「自己開示」という言葉をご存知でしょうか?
「自分をオープンにすること」と解釈する人も多いと思いますが、「自己開示」とは主に心理学で用いる言葉の一つで、自分自身に関する経歴や心情、さらには癖やこだわりなどを、明確にありのままを言語化して他者に示し伝えるという意味です。
これから数回に渡り、自己開示について役立つ情報をお届けしようと思います。
今回は、この「自己開示」が未来を切り開くきっかけとなった、というお話です。
まず、自己開示をするうえで最も大切なことは、「真実を示す(明かす)」ということです。
この時点で、「プライベートな情報さえも明かさなければいけないの?無理!」と思う人がいるかもしれませんが、何を明かすのかは当然ながら自分で主査選択すれはよいので、心配はいりません。
では実際にどんな場面で、未来を切り開くきっかけになったのか、実際にあった事例を紹介します。
早く自己開示しておけば悩まずに済んだのに・・・というお話です。
仕事は大好きなのに、会社を辞めたいと思ったAさんのお話
憧れの地銀に新卒採用され、張り切ってお客様窓口業務に打ち込んでいたAさんは、入社後半年もしないうちから仕事以外の事で悩み始めることになりました。
それは、上司と先輩に誘われる、仕事終わりの飲み会です。
Aさんは、お酒が飲めないわけではありませんが、控えめな性格で飲み会のような場に参加するのが昔から嫌いでした。しかし、社会人になったことだし、何より上司のお誘いを断る訳にはいかないということで、内心は渋々ですが表向きは嬉しそうに振る舞いながら参加していました。
最初は緊張しながらもそれなりに笑顔で振る舞い場に合わせていましたが、回数を重ねても慣れることなく、ぜんぜん楽しくありません。むしろ参加するたびに自分じゃない自分を演じている様で、たった数時間でも仕事以上に疲れ果てる自分に嫌気が差すようになり、とうとう会社に行く事さえ億劫になっていったのです。
私がAさんに会ったのは、入社8ヶ月ほど経過した11月中旬でした。
暗い表情で目も合わせず、「転職したいのですが、できれば今と同じ仕事がしたいと思っています。どうすればいいですか?」と、淡々と訴えるAさんに、何があったのかと事の経緯を詳しく聴くと、このようなことが分かった次第ですが、その後、Aさんから印象深い言葉が発せられました。
「最初に断っておけばこんなことにはならなかったのに…」
そう、Aさんは誘われるたびに何度も断ろうと思いながら、なかなか言葉に出せず苦しんでいたのです。仕事が残っているとか用事があると言っては遠回しに断ろうとしましたが、上司は強引でAさんのスケジュールに合わせるとまで言ってくる始末です。ある時は参加しても何もしゃべらず不機嫌な態度をしてみても、「あれ、何か悩みでもあるの?話聞くよ!」などと言われ、余計にかまってくる上司や先輩に憎悪さえ感じていました。
Aさんはとても真面目で必要以上に周囲に気を遣うタイプです。せっかく入社出来た会社で好きな仕事に打ち込みたいという気持ちも強かったので、月に数回我慢すればいいと割り切った時期もありましたが、どうしても我慢できず、転職という道を選ぼうとしていたのです。
当然ながら、Aさんは本当は会社を辞めたくないのです。今の会社で好きな仕事を続けたいのです。ただ、いかんせん飲み会への参加だけが重荷になり、精神的にも負担が増すばかりです。
「飲み会くらい付き合わないと、仕事も上達しないぞ!」と思う人もいるでしょう。それはAさんも分かっている事です。だからこそ、自分を装ってでも参加して来たのです。
または、「上司や先輩の誘いを断るのも角が立つから、適当に合わせておけばいいじゃん」と思う人もいるでしょう。それもAさんは理解しているのです。だからどんなに辛くても断れなかったのです。
そんなAさんを救ったのが「自己開示」でした。
一発逆転!あっという間に問題解消
Aさんは、今の会社を辞めることなく、飲み会にも参加しなくてよい方法として、上司に手紙を書くことにしました。
最悪会社を辞めることになっても、問題を解決するには、いずれ何らかの形で上司に気持ちを伝えることは不可欠です。そこで、実際に会って話すのと、書いて伝えるのと、どちらがやりやすいかを考えて、手紙を書くことにしたのです。
