海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

佐藤優「ウチナー評論」97回を読む

2009-11-22 03:59:06 | 米軍・自衛隊・基地問題
 琉球新報11月21日付朝刊に「佐藤優のウチナー評論」97回が載っている。〈首脳間の信頼 総理を官僚包囲から救え〉という見出しがついた、原稿用紙2枚ほどの短い評論である。そこにおいて佐藤氏は、13日の日米首脳会談での鳩山首相とオバマ大統領の〈信頼〉をめぐるエピソードをasahi.comから引用して紹介し、鳩山総理が〈「できるだけ早く」ということは、沖縄の意向を聞き、日本の安全保障について熟考し、もっともよいシナリオを選択するという意味だ〉と述べている。そして、次のように続けている。

 〈外務官僚、防衛官僚が1日も早く辺野古への移転を強行しようとするなかで、鳩山、オバマの両首脳が結論を出す具体的期限をつけなかったことの政治的意味をもっと正しく読みとるべきだ。オバマ大統領にとって重要なのは来年の予算だ。そもそも普天間飛行場の移設問題について十分な説明を受ける時間的余裕はオバマ大統領にないと筆者は認識している。沖縄の基地問題が紛糾することによって、米政府の予算編成に支障が出ることがオバマ大統領にとっての懸念だと筆者は見ている。それならば、日本政府としてはグアム移転に関連する予算を組み、普天間飛行場の移設問題については、別の枠組みで政治的判断をすればよい。米国の予算編成に悪影響を与えないというメッセージを日本政府が米議会に対してきちんと出せば道は開ける。
 鳩山、オバマ間の信頼関係を、われわれも信頼しようではないか。そして、外務官僚、防衛官僚の包囲網から、鳩山総理を救い出し、真に沖縄のため、日本全体のためになる決断を求めようではないか。鳩山総理と沖縄の間に信頼関係を構築するための具体的努力をすることが沖縄を思う政治家、有識者の責務だ〉

