8

「わたしは何をもって主のみ前に行き、高き神を拝すべきか。燔祭および当歳の子牛をもってそのみ前に行くべきか。 主は数千の雄羊、万流の油を喜ばれるだろうか。わがとがのためにわが長子をささぐべきか。わが魂の罪のためにわが身の子をささぐべきか」。 人よ、彼はさきによい事のなんであるかをあなたに告げられた。主のあなたに求められることは、ただ公義をおこない、いつくしみを愛し、へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか。

神様はまた、礼拝に臨む態度についても言及されました。当時もエルサレムの神殿では律法の規定に基づき燔祭と犠牲が捧げられていましたが、同時にイスラエルの人々は神様が命じてもいなかったこと、むしろ行ってはならないと厳しく戒められていたカナン土着の宗教儀式である自分の子を火に焼いて捧げる忌むべきことを行っていました。神様は最初から何がよいことか、何が主に喜ばれる正義かを聞かされていたのに、自分の考えに従って自分の正義を行い、神様の戒めの基本から道を踏み外してしまいました。私たちもまた自らの信仰に当てはめて、神様の喜ばれる良いこと、すなわち神の定められた公義を行い、謙虚に、人々を慈しむ心を忘れずに、神の愛と義を守り行う者とならせていただきたいと願います。

http://bible.com/81/mic.6.6-8.ja1955

*****

ミカ書 6:9-13

主の声が町にむかって呼ばわる-全き知恵はあなたの名を恐れることである-「部族および町の会衆よ、聞け。 わたしは悪人の家にある不義の財宝、のろうべき不正な枡を忘れ得ようか。 不正なはかりを用い、偽りのおもしを入れた袋を用いる人をわたしは罪なしとするだろうか。 あなたのうちの富める人は暴虐で満ち、あなたの住民は偽りを言い、その舌は口で欺くことをなす。 それゆえ、わたしはあなたを撃ち、あなたをその罪のために滅ぼすことを始めた。」

神様の御心に適う全き知恵とは、まことの神、主を畏れることです。主を畏れることとは主の御言葉を守ること、すなわち公義を行うことです。しかしイスラエルの富裕層の人々は、私腹を肥やすために偽りの物差しと分銅を用いて善良な国民から搾取し、嘘と偽りで塗り固められた生活を送っていました。そこで主は、イスラエルの罪に報いて滅ぼすことを始められたと言われます。私たちはきよい心をもって、誠実に、忠実に神と人とに仕える者となるべきです。

http://bible.com/81/mic.6.9-13.ja1955

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ミカ書 6:14-16

「あなたは食べても、飽くことがなく、あなたの腹はいつもひもじい。あなたは移しても、救うことができない。あなたが救う者を、わたしはつるぎにわたす。 あなたは種をまいても、刈ることがなく、オリブの実を踏んでも、その身に油を塗ることがなく、ぶどうを踏んでも、その酒を飲むことがない。 あなたはオムリの定めを守り、アハブの家のすべてのわざをおこない、彼らの計りごとに従って歩んだ。これはわたしがあなたを荒し、その住民を笑い物とするためである。あなたがたは民のはずかしめを負わねばならぬ」。

オムリの定め、アハブ家のすべてのわざとは、サマリヤの偶像礼拝と悪しき慣習をユダの国に持ち込んだ忌まわしき罪を指します。そこで神様は、食べても空腹は満たされず、戦いに敗れ、勤労の実を得ることができないと断罪されました。神の民イスラエルが主ご自身から見捨てられるとは、他国人から見たら笑い物の種になるという屈辱を味わうことです。クリスチャンなのに神様から見捨てられたらどうでしょうか? 私たちの日常生活の中で、神様から忌み嫌われるようなことをしてはいないでしょうか? 今一度、信仰の自己点検を行い、神様の御心に適う、きよい生涯を歩む者とならせていただきたいと願います。

http://bible.com/81/mic.6.14-16.ja1955
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【今日の聖句】 2018/08/27

