真昼の月

創作?現実? ちょっとHな虚実不明のお話です。
女の子の本音・・・覗いてみませんか?

運命の微笑・第三章

2005-06-30 05:27:59 | オリジナル小説
西澤と直子は非常に仲の良い夫婦であったのだが、他の夫婦と違っていた点は、それぞれの過去を知らないという点であった。
夫婦であるのだから訊いても構わない事柄だというのに、なぜかどちらも遠慮してしまい、相手が話さなければ訊けない空気が生まれてしまい、それが二人の唯一のわだかまりとなっていた。
だが”氏素性や過去の経歴ではなく、それぞれお互い自身を愛したのだから訊く必要は無い”と、自に言い聞かせつつ現在まで来てしまったのだった。
その”逃げていた”部分がついにしっぺ返しを始めた。

封筒の中身は短い文章ばかりであった。それは添えられた写真の内容を説明したものであり、紛れもなく事実であった。

差出人の名は無い。無かったが、西澤には聞くまでも無かった。
そこにあったのは、美咲が無残に陵辱される様であり、それが西澤の指示によるものだという事を裏付け、非難する内容であった。
西澤が西澤である以上、差出人は美咲以外には考えられない。

黙ってただ涙を流し続ける直子に、西澤は話しかけようとしたが、何を話してよいのか、何から話せばよいのか分からず、ただ沈黙するしかなかった。
誹謗中傷であるなら誤解を解けば良い。だがこれは全て事実だ。
自分が過去に犯した重大な過ちを、いくら過去だからといって言い訳してどうなるというのだろう。
過去の派手な女性関係や遊びであれば、過去の事で、今は悔い改めたとも言えるだろうが、西澤の犯した過ちはあまりにも大きすぎた。
女性の直子にとっては、美咲の受けた陵辱は時が経っても忘れられるものでも許されるものでも無いであろう。
それが分かるが故に、謝罪の言葉さえ喉の奥につかえ出て来なかったのだ。

ひとしきり涙を流した後、西澤の様子から、これらが全て事実であると確信した直子は、やっとのことで「事実・・・なのね?」とだけ訊いた。
「そうだ」という一言さえも発する事ができなくなっていた西澤は、黙ってうなづくしか無かった。
それを確かめた直子は、暫く黙り込み、大きく一息すると、黙って家を出て行った。

あまりに重く、息苦しい静寂だけが暮れて行く日差しの中に残されていた。

運命の微笑・第三章

2005-06-29 20:47:31 | オリジナル小説
月日の流れは、その人間によって感じ方が違うというが、西澤と直子 二人の時間は非常に濃密且つやわらかに過ぎていった。
夫婦となって数年とはとても思えない、まるで長年連れ添い、一緒に年を重ね幸も不幸も共に過ごし乗り越えて来たかのような空気を纏い、仕事上のパートナーとしても、妥協したり馴れ合う事も無く、共に会社を盛り立て支え合って生きてきた。
そんな二人を理想の夫婦像とし、憧れる者も多かった。

勿論西澤と直子とて、夫婦になってから何も波風が無かったわけでは無い。
だがその”波風”は、世の大多数の夫婦が経験するものとは少々種類が違っていたのだが。

西澤と直子は、お互いの素性こそはっきりしていたが(社員であった直子は当然の事ではあるが)、お互い電撃結婚と言える程の急速な接近と、その後には即行の婚姻であったので、お互いのプライベートな部分を知る時間はほとんど無かったのだ。
結婚後も二人共に仕事を続け、忙しい毎日を過ごしてきていたので、あまりその部分に関しては知る機会も無かった。
お互いの食べ物の好みや趣味、生活習慣、癖などは一緒に暮らせば自然と理解できたが、子供の頃の話や家族の話等はほとんどする機会も無かったし、結婚式にもお互いの親族はいなかったので、話し好きな叔父や叔母が延々と子供の頃のエピソードを語るという、ありがちなシーンも無かった。

お互いの両親が既に故人である事は知っていたので、あまり深く話す必要を感じなかった事もあり、二人の束の間の会話にそういった話題が出る事は無かったのだが、二人がその話を口に出さざるをえない時は唐突にやってきた。

