泰西古典絵画紀行

オランダ絵画・古地図・天文学史の記事,旅行記等を紹介します.
無断で記事を転載される方がありますが,必ずご一報下さい.

国立西洋美術館 常設展 改装後・新収蔵品など 

2009-06-23 07:40:39 | 古典絵画関連の美術展メモ

2階へのスロープから入り口を望む 1階旧彫刻展示室では「ル・コルビュジエと国立西洋美術館」の展示 実感しにくいが2階の展示室はこの採光のための天窓を囲むように配置されている


2階に出て右手が順路 中世~おもにイタリア・ルネサンス絵画の展示



 この聖母子像は収集家石塚 博氏からの05年寄贈作品.同館のラ・トゥール「聖トマス」も同氏より寄託後03年に購入となっていた筈.改装前「イーゼンブラントに帰属」とされていたが,海外の研究者のお墨付きが出たのかようやく真筆とされたようだ.


 イエスの顔や衣などコンディションはいまひとつの部分もあるが,基本的にはクウォリティは高く,このアトリビューションにはうなづける.寄贈者に敬意を払いたい.

 
 追記 後日ある先生からお話をお伺いすることが出来て,イーゼンブセントについてはキャプションの「帰属」が取れたわけではないとのことだった.
 もともと基準作品が少ない上,館の所蔵作品は聖母子像が小さいので比較が難しいが,印象ではお顔の表現の描写技法に違和感があり,来歴上イサベラ女王の次女・侍女?が所蔵していたものなので優れた画家の手になることは間違いないと思うとのこと.



突き当りを右に曲がると北方ルネサンスの祭壇画


 ディルク・バウツの工房ないし追随者による「荊冠のキリスト」(右)は1980年に真筆として購入されていたが,その後アトリビューションは格下げされているが,やはり質は高く工房による複製としては「1450年頃の制作と推定される原画の最良の模作」の由.これは本来ポータブルな二翼の作品の片割れであったが対となる左翼「悲しみの聖母」が発見されサザビーズのプライベートセールで07年同館の所有するところとなり,数奇な運命の後ここに原型に復された.


 背面の銘文には「この作品はラ・プエブラのコンセプシオン修道院にその開設者レオノル・チャコン領主夫人の遺言により寄贈された.寄贈・貸出しは同院内聖職者以外禁ず」といった由来が書かれている.


 その奥に後期ルネサンス~イタリア・フランドルのバロック絵画


 バロック期フィレンツェの宗教画家の代表として人気の高いカルロ・ドルチ39歳の「悲しみの聖母」.優しさに溢れるもはかなそうで,滑らかな肌の表現と強い陰翳によるキアロスクーロ,補色のコントラストなど,上記バウツの作品とは趣がまるで異なる.dolciという名のごとく甘美な印象が強く,それに見取れていると気づかないが,一見状態は非常によく見えるもののじつは写真で拡大すると細かなblisteringが目立っていてこれを大変うまく修復・補彩していることがわかる.衣の青にラピスラズリを使用しているは明らかだが,光背に金を使っているかどうかはもう一度見直してみたい.このようなドルチの作品は需要が大変多かったので模作も非常に多く,それらが工房製作かどうかも確実ではないという.


また右に折れるとオランダ・バロック絵画が続く


 ホファールト・フリンクの「キリスト哀悼」1639年 画布90x72cmの部分拡大.2005年秋クリスティーズ・アムステルダムに出品されていたが(当時,知り合いの研究者からは状態が今ひとつといわれ,購入も検討していたが見送り.見積りEUR10-15万)それを下限程度で落札したNYのキルゴール画廊より同館が06年購入したらしい.画商のところで十分な修復がなされていて見栄えはよく,絵具層の亀裂も人物の顔の部分などはうまく埋められている.39年といえばフリンクがレンブラントの工房を独立する前後で顔の表現や衣の模様の厚塗りなどにレンブラントの影響が色濃く残っている.福音書記者ヨハネは赤い衣で描かれることが多い.


また角を右に曲がると18世紀絵画.西美は自然光をとり入れる構造というが,天井が低くなっているのは残念


突き当たり左が新館への通路


天井光はかわったのだろうか


19世紀フランス絵画の部屋,その奥左がモネの部屋へと続く.


扉を出て奥が版画展示室.いまは「ル・コルビュジエと国立西洋美術館」の建築家自身による設計図面などの展示


1階に下りて中庭側に彫刻展示,手前左が他国の19世紀絵画が展示


同上.写真右端に下記ブーグロー作品.


