伊勢ー白山 道

集団では無く、社会の中で心身の健康を正しく個人で目指します

「注文の多い料理店」からの脱出方法

2011-03-04 10:48:21 | Weblog

他人に与えた気持ちや行為が、自分自身を形成する世界とは面白いと思います。
私たちは、お腹が空けば自分でご飯を食べます。しかし、自分のために食べたご飯は、ほんとうは胃袋から全部漏れているのです。
だから時間が経つと、直ぐにお腹が減ってしまうのです。
自分のお腹が空けば、先ず他人に食べさせて上げるのです。その人のお腹が一杯になれば、食べていない自分も何故か満腹しているのです。そして、この場合の満腹感は、かなり持続し、しかも自分の血となり肉にも成るのでした。
では、食べさせてもらった人はどうなるのか?やはり直にお腹が減るので、その人も違う他人にご飯を食べさせることをします。
これが繰り返された結果、その世界からは餓死者や飢餓感が消えたのでした。

こんな世界が有れば良いなあと、思いますか?
これは「食べる」ことを例に書きましたが、このような霊的な側面が今の見える世界に「既に」貫徹している宇宙法則なのです。
なんとなく、幸運と不運が発生する原因でもあります。
だから、今の自分が不幸だと感じている人も大丈夫です。必ず改善して行きます。
ただ、そのためには、物事に対する今までの自分の受け取り方、心で思う事を、上記のような「視点」も考慮すれば良いです。

なかなか他への行動までは出来ないけれども、自分の心の視点を1つぐらい増やすことは誰にでも出来ます。
「知る」だけでも、人間は変わって行くのです。
だから釈尊も、正しく真理を「知る」ことが、人間が成仏(じょうぶつ:真の幸福感に満たされること)するためには絶対に必要だとしました。
上記の空腹感の話も、この世の大切な真理の1つなのです。

日本人の古来からの文化は、「モノの哀れを思う」文化だと感じます。人間には、ズルい面やどうしようもない色情もあり、おろかな事をしてしまうことがあります。
しかし、全員が死んで去って行くのですから、死の視点から見ますと、そのような人間のサガ(性)も大きな目でながめることが出来ます。
そして、死んで見えなくなっても、哀れ(あわれ)むという「思いやり」の行為を尊重する文化です。
先祖供養とは、他へ「与える練習」としては最高の行為であり、「モノの哀れ」を自分なりに忘れない日本文化です。
べつに供養をしても、しなくても誰も怒りません。しかし、上記の空腹感の話と同じで、結局は自分自身を「救っている」行為が先祖供養なのです
先祖を供養する人は、その人も必ず救われます。これは絶対です。

宮沢賢治 作。「注文の多い料理店」のがいよう

イギリス風の身なりで猟銃を構えた2人の青年紳士が山奥に狩猟にやってきたが、獲物を一つも得られないでいた。やがて山の空気はおどろおどろしさを増し、山の案内人が途中で姿を消し、連れていた猟犬が2匹とも恐ろしさに泡を吹いて死んでしまっても、彼らは「2千4百円の損害だ」、「2千8百円の損害だ」と、表向き金銭的な損失だけを気にする。しかし、山の異様な雰囲気には気付いたらしく、宿へ戻ろうとするが、山には一層強い風が吹き、木々がざわめいて、帰り道を見つけることができない。途方に暮れたとき、青年たちは西洋風の一軒家を発見する。そこには「西洋料理店 山猫軒」と記されており、2人は安堵して店内へと入っていく。 入ってみると、「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはごしょうちください。」という注意書きがあるのに気付く。これを2人は「はやっている料理店で、注文が多いために支度が手間取る」という風に解釈して扉を開けると、そこには「髪をとかして、履き物の泥を落とすこと」という旨の注意書きがあるだけだった。以後、扉を開けるごとに2人の前には注意書きが現れる。中には「金属製のものを全て外すこと」といった少し首をかしげる注意書きもあったが、「料理の中に電気を使用するものがあって危ないからだ」というように、2人はことごとく好意的に解釈して注意書きに従い、次々と扉を開けていく。
しかし、扉と注意書きの多さを2人がいぶかしんだ頃、

