伊勢ー白山 道

集団では無く、社会の中で心身の健康を正しく個人で目指します

出雲の悲しい過去

2007-08-13 18:36:04 | Weblog

7・30日の記事について、読者より :
大国主神の怨霊説のことは、わたしも知っています。大国主神は、出雲をはじめ九州から近畿、武蔵国あたりまでの広い範囲で幸せに暮らしていた先住の首長だったという説があります。大国主とは、大きな国の主という意味でありスサノオ命のように、固有名詞ではないそうです。古代出雲では、大国主の国を、まず比較的新しい時代に渡来してきたスサノオが平定したそうです。スサノオの支配はまだましでしたが、その後、九州からやって来た新たな渡来民族が残虐の限りを尽くし、原住民を支配したという説があります。もちろん、どこまで本当かはわかりませんが、富氏という先住民の末裔が、そう語っているそうです。伊勢ー白山道さまの霊視と部分的に似ているところが、興味深いです。
返答 :
実は、古代の超巨大な出雲大社の社殿をリーデイングした時
余りにも残酷な様子を霊視したので、この時の記事に書か無
かったことが有りました。
それは、社殿造営の為に、巨大な3本に束ねた柱を立てる時
の様子でした。
広大な平地に、まず土を盛り上げて行き、70m以上の高さ
の台形の小山を作ります。そして、頂上から垂直に、3本束の
巨柱の直径ぐらいの穴を、垂直に掘り下げていきました。
9箇所ぐらい、そのような70m以上の深さの垂直穴を、台形
の小山に堀ました。 問題は、穴が完成した時です。
工事をする奴隷のような気の毒な人々を、穴の上から、
生きたまま、堀投げる様子でした。1つの穴に、20名づつ
ぐらいを落としました。そして、今度は上から石を5mの高さ
分ほどの量を落とします。何とも言え無い悲鳴が、穴の中
から響きます。暫くの期間、その状態にした後、台形の山の
頂上で、3本の巨木を繋ぎ合わせた1本の60m級の巨柱を
寝かせた状態で組上げて、穴の上から落とし込みました。
9本の巨柱を穴に落としこみ、その上に社殿を造営しました。
そして、台形山の土を徐々に取り除いて行き、巨柱の間に
階段を筋交い状に取り付けて行きました。
山の土を全部取り除くと、そこには50mにも及ぶ高さの社殿
がそびえ建っていました。
これは、後世の人柱の原型にも成ったようです。

この工事をさせられた人々は、近畿圏・中国地方に古くから
居た住民達でした。九州から来た移民系の残虐な豪族は、
住民の中でも、若い健康な成人男性ばかりを捕虜にして
出雲に集め、この大工事を繰り返し実行しました。
ようは、謀反の防止の為に、疲労させる事と恐怖政治を維持
する為でした。異常な高さの社殿も、定期的に崩壊する為の
意味もありました。労働をさせる為の。
出雲は、古代の流刑地だったのです。

日本の悲しい過去が、そこに有りました。

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