泰西古典絵画紀行

オランダ絵画・古地図・天文学史の記事,旅行記等を紹介します.
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天球儀と古星図(1)~古星図の収蔵品から~

2010-12-29 06:56:38 | 天球儀と西洋古星図

ドッペルマイヤーの天球儀を購入してからというもの,天文史史料の収集に情熱を燃やしている.
前掲のヤン・ファン・デル・ビルト作の反射望遠鏡(1770/80年代)のほか,

・グロティウスの星座図帳の第二版(1621年)Arataea sive Signa Coelestia
  初版は「アラテア集成」Syntagma Arateorum(1600年)でライデンのプランタン書店で出版されており,「国際法の父」フーゴー・グロティウス17歳の著作である.紀元前4世紀ギリシアの詩人アラトスの星座詩「ファイノメナ」(天空の現象:前半が星座の位置と形状,その出没が神話伝説とともに語られる)にはプトレマイオスの48星座のうち45星座と,独立してプレアデスが登場し,星座の系統的著述として現存最古のもので星座の歴史研究に極めて貴重な資料と考えられているが,初版には,これに「ディオセメイア」(神ゼウスの兆候:雷や雨のこと)を付け加えてギリシア語原文で掲載し,これにキケロやゲルマニクスのラテン語訳文が続き,グロティウスの注釈が綴られている.
  後半には,グロティウス訳によると思われる[要確認]「ファイノメナ」のラテン語のテキストとそれに対応する星座図が挿入されているが,この星座図は,グロティウスがゲルマニクスの「アラテア」(アラトスのラテン語訳のこと)写本(9世紀)を所有していた状況もあって,写本の図版を参考に(おもに輪郭線を踏襲),著名な銅版画家ヤーコプ・デ・ヘイン(Jacob de Gheyn 1565-1629)がエングレーヴィングで製作している.この「アラテア」写本の図像は39点(36星座に惑星図・円環(黄道・赤道・回帰線)・前兆についての断片*)であったが,ヘインがてんびん・おとめ・ケンタウルス座と銀河・十二宮図を創作し付加して44枚となっている.星々の配置には正確性を欠いているが,精緻な図像は審美的価値が高く,バイエルの「ウラノメトリア」の星座図にも利用されている.

装丁概観                    タイトルページ                 いて座

  初版では残念ながら銅版画の裏面に活字が印刷されていて鑑賞の妨げになっている.これに対し,第二版は図版部分だけで裏に次のテキストが印刷されていないため,版の磨耗が無いとすれば,より見やすいようだ.当初17世紀オランダのヘインの版画だからと思っての購入であったが,これで蒐集熱にさらに火がついてしまった.

こぐま座・おおぐま座・りゅう座      てんびん座 前頁裏面は白紙である          十二宮図 上下の余白が広く残っている

*以上は千葉市立郷土博物館 天文資料解説集No.1 「グロティウスの星座図帳」1999年刊 より,伊藤博明氏論文を参照したが,*については四季の図像であろう.同書は本邦ではたいへん貴重な解説書である.残念ながら同書にある十二宮図は見開き図版で,装丁の関係で原寸掲載が困難であったようだ.

・セラリウスのキリスト教天球図・第一面(1660年?)43x50cm Coeli Stellati Christiani Haemisphaerium Prius (Celestial Chart Religion, Christianity, Constellations First/Anterior)
  アムステルダムで出版されたAndreas Cellarius(c.1596-1665)のHarmonia macrocosmica sev atlas universalis et novusは,美本ならオークションで10-20万ポンドもするが,29枚の見開き図版があり,この中には通常の星座図が6枚(図像は当代の天球儀の図版に基づいていると思われ反転・鏡像で描かれ,かに座がロブスターとして描かれ,こがに座も付け加えられている点はプランシウスに,牛飼いやケフェウスが冬の装いで描かれているのはブラウに類似),シラーが1627年に出版したキリスト教星図の中の半球図を忠実に描きなおした銅版画が2枚含まれていて,これらは1枚で当時の彩色でコンディションが良いと3000ポンド前後ないしそれ以上で販売されている.1708年にPeter SchenkとGerard Valkによって再販されているが,こちらのほうは美本で5万ポンド前後.

1660年初版?の通常の星座図のうち,北天・地球図で,右はファルクらによる1708年の第2版 一般に初版のほうが彩色が多彩で豪華で,シェンク&ファルク版にはカルトーシュないし版面の下枠中央などに彼らの名前が刻まれている.