きっかけは一通の手紙であった。
それは「西澤社長夫人様」という宛名で送られていた。 差出人の名は当然無かった。
こういった宛名で各種の勧誘や寄付の依頼の手紙が届く事は珍しく無かったが、なんの飾り気も無い市販の白封筒に、宛名のみ書かれている事は無く、大抵はその会社や組織の存在を主張する印刷やロゴ等が入っているものだ。が、その封筒には何の飾り気も無く、見るからに不自然であった。
外見通りに、中身も普通の内容では無かったのだが、当初直子はその手紙の事は西澤には隠していた。
だがその後その手紙は繰り返し送られて来、直子の様子を不審に思った西澤に問い詰められ、その存在を知られる事となった。

10通以上にも及ぶその手紙を見た西澤は、顔色を失い、同時に直子が手紙を隠していた理由を知ったのだった。
その手紙・・・それは過去から送られて来たものであった。

今後の予定

2005-06-15 10:04:14 | Weblog
本当はまだ”第二章”で続けてしまおうかとも思ったんですけど、内容的にやっぱりこの後からは第三章として括った方が良いかなって思い変更しました。

美咲ファンの皆様、第三章で美咲のその後が明かされます。
すっかり因業ババア化してるyurikaですが、更に因業な展開が待っているかも!?

運命の微笑・第二章

2005-06-14 07:41:53 | オリジナル小説
当たり前の状況に、困惑した二人は、とりあえず寝ようという西澤に促され、それぞれ布団の中に、少々意識的に離れながらも横になった。
この程度の事に大の大人がおたおたして、わざわざ離れて横になるなんて、なんだか子供じみているとは思いながらも、照れてしまい、事前に振舞おうとすればする程不自然な態度になりそうであった。
直子が風呂に入っている間からビールを飲んでいた西澤は、酔って眠ってしまったフリをして、わざとらしく軽いいびきまでかいてみた。
直子は、そんな嘘のいびきを暫く聞いていたが、狸寝入りなのはバレていたので、西澤に声をかけてみた。
「社長。起きてらっしゃるんです・・・よね?」
女の扱いは慣れているはずの西澤も、これでは形無しだ。
直子は西澤の寝ている側に向き直ると、「私たち、結婚したんですよね? 何もなさらないのは、私が子供ができないから?」
「違う! そんな事じゃないんだ。 ただ...その、柄にも無いと思うかもしれないが、どうしていいか分からないんだよ」
狸寝入りをしていた事も忘れ、慌てて否定していた。 本当に西澤は緊張していたのだ。
そんな”らしくない様子”を眺めながら、「じゃあ、もし嫌じゃないんだったら...私を本当の妻にして下さい。本当の夫婦になりたいの。」
直子らしからぬ大胆な発言に、驚きながらも感激し、「いいのか、本当に 俺で」
「嫌なら結婚なんかしません!」
そういって見詰め合うと、お互いの戸惑いやわだかまり、緊張もほぐれていき、そして二人は本当に夫婦になったのであった。

束の間の蜜月を過ごし、翌日にはすぐにいつもの多忙な日常へと戻っていった二人だが、仕事上では直子は旧姓の川村をそのまま名乗る事になっていた。
ややこしいというのもあったが、あくまで私生活と仕事は分けて考えたいという直子の意向もあり、便宜上今までどおり川村で通す事にしたのであった。
実際仕事に戻った二人は、周りの者が夫婦だという事を忘れてしまいそうなぐらいに、クールに且つてきぱきと仕事をこなしていた。
社では仕事上のパートナー、家庭では仲の良い夫婦という理想的な関係を築き、二人の幸せはこのままずっと続いていくかに思えた。

