泰西古典絵画紀行

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「牧野邦夫 ― 写実の精髄」展 練馬区立美術館

2013-04-15 22:11:32 | その他の美術展など

 牧野画伯(の作品)との出会いは10年ほど前,某国内オークションで「化粧する女」を購入して以来である.

 この作品は,ヴェネチア派を代表するティツィアーノ以来,多くの巨匠に好まれた主題である「鏡を見るヴィーナス」或いは"A woman in her toilet"に取材していると思われる.それがこの作品を求めた理由なのだが.左にはグリザイユ技法で犬が描かれているのがかわいらしい.


ティツィアーノ 1555年(WNG)              ルーベンス1614/5年(Liechtenstein coll.)        ヴェラスケス1647/51年(LNG)

 今回,山下先生のプロデュースで,練馬区美に120点を超える牧野作品が一堂に会している.1990年に催された没後展の100余点を上回る規模とのことであるが,その時と同様,ご要請に応じてこの作品も加えていただいた.


二階入り口/この右手に「化粧する女」はあります                     牧野夫人・千穂さんと/帽子を持つ手がおちゃめですね

 今回の展覧会の切り口は現代日本美術の一角を代表してか「写実」とのことで,ギャラリー・トークにも気鋭の写実画家の面々の参加が予定されているが,この「化粧する女」でも,右下の床の上に無造作に置かれたブローチはたしかに写実的に描かれている.会場では近くのガラスケース内にブローチの現物も展示されていたのは,嬉しい驚きだった.

 これだけの数を見ると,画伯が何を描こうとしたか,その生き様までが浮かび上がってくるかのようだ.画伯の生きた時代においては受容のハードルは高かったかもしれないが,芸術の多様性が認知される現代においてこそ,牧野画伯の芸術は理解されやすいものかもしれない.

 私見では牧野画伯の芸術のキーワードは,先ず「バロック」であろう.画伯自身が述べられているようにレンブラントへの憧憬としての自画像の追求は,オランダ・バロックであり,さらに芥川作品などに取材した歴史画に登場する群像の躍動的な表現はフランドルのルーベンスを髣髴させる.ルーベンスといえば豊満な裸体も連想されるが,多くの牧野作品に登場するヌードも,好き嫌いが分かれるところであろうが,その肉体表現の希求なのであろう.
 勿論,画伯の芸術の強烈なオリジナリティを過去の大画家の枠組みに当てはめることは出来ない.そのもう一つのキーワードは「ファンタジー」.この言葉は様々な意味合いを持つが,会場の幾多の作品を味わっていただければすぐ分かることであろう.

 ぜひ,これを機に,この展覧会にとどまらず,牧野邦夫美術館構想が実現すると素晴らしいと思った.