 セラリウスの天球図はD.Warnerによれば,JanssoniusのAtlas Majorの第11巻として1658,1661,1666年の3回発刊されているらしいが,1658年はHarmonia macrocosmicaを除くAtlasの刊行が終了した年らしく,Warnock Libraryの記述によればHarmonia macrocosmicaの出版は1661・1666年の2回とファルクらの1708年とされていた.2008年6月にクリスティーズNYに出品されたRichard Green Library旧蔵品は1660年出版となっており,これが初版ですでに右下に図版番号がある.初版については,結論として1660年版のリプリント版(Taschen2006年)におけるRobert van Gentの解説によると,1660年版と1661年版は年記以外全く同一であるとのことであった.
 ユトレヒト大学のセラリウスに関するサイトに掲載されているリンクでは,1661年版でネット上で確認できる完本は以下の3つのサイトにある.同年版でも右下に図版番号のあるものと無いものがあり,このうちリンダ・ホール・ライブラリー(以下LHL)のもののみ図版番号が無く,残念ながら通常の星座図の北天・地球図が一枚欠落しているようだ.
Ruprecht-Karls-Universität (Heidelberg, Germany)
Warnock Library(California, U.S.A.;John Warnock氏の個人コレクションでRare Book Roomというサイトとして公開)
Linda Hall Library (Kansas City, U.S.A.)



購入したキリスト教天球図・第一面
  収蔵品はキリスト教天球図のうち秋分点を中心にした半球のほうで,実際には太陽が春分点にあるときの深夜の星空の反転像に相当し,金彩を含んだ当時の彩色が施されている逸品.黄道座標に基づいていて天球儀と同様,星図は反転して鏡像で描かれている.南天に旧約聖書に基づく星座,北天に新約に基づく星座が描かれており,例えば,左下方には通常の旧「アルゴ船座」が「ノアの箱舟」として描かれている.1660年版という触れ込みであったが,彩色はLHLの1661年版と酷似しており,唯,向かって左の福音書記者聖ヨハネ(かに座)と聖トマス(しし座)の衣の色のみが異なっている.可能ならば春分点側の半球図Posteriusが望まれる.


キリスト教天球図・第一面の別の初版 彩色は同一ではない 同・第二面 ここには右下にエリダヌス座が紅海として描かれている

・フラムスティード天球図譜のいわゆる第三版(1795年)Atlas Céleste de Flamsteed, ... Troisième Édition
  イギリスの天文学者ジョン・フラムスティード(1646-1719)の没後,1729年にロンドンで初版が出版された.バイエル星図は星空を見たとおり正像で描かれているが,おそらく天球儀の鏡像状態で人物像が前向きであることに配慮して,後ろ向きに描かれていた.フラムスティードはこれを良しとせず,プトレマイオスの星座の伝統的な図像に準じて,前向きに戻しているが,人物が不恰好なのが難点である.初版は54x38cmと大型本で24x20インチ(51x61cm)の図版26枚,1690年分点だったが,フランス王室御用達の地球儀製作者だったフォルタン(J. Fortin)がパリで1776年に1780年分点での縮小版として23x18cmの図版27枚(うみへび座が二分割された)いわゆる第二版を刊行し図柄も修正され美的観点からも満足できるようになり,第三版(仏語の2版で実際には5版目に相当)ではこの図版に「ハーシェルの望遠鏡座」などの5星座やメシエ天体もつけ加えて部分的に改訂している.6等星までが精密に描かれ,赤道・黄道座標がそれぞれ実線・破線で書かれている.


 バイエル星図1661年版と1603年初版は値が嵩んで買えず,ゾイッター天球図は破格で売られていたが買い逃してしまった.



6 コメント

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Unknown (玉青)
2010-12-29 14:20:14
おお、これは!
さっそく拙ブログで紹介させていただきました。
恐れ入ります (toshi@館長)
2010-12-29 21:58:12
 大コレクターではないので,恥じ入っております.ご紹介ありがとうございました.

 お目汚しになってしまうかもしれませんが,機会があれば見てやってくださいませ.
お願い (シュメールの夜空)
2011-06-04 18:12:06
東洋の古星図、オリエントの古星図、アラビアの古星図を紹介するブログは少ないみたいです。
このブログで是非ご紹介をお願いします。
シュメールの夜空さま (toshi@館長)
2011-06-05 16:18:03
はじめまして.
 いま和物に少々はまっていて,17世紀の井口の「天文図解」とか18世紀の赤水の天象管規鈔(星座盤)を入手したのですが,肝腎の中国の星座についての理解は素人同然なので,これから勉強してゆきます.渋川春海や司馬江漢の著作はなかなか購入に踏み切れませんが.
 オリエントやアラビアの古星図も,プトレマイオスの星座の成立過程として,それ以前に存在していたと聞いていますので,将来,記事が書けると良いですね.

よろしくお願いいたします.
渋川春海 (鼎)
2011-06-07 00:28:33
toshi館長のブログに日本人の名前が出てくるとは思いませんでした。
> 渋川春海
昨年、冲方 丁著『天地明察』(角川書店)を、読みました。
渋川春海、本名、安井算哲(保井算哲)。
昨年度の本屋大賞受賞作品ですが、ここ数年、いや10年で、一番おもしろかったです。

渋川春海が書いた古文書残っているんですね。まぁ、江戸時代だし、暦の話だし。本物見てみたいです。読めないですけど。和算や天文の図だけでも、おもしろそうです。
天地明察 (toshi@館長)
2011-06-08 23:43:17
昨年有名になったそうですね^^

上野の科博でも昨夏に春海による紙張子の地球儀・天球儀が展示されていたようですが,当時は関心がなくて詣でず,似非天文数寄でした.

 和物は仕事が一段落すれば近々で記事をかけると思います.

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