運命の微笑・第二章

2005-06-13 10:14:01 | オリジナル小説
「すまないな。」 唐突に西澤が言った。
そう一言だけ告げると、気まずいのか照れ臭いのか、下を向いてやおら卓上の茶を飲み干した。
「すまない、って...どうして?」 何の事か分からず直子は尋ね、西澤が飲み干してしまったお茶を新たに注ぎ足した。
「少し、いやかなり強引に結婚を迫ってしまったし、忙しいのは確かだが、本当ならもっとゆっくりと準備をしてドレスもオーダーで着せてやりたかったし、新婚旅行だってもっとゆっくりと、海外のリゾートでも行ってのんびりさせてやりたかったんだが・・・本当にすまない」そう言って頭を下げた。
それを聞いた直子はクスクスと笑い出した。
「どうしてそんな事を謝るの? 私は...子供の産めない体だし、結婚なんてとうに諦めてたわ。恋愛だって、こんな仕事の虫だから無理だろうと思ってたし。でも社長はこんな私でも良いって言ってくれた。結婚式だって、挙げれるなんて思ってなかったのに...それに皆さんにもあんなに祝福して貰って、私はとっても幸せ者よ。海外だなんて、、、温泉だっていいじゃない。私、温泉って好きよ。それもこんな個室に露天風呂付きの素敵な宿だなんて。優しい旦那様に貰って頂いて、有難うございます。」
確かに西澤が新婚旅行先に選んだ温泉宿は、各個室に露天風呂が付き、静かで風情のある日本庭園に、気配りの行き届いた接客、美味しい料理と、非常に洗練された宿ではあったが、IT企業の青年実業家と、その妻であり副社長でもある二人の新婚旅行先としては、いささか地味であるのは否めなかった。
が、そうそうのんびりと新婚旅行に時間を割く事ができないのは事実であり、副社長である直子は、その事は重々承知していた。
それに、本当に直子はこの結婚を地味に行いたかったのだ。当初は「入籍だけでいいのに」とまで言っていたぐらいである。
「言ったろ、子供なんてどうでもいいって。 俺は直子が好きなんだ。それ以外何もいりやしない。家事だって別にしなくていいし、仕事だって、直子が好きなようにすればいい。俺はただ直子を幸せにしたいんだ。」

さすがに陳腐なセリフだと思ったのか、赤面した西澤は、「っと、その、風呂、先に入るな。せっかくの温泉だしな。」
そういってその場を逃げ出してしまった。
後に残った直子は、少々呆気に取られ、それからクスクスと笑い出した。

風呂から上がった西澤は、いなせに浴衣を着こなしていた。だがまだ照れているのか、直子の顔を直視しないままで、「君も入って来るといい。星空がとても綺麗な夜だよ」
直子が浴場に向かうと、西澤はビールを飲み始めた。どうにも照れ臭く、気まずくて、まるで中学生の恋愛みたいだ、と自嘲しながらも解けない緊張を酒で誤魔化そうとしたのだった。
そんな西澤の日頃からは考えられない緊張ぶりに、湯に浸かり、心地よい夜風に顔を涼ませながら、直子は思い出し笑いをしていた。
直子が湯から上がる頃には、もう西澤は二本目のビールを飲み干そうとしているところであった。
「君も飲むかい?それとも日本酒でも頼むか? よく眠れるよ。」
「ううん、私もビールを頂くわ。でも少しだけね。ちょっと飲みすぎよ!」
「なに、このぐらい、俺にはなんてこと無い量だよ」 確かに西澤は酒には強いが、緊張してピッチが早まった事は内緒であった。
三本めのビールを二人で空けると、そろそろ寝ようという事になったのだが、寝室になる部屋の襖を開けて布団に入ろうとして、二人は戸惑ってしまった。
当然の事ながら、新婚の"西澤夫妻”の布団は、二組が寄り添うように敷かれていた。
接吻こそ交わし、正式に夫婦となった二人だが、実はまだあの日の接吻以降は何も無かった。
そう、つまりまだ男女の仲にはなっていなかったのだ。