 ブーグローの1878年の「少女」 なんと愛らしいのだろう.これも2008年の寄贈作品だが寄贈者は明らかにされていない.

 先日のNYクリスティーズではやはり少女を描いた同質でより大きな画面のブーグロー作品が出品されていたが,時代を反映してか$720,000程度の落札にとどまっていた.


 これに並んで少し奥にセガンティーニの大作「羊の剪毛」は07年収蔵作品.


 突き当り正面の一角に,昨年話題を集めたハンマースホイの作品も「ピアノを弾く妻イーダのいる室内」が昨年の収蔵品として,イルステズの「イーダの肖像」(06年収蔵)とともに展示されていた.
 ここを右に曲がると20世紀絵画の部屋が続く.

 個々の作品解説は国立西洋美術館のホームページで 所蔵作品 » 作品検索 » で確認されると良い.最近ずいぶん充実してきている.

 最近の購入に良品が多いことは認めるが,朝日新聞文化欄の記事「日本の西洋美術コレクション、将来見据えた収集を」がwebでも読めるが(以下引用)

" 西美の収蔵品は、14世紀イタリア絵画から20世紀前半まで約4600点。中心は、松方正義の息子で実業家の幸次郎が集めた印象派など約370点。青柳正規館長は「欧米以外で唯一の国立の西洋美術専門館として、中世末期からの西洋美術史の流れをつかめる」と胸を張る。
 ただ、収蔵品の一部に関しては辛口の意見も。常設展を見たパリのルーブル美術館のある学芸員は「19世紀中盤以降はいいが、それ以前はちょっと……」と言葉を濁した。
 青柳館長は「印象派以前の作品も買い足してきたが、昨今の絵画市場は高騰し、年間約2億円の購入費では一流作品を買えない。今後は無名でも力のある画家の一流作品を探す」と、台所事情を話す。"

と述べられるのならば,欧米の一流美術館のように重要な作品の寄託・寄贈,募金による購入のための基金設立などについても言及すべきで,少なくとも,西美の方々はこれまで以上に寄贈者やコレクターを大切にされたほうが良いのではないかと思う.

国立西洋美術館 常設展 美術トーク

2009-06-21 16:14:34 | 古典絵画関連の美術展メモ
 新館の改装等によりルーブル展の当時は常設展は閉館しており常設展無料券をもらっていたのですが,6/4から展示を再開し,本日から毎日曜にボランティアの方による一般向け美術トークを開催する由にて,雨の中行ってきました.先日の雑踏が嘘のように西美の庭は一見閑散としていましたが,展示室内はそこそこの入りでした.1時からが美術トーク,3時からが建築ツアー,インカムを使用するため定員は15名で,各30分前から整理券が配布されます.

 現在西美では「ル・コルビュジエと国立西洋美術館」と題して,入り口の旧彫刻展示室と2Fの版画展示室で,年代記のパネル,模型や図面などの資料が展示されています.また,西美には現時点で174点の絵画と15点の彫刻が展示されており,加えて松方コレクションについて簡単な説明のあった後,取り上げられた1点目はマールテン・デ・フォスという16世紀後半のアントワープで活躍した北方マニエリズムの画家の「最後の晩餐」1.5x2mの大作です.残念ながら,この作品のコンディションはお世辞にもいいとはいえず,近くで見れば顔料の落ちや補彩が目立っています.



 時代背景とサイズから,私見では反宗教改革期の教会内ないし富裕層の食堂などの装飾として製作されたのではないかと考えられますが,この有名なモティーフにおいては,イエスが「この中に一人裏切るものがいる」と語るその瞬間,波紋のように広がる弟子達の反応をさまざまな挙動としてどう描くかが画家の腕の見せ所であるわけです.ユダはしばしばイエスに対峙して向うを向いて座り,一人だけ特異な姿勢で財布を持って描かれることが多いようですが,この作品でレオナルドの作品と異なるのは,イエスが祝福のポーズをとっていること.

 トークを担当された方は間の取り方や受け答えなど語りに熟達した方と見受けました.お話になったことは,上記のユダとイエスのことをきちんと説明され,場面設定がイエスの時代ではなく画家の時代の裕福な部屋に設定されていることなど.

 小生が質問させていただいたのは,祝福の対象が聖体であるパンとすれば(ワインの聖杯とともに)その裏切りによって磔刑に処せられることの暗示ではないか,脇に置かれた壷はイタリア風?その表面に描かれている図像は主題と関連するか,戸口に水差しを持って入ってこようとしている召使の若者は主題と関連するか,などでしたが,最後の質問についてはマルコ伝にその描写があると答えてくださいました.

