悠々茶房ブログ

名古屋市東区にある中国茶カフェ・語学教室のブログ!教室イベントの記事、中国茶の記事、中国・アジア各国の文化も紹介します♪

中国茶と私

2016年09月28日 11時05分11秒 | 現中国語講師

今回は中国語担当で海南省海口出身の張 雅講師と遼寧省大連出身の趙 雅へい講師に、中国で生活していたときに中国茶とどのように関わっていたか、周囲の人はどのようであったかなどについて尋ね、語り合っていただきました。

Q:中国にいたとき、中国茶はよく飲みましたか?両親や友人はどうでしたか?

張:我が家では毎日夕食後に家族揃ってお茶を飲む習慣がありましたので、毛尖などの緑茶や鉄観音などの烏龍茶をよく飲みました。もともと両親がお茶を飲むのが好きであったので、私もその影響をうけてお茶を飲むようになったような気がします。私の友人の中にも紅茶や緑茶などを好んで飲む人は結構いましたが、どちらかと言えばコーヒーやコーラ、ジュースなどを好む人が多かったのではないかと思っています。

趙:私はお昼の休憩時間などにお菓子を食べながらお茶を飲むことが時々ありました。よく飲んだお茶はジャスミン茶や鉄観音などですが、夏になると麦茶もよく飲みました。私の友人も紅茶や緑茶を飲む人はいましたがどちらかと言えば少数派で、高校生になるとコーヒーなどを好んで飲む人も多く、ソフトドリンクを飲む人を含めるとお茶を好む人よりもずっと多かったのではないかと思います。中国でも私たちの年代はお茶好きは少ないのですが、両親の年代になるとお茶を飲むのが習慣になっている人が多く、祖父母もお茶好きでのんびりお茶を飲んでいた光景を目にしました。

Q:地域のなかではお茶は生活のなかでどんな役割を占めていましたか?

張:私の住んでいた海南島には「老爸茶(ラオバーチャー)」というお茶を楽しむ文化があります。これは道端の置かれたテーブルと椅子に友人たちと集まり、一日中お茶を飲んだり御菓子を食べたりして過ごす習慣をいいますが、ここではおしゃべりをする人もいればゲームをして楽しむ人もいました。ただ、多くの人がこのように昼間から集まって時間をのんびり過ごしているため、大陸の人からは怠け者であるという印象をうけてしまったという側面もありました。でも、海南島という島であるので、多分大陸とは時間の流れるスピードが異なるのだと思いますし、これが島のライフスタイルであったのではないかと思っています。私も父に連れられてこうした茶館を訪れたことがあるのですが、こうした場所はどうしても年配の人が多く集まる場所でもあったので、私のような若い年代の人は少なく時間が長く感じたという印象があります。ただ、最近ではこのような「老爸茶」の茶館が見直され、お茶ではなく美容や健康に良いドリンクをメニューに加えたり、現代的な店舗デザインやインテリアを採用する店も現れ、若者や女性にも人気になっていると聞いています。

趙:私の住んでいた遼寧省など中国北部地域はお茶の生産地ではないため、広東省や福建省、四川省などの南部地域などのお茶の生産地と比較するとお茶の文化はあまり根付いていません。南部地域ではお茶を飲んだり食事をしたりしながら友人や家族とのんびり過ごすことのできる茶館がたくさんあるのですが、北部地域には茶館もあまり多くはなく、こうした場所でお茶を飲んでのんびり過ごす習慣もあまりありません。ですから、私も茶館に行った記憶はほとんどありません。茶館では服務員の女性が中国茶をおいしく飲むための作法で烏龍茶などを淹れてくれるそうですが、私は烏龍茶をこのような作法で飲んだ経験もありません。

張:先ほどもお話したように海南島には茶館がたくさんあったので、そこに行ったことはあるのですが、私も烏龍茶を「工夫茶」という作法で淹れて飲んだ経験はありませんでした。ですから日本の中国茶の店で初めて烏龍茶を「工夫茶」という作法で淹れて飲むことを知りました。中国ではお茶は気軽に飲む飲み物というイメージがあり、簡単な淹れ方で飲んでいましたので、日本での飲み方を知って少し驚いたほどです。海南島はコーヒーの生産地でもあるので、コーヒーを出す喫茶店も数多くあるのですが、喫茶店のコーヒーの値段は結構高くコーヒーは高級な飲み物というイメージがあり、お茶の方が庶民的な飲み物であるという感覚はそうした理由もあるのかもしれません。


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