泰西古典絵画紀行

オランダ絵画・古地図・天文学史の記事,旅行記等を紹介します.
無断で記事を転載される方がありますが,必ずご一報下さい.

備忘録 秋注目の古典絵画を含む展覧会・書評など

2010-08-29 22:08:47 | 古典絵画関連の美術展メモ
【展覧会】
東京富士美術館 「ポーランドの至宝 レンブラントと珠玉の王室コレクション」
2010年8月29日(日)~9月26日(日)
 ワルシャワ王宮と旧都クラクフの王宮ヴァヴェル城に伝わる絵画、工芸、彫刻などをはじめ、両都の2つの国立美術館のコレクションより、19世紀のポーランド絵画をご覧いただけます。
また、ワルシャワ王宮所蔵,日本初公開の「レンブラントのモナリザ」と呼ばれる名画《額縁の中の少女 油彩・板 105.5×76.3cm 1641年》と《机の前の学者 1641年》,コペルニクス、ショパン、キュリー夫人に関連する作品・資料も展示される.これらについては文献確認が必要.
 このほか,オランダ・フランドル絵画では≪ヴワディスワフ・ジグムント・ヴァーサ王子の美術陳列室 板 72.2×104cm 1626年≫≪ヴィオラ・ダ・ガンバを持つ若者 ヤン・フェルコリエ 油彩・画布 51.5×41cm 17世紀後期≫が掲載されている.
・講演会はないが名曲コンサートが9月3・10・17・24日(金)に開催されるそうです.

損保ジャパン東郷青児美術館 「ウフィツィ美術館自画像コレクション-巨匠たちの「秘めた素顔」1664-2010-」
2010年9月11日(土)~11月14日(日)
 ベルニーニ、マリー・アントワネットの肖像画家ル・ブラン、輝くような美女を描いたアングルからシャガール、未来派まで、近代ヨーロッパ最古の美術館ならではの伝統と革新性をあわせもつラインナップで約60名の素顔を一堂に展示。1664年に「自画像コレクション」を創始したレオポルド・デ・メディチは、自画像が芸術家のスタイル・芸術館・世界観・自意識などのすべてを内包していると考え,その後現在までコレクションは1,700点以上に成長し「美術家の殿堂」として、各国の目をフィレンツェに向けさせる文化戦略の象徴となった.レンブラントの1655年頃の《自画像》が展示されるらしい.
 ちなみに1992年に刊行されたK.Langedijk著"Die Selbstbildnisse der Hollaendischen und Flaemischen Kuenstler in den Uffizien"を所蔵しているが,この中の作品が来ていることを期待する.

・講演会「巨匠たちの素顔」9月11日(土) 午後2時からイタリア文化会館にて.
・ギャラリートークは9月17日(金)午後6時・25日(土)午後1時30分の二回

国立西洋美術館 「アルブレヒト・デューラー版画・素描展 宗教/肖像/自然」
2010年10月26日(火)~2011年1月16日(日)
 メルボルン国立ヴィクトリア美術館からの105点を中心に、国立西洋美術館の版画49点、さらにベルリン国立版画素描館からの3点の素描を加えた計157点を展示。
講演会 一部省略
2010年10月26日(火)13:00~14:30「ヴィクトリア美術館のデューラー・コレクションについて」
キャシー・レイ(メルボルン国立ヴィクトリア美術館版画素描室長)
2010年11月28日(日)14:00~15:30「デューラーの版画芸術―様式的展開」
越宏一(東京藝術大学名誉教授)
2010年12月12日(日)14:00~15:30「デューラーの遍歴時代」
青山愛香(獨協大学准教授)
2011年1月9日(日)14:00~15:30「デューラーにおける名声のメカニズム」
秋山聰(東京大学准教授)

(海外) 「若きフェルメール展」 3 Sept-28 Nov 2010
ドレスデン国立古典絵画館 マウリッツハイスとスコットランド国立美術館との共同企画で
Diana and her Companions (ca. 1653-1654)
Christ in the House of Mary and Martha (ca. 1654-1655)
The Procuress (1656)を初めて一同に展示
完全に修復されたこれらの作品を比較することによって,当時のオランダとイタリアの画家(Jacob Jordaens, Dirck van Baburen, Peter Paul Rubens, Leonaert Bramer, Giovanni Biliverti and Hendrick ter Brugghenらの作品も合わせて展示)の作品から何を学び,何を独創したかを明らかにする.


