花は嫌いではないが、あの香りはどうも苦手・・・。
毎年夏になると、郷里のおんぼろ家にヤマユリの花が飾られた。
母が近所の野原から摘んできては花瓶に挿したものだ。
この花があるだけで、趣きががらりと変わる。
すっかりすすけてみすぼらしくなってしまった部屋も、妙にその周りだけが明るくはなやいだものになる。
“いぐね”をくぐってきた涼しい風が、通り抜けていく。
ヤマユリの香りもそれに乗って過ぎていく。
井戸の冷たい水をご飯にかけ、味噌漬けのキュウリや瓜やなんかと一緒にすすり込む。
そんな暑い日の昼飯時に、脇に座っていた父に聞いてみた。
「ところでオヤジ、ユリは好き?」
「い~や、花はいいがあの匂いだけはダメだ!!」
婿養子に入った父は、ヤマユリ好き(香りも含めて)が高じて居間にまで持ち込む母に対して、「やめてくれ」とは言えずきっと何年も過ごしてきたのだろう。
おだやかな笑みを見せた父の顔を、今も思い出す。
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東北自動車道を走ると、斜面に咲くヤマユリの数の多さに驚く。
「よくもまあ~、こんな場所に、これほどたくさん、それも見事に・・・。」となる。
ユリにとっては、陽のあたる場所でありながら、根元はヤブや草で覆われて乾燥を防げる申し分のない環境なのだろう。
この季節、高速道を走る楽しみとなる。
同様に、見事な花姿を見せていた場所がある。
国道4号宮城県大崎市三本木と大衡村の境にある松並木。
奥州街道のなごりをかすかにとどめるこの道の両側斜面に、たくさんのヤマユリの花。
これを眺めるのが通勤時の楽しみであった。
ところがある日、すっかり刈り払われてしまった。
「普通なら、今を盛りに咲くユリは残して刈るのに・・・。」
「これから球根に養分が蓄えられていくのに・・・。」
「刈り払った人も心が痛んだ?」
「いやいや、長い不景気の中で仕事も減り、より効率的な作業をせざるを得なかった?」
つい、いろんな思いを職場の仲間に言ってしまった。
*
冒頭のヤマユリの花は、『おくの細道』旅で松尾芭蕉も通ったという陸奥上街道(むつかみかいどう)千本松長根(せんぼんまつながね)に咲いていたもの。
さすがこの街道跡では、ユリを残して下草刈りがきれいになされている。
▲陸奥上街道(千本松長根とヤマユリ)
▲陸奥上街道(狼塚古墳群近く)
●陸奥上街道(国指定 記念物 史跡) ⇒ こちら
●「奥の細道データベース」のうち関係部分 ⇒ こちら
※このサイトはとても素晴らしい。ついでに、『周遊 蔵王・あぶくま・仙台』もご覧下さい。 ⇒ こちら
私は、ヤマユリの姿がはでであまり好きでないのですが、あの香りがすると胸の奥がキュンとなります。
普段、季節の移ろいがわからない生活を送っているため、山歩きで季節に気付かされることが多いです。
先日、泉に登った時も、うるさいほどの蝉の声、むんむんとする草いきれ、そのなかでつうんと香るヤマユリの香り。
ああ、夏の山に来た・・・と、擦れていた心に満ちるものがありました。
盛夏のなかの、音・匂い・空気や風の肌触り。ヤマユリの香りは私の原風景のひとつと、その時、気付かされました。
それは、もう誰とも共有できない、今は誰も住んでいない、お盆の時だけ帰っていた母親の里の想い出です。