運命の微笑・第二章

2005-06-10 13:37:13 | オリジナル小説
西澤は年が明け、正月休みが終わると早々に、川村直子の副社長就任と、自分との婚約を皆に告げた。
最初こそ皆驚き、特に女子社員等は蜂の巣をつついたように嬌声を上げ、大騒ぎをしていたが、川村の副社長就任は、実力・実績共に納得のいくものであったし、先進的な経営を進めている西澤が行う人事としては、さほどの意外性は無かった。
皆が意外だったのは、婚約の方である。
西澤と川村が共に肩を並べて仕事をするのは見慣れた光景だが、それはあくまでも仕事上の関係であり、まさか二人の仲が男女の関係に進展しようとは、誰も予想だにしていなかったのだ。
それ程にこの組み合わせは意外な組み合わせであった。
現在は落ち着いたとはいえ、昔は散々遊び人としてならし、今でも女性の扱いは手馴れたもので、スマートでダンディーなイメージの西澤は、さぞかし派手な女性か、それとも取引先の令嬢とでも縁組するものと思われていたし、川村は川村で、才媛で仕事も出来、実直な川村は、誰の誘いも受けなかった事もあり、独身主義者か、それとも学生時代からの恋人でもいて、私生活を明かさないだけなのではないかというのが皆の見方であったからだ。
だが、こうして二人が婚約したとなると、あの二人の”あくまでビジネス”という態度は二人の関係を隠すためのもので、川村がどんな男にもなびかなかったのは、こういう事だったのかと納得がいった。
実際、”派手な西澤”、”地味な川村”という対比さえ、正式に結婚するとなれば非常に良い組み合わせであったし、現在の西澤はイメージこそ派手であったが、実際には以前の派手さが嘘のように、すっかり落ち着いていて、それさえも川村の良い影響を受けて”夫を支える妻、誠実な夫”という理想的とも言える組み合わせの夫婦になるのではないかと思わせたし、諸々の憶測や思い込みを除けば、二人はなかなか似合いでもあった。
何より二人でいる事が極自然である。職場という構えはあるが、二人は極自然に接し、共に仕事をし、長時間を共に過ごしても全く自然体で、つまり一緒にいて疲れない相手同士なのだ。
一時の火遊びならともかく、生涯の伴侶、しかも仕事上でもパートナーとしてやっていくのであれば、これは非常に重要な事である。
家庭でも職場でも顔を付き合わせて過ごす事になるのだ。一緒にいて疲れないというのは、簡単なようで難しい。

ともかく散々騒ぎ、あれこれと二人がこうなった経緯をあーでも無い、こうでも無いと、ひとしきり噂話に花を咲かせた結果、結局二人は似合いのカップルだという事になり、祝福しようという事になったようだ。
祝福されたのは、何も社内に限らなかった。
社外には特に川村びいきの人間が多かったのだが、相手が西澤と聞いて、”それなら西澤君とは安心して取引していけるな。こんなに有能な妻君がしっかり縄をつけてくれるんだからな”というのが大方の反応であった。
中には「西澤君よりも、うちの息子との話を考え直してみんかね? 年も西澤君より若いし、将来性もあるぞ」などと未練たらたらの者もいないではなかったが。

その程度の騒ぎは二人とも予想していたが、予想外の事もあった。
二人は多忙である事もあり、あまり派手派手しい式や、ましてや新婚旅行等は先に延ばそうと考えていたのだが、周囲の猛反対にあったのだ。
それは多分に川村の人徳によるものであったが、二人だけで挙げるはずだった挙式には社内・社外の多くの者が参加を希望し譲らなかった。
披露宴もと言い募る川村シンパの社長・会長連には、なんとか簡単な立食パーティーのみで勘弁して貰い、長々とした祝辞や、ここぞとばかりに披露されかねない長唄や民謡から逃れるため、挨拶は二人からのみで、無礼講の形式ばらないものにした。
身寄りの無い二人である。二人だけでの挙式であれば、お互い同士が世界の中心であったはずだが、こうして人に囲まれての挙式やパーティーとなると、主役はやはり花嫁だ。
新郎である西澤を押し退けかねない勢いで、川村、いや西澤直子に祝いの言葉を言いに来たり、「今なら間に合う、考え直せ」と、酒に酔って言い募る者などで、なかなか二人一緒に過ごすというわけにもいかなかった。
しかし隣に寄り添うのもだが、遠くから純白のドレス姿の直子に見惚れるのもなかなか幸せな時間であった。
やっと二人きりになれたのは、皆に強行に勧められ、一泊だけという条件で不承不承行く事にした新婚旅行に向かう車の中であった。