【出版物】
・「美しき姫君  発見されたダ・ヴィンチの真作」マーティン・ケンプ パスカル・コット著 草思社

 日本人のレオナルド好きが有名なのか今年英国で刊行されたレオナルド研究の新刊単行本の速やかな邦訳で,芸術新潮の今月号にも紹介記事があったが,7月半ばに購入していた.帯には「それは本物だった。 ダ・ヴィンチの埋もれた傑作はいかにして『発見』されたか?その作品に秘められた麗しくも悲しい物語とは?」とある.現代の科学的調査研究方法を駆使した詳細な説明は,これでもかといわんばかりの説得力を持ってその真筆性を証明しているようだ.多くのレオナルド研究者の方がどう読まれたのか,どう考えられているのか,ぜひ伺ってみたいものである.アマゾンのなか見!検索で目次が閲覧出来る.
 ちなみに,本作品が出品された1998年1月のNY・クリスティーズのセール・カタログは小生は幸か不幸か見ていなかった.

・アートコレクター10月号では,現代日本の写実派について「美しきかなリアリズム絵画」と銘打って特集を組んでおり,開館予定のホキ美術館も登場している.アトリエでお会いしたこともあるのだが,かねてから佳作が欲しいと思っているI先生も大々的に紹介されている.当然であろう.
 当館にも代表作の一つを所蔵させていただいている古吉弘先生のマスターピースの大作「Julien」が,6月22日Christie's London, South Kensington のInteriorsセールで評価額£5-7,000 を大幅に上回る£39,650(手数料込み)で落札されたことが掲載されていた.以下は同セールのロット説明文である.
 Born in Hiroshima in 1959, Hiroshi Furuyoshi's ultra realistic paintings have won him international awards and brought him global acclaim. In 2005 he won first prize in the Figurative Category at the International ARC Salon Competition and eclipsed this achievement at the 2009 ARC Salon when he won the prestigious Best in Show award for Julien. Arguably the pinnacle of his career to date, Julien captivates the viewer, drawing them back time and again.

*****閑話休題

 ポプラ社の少年探偵シリーズに続き,怪盗ルパンシリーズが文庫で復刻されています.
子供のころに読んだ懐かしいフレーズがよみがえります.
 ところで,宮崎アニメのルパン三世・カリオストロの城は今回通読したシリーズ中では,「緑の目の少女」の湖に沈んだ古代の遺跡のモチーフと「魔女とルパン」のクラリスといった登場人物名などから,オリジナルのストリーを構築されているようですね.
 後者の原作は原題どおり「カリオストロ伯爵夫人」として創元推理文庫やハヤカワ・ミステリ文庫にも翻訳されていますが,どうも南洋一郎氏の語り口のうまさが子供心に強い印象を残したのかもしれません.

「ベルギー王立図書館所蔵 ブリューゲル版画の世界」展

2010-08-22 23:58:00 | 古典絵画関連の美術展メモ
 土曜の夕方,相変わらず人疲れする渋谷の町を抜けて行ってきました.会期終了間近のためか,夜8時でも作品の前は比較的混雑していました.ただしこれは,七つの罪源・七つの徳目について解説つきのリーフレットが用意されており,一人一人が楽しみながら時間をかけて見てらっしゃったので時間がかかっていたのかもしれません.

 七つの美徳・徳目・・・信仰・希望・博愛・正義・賢明・剛毅・節制
 七つの大罪・罪源・・・貪欲(ヒキガエル)・傲慢(孔雀・枕)・激怒(熊)・怠惰(ロバ)・大食(豚)・嫉妬(七面鳥)・邪淫(猿・ヒキガエル)  ()内はその象徴となる動物やアトリビュートとのこと