「いろいろ注文が多くてうるさかつたでせう。お気の毒でした。
もうこれだけです。 どうかからだ中に、壷の中の塩をたくさん
よくもみ込んでください。」

という注意書きが現れ、二人は顔を見合わせ、これまでの注意書きの意図を察する。これまで、衣服を脱がせ、金属製のものを外させ、頭からかけさせられた香水に酢のようなにおいがしたのは、全て2人を料理の素材として食べるための下準備であったのだ。「西洋料理店」とは、「来た客に西洋料理を食べさせる店」ではなく、「来た客を西洋料理として食ってしまう店」を意味していた。気付くと、戻る扉は開かず、前の扉からは目玉が二つ、鍵穴からこちらを見つめている。あまりの恐ろしさに二人は身体が震え、何も言えず、ただただ泣き出してしまい、顔は紙くずのようにくしゃくしゃになってしまう。

そのとき、後ろの扉を蹴破って、死んだはずの2匹の犬が現れ、先の扉に向かって突進していく。格闘するような物音が聞こえたあと、気付くと屋敷は跡形もなく消え、2人は寒風の中に服を失って立っているのに気付く。そこへ山の案内人が現れ、二人は宿へと、やがて都会へと帰っていったが、恐ろしさのあまりくしゃくしゃになった顔は、どうやっても元には戻らなかった。



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567 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ありがとうございます (ゆじゅ)
2011-03-04 10:54:05
自分を信じてがんばります
生かしていただいて、ありがとうございます!
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みんなでごはん (Unknown)
2011-03-04 10:57:11
伊勢式供養をするようになってから、ご飯を、ご先祖と一緒にいただいているような気持ちになり、「ご先祖様、水子ちゃん、一緒に食べてますよ。おいしいね」と、心の中で語りかけています。実際はご先祖の食事は線香の煙なんですが。でも先祖と私は霊線や遺伝子でも繋がっているんだから、あながち外しまくってもいないと思います。それに、そう思うと、感謝がすうっと浸透するんです。結局我良しなんだけど、やさしい気持ちになれるからいいや。
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地磁気の放電の仕方 (まもなく33歳 )
2011-03-04 10:57:32
地磁気を自分の体から放電するイメージで「生かして~ あまてらすおほみかみ」と繰り返しながら移動したりすればいいのですね。
ありがとう御座位ます。

先日のリーマンさんの記事『見てやろう、味わってやろう』2011-02-18 11:10:38 に書かれていた神様を体験という意味が今朝、腑に落ちました。このように思いました。
「今」が全てであり、「今」に神様がいる。「今」私たちは神様の中にいる。「今」の全ての出来事が神様の神意の現れの現象であり、全てに神様を見れ、「今」私たちは神様を体験している。
それに、名前や個性などもここでは必要なく、ここに在るだけで喜びを感じます。(今こうして生きていることに。)黒住宗忠さんのアホと言われて喜んだのもわかります。言ってくれるだけ有り難いです。対象として認めてもらえたという喜び。ここに在るから言って貰える。言ってくれるとは、あなたはここに在るよと言ってもらえたこと。それは、あなたは神様と一緒だよということ。それがたとえ悪口でも。
真面目に日本から(発して)地球を救いたい。感謝磁気で。私も未来を変えられると思う。いつまでも穏やかな地球である為に。私もリーマンさんのように神事至上主義で在りたい。だから、みんな、定期的な感謝参拝(一理ネットワーク)と歩きながら地磁気の放電をしようよ!ビートたけしさんのギャグでいうところの『人類の赤信号、みんなで感謝想起すれば、恐くない!』
一理ネットワークの過去記事は http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/d/20090202
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食欲旺盛。 (ありがとうございます。)
2011-03-04 11:05:54
今日は腹が立っているので食欲旺盛です(小さなことで、しょうもないです。。)。お祓い体操がいいですね。エイ!