内気で気遣いが過ぎる自分にとって飲み会がいかに苦痛だったかということ、本当はもう二度と参加したくないと思っていること、そして、仕事を辞めようとまで考えていること、最後にそれでも毎回誘ってくれたことに対する感謝の思いなどを、赤裸々に自分の言葉で綴ったのです。
ある日、その手紙を意を決して上司の机に置いて帰った翌日の夕方、上司に呼ばれると、思いもよらない展開が待っていたのです。
恐る恐る会議室に入ったAさんを見るや否や、上司は「すまん、許してください」と頭を下げたのです。
そして、「こんなに悩んでいるとは思わんかった、でも自分も○○さんの事が心配で、たまにはみんなで食事でもした方がもっといい仕事ができると勝手に思っていた。でもそれがこんなに負担をかけていたとは・・・すまん。」と続けたのです。
実は、Aさんが入社当時からとても張り切っていて力が入り過ぎていると感じた上司は、たまには息抜きをしないと続かなくなると考えて、飲み会を盛り上げるのが得意な部下に声をかけてあえて飲み会を企画していたことが分かったのです。
つまり、上司は上司なりにAさんのことを気にかけての好意だったのです。でも、Aさんが実は悩んでいたなどつゆ知らず、いつもと変わらず仕事には全力で取り組んでいるように映っていたので、逆に飲み会の効果があるとさえ思っていて、回数を重ねたことが判明したのです。
当然ながら、その後飲み会はなくなりましたが、Aさんと上司、それに先輩たちは、以前よりも仕事中の会話が増えたそうです。そしてAさんも会社を辞めることなく以前よりさらに仕事が好きになったと話していました。
ちなみに、一時的になくなった飲み会は希望者だけで再開したそうですが、Aさんは自己開示の効果で誘われなくなり、参加しないからといって特に何も変わったことはなかったそうです。
本音を伝える勇気が次の道を拓く
「最初に断っておけばこんなことにはならなかったのに…」と言ったAさんにとって、この上司への手紙はなかなか書くことができず、やっとの思いで書いてもいざ渡す段になってなお躊躇していました。しかもその間にも数度の飲み会に加え、忘年会まであったのです。
Aさんにとってはそれほど勇気を振り絞ることとなったのです。意を決して上司の机に手紙を置いた時は、もう辞める覚悟を決めていたと振り返っていました。
しかし、この自己開示の後に待っていたのは、上司や先輩との関係改善だけでなく、2年目を迎えたAさんにとって、とても嬉しい人事異動でした。
実はAさんの第一志望は、融資部門で企業融資を担当する部署でした。
そのために、新人が皆経験するお客様窓口業務を人一倍頑張っていたのです。通常は3年間の勤務ですが、その間に認められ、希望の部署に異動したいという思いから、日々の仕事に打ち込んでいたのです。
そして、手紙の一件から上司や先輩にそんな思いを何気なく話すようになり、帰宅後は融資に関する勉強を地道に続けていることや、なぜそれを志したのかなどを、休憩時間に話すことが出来たのです。
当然ながら、上司や先輩もAさんに助言したり役に立つ本などを紹介してくれるようになり、もう飲み会など開催しなくても、Aさんと上司、そして先輩の関係は上質な関係に変化していました。
そしてAさんは、2年目を迎えるタイミングで異例の大抜擢人事で融資部門に異動となったのです。その蔭には、上司の推薦があったことは言うまでもありません。上司は純粋にAさんの仕事振りと熱意を自分の上司にそのまま伝えたそうです。
誰にでもすぐにできる自己開示
自己開示は、人間関係を円滑にする手段の一つですが、本音を言語化して伝えるには、時に相当の勇気と覚悟が要ることもあります。
しかし、ここに紹介したAさんと上司の場合、互いにもっと早い段階で自己開示しておけば、差ほどの勇気は要しなかったと思います。というよりも、両者が「自己開示」という術を知っていれば、初めから悩み事など起こらなかったかもしれません。
自己開示は簡単ですが、最初は少しの勇気は要ると思います。
次回は、その具体的な方法についてのお話です。