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職場で活かせる行動分析学⑥「好子出現による強化」

2018-10-12 | 仕事

今回の登場人物は3人です。

一人目は、やる気食品一筋、バリバリの体育会系で知られる出木増営業部長。二人目は、大手食品メーカーからヘッドハントされ、社長室次長で切れ者の異名を持つ仲持相談役。そして3人目は、入社2年目の張木理君です。

「好子出現による強化」を使った行動変容

張木理君の変化

やる気食品の営業部では、4年ぶりに新人を3人採用しましたが、その中でも張木理は他の二人に比べると大人しく、いつも一歩下がって遠慮している様子で、自分から発言することはありません。
仕事は真面目に黙々とするタイプで失敗はほとんどしないので、顧客からの信頼は高い方です。しかし、張木理の営業成績は研修後に担当を持つようになってほぼ横ばい状態が続いています。同期入社の他の二人は順調に成績を伸ばしているにも関わらず、本人はマイペースで然程気にしていない様子なので、出木増はそんな張木理に少々不満を感じていました。

或る日、出木増は相談役の仲持に、張木理の育成指導についてアドバイスを求めたところ、仲持は出木増に対して、二つの取組みを実施するよう提案し、早速翌日から実行することになりました。

それから2か月後、張木理の成績はわずかながら前の月を上回る傾向が見られるようになり、同僚や先輩も彼の最近の働きぶりに驚いています。そして何より変わったのは、張木理の表情でした。
入社以来、飲み会の席でも感情をあまり出さないので、何を考えているのか分からない張木理でしたが、最近は表情が豊かになり声も大きくなったことに、同期の二人が最も驚いていました。

そこにはもう、出木増が不満に感じた張木理はいません。
この2か月の間に、張木理に一体何が起こったのでしょうか。

出木増の苦闘と努力が変化をもたらす

仲持が出木増に提案したのは二つの取組みでした。
一つ目は、全営業部員を対象に、良い行いや前向きな発言があった社員に対して、即座に「いいね!」と声を出して笑うということ、二つ目は、できるだけ毎日、張木理がルート営業から帰って来た時に、短い時間でよいので顧客のことを具体的に質問して、どんな回答に対しても必ず最後に「ありがとう!」と言いながら笑うということでした。

出木増は、早速翌日から始めてみましたが、「いいね!」と笑顔が、いざ意識すると恥ずかしさが込み上げて、言葉が出ないし、明らかに作り笑顔になる事が分かるので、意外に難しいことを痛感します。
それでも、仲持と約束した手前、「やっぱりできません」とも言えず、ひきつった笑顔でも、声だけは出そうと頑張った結果、一週間も経つとすっかり慣れて、出木増の「いいね!」と笑顔は、徐々に職場に浸透して行きました。
営業部員の間でも「最近、部長がやたら俺たちの様子を見てるよね。」とか、「部長、いつも笑ってるよね。」などと話題になり、自然に部員同士でも「いいね!」と声をかけ合う光景が見られるようになりました。

そして、張木理への質問タイムですが、これも初日は「今日はどうだった?」といった感じで、なかなか具体的な質問が出来ず、張木理も「あ~、いつもと一緒ですかね~。」との返事に、とても「ありがとう!」とは言えず、そのままフェードアウトするという結果に終わってしましました。
出木増は反省し、早速張木理の顧客リストと翌日の納品先をチェックします。
そして、次の日には「一番食堂の吉村店長は、相変わらず商品チェックに超時間をかけてるの?」と聞くと、張木理はちょっと驚いて「えっ、部長何でご存知なんですか?そうなんですよ、あそこに行く時は次の納品に余裕を持たないといけないんですよ。」という返事が返ってきました。
そこから、かつては出木増の顧客だったという話になり、しばらく「一番食堂あるある話」が盛り上がりました。そして最後に出木増は「ありがとう!」と、とても自然な笑顔で告げると、張木理も珍しく笑顔で会釈しました。

それからほぼ毎日、出木増は張木理が帰ってくると、顧客の様子を具体的に質問するようになり、必ず最後は「ありがとう!」と笑顔で告げることを意識的に続けました。
すると、2週間後には、張木理の方から報告するようになり、さらに出木増にアドバイスを求めるようになりました。
「やすらぎカフェから、ランチメニューを増やしたいが、何か話題になるような良い食材はないかと聞かれました。部長、どう思われますか?」といった感じです。
ちょっとぎこちない感じですが、出木増は思いもかけない相談に感動すら覚えます。
その日から、出木増と張木理の質問タイムは、顧客に提案したことがどうなったかという共通のテーマに変わってゆきました。

その後も、出木増と張木理の時間は続き、その間彼は見る見る変わって行くのです。
そして、2か月が経過して以降、出木増はほぼ全ての営業部員に積極的に質問するようになるのです。

仲持からの3つ目の提案

仲持が出木増に提案したのは、実はもう一つ、絶対にしてはいけない行為というのがありました。
それは、他の社員の前で部下を叱ってはいけない。そして、張木理だけでなく、部下の話を即座に否定してはいけない。ということでした。
実は、出木増にとってこれが最も辛い提案でしたが、この3つ目は仲持が最も強く要求したことでもあったのです。

その訳は次回に説明します。

行動分析学的解説

もうお分かりだと思いますが、出木増は「好子出現による強化」と「60秒ルール」を利用して、職場の環境を変えると同時に、張木理の行動を変えたということです。

この場合の「好子」は、「いいね!」や「ありがとう!」という言葉と、出木増の笑顔です。しかし、その裏で効果を上げていたのは、仲持が強く要求した「してはいけない行為」でした。

そしてもう一つ重要な点は、仲持の提案は、決して張木理の育成指導に対するアドバイスではなかったという点です。しかし、結果的には張木理の行動変容につながったのも事実です。

行動分析学を用いる時に最も肝心なのは、対象となる相手に気づかれない(気づかせない)とうことです。
その分、それを使う側の出木増には、普段以上の気遣いと配慮、それに観察力や傾聴力という能力が求められます。

今回の張木理の行動変容で、一番努力したのは出木増に違いありません。
しかし、出木増が頑張れたのは、彼自身にも同じ様に「好子出現による強化」がはたらいていたからです。
それは、張木理をはじめとする部下の反応です。
「いいね!」と言うと、部下は「ありがとうございます!」と返答してくれたり、笑顔で話すと、相手も笑顔になるという事が、出木増にとっての「好子」となった訳です。
さらに、張木理からの相談などは、言葉や笑顔以上に強力な好子になっていたということです。

その後も出木増は、「いいね!」と質問タイムを意識的に続け、営業部全体の成績も上がってゆくことになるのです。

つづく

参考文献
杉山尚子著「行動分析学入門 ヒトの行動の思いがけない理由 」
杉山尚子・島宗理・佐藤方哉・リチャード・W・マロット共著「行動分析学」
舞田竜宣・杉山尚子共著「行動マネジメント 人と組織を変える方法論」