まあどうにかなるさ

日記やコラム、創作、写真などをほぼ週刊でアップしています。

ヒメボタル撮影

2020-07-25 21:50:41 | 写真

静岡県御殿場インターから少し車で行ったところでヒメボタルの撮影をした。
夜、カメラ仲間と待ち合わせをして、二人で東名を飛ばして現地へ。
ヘイケボタルやゲンジボタルが水辺に生息するのに対して、ヒメボタルは森林にいる。小型だが、あまり早く飛び回ることがないので、カメラマンの間では人気だ。
現地に着くと雨。蛍は雨が降ると光らない。
クマに注意の看板に少しビビりながらカメラをセットする。明るいF1.4の50㎜だ。シャッタースピードを30秒に設定し、インターバル撮影を行う。
ヒメボタルが光るのは夜10時から翌朝の2時くらいまで。途中から雨も上がり、盛大に光ってくれた。
2か所で合計600カット程を撮影。その中から20~30枚づつを選び比較明合成をして仕上げる。
ほぼ徹夜で撮影、眠かったけど、蛍はきれいでした。

雨がぱらつく中、光り方も少し控えめ


雨が上がり、盛大に光ってくれたヒメボタル


 


一族のヒストリー

2020-07-19 15:43:53 | コラム

僕の名字は『名字由来net』というアプリでは全国に20名ほどしかいないそうである。
新型コロナのせいで巣ごもり生活が続くので、父が残した一族の歴史を書き留めたものをワープロで打ち込む作業をしていた。

先祖は鎌倉時代、楠木正成の弟、正季(まさすえ)の家老職にあったという。
大阪の天性寺という寺に記録が残されていたそうだが、空襲で焼けてしまい、今となっては確かめる術がない。
明治の頃は大阪の梅田で料理屋を営んでいたが、僕の曽祖父が家業を嫌い13歳で家を出た。船員に活路を見出した曾祖父は火夫から叩き上げ機関士となって帰って来た。その後機関長にまで出世し、多くは海外航路の貨物船に乗船した。シアトル、サンフランシスコの北米、東シナ海を渡り、青島、上海、インドのボンベイ、カルカッタ、そしてシンガポール等の航海話しが自慢であったという。
梅田の土地は曾祖父の代に売り払い、その後、僕の祖父は、伊丹で長屋暮らしをしている。
祖父は父が中学の時に交通事故で亡くなり、祖母は女手一つで父と伯父を育て上げている。
今では神戸、浜松、浦和、そして所沢に子孫がいるが、合計9人ほどである。
富山に同じ苗字の人が何人かいるそうだが、僕の家系とは別だと思われる。
あとを継ぐ可能性のある若い男子は2名である。珍しい名字なので、なるべく途絶えることなく続いてほしいとは思う。


米軍通信基地

2020-07-11 22:43:39 | コラム

所沢市内にはかなりな面積を占める米軍通信基地がある。
米軍に基地の返還を求め続けてきた所沢市。
広大な土地の中にはいくつかの建物とアンテナがぽつりぽつりと建つ。
だが、基地の敷地のほとんどは草が生い茂る空き地なのだ。空いているのなら返還してくれればいいのにと思う。噂によると地下にものすごい施設が存在しているらしいのだが。
この基地の東側に住む住民たちは、大きく迂回して駅まで行かなければならず、相当な不便を強いられてきた。
つい数か月前、基地の東西を横断する道路が開通した。
基地は南北に寸断されてしまったが、道路を横断して連絡は可能だ。
ヘリコプターや垂直離着陸機の離着陸が可能で、2018年7月にはオスプレイの飛来が確認されている。
市は全面返還を求めているが、やっと道路が開通しただけであることを考えると、全面返還は難しいのではないかと思われる。


東京サマーランド あじさい園

2020-07-04 22:50:14 | 写真

梅雨の雨上がり、東京サマーランドのあじあい園に出かけた。
ドッグランと併設されていて犬を連れた人も多い。
ドッグランやドッグビーチなどの施設を抜けてあじさい園へ…
途中、キャンプ場の横にある秋川湖と名付けられた池は水が抜かれていた。

ピンクアナベル

休憩所の陰にひっそりと咲いていた青いガクアジサイ

小高い丘を登ると、秋川が見える

真っ赤なアジサイ

ピンクのガクアジサイ

ちょっとした山登り気分になれる

このあじさい園の目玉『アナベルの雪山』