 展覧会の内容は公式HPに構成とみどころが掲載されています.森先生によれば,ブリューゲル版画は不特定多数の購買層のために制作されヨーロッパ中の評判となり、まさに16世紀の版画芸術の頂点であった.彼の様式を継承する画家たち(ブリューゲリアーンス)が主題、様式、図像をどう展開させたか、ブリューゲルと比較する楽しみのある展覧会とのことです.みどころによれば,ベルギー王立図書館所蔵の非常に保存状態の良い70点以上のブリューゲル全版画が一堂に会し,16世紀ヨーロッパの民衆生活・文化の"ルーツ"や当時の道徳観をリアルに体現し,人間と昆虫・爬虫類・魚・獣・日常道具などを自由に合成した奇妙な怪物が大集合しアニメーションの原点を髣髴させ,当時の一流の彫師たちの手で原画とは異なる強いインパクトをもって緻密な職人技を堪能できる(鏡必携!?)とあります.
 これを私見でまとめなおすと,P・ブリューゲルと版元H・コックの紹介,世界風景画への寄与,田園風景から農民の日常生活への着目,旧教の教義・諺・教訓と風刺,これらを豊かな想像力で奇怪な化け物を具象化させて表現し,最後にブリューゲル追随者の四季・月暦像で締めくくり,間に武装帆船の海景を挿入して構成されていました.
 日本では72年,89年に次ぐ3回目のブリューゲル版画展だそうで,約80点のブリューゲルの素描に基づく版画が,彼の追随者の版画など70点と合わせて展示されています.ブリューゲルの版画の総数はよくわかりませんが,彼の準備した下絵素描は約80点で,そこから数百点の版画が作られたとのことです.全版画というのが妥当かどうかはわかりませんが.

 ブリューゲルの時代,版画の製作は一般的に共同作業化しており,画家が下絵素描を描き(invenit),彫り師が版を彫り(fecit),版元が印刷し発行する(execudit)ので,それぞれの役割が作品にかかわってくるわけです.

 私は版画コレクターとしては初心者のため勘違いがあるかもしれませんが,これだけの数の版画を見ると,得るところは大いにありました.

・摺りの良し悪し
 インプレッションの良い作品はインクがビロードのように濃く盛り上がっているが黒つぶれしておらず,コントラストが高い.これだけのコレクションでも非常に摺りの良い作品は必ずしも多くはないようだ

・エングレーヴィング(彫刻銅版画Eg)とエッチング(腐食銅版画Et)の違い
 Egの線はタッチが力強く均等な太線の端が滑らかに先細る(下図の).Etよりも磨耗しにくいので版数が多く得られ,Etの描線は腐食によるためやや繊細で不規則(下図の)でEgほどの技巧は要しないらしく,Eg彫り師のほうが高く評価されたという.(彫線の脇に出来るバー〔捲れのギザギサに残るインクのにじみ〕はドライポイントの特徴だが,エングレーヴィングでもスクレイパーをかけないと残る.その場合は初期の摺りのみにこの効果が残るが,それを意図しているような仕上げは明らかではなかった)
 ちなみに良い摺りは,レンブラント作品でもドライポイント技法を用いたものでは20-30枚,エッチングで100枚程度で,ブリューゲル時代に主流だったエングレーヴィングでは200枚程度,ただし潰れるまで摺れば2000~3000枚と言われています.

・彫り師による表現の差
 ファン・ドゥーテクム兄弟はエングレーヴィングに似せてエッチングの線を表現する技法を体得したというが,たしかに両者併用の区別はややつき難く基本はエッチングで手間を省き仕上げ効果を考えながらエングレーヴィングを用いたようで,画面のコントラストは高いもののやや類型的な印象を受ける(「大風景画シリーズ」など).

荒野の聖ヒエロニムス エッチング・エングレーヴィング 1555/6年頃

同・右下の拡大 エングレーヴィングとエッチングの線の違い

P・ファン・デル・ヘイデンの作風はより単純化されたエングレーヴィングで技法的にはやや魅力に乏しい(「七つの罪源シリーズ」など下記参照)
P・ハレは密度を変えた網掛けの重なりで暗部を巧みに表現し,羊毛の質感などはメゾチントを髣髴させる点描風の仕上げが秀逸(No.28・31・32・34など)ただし人の顔は下手?


賢い乙女と愚かな乙女の寓話 エングレーヴィング 1560/3年頃

善き羊飼いの寓話・中央部分の拡大 エングレーヴィング 1565年頃

 ブリューゲル自身による1560年のエッチング作品「野うさぎ狩りのある風景」はこの展覧会についての多くのブログで紹介されていますが,解説によれば「ニードルのまばらなタッチによって・・・陰影の変化に富む階調と質感を作り出している。震えるような光の表現で群葉のボリュームを描くやり方は、ヴァン・ドゥーテクム兄弟の・・・より規則的で繰り返しとは際立って対照的である」とのことです.私見では線が洗練されておらず不必要な荒さが残っていると感じます.その意味で完成度が低く,彼自身による版画製作が定着しなかった所以ではないかとかんぐられます.

