海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

南風原開拓団跡地にて

2010-09-26 18:33:04 | 沖縄戦/アジア・太平洋戦争
 中国黒竜江省の臥牛吐開拓団跡地を訪ねたのは、昨年の9月9日だった。真冬には零下30度以下になるが、9月は一番快適な時期だとのことで、快晴の下で涼しい風に黄金色の稲穂が揺れていた。





 幹線道路から脇道を南に100メートルほど行ったところに用水路があった。南風原開拓団があった当時も周辺はこの用水路を使って稲作が行われていたという。大陸性気候で冬は寒さが厳しいが、夏は気温が上がるから米がよくできた、とのことだった。用水路で魚やエビを捕って食べた、特にナマズがよく捕れた、貴重な蛋白源だった、と思い出話がこぼれた。用水路は今帰仁開拓団まで流れて自然消滅していたという。





 用水路の傍らで、沖縄から持ってきたお菓子や泡盛を供えて手を合わせた。





 臥牛吐地区は住宅の建て替えが進んでいるらしく、日干し煉瓦の土壁に草葺き屋根という昔ながらの住宅と煉瓦造りに赤瓦屋根の新しい家が混在していた。建て替え工事をしている現場もあちこちで見られた。
 次の場所に向かうためにバスに戻ろうとしたら、途中で地元の方が声をかけてきて、沖縄から開拓団跡地を訪ねてきたと知り、新築の家の庭先でスイカをふるまってくれた。畑の傍で揺れるコスモスの花を眺めながら、有り難くスイカをごちそうになった。

 

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