日々の恐怖 5月21日 薬剤師
私は薬剤師で、新人の頃ある病院に勤務していた。
薬剤師は私を含めて3人で、一番下っ端の私は何でもやらなくてならなかった。
ある日のこと、いつものように夕方近くに外来が終わり、病棟のオーダーに基づいて、注射薬の払い出しをしていた。
どういう訳かこの日のオーダーはややこしいのが多く、病棟に問い合わせをしたりしながら作業をしていると、結構な時間になってしまった。
しかも、その日のうちに薬品会社へ発注をかけなければならない薬があり、その発注書を作らなければならなかった。
食堂に夕食を予約しておけばよかったと思いながら、発注書を作り始めたとき、内線が鳴った。
が、受話器を上げても声がしない。
「 薬局ですけど、なんですか? 」
と呼びかけるが、何の応答もない。
電話機には、A病棟のナースセンターを示す内線番号が表示されている。
“ 電話の故障か・・・?”
と思い、一旦切った。
だが、また内線が鳴る。
出るとさっきと同様に応答がない。
これが2、3回繰り返されるとさすがにイライラしてきた。
しょうがなく、調剤室を出てA病棟に向かうことにした。
A病棟は5階。
エレベータに乗り、階数ボタンを押す。
2階、3階、4階・・・、エレベータが止まり、扉が開いたときにようやく思い出した。
“ この病棟、改装中で使われてなかったよな・・・。”
養生シートがそこら中に貼られている真っ暗なフロア。
目を凝らすと、エレベータの出口の真ん前にあるナースセンターに、看護師らしき人間が一人立っている。
火災報知機の赤いランプの灯で、ナースキャップ、そしてカーディガンを着た後ろ姿がうっすらと見える。
何をしているんだろうと、エレベータから降りようとしたとき心臓が止まりかけた。
その看護師の身体を透かして向こう側が見える。
必死でエレベータの『閉』ボタンをガチガチと押した。
エレベータのドアが閉まり、再び開くまでひたすら目を閉じたまま耐えた。
そして「ちん」という音を聞くと、飛び出すようにエレベータを出た。
一刻も早く病院を出たかった。
だが、調剤室を放ったらかしにはできないし、発注だけはしておかないとえらいことになる。
小走りで調剤室に向かい、書き殴るように発注書を仕上げ、チェックして、ファックスに突っ込こもうとした時、また内線が鳴った。
着信音とともに、小さな赤いランプが点滅している。
無視した。
絶対に表示を見たくない。
ファックスが送られたのを確認し、電気を付けたまま調剤室を出て鍵をかけた。
暗くなった調剤室を見るのが嫌だった。
翌日、出勤すると、事務課の職員から「調剤室の明かりがつけっぱなしだった。」と小言を言われた。
謝りながら、「A病棟って内線が通じるんでしたっけ?」と聞くと、「えっ? 医局からも同じ問い合わせがあったけど、改装中だから通じませんよ。」と言われた。
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