野うさぎ狩りのある風景 P・ブリューゲル エッチング 223x291mm 1560年
 
 カタログのデナーヌ論文にあるように,ヒエロニムス・コック(1518-1570)がブリューゲルに版画の下絵製作を依頼し,1555年の「大風景画」シリーズに始まり,翌年には「七つの大罪」シリーズなどで自国出身のボスの芸術の怪異的要素を取り入れるよう指示し,15年以上協力関係が続いたといわれることも考え合わせると,ブリューゲル芸術に占めるコックの果たした役割は大きいと思われます.コック自身もエッチング・エングレーヴィングを残していますが,その特徴としてはエングレーヴィングの割合が少ないためファン・ドゥーテクム兄弟よりも全体が軽い印象で,やや不連続で細めの線の効果,すなわちエッチングによる細部描写を好んでいたようです.

キリストの誘惑のある風景 エッチング・エングレーヴィング 1554年頃

同・右下拡大 当館にも1点だけ彼の「アブラハムの燔祭のある風景」という1551年のエッチング245x365mm(Hollstein 1)がありますが,これはブリューゲルに下絵を依頼する以前の作品です.

下絵素描が2点展示されている!
 希少性=価値の点からも,ブリューゲル芸術を知るという意味でも(彫り師の手を通すことで如何に変化しているか)この素描の存在は,展覧会においてきわめて重要であるにもかかわらず,見た限りで下絵素描の存在について触れられていたブログはJuneさんのブログだけでした.というか,それを見ていたので素描を楽しみにしていたのですが,慧眼に感服です.
 これらの素描の来歴はわかりませんが,質的にもブリューゲルで間違いないのだろうと思いますし,どのあたりが銅版で翻案されているかは興味深いところです.


邪淫・素描 225x296mm 1557年

同・ファン・デル・ヘイデンによるエングレーヴィング 225x295mm 1558年頃

同・中央部 素描の拡大      同部・版画の左右反転像
 素描のほうでは右中央の怪物に乗った姦通男に司教帽がかぶせられていますが,版画ではそれが変更されています.これはコックがカトリックの検閲を恐れたためだそうです.


正義・素描 224x295mm 1559年

同・ハレに帰属されるエングレーヴィング 22x287mm 1559年頃

同・右下部 素描の拡大      同部・版画の左右反転像

 これらを見るとブリューゲルがいかに緻密に人々の表情を描き分けたかがわかります.それに対して,彫師も懸命に応えますが,芸術性には大きな隔たりがありますね.

 そのほか,ブリューゲルの追随者としてハンス・ボルが紹介されていますが,当館にも彼の水彩典型作の小品があります「メルクリウスとアルゴスのいる風景」.マールテン・デ・フォスはP・ブリューゲルとほぼ同時代のフランドルのマニエリストですがより長命で,西美に油彩の大作があります.J・ウィーリックスは先日素描を買い損なった高名な銅版画家,L・フォルステルマンは先日購入したルーベンス工房の素描の帰属作家,H・フレデマン・デ・フリースは,以前紹介した建築画の歴史に登場しその際に紹介した1604年出版の"Perspective"「遠近画法」という画集の1枚目(No.3)が今回出品されていました.世の中は狭いですね.

 カタログは英文付の愛蔵版を買ってしまいましたが,本編には森先生の二論文(油彩画との関連,「節制」の図像学解釈について)と保井先生の小論文も掲載されており,愛好家必読の書でしょう.

P.S.
①会場にはディスプレイに「大きな魚は小さな魚を食う」(No.88)をアニメーションに仕立てた作品が放映されていました.傑作です! ぜひ他の作品もアニメ化して見せて欲しいですね.
②今回の展示で唯一18世紀に製作された版画がありましたが,どれかわかりましたか?
③ブリューゲルは尻フェチか??
④思ったよりも照度が高く設定された展示空間で,作品には申し訳ないくらいでした.