思えばあの突然の接吻から、あっという間に婚約、挙式と、慌しい日々であり、確かに婚姻届にサインをしたのだが、未だ直子は実感が湧かなかった。
実際あれからまだ2ヶ月程しか時間は経っていなかったのだ。
未だに二人きりの時にも西澤を”社長”と呼んでしまい、そのたびに苦笑されている程である。
だが直子の左の薬指には、確かに結婚指輪がはめられ、西澤の指にも揃いの指輪が光っている。

運命の微笑・第二章

2005-06-07 08:13:37 | オリジナル小説
そんな会話が交わされた翌日からも、酔った上での冗談であったのか、或いは覚えていないのか、西澤は何事も無かったかのように自然に川村と接し、川村も年末の慌しさの中で、そんな事があったとは忘れているかのようであった。
実際西澤達にとって、年末年始などというものは休日とは言えなかった。
全く休みが無いわけでは無いのだが、海外企業はクリスマス以降は接待もパーティーも激減するが、国内の企業ではクリスマスの後は、やれ忘年会だ懇親会だと、何かにつけて呑んで騒ごうという古い体質が染み付いていたし、その忙しさの中で年始に向けての挨拶や手土産の準備、新年会の準備等に追われ、実質幹部連中には休みなど無いに等しかったのだ。
社長である西澤と、補佐役でもある川村も当然忙しい日々を過ごし、社自体の仕事納めは29日に済ませていたのだが、結局二人の年内の仕事は大晦日いっぱいまでかかってしまった。

やっとの思いで腰を下ろし、ネクタイの結び目を緩めると、大きく息をつく西澤に「お疲れ様でした。熱いお茶かコーヒーでもお煎れしますね」と、結局一緒に仕事に付き合わせてしまった川村が労を労ってくれた。
「いや、君こそ大晦日の、しかもこんな時間まで付き合わせてしまって本当に申し訳無い事をしたね。お茶は私が煎れるから君は少し休みたまえ」
そう言うと川村が手を出す暇も無く、器用に熱い煎茶を二人分煎れてしまった。
「社長、手慣れていらっしゃるんですね。私がお手伝いさせて頂く隙もありませんでしたわ。それに...とっても美味しい!」
「あぁ、独り暮らしが長いから慣れてるんだ。勝手に煎茶にしてしまったが、もうすぐ年も明けてしまう。こんな時ぐらい日本人らしくお茶の方が良いかと思ったんだが、コーヒーが良ければすぐ煎れるよ」
「いえ、そんなお茶の方が良いです。コーヒーは少し飲みすぎてウンザリしてますから」
実際ハードスケジュールをこなしていた二人は、眠気覚ましや訪問先で出されるコーヒーに少々食傷気味であったのだ。
丁度良い熱さで、程よく茶葉の甘みの出たお茶を味わいながら、TVで流れる恒例の「行く年、来る年」に目をやった。
「もう本当に来年になるんですね。。。」

気が付いた時、TVは消され、川村は自分にかけられている仮眠用の毛布に気付き、自分が眠ってしまった事に気が付いた。
慌てて起き上がると、驚いた事にそこにはまだ西澤がいて、微笑みながら、じっと川村の顔を眺めていた。
驚いたのは川村である。
「し、社長!すみません、私うっかり... 起こして下されば良かったのに、あの、申し訳ありません。早くお帰りになりたいでしょうに」
「いや、気にする事は無いさ。そんなに疲れさせてしまったのは、社長である私の責任だし、君の寝顔を眺めながら新年を迎えるのも良いものだよ。」
「社長、お人が悪いですわ」
照れながら抗議する川村であったが、日頃沈着冷静な川村のそんな様子は非常に可愛らしく映った。
「本当だから仕方が無い。家で独りで朝を迎えるより、こうして仕事に追われているか、君の寝顔を眺めていた方が余程気持ちが休まるよ」
一見プレーボーイの様なセリフだが、今の西澤は本心からそう言っていた。
「それに、この前言っただろ。 君が本当に特定の相手がいなくて、独身主義者でも無いなら俺の嫁さんにしちまうぞ ってね。」
酔った上での戯言で、覚えていないだろうと思っていたのだが、西澤はしっかり覚えていたのだ。
「あれは悪い冗談なんかじゃない。勿論君が嫌で無ければ、だが、俺は君に生涯の伴侶になって欲しいと思ってるんだ。 嫁さんにしたいと思う女性の寝顔を眺めていられるっていうのは、なかなか幸せな気分だな。」
さすがにちょっとストレートすぎたと思ったのか、西澤は照れ笑いを浮かべた。
驚きのあまりか、一言も発しない直子に「夜更かしついでだ。コートを取ってきたら私の駐車場で待っててくれないか。近場の神社で初詣でもして、家まで送るよ。」
そういうと社長室へと消えてしまった。