2018-08-27 06:35:20 | 今日の聖句
コリントの信徒への手紙一 15:58 新共同訳‬‬

「わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです。」

心血注いで労苦したことがすべて無駄骨に終わったとしたら、どれほど虚しさを感じるでしょうか。天地万物を造られた主に固く結び合わされるならば、私たちの労苦は決して無駄にならないと、揺るがぬ信仰をもって主の業に励む私たちでありますように。

http://bible.com/1819/1co.15.58.新共同訳
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【COGHCC聖書通読】 2018/08/26

2018-08-26 19:15:37 | 一日一章・聖書通読日記
ミカ書 5:1-4

今あなたは壁でとりまかれている。敵はわれわれを攻め囲み、つえをもってイスラエルのつかさのほおを撃つ。 しかしベツレヘム・エフラタよ、あなたはユダの氏族のうちで小さい者だが、イスラエルを治める者があなたのうちからわたしのために出る。その出るのは昔から、いにしえの日からである。 それゆえ、産婦の産みおとす時まで、主は彼らを渡しおかれる。その後その兄弟たちの残れる者はイスラエルの子らのもとに帰る。 彼は主の力により、その神、主の名の威光により、立ってその群れを養い、彼らを安らかにおらせる。今、彼は大いなる者となって、地の果にまで及ぶからである。

この箇所はクリスマス物語で東方の博士たちがユダヤの王として生まれたイエス様を捜してエルサレムに来たとき、メシヤはどこに生まれるのかと尋ねたヘロデ大王に、祭司長と律法学者たちが答えた御言葉の引用箇所となった預言です。そして3節に「いにしえの日から」とある箇所は、原語では想像もできないほどはるか昔から、という意味のある単語が使われているとのことで、すなわち神様の天地創造の御業のときから、人々を救うメシヤとして生まれるイエス様はユダヤの片田舎ベツレヘムから生まれると決められていたというのです。ベツレヘムという地名を旧約聖書で探すと、ダビデの曾祖母に当たるルツが帰還した町として出てきます。すなわち、ダビデ王の誕生すら、神様は天地創造のときから定められていたとは、何という壮大なご計画でしょうか。小さな町をも見逃すことなく覚えておられる神様の深い知恵と愛に、ただ感動を覚えます。

http://bible.com/81/mic.5.1-4.ja1955

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ミカ書 5:5-9

これは平和である。アッスリヤびとがわれわれの国に来て、われわれの土地を踏むとき、七人の牧者を起し、八人の君を起してこれに当らせる。 彼らはつるぎをもってアッスリヤの地を治め、ぬきみのつるぎをもってニムロデの地を治める。アッスリヤびとがわれわれの地に来て、われわれの境を踏み荒すとき、彼らはアッスリヤびとから、われわれを救う。 その時ヤコブの残れる者は多くの民の中にあること、人によらず、また人の子らを待たずに主からくだる露のごとく、青草の上に降る夕立ちのようである。 またヤコブの残れる者が国々の中におり、多くの民の中にいること、林の獣の中のししのごとく、羊の群れの中の若いししのようである。それが過ぎるときは踏み、かつ裂いて救う者はない。 あなたの手はもろもろのあだの上にあげられ、あなたの敵はことごとく断たれる。

この箇所ではアッスリヤがユダの地を踏みにじると記されていますが、実際にはアッスリヤはユダには侵攻しませんでしたから、この御言葉は世の終わりの日に起こることを比喩的に表現しているものだと分かります。ニムロデの地というのはアッスリヤの首都ニネベを指し、イスラエルがアッスリヤを制圧するときが来るというのです。これは天の御国が完成した暁には、イスラエルの中の残れる者、すなわち偶像礼拝に心を寄せて世俗化することなく、堅く信仰を守り抜いた真のイスラエル人たちは高く引き上げられ、大地を潤す朝露のように、義に飢え渇いた心を満たし、この世に平和をもたらします。

http://bible.com/81/mic.5.5-9.ja1955

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ミカ書 5:10-15

主は言われる、その日には、わたしはあなたのうちから馬を絶やし、戦車をこわし、 あなたの国の町々を絶やし、あなたの城をことごとくくつがえす。 またあなたの手から魔術を絶やす。あなたのうちには占い師がないようになる。 またあなたのうちから彫像および石の柱を絶やす。あなたは重ねて手で作った物を拝むことはない。 またあなたのうちからアシラ像を抜き倒し、あなたの町々を滅ぼす。 そしてわたしは怒りと憤りとをもってその聞き従わないもろもろの国民に復讐する。