 各セクションから一点ずつを予定されていたようで,次の作品は19世紀,ブーダンによる海景画「トルーヴィルの浜」.小生の収集領域ではありませんが,ブーダンは19世紀絵画では好きな画家の一人です.



 トークでは,風景画と風俗画の要素のある作品であること,トルーヴィルは産業革命後鉄道が敷かれて行楽の場となったこと,女性の衣装について,左右の簡易トイレのようなものは更衣室になっていてそこで着替えるが泳ぐというよりは水辺を歩く程度が嗜みであったということなどが語られました.

 絵画のヒエラルキーとして風景画は低い位置にあったがこのころから評価が高まったと述べられたようですが,私見では17世紀のオランダにおいて,すでに一定の需要とともに風景画は発達をみて,このブーダンの作品のように水平線を低めに設定したパノラマ風景も含めてJ・ライスダールのモニュメンタルな作風が完成し,18世紀末の英国におけるカントリー趣味の中でこれらが再評価された経緯があるので,19世紀前半のバルビゾン派によるオランダ風景画研究があったとしてもいきなり19世紀中庸に風景画の価値が高まったのではないと思われました.

 続いて取り上げられたのは「ブーダンがいなければ自分は画家にならなかった」と語ったという西美のコレクションの核,モネの部屋で,ここには13点のモネがありますが,その代表作「睡蓮」の2m角の大作.下記写真の正面右のご存知の作品です



 松方氏が自ら購入したエピソード,睡蓮のモティーフは初め太鼓橋や空などを配したものもあったが,後年は池に集中しあたかもその中に身を置くが如き空間を構想したが,現在オランジェリー美術館に実現されているというお話でした.

 こののちロダンのブロンズ彫刻「オルフェウス」を見て回り,最後の作品は抽象画でサム・フランシス1950年の作品「ホワイト・ペインティング」 下記の向かって左の作品です.



 彼は戦傷で脊椎カリエスを患い入院療養中に画家を志し,ポロックなどの影響も受け,明るい色彩の作品も制作したが,この作品で描かれているのは,パイロットとして見た雲,自分自身の浄化,病院から見た光のイメージなどを推定されている.周辺から中心へと求心的に描かれているとのことでした.

 興味深いトークをありがとうございました.今後も毎週異なった作品が取り上げられるそうです.

日本の美術館名品展 後期

2009-06-15 20:18:55 | 古典絵画関連の美術展メモ
 四国に帰省したときに県立美術館の方から招待状をいただいた.ようやく時間が出来たので都美術館へ.

 まず,このような企画展を開かれたことに敬意を表したい.各館の目玉ないしそれに準ずる作品を一時にながめることができるわけだから.
 おそらく自治体の美術館は開館当初,地元の芸術家作品の公開だけではなく特定の方向性を示すことで独自性を謳っていたはずで,今回図録とともに販売されていた美連協加盟館ガイドブックは小冊子ながら,各館の特徴が要領よくまとめられている.
 西洋絵画でいえば,たとえば山梨県美のようにミレー・バルビゾンに特化したり,静岡県美のように内外の風景画・ロダン,郡山市美のイギリス近代絵画,三重県美や長崎県美のスペイン美術など.ついでながら,オランダ・フランドルの古典絵画については上野の国立西洋美術館・八王子の東京富士美術館・長崎のハウステンボス美術館にある程度まとまったコレクションがあり,風景画で静岡県美に佳作が数点あるものの,ほかではJ・ライスダールを1点所蔵してあったりする程度で,オランダや蘭学と関連がある長崎や神戸・佐倉などの公立美術館には収蔵品がないのは残念である.また,日本では依然として西洋絵画=近代フランスもの・印象派といった図式が根強く,また当初の方針が継続せずに収集が中断したり,現代美術にも手を出して,ごった煮的な収集になっている館も少なくないようである.