5分後、2人は地下駐車場の西澤の車の中にいた。
その後あまり人の来ない小さなオフィス街の神社に詣でると、言葉どおりに川村の自宅方面へと車を走らせた。
「あの、社長...さっきのお話ですけど...」
「あれなら冗談でも何でも無い。俺は本気で君と結婚したいと思っているよ。ムードもへったくれも無くて申し訳無いが、プロポーズだと思ってくれないか? 勿論君の気持ち次第だし、強要はしない。断ったからと言って今後の仕事には何の私情も挟むつもりは無い。」
いつものようにスマートにかわそうにも、かわしようの無いほど率直な言葉であった。
とまどう直子が口を挟む間もなく、
「もし君が俺と結婚するのが嫌だとしても、これは承知して欲しいんだが・・・君は今でも実質そうなんだが、正式に副社長に就任してくれないだろうか。 いや、いっそ副社長に就任しやすくする為に結婚すると言ってくれても構わないぐらいだ。俺はそれぐらい君に側にいて欲しいと、真剣に願っている。強要はしない、しないが・・・できれば良い返事をくれないか。 勿論今すぐとは言わないが。」
西澤に押されっぱなしの直子であったが、暫しの間の後に、真顔で問い質した。
「どうして私なんですか? 副社長の件はともかくとして、なぜ私と結婚だなんて? 社長ならもっと良い御縁が沢山おありのはずです。 私なんて働くだけが取り柄のつまらない女ですわ。 なぜ私と結婚だなんて急におっしゃるんですか?」

この言葉を聞くと、西澤は車を道路の脇に寄せ、停車した。
そして直子の方に向き直ると、いつになく真剣な顔で話し出した。
「俺は...君の言うような大層な男なんかじゃない。仕事だって俺一人じゃあ生き残って来れなかっただろうし、君の思うようなプレイボーイでも無い。社長だとか何だとか、肩書きをひっぺがしたら、俺なんて只の孤独なつまらん男に過ぎないんだ。」
「それに比べて君は素晴らしい女性だ。才色兼備で、誰にも気配りができ、皆から慕われ、何より心の美しい女性だ。
何も俺は急に君を好きになったわけじゃない。立場上態度や言葉に出しはしなかったが、ずっと以前から君の事を愛していたんだ。君は全く気付いていないようだったが。」
「私は...私はそんな才色兼備でも無ければ、ましてや”美しい心”なんて持ってやしません。社長の買い被りです」
しかし実際直子は、その有能さと人柄の良さが先に口に出されるので、あまり言葉としては出なかったが”才色兼備”と言って差し支えなかった。
確かに、”美咲”のような目を見張るような美女というわけでは無かったが、それでも十分美人の部類で通る顔立ちであったし、スタイルも良かった。
「君は・・・自分の美点に気付いていないのか、それとも俺を断るためなのか? 君は本当に俺には勿体無い素晴らしい女性だよ。」
あくまで優しく口にする西澤であったが、直子はそのまま俯いて黙り込んでしまった。
しばしの沈黙の後、意を決したように直子は口を開いた。
「私...私、子供の産めない体なんです。そんな女とわざわざ結婚する物好きなんて...」
最後まで言い終える間を与えず、唇が塞がれた。
「俺は子供を産んでくれる女が欲しいわけでも家政婦が欲しいわけでも無い。ただ愛する女性と一緒にいたいだけなんだ。それじゃあダメか?」
甘い言葉と共に、再び甘い接吻が重ねられた。 既に夜は開けきろうとしていた。