世の終わりの日には、人が神様以外に頼りとするもの、たとえば戦車や馬などの軍事力、町や城とは要塞都市の鉄壁な防備、魔術師や占い師とは人を惑わす悪しき霊の働き、彫像、石の柱、手で造ったものとは偶像礼拝を指します。アシラ像はその最たるもので、カナン地方土着の五穀豊穣の神、そして子孫繁栄を祈願して淫行を行わせる、人間の欲望をそのまま形にしただけの罪の現れです。そのような偶像に身を寄せる者は、主ご自身が報復されるとは実に恐ろしい裁きです。私たちは罪に手を染めて滅ぼされるべき者とされないよう、注意深くならなければなりません。

http://bible.com/81/mic.5.10-15.ja1955
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【今日の聖句】 2018/08/26

2018-08-26 06:35:23 | 今日の聖句
詩編 139:13-14 新共同訳

「あなたは、わたしの内臓を造り
 母の胎内にわたしを組み立ててくださった。
 わたしはあなたに感謝をささげる。
 わたしは恐ろしい力によって
 驚くべきものに造り上げられている。
 御業がどんなに驚くべきものか
 わたしの魂はよく知っている。」

生命の神秘は極めて精巧に組み上げられた実に驚くべきもので、まさに神業としか言い様がありません。この世に生を受ける前から私たち一人一人を知り、ご計画の内にすべてを立てておられる主の奇しき御業に感謝を捧げる者でありたいと願います。

http://bible.com/1819/psa.139.13-14.新共同訳
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【COGHCC聖書通読】 2018/08/25

2018-08-25 07:45:19 | 一日一章・聖書通読日記
ミカ書 4:1-2

末の日になって、主の家の山はもろもろの山のかしらとして堅く立てられ、もろもろの峰よりも高くあげられ、もろもろの民はこれに流れくる。 多くの国民は来て言う、「さあ、われわれは主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。彼はその道をわれわれに教え、われわれはその道に歩もう」と。律法はシオンから出、主の言葉はエルサレムから出るからである。

世の終わりには大地殻変動が起こって、エルサレムは地上のすべての山々よりも高く隆起すると預言されています。そして地理的な高さもさることながら、徳と誉れの高さも世界一となり、人々が主の山に登って神様の御言葉を聞こうと押し寄せるようになります。世の終わりの大リバイバルを待ち望み、すべての人々が救いの道を求めて福音に触れることを切望する日が一日も早く来るようにと心より願います。

http://bible.com/81/mic.4.1-2.ja1955

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ミカ書 4:3-5

彼は多くの民の間をさばき、遠い所まで強い国々のために仲裁される。そこで彼らはつるぎを打ちかえて、すきとし、そのやりを打ちかえて、かまとし、国は国にむかってつるぎをあげず、再び戦いのことを学ばない。 彼らは皆そのぶどうの木の下に座し、そのいちじくの木の下にいる。彼らを恐れさせる者はない。これは万軍の主がその口で語られたことである。 すべての民はおのおのその神の名によって歩む。しかしわれわれはわれわれの神、主の名によって、とこしえに歩む。

神の義の道に歩む者は、人々の仲裁者、平和の使者として用いられるようになります。紛争解決に必要なものは、戦争や力で圧倒することではなく、人々の間に立ち、神の基準に従って平和的解決を図ることです。ぶどうの木の下、いちじくの木の下に座すとは、御言葉を学び、神に祈る者の姿勢を表す比喩的表現です。この世に平和をもたらすためには、平和を愛される義なる神様の御言葉を学び、御心を求めて祈ることが肝要です。すべての国民の心が一つになるために、八百万の神々ではなく、唯一のまことの神、主に聞き従って歩むことが、世界平和の原点です。

http://bible.com/81/mic.4.3-5.ja1955

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ミカ書 4:6-8

主は言われる、その日には、わたしはかの足のなえた者を集め、またかの追いやられた者およびわたしが苦しめた者を集め、 その足のなえた者を残れる民とし、遠く追いやられた者を強い国民とする。主はシオンの山で、今よりとこしえに彼らを治められる。 羊の群れのやぐら、シオンの娘の山よ、以前の主権はあなたに帰ってくる。すなわちエルサレムの娘の国はあなたに帰ってくる。

