泰西古典絵画紀行

オランダ絵画・古地図・天文学史の記事,旅行記等を紹介します.
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秋の夜長は小説で...フェルメールを思い浮かべながら

2009-09-11 19:58:57 | 書評
 このブログは10年後の自分のために書いているつもりですが,それまで達者かどうかもわからないし,ブログネタ探しというのもいかがなものかと思ってしまうのですが,しばらく更新が途切れていたので,読書案内の記事でも書いてみましょう.
 タイトルに反して,私が本を読むのは通勤の電車の中や昼の食事時などで,多くは翻訳物の推理小説やサスペンス・SFなど.あくまで文庫としての刊行で,単行本の新刊ではありませんが,ここ最近読んだ作品をあげて見ましょう.

・J・アーチャーの5月新刊「誇りと復讐」(上・下)
 アーチャーお得意の法廷などの描写に加えて,サザビーズでのオークションが登場します.お決まりのハッピーエンドなので,気軽に楽しく読み進めますが,重要な設定に難がありますよね.

・H・テレルの7月新刊処女作「蛹令嬢の肖像」
 これはタイトルが怪しいというか妖しい.もう一工夫すれば手にとりやすいのですが,原題がまさにchrysalis蛹なので難しいところ.17世紀デルフトで歴史に埋もれた天才画家の手になる不世出の肖像画には,類まれなる美貌の令嬢と孵化しようとしている蛹が描かれていた.絵に込められた意味とプロテスタントとカトリックの確執,20世紀初頭にその絵を手に入れたユダヤ人の血を引くオランダの銀行家の運命,その末裔と,絵を競売にかけようとするオークションハウスとの法廷抗争にかかわったヒロインの若い女性弁護士の運命と絵の結末は? といった筋だてです.17世紀,第二次大戦,現代と3つの時代を同時進行的に織り込んで描いているのですが,天才画家は明らかにフェルメールを意識した作者の創作であり,ナチスの略奪絵画とその返却抗争も,10年ほど前に美術界を沸かせた事件でした.
 ロマンスで味付けされたサスペンス仕立てのなかなか楽しめる作品ですが,17世紀デルフトでの宗教対立がここに描かれていたほどであったかどうかはやや疑問が無くもありません.17世紀でもさらに年代によって,また都市によって違いがあるようですから.
カバーイラストと本文中の絵画図像の描写とは一致していません

・A・ファウアーの8月新刊「数学的にありえない」(上・下)
 今日読み終えたばかりですが,大変面白かった.タイトルImprobableからはまさに想像もつかない内容で,伏線に次ぐ伏線は,生物の脳と意識というSFとしての壮大なテーマに綾なされ,理系の方には,確率パズルの要素あり物理学の解説あり,出てくる薬剤も実名で流布しているものだし,スパイものとしても,善悪棚上げで誰が味方で誰が敵かスリリングな展開が矢継ぎ早に繰り広げられてゆきます.
 側頭葉癲癇についても熟知してかなり理論武装されているためについ仮説として信じてしまいそうになるのですが,集合的無意識が時を越えた存在で側頭葉がアクセス端末となっているというのはフィクションですね.また人物誤認のプロットは唐突でやや不親切です.存在は知らなかったのですが,表紙だけは3年前の単行本の方が見栄えがしますね.