運命の微笑・第二章

2005-06-06 07:36:48 | オリジナル小説
ある年の瀬の事。年末年始と立て続けに続く、退屈なパーティーや懇親会であるが、仕事の顔つなぎのためにはご機嫌伺いに顔を出し、売り込む事も社長としての必要不可欠な職務とあきらめ、結局川村にも何回も同行をさせる事になってしまった。
さすがにクリスマスイブに独身女性である直子を仕事で拘束してしまった事には後ろめたさを感じたのか、日ごろは口にしない問いをつい発していた。

「クリスマスイブにまで仕事に付き合わせてすまなかったね。川村君の恋人に怒られてしまうな」
「本当はせめて早めに君だけでも帰してあげたかったんだが、いかんせん君のシンパが多くてね。」
苦笑混じりに詫びる西澤に、「いえ、イブを一緒に過ごすような相手はいませんから。かえって一人で侘しくイブを過ごさないで済んで良かったですわ」と、相変わらずそつのない川村であった。
「信じられないな。君のような女性がイブを過ごす相手がいないなんて。。。遠距離恋愛でもしてるのかな?」
立ち入った質問だとは思いながら、酒の酔いも手伝って、つい口にしてしまった言葉であった。 が、一度訊いてしまうと歯止めが利かなくなった。
「いえ、私、本当にお付き合いしてる方がいないだけなんです。お恥ずかしいんですけど。私の恋人は目下のところ仕事ですわ。といっても”目下”だけじゃなく、このまま売れ残りになりそうですけど(笑)」
謙遜してみせる直子であったが、川村に魅かれている者は、自分の部下だけでも何人もいる事を知っている。
そしてそのことごとくが、スマートにかわされ、またそのかわし方のスマートさで益々熱を上げている者もいる事も社長である西澤の耳には入っていた。
「君ほどの女性を放っておくなんて、世の中の男が見る目が無いのさ。実際俺が知っているだけでも君に熱を上げている男は何人もいるし、見合いの引き合いだって山のように来ていて、断るのに四苦八苦しているんだぞ」
いつの間にか”私”から”俺”に一人称が変わっているのは、酒のせいだけであっただろうか?
「社長、あまり社員をからかわないで下さいね。社長こそ、イブまで仕事じゃあ社長の恋人に私の方が恨まれてしまいますわ」
話の矛先を上手く西澤に向け、自分への問いをかわした直子であった。
大抵の男なら、こう綺麗にかわされたのでは引くしか無くなるものだ。
相手に恥をかかさず、持ち上げた形でするっと逃げる・・・これが直子の交際術の特徴なのかもしれない。
が、今夜の西澤は少々悪酔いしていたようであった。
「俺にもイブを過ごす相手などいないさ。妻子がいるわけでなし、親兄弟がいるわけでなし、特定の恋人がいるわけでなし。。。寂しいもんだよ」
「あら、”特定の”だなんて、おモテになってる証拠ですわ。」
「はは、失言だな(笑) 白状します、特定も何も相手がいないだけです」
笑いながらおどけて頭を下げて見せる西澤だが、直子が信じている様子は当然無かった。
「はいはい、誰にも言いませんからご安心下さい」

酒の酔いと、イブだという少々浮かれる気分が西澤をそこで止めさせなかったのだろうか?
「川村君、君、本当に恋人がいないなら何故見合い話を片っ端から断るんだ? どの話も良い話ばかりだったらしいというのに」
「・・・・社長こそ、そろそろ誰か一人にお相手を決めて身を固められてはいかがですか? そうすればイブには奥様同伴でご出席できますでしょ。」
「いーや、そんな事じゃ誤魔化されないぞ。仕事で君を縛り付けて、独り身にしてしまうのでは俺の申し訳が立たない!」
「君は独身主義者ってやつなのか? それとも、まさかとは思うが”男”がダメとか・・・まぁ、その、それなら別にそれは個人の自由だが。それならそれで女性でも構わないから良いパートナーを持って、君には幸せになって貰わないと。」
「”じゃないと