 在沖海兵隊のグアム移転は辺野古への新基地建設とパッケージになっている。つまり、佐藤氏がいう〈日本政府としてはグアム移転に関連する予算を組み〉ということは、2014年の完成をめざして進められている辺野古沿岸部での新基地建設工事の予算を、日本政府が作業工程表に沿ってきちんと組むということだ。そうやって辺野古新基地建設を実行するということを予算編成で示すことで、〈米国の予算編成に悪影響を与えないというメッセージを日本政府が米議会に対してきちんと出せば道は開ける〉と佐藤氏は言う。いったいどういう〈道〉が開けるというのか。佐藤氏はその内容を具体的に示すことはない。
 しかし、予算が付けばそれを執行するのが道理で、来年度以降、辺野古沿岸部の埋め立てに向けて工事が進んでいけば、いよいよ後戻りは難しくなる。米議会でグアム移転の予算が付いて執行されるのもまた然り。佐藤氏はグアム移転と辺野古新地建設がパッケージになっていることに触れていないが、それを知らないはずはない。意図的に隠しているなら、その意図は何だろうか。
 日米閣僚級作業部会の日本側代表である岡田外相や北沢防衛相は、来年度予算との関連で年度内に結論を出したいと発言している。佐藤氏の主張は、〈総理を官僚包囲から救え〉という見出しとは裏腹に、日米閣僚級作業部会の結論を先取りして、辺野古新基地建設という現行案、もしくはその「微修正」案で予算を組もうとうする者たちの意を汲んで、沖縄県民を説得しようとしているように見える。
 来年度予算編成では否応なく、辺野古新基地建設に対する鳩山政権の判断が示される。佐藤氏は沖縄から批判が噴出することを回避し、まだ先に「県外移設」の可能性があるかのように思わせることで、鳩山政権を乗り切らせようとしているのかもしれない。予算を付けて辺野古新基地建設を進める一方で、〈普天間飛行場の移設問題については、別の枠組みで政治的判断をすればよい〉と佐藤氏は言う。しかし、〈別の枠組み〉や〈政治的判断〉の具体的な中身は示されない。はたして〈別の枠組み〉は作られるのか。作られたとしてそれがが空手形にならない保証はどこにあるのか。
 佐藤氏はこの間、同連載評論で繰り返し普天間基地の移設問題について書いている。しかし、佐藤氏自身は普天間基地を辺野古沿岸部に「移設」するという現行案に対して、どのように考えているのか。賛成なのか、反対なのか。「県内移設」「県外移設」についての判断はどうか。日本政府に〈グアム移転に関連する予算を組〉むことを主張するということは、辺野古新基地建設を推進する立場にしか見えないが、そうであるのか否か、まずは自らの立場をはっきりさせるべきだろう。
 佐藤氏は〈真に沖縄のため、日本全体のためになる決断を求めようではないか〉とも書いている。ここでも決断の内容については具体的に示さず、曖昧にされている。いったい佐藤氏が考える〈真に沖縄のため、日本全体のためになる決断〉とはどのようなものなのか。辺野古新基地建設を選択する決断か。あるいはその「微修正」案か。「嘉手納統合」案か。「県外移設」案か。それとも「移設なき撤去」案か。鳩山氏にどのような決断をしてほしいのか、佐藤氏は自らの考えは示さず、抽象的な文句を並べているだけだ。
 そこには、自らを縛るような言質は取らせず、状況の変化に応じて柔軟に対応できるようしたいという、いかにも元外務官僚らしい佐藤氏の計算が働いているのかもしれない。しかし、東京の論壇でならそれで通用しても、沖縄では通用しない。米軍基地問題は沖縄では切迫した現実として目の前にある。〈真に沖縄のため、日本全体のためになる決断を求めよう〉などという歯の浮くような美辞麗句は、机上の議論にしか見えない。自民党沖縄県連でさえ「県外移設」に転換するか否かで揉めているのが、今の沖縄の状況なのだ。
 〈鳩山総理と沖縄の間に信頼関係を構築するための具体的な努力をすることが沖縄を思う政治家、有識者の責務だ〉という主張に至っては、矛盾しているし、空疎としか言いようがない。鳩山総理が「最低でも県外」と言った公約を守れば、沖縄との間に信頼関係は自ずから構築される。しかし、〈グアム移転に関連する予算を組〉むことを進める佐藤氏の主張は、普天間基地の「県外移設」を否定し、現行案を促進するものだ。それは〈鳩山総理と沖縄の間〉に〈信頼関係〉を〈構築する〉どころか、ぶちこわすことにしかならない。〈沖縄を思う政治家、有識者の責務〉という言い方も、実際に沖縄で生活して基地問題に対峙している者に向かってそう言うのは、反発を呼ぶだけだろう。
 現在の状況で〈鳩山総理と沖縄の間に信頼関係を構築〉しようというのなら、辺野古新基地建設に関する来年度予算の計上を止めるしかない。辺野古では工事を進めつつ、「県外移設」に向けても努力します、と言われて、それを信用するほど沖縄県民は愚かではない。結論を出すのに時間がかかる、と鳩山首相が言うのなら、その間辺野古での工事をストップすることは最低限の担保であり、それなくして沖縄県民の多数が鳩山政権を信頼することはないだろう。
 鳩山首相が本気で普天間基地の「県外移設」を実行しようとするのなら、沖縄県民の大多数は鳩山首相を支えるために力を尽くはずだ。ただ、政治家に対する信頼は言葉ではなく、具体的な行動からしか生まれない。岡田外相のマニフェストに対する発言を目にして、ただでさえ民主党の政治家の言葉は信用を失っている。たとえ時間がかかっても、その先に「県外移設」という展望が見えるなら、鳩山政権に対する沖縄県民の信頼は維持されるはずだ。辺野古新基地建設の来年度予算が組まれ、それが執行されて展望など持ちようがない。
 「県外移設」を実現するためには、鳩山首相の強いリーダーシップが求められる。外務省、防衛省の官僚がそれこそ鳩山首相を包囲して阻止しようとするだろう。オバマ政権への配慮を優先して積極的に〈グアム移転に関連する予算を組〉めという佐藤氏の主張は、むしろ外務省、防衛省の官僚たちが望むことであろう。一見〈官僚包囲〉を批判しているように見えるが実際には、佐藤氏は日米同盟の不安定化によって日本の国家体制が弱まるのを回避したいという国家主義者としての思惑から、官僚たちの後押しをしているように私には見える。
 来年度予算で辺野古新基地建設が進められることが明らかになれば、沖縄では鳩山首相への信頼どころか、不安や不満、反発が広まっていくのは間違いない。それはさらに〈沖縄の基地問題が紛糾〉する結果を生みだすだけだ。そのことを心すべきだろう。

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