世の終わりの日には、社会的弱者に主の目が向けられます。そして世界中に散らされた神の民イスラエルが再びシオンの山に集められ、エルサレムの栄光が元に戻ります。罪の支配する今は富んでいる者が貧しい者を搾取し、地位の高い世の権力者が圧政を強いて人々を苦しめていたとしても、神様はそのような者を憐れみ、遠く離れた地から呼び集めて、神の支配する永遠の御国が建てられる希望を抱く私たちでありますように。

http://bible.com/81/mic.4.6-8.ja1955

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ミカ書 4:9-10

今あなたは何ゆえわめき叫ぶのか、あなたのうちに王がないのか。あなたの相談相手は絶えはて、産婦のように激しい痛みがあなたを捕えたのか。 シオンの娘よ、産婦のように苦しんでうめけ。あなたは今、町を出て野にやどり、バビロンに行かなければならない。その所であなたは救われる。主はその所であなたを敵の手からあがなわれる。

ミカの時代には、イスラエルの平和を脅かす脅威はアッシリア帝国でしたが、そのときすでに神様は、まだ出来立ての新興国に過ぎないバビロンにイスラエルが捕囚として連れ去られることが預言されていたことは驚くべきことです。しかし同時に神様は、あなたがたはバビロンの地で救われ、敵の手から購われると、エルサレムの回復をも預言されました。その御言葉が成就したことは、聖書の中に記されているとおりです。義に飢え渇いて苦しむ日々を過ごしても、神様は必ず苦難の中でも私たちを守り、回復してくださいますから感謝いたします。

http://bible.com/81/mic.4.9-10.ja1955

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ミカ書 4:11-13

いま多くの国民はあなたに逆らい、集まって言う、「どうかシオンが汚されるように、われわれの目がシオンを見てあざ笑うように」と。 しかし彼らは主の思いを知らず、またその計画を悟らない。すなわち主が麦束を打ち場に集めるように、彼らを集められることを悟らない。 シオンの娘よ、立って打ちこなせ。わたしはあなたの角を鉄となし、あなたのひずめを青銅としよう。あなたは多くの民を打ち砕き、彼らのぶんどり物を主にささげ、彼らの富を全地の主にささげる。

イスラエルに敵対する者が集まり、エルサレムが異教の民に汚されることをあざ笑うような時代を通過させられていますが、彼らは後の日に神の民イスラエルが再びエルサレムに集められ、高く引き上げられることを悟らない愚かな民です。収穫された麦が打ち場に集められて脱穀され砕かれて小麦粉となるように、世の終わりにはイスラエルを侮る者は集められて粉々に砕かれ、その所有する資産は没収されてイスラエルに与えられることを知らない民の愚かな結末を、私たちは見届けることになります。

http://bible.com/81/mic.4.11-13.ja1955
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【今日の聖句】 2018/08/25

2018-08-25 06:30:12 | 今日の聖句
サムエル記上 16:7 新共同訳

しかし、主はサムエルに言われた。
「容姿や背の高さに目を向けるな。わたしは彼を退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。」

神の民イスラエルの新たな王を選ぶにあたり、神様は人の見た目に依らず、内面の麗しさを基準とされることを告げられました。表面的な見かけを飾りたてることよりも、御霊に満たされて心の内からあふれ出る徳の高さと人格に磨きをかける私たちでありますように。

http://bible.com/1819/1sa.16.7.新共同訳
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【COGHCC聖書通読】 2018/08/24

2018-08-24 07:30:12 | 一日一章・聖書通読日記
ミカ書 3:1-4

わたしは言った、ヤコブのかしらたちよ、イスラエルの家のつかさたちよ、聞け、公義はあなたがたの知っておるべきことではないか。 あなたがたは善を憎み、悪を愛し、わが民の身から皮をはぎ、その骨から肉をそぎ、 またわが民の肉を食らい、その皮をはぎ、その骨を砕き、これを切りきざんで、なべに入れる食物のようにし、大なべに入れる肉のようにする。 こうして彼らが主に呼ばわっても、主はお答えにならない。かえってその時には、み顔を彼らに隠される。彼らのおこないが悪いからである。