生かして頂いて ありがとう御座位ます。
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雛祭りにも (Unknown)
2011-03-04 11:06:09
雛祭りにもちゃんと先祖への思いやりがこめられているそうです。
ひなあられや手鞠などを置いたりするのは 不幸にも幼くしてこの世を去った祖先の女の子達を雛祭りに参加させてあげる為のことだと。
現在ほど医療が発達しておらず、食料事情も悪かった昔は病気や栄養障害で亡くなる子供が多かった。また戦争やその他の事故でなくなる子供も多かったでしょう。
その子たちの魂を慰め、一緒に手鞠で遊んであげたい気持ちからだそうです。
供える菜の花について は、菜の花からは 菜種が採れますが、このことから菜の花=お灯明と考えられ、祖先の霊となり、菜の花を生けるのは故人を雛祭りの宴にお迎えする事を意味しています。現在の女の子達への祝いの桃の花とは別に生け、厳かに故人と向かい合ったのです。先人達は常に「あの世」におられる魂と共に生きていました。 と。
日本では先祖を弔うことをどの行事にも入れてるのですね。
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Unknown (こうきこうき)
2011-03-04 11:08:38
いつもありがとうございます。
今日もひとつ『知ること』ができてうれしく思います。また想像(創造)の幅が増えました。
たんたんと感謝を置いていきます。笑顔です。
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質問・免疫力となりすましコメント (Unknown)
2011-03-04 11:10:16
昨日のコメント欄の件ですが、最新のこちらに書きます。どうぞよろしくお願いいたします。

1.花粉症には免疫力UPが大事とリーマンさんは書いてます。花粉症は免疫があがりすぎてなる病気と聞きましたが、この免疫とリーマンさんのいう免疫力はちがいますよね? リーマンさんの免疫力とは、「免疫のバランスをとる力」ということですか? だとしたら免疫のバランスを司る力と機能とは何でしょうか。

2.経緯はよくわからないのですが、スイートピーさんのなりすましの投稿がコメントアップされたようです。リーマンさんの過去コメントに「鳥居をくぐったコメントはみな素晴らしい」とありますが、このなりすましもそうなんですか?
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美しい心 (happy-r)
2011-03-04 11:11:45
自分より先に他人に~。
自分も欲しいけど、もっと欲しいであろう人の事をおもんぱかって・・・
日本人の美しい美徳ですね。
目の前に饅頭がある!よし!食べちゃおう!ではなくて
周りを少し見渡し、本当にお腹をすかせている人はいないか・・・自分も空いているけど、でも他の人に・・・。
そういうのが日本人の心の美しさですね。
私も今までそうしていろんなものを、いろんな人からいただいてきたと思います。
その人達の心を思いやる前にあっけらかんといただいて、はいありがとー!
駄目ですね、感謝が足りない。当然のように受け取って、反省です。

思いやりのあふれる人間になりたいです。
でもすぐにイケズな私になってしまいます。
やってしまった後にあぁ・・・って自己嫌悪。
心から慈愛あふれる人間になりたいです。
一歩進んで二歩下がるの日々ですが、頑張っていきたいです。
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今日も (濱民)
2011-03-04 11:13:16
心に染み入る箴言を賜りまして、誠にありがとうございます

本当にありがとうございます

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空腹感 (Unknown)
2011-03-04 11:13:40
確かに今、愛情を与えたくて頑張っていますが、その事で返ってくる愛情を頂くと、あれだけ米を食べたい私が、本当に満腹になるのです。なので、食欲がいつもより減ります。気がそちらに向いているからです。なので、人を好きになって、与えようとすると食欲が減退します。不思議です。
与えようとして頑張って、相手が真剣に返してくださると本当に嬉しくなって、また頑張ろうと思えます。あー、嬉しいなー。神様、ご先祖様、両親、周囲の方々、ありがとう御座位ます
神様の代行ができるように頑張りたいです。
生かして頂いて ありがとう御座位ます
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