今年の夏、53歳にしてまたもや転機を迎え、これまで何度も経験した転職活動を4年半ぶりに行い、いよいよ自分の職歴が履歴書の行数では収まらない状態になってしまった。
我ながら色んな仕事をして来たものだと懐かしさに浸る一方で、コロナ禍の最中に50歳オーバーのおっさんが転職するという難しさも肌で感じる夏となった。
案の定、書類選考という第一の壁は高く、お祈りメールや帰って来た履歴書の数はすぐに数十社になり、用意した履歴書と証明写真はあっという間に消費した。
しかし、不思議と不安や焦りがなかったのは、これまでキャリコンとして多くの人に関わって来たという経験則が支えとなったと思う。(家族にとってみれば不安でしかないと思うが…)
それに加えて私の場合、面接にさえこぎつけたら、ほぼほぼ採用になるという自信があったし、どんな仕事でも順応性だけは高いという自負もあった。
お陰様で、約2か月の活動を経て新たな仕事に就くことができたのはとても感謝しているが、自分の転職歴史上では最も長い空白期間となった。
そんな中、改めて考え直していたのは、これからの仕事の仕方と人生についてである。
さすがに53歳ともなると、「残りの仕事人生は短いし…」と考えがちだが、平均寿命を基準にすれば、まだ27年もある。さらに自分は90歳まで現役が目標なので、「まだ37年もあるではないか!」とも思う。
単に時間のあるなしの問題ではないかもしれないが、できるだけ長く社会に自分の役割を求め、それに応えてゆくことこそ人生の活力となると考える私にとっては、これからの時間はとても重要なのだ。
しかし若い頃の私は、とても生き急いでいたと思うし、20代の頃は50過ぎのおっさんには会社にしがみ付く以外に道はないと、本気で思っていた。
でも今、自分がその50過ぎのおっさんになって良かった思うことは、この時代におっさんになれたことだ。
”人生50年~”と詠った信長の時代から約500年を経て、今や人生100年という時代に生きる自分は、なんとラッキーだろうと思うのだ。
しかも世の中は、新型コロナウィルスの感染がもらした「新生活様式」というヤツに翻弄されながらも、新しい価値基準が様々な分野で形成されつつある。
そんな”変化の渦の中”に生きる経験はそうあるものではない。
しかし、今もなお転職市場の限界は35歳と言われており、50歳を過ぎての転職は確かに難しいのが現実である。
だからこそ、これからは人生100歳時代に見合う「壮年職・老年職」というカテゴリーを発明することが必要だと思う。
今現在の労働市場の延長線上で考えるのではなく、経験を重ねたからこそ提供できる新しい価値や、ある一定の年齢を超えた者にしか提供出来ない価値があるはずである。
きっと誰かがどこかで既に考えて形にしているかもしれないが、自分もこれから「壮年職・老年職」についてあらゆる可能性を考えてみたいと思う。
具体的なアイデアや既に実行しているという情報があれば、是非紹介してほしいと思います。
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