ミカは神の民イスラエルを神の義に導くべき指導書たちに、あなたがたは公義を知っているはずではないか、それなのに善を憎み悪を愛して骨までしゃぶるほど国民から搾取しているのは何たることかと詰問します。そのような公然と悪事を働く輩が主に呼ばわってもお答えになるはずがないと、ミカは彼らの過ちを指摘しました。貪欲は人の心を狂わせ、貪りは他人を不幸にするばかりか自らの祝福をも奪われる結末を引き起こします。私たちは神様の統治の下、公義に従って主の御心をこの地に実現する者とならなければなりません。

http://bible.com/81/mic.3.1-4.ja1955

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ミカ書 3:5-8

わが民を惑わす預言者について主はこう言われる、彼らは食べ物のある時には、「平安」を叫ぶけれども、その口に何も与えない者にむかっては、宣戦を布告する。 それゆえ、あなたがたには夜があっても幻がなく、暗やみがあっても占いがない。太陽はその預言者たちに没し、昼も彼らの上に暗くなる。 先見者は恥をかき、占い師は顔をあからめ、彼らは皆そのくちびるをおおう。神の答がないからである。 しかしわたしは主のみたまによって力に満ち、公義と勇気とに満たされ、ヤコブにそのとがを示し、イスラエルにその罪を示すことができる。

次いでミカは、民を惑わす偽預言者について神様の宣告を預言します。本来、預言者は神様の御言葉を真摯に聞き、人の目をはばかることなく告げられた通りの言葉をありのまま民に伝えなければその役目を果たしたとはいえません。しかし当時の預言者と自称していた者たちは、受け取る報酬次第で平安の言葉か呪いの言葉か態度を変えて語る、単なるお抱え占い師に成り下がっていました。現代も町のあちらこちらに占い師がいますし、多くの人がスピリチュアルなどと表して深層心理などを元に、客の願望を叶えたり心配事を的中させたりして人の満足する耳障りの良い言葉を語っていますが、神様の御言葉はそのような世俗的なものでは断じてありません。たとい自分の意に添わない言葉であっても、私たちにいのちを与え、一人一人それぞれに人生の目的を持っておられる主の御言葉に聞き従うことこそが、真にさいわいな人生を歩む秘訣です。

http://bible.com/81/mic.3.5-8.ja1955

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ミカ書 3:9-12

ヤコブの家のかしらたち、イスラエルの家のつかさたちよ、すなわち公義を憎み、すべての正しい事を曲げる者よ、これを聞け。 あなたがたは血をもってシオンを建て、不義をもってエルサレムを建てた。 そのかしらたちは、まいないをとってさばき、その祭司たちは価をとって教え、その預言者たちは金をとって占う。しかもなお彼らは主に寄り頼んで、「主はわれわれの中におられるではないか、だから災はわれわれに臨むことがない」と言う。 それゆえ、シオンはあなたがたのゆえに田畑となって耕され、エルサレムは石塚となり、宮の山は木のおい茂る高い所となる。

国を正しく導くべき指導者たちは公義を離れて曲がった政治を行い、主に仕える祭司も、神の御言葉を伝える預言者たちも、賄賂次第で教えをコロコロ変える悪しき時代は、自ら滅びを招き入れる危険な兆候です。しかも彼らは、自分は神様に寄り頼む者であるから、主が共におられるのだから災いは及ばないと信じて疑わなかったからこそ、事態は深刻です。ヒゼキヤ王とヨシヤ王の時代に宗教改革が行われてユダの国は一時的に正しい信仰に立ち返りましたが、その後の王は再び偶像礼拝と偽りの預言に心を傾けたため、バビロンによって滅ぼされ、エルサレムは陥落して荒れ放題の廃墟になってしまいました。自己満足の信仰に気付かないことほど、救いようのない罪はありません。

http://bible.com/81/mic.3.9-12.ja1955
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