 前置きはこのくらいにして,会場の印象だが,すでに多くの方がよかった云々の記事をブログに書き尽くしているので,個人的に印象に残った作品を綴るにとどめる.
・ミレー ポーリーヌの肖像  山梨県美
・吉野石膏コレクションのルノワール二点 山形寄託
・モネの積みわら       埼玉近美
・セザンヌ 水の反映     愛媛県美・・・図録ではこのよさを味わえない
・ルソー サン・ルイ島    世田谷
・ボナール ボナール嬢の肖像 愛媛県美・・・ポスターの作品で人だかりが出来ている佳作で回顧展に出品される予定とのこと 
・シーレの肖像画       豊田市美・・・心に迫る大作
・ピカソ 青い肩掛けの女   愛知県美・・・青の時代の作品だが,絵にというよりも今はなき東海銀行の寄贈というところに時代の変遷を感じた
・ブランクーシやジャコメッティの彫像も印象的

・高橋由一 宮城県庁門前図  宮城県美・・・和風大建築を油彩で描いているので現代の目からは斬新
・山本芳翠 裸婦       岐阜県美・・・クールベを髣髴させた
・岸田劉生 冬枯れの道路   新潟近美
  この作品は感動した.少し憂鬱な気分だったが,道のかなたに「希望」が見えたような気がした.サイズに構図が抜群なのだろう.配色が補色であることも心理的に作用する.これも図録では味わえない.メランコリーの時は新潟へ行こうか.
・河野通勢 聖ヨハネ     区立松涛寄託・・・画家牧野邦夫は彼の作品を知っていたのではないだろうか
・藤田嗣治 私の夢      新潟近美
・海老原喜之助 曲馬     熊本県美・・・簡略化された表現はここまで描けると気持ちがいいだろう
・小磯良平 着物の女     小磯記念・・・流石
・小杉放菴 金太郎遊行    栃木県美
・岩橋英遠 彩雲       釧路  ・・・マンボウのようにも見えるが二番目に感動した作品

 なお,キャプションには作家の生没年を入れて欲しかった.何歳のころの画風かは知っておきたいので.



都立現代美術館 久しぶりにランチと読書

2009-06-11 19:08:58 | 行ってきました(美術展以外)
 今日の午後は時間が出来たので,1年ぶりくらいですが都立現代美術館に行ってきました.職場が5,6年前に移転して以前は徒歩7分のところだったのですが,一日中座り仕事で最近メタボが悪化しているので小一時間くらい歩こうと思い立ち,ランチをかねて出かけました.新しい職場から歩いていくのは初めてでイースト21まで出てしまい戻りつつ西に向かってようやく到着.本当に往復1時間になってしまいましたが,正味45分で往復できるようです.

 ここのレストランはまた変わっていて3月からCONTENT=コントンになっています.多分4-5代目と思われますが,初めのころの定食風のメニューを除いてはほとんどが及第と記憶しています.ただ,改装後しばらくは混んでいるのですが,その後は平日に行くとガラガラということもしばしば.そんな話を係りの人にしたら,「夏に人気の展覧会があると混むらしいですよ,去年はジブリ,今年はディズニー」とのこと.それではこれからがかき入れ時になるんですね.

 今回内装はエスニックモダン??椅子も木製です.ランチメニューはなく昼も夜も同じとのことで,メニューをみると多くは1500円前後ですが,タンシチューとエビフライが高額.係りの人に「エビフライが4000円台はお高いですね」,と聞いたら,「オマール海老です」と.「一匹ですか」「二匹です」納得しました.でも注文したのは「ポークジンジャー」.お肉は厚切で切り分けてあって付合せも凝っており,ライスは五穀米,ミネストローネ風スープ付で,お肉とソースが美味しかった.

 同館の美術図書室は大変充実しており,過ごし易い雰囲気もあって以前は良く訪れて,ややアカデミックな英文の美術雑誌"Burlington Magazine"と"Apollo"を読んでいました.今日はあまり時間もなかったので,B.M.の'09.1月号から6月号に目を通しました.昔は3ヶ月遅れで置かれていたので,ずいぶん早くなったものです.2月号はオランダ・フランドル絵画の特集,エルミタージュのW・ドロスト作品に関する論文を斜め読みしました.展覧会レビューには,アムステルダムの「ヤーコプ・バッケル」展と「ヤン・リーフェンス」展が載っていました.前者は3月に行って来たので,そのうち報告記事を書くつもりです.書評ではDutch Paintings of the Seventeenth Century in the Rijksmuseum Amsterdam Vol. 1: Artists Born Between 1570 and 1600 (Rijksmuseum Series 08.6 アマゾンでは約55000円ですね)が目を引きました.
 タイムリーなことに3月号の広告に「例のもの」が載っていたのには驚きました.(まだ売れていないとすると人気がないのか?)

 ミュージアムショップも前の視聴覚室のようなところに移動しており,格段に広くなっています.帰り際なんとなく奥のほうを見たらメタリックな巨大人形に目が留まりました.ヤノベケンジ氏による《ジャイアント・トらやん》高さ7.2Mだそうです.