The Ephemeral Museum

2010-08-01 23:30:13 | オランダ絵画の解説
 たまたま学習院大学大学院の美術史学のWeb Libraryに行き着いたところ,高橋裕子先生が2001年に執筆された「束の間の美術館-フランシス・ハスケルの研究を顧みて-」という論文が改訂掲載されていました.
 Francis Haskellは元オックスフォード大学美術史学教授で,高橋先生によると「文化史ないし社会史全般の中で美術を捉えようとしたところに」研究の特色があり,英国の美術史学会の重鎮だったそうですが,その遺作ととなった"The Ephemeral Museum: Old Master Paintings and the Rise of the Art Exhibition"(Yale University Press, 2000)他数冊に亘る彼の著書の書評を基に,19世紀初頭の公立「美術館」の成立過程と,現代の回顧展などの「美術展」は長くても数ヶ月に限定された「束の間の美術館」であるがその功罪について論じられています.要約すると:

 展覧会というものは,17世紀のローマやフィレンツェの教会ではその教会ゆかりの聖人の祝日の装飾として催され,期間も1~2日と短く作品は上流階級の蒐集家から借用されたもので,それ以外では,オークションの際に下見会としての展示は期間も長く多様な作品が出品されていた.当時は注文制作が原則であったので,作品発表の場としての展覧会は18世紀のアカデミーの公募展(いわゆる「サロン」)以降.
 1789年のフランス革命により,戦禍のないロンドンに作品が流入してオークション市場が活性化し,例えば1793年4~6月にオルレアン公フィリップが資金調達のため売却した259点の北方作品の転売で,展示は入場料を取って公開された.この時代,ジョットやファン・エイク,デューラーなど,primitive(原初の単純素朴な)とされていた画家たちや,さらにフェルメールも含めて,忘却された画家が「再発見」されるが,ここにもフランス革命後の政治的・社会的変動から生じた美術市場の動きが関与していたらしい.
 一方のフランスでは,王室の蒐集や教会の美術品が国有化され,ナポレオンの略奪品も合わせてルーヴル宮殿内で公開され,「束の間」略奪品はその後返還されたが,ルーヴル美術館は公立美術館の草分けになった.対して英国では,王室蒐集品は公開されず,コレクターと画商が「英国美術振興協会」を設立して1805年から古典絵画の展覧会を開き10年後一般公開され1867年まで存続し,1857年マンチェスターで開かれた「連合王国美術至宝展」は,規模の点でも,また,従来の壁の美的レイアウトより,当時成立した美術史学的観点で年代順・作風別に配列され,ルーヴル美術館をもしのぐ内容として注目された(ちなみに,ロンドン・ナショナル・ギャラリーはこれとは別に1824年に誕生した).
 その後の19世紀後半,美術展は自国の文化的栄光を体現するものと見なされるようになって,自国派の展覧会が各国で盛んに開催され,第一次世界大戦後には,ナショナリズムの台頭から欧米の公立美術館は禁止してきた所蔵品の国外貸出しを容認するようになり,大展覧会が船で外国に輸出されるといった現象も生まれ,このなかでジョルジュ・ド・ラ・トゥールも再発見された.
 今日では美術館自体が戦略的・経済的理由でますます多くの展覧会を開くようになったが,スポンサーが美術館の成功を計る指標は世間の注目度で,そのために材質的に移動のリスクが大きい「門外不出」とされた板絵なども貸し出され損傷のリスクは増している.展覧会場を作るため常設展示を縮小したり,学芸員が展覧会の準備に忙殺されれば常設コレクション自体の展示や研究が疎かになろう.借用した作品についてはアトリビューションは貸主の主張を受け入れなければならず疑義があっても必ずしもカタログにそれを表明することはできないし,それによって画家研究に悪影響が出るかもしれない.
 「一人の画家であれ、ある時代のある地域の画派であれ、作品を並べて比較することによって、真筆性の度合いや画派に共通の特色など、美術史上の重要な問題が明らかにされたことも多く、19世紀以来のオールド・マスター展の学問的意義は疑い得ない。」

 ....これは先だってのヤーコプ・バッケル展で確かに私も体感したことです.
 「しかし、展覧会の組織者が特定のテーマによって作品を選択し並べるとき、それは恣意的なものになりかねないし、展覧会が成功すれば、もしかすると一面的なその見方が、長く支配力を持つことになる」
 ....企画者の博識と卓見に期待する次第です.
 美術鑑賞は個々人の感性で何者にも縛られない自由なものでしょうが,商業主義に扇動された定見のない喧伝者に迎合したくは無いものです.それには,自分の目を養いつつオランダ・バロックしか関心がありませんというような狭量はもたないこと,と自戒しています.かくいう私,昔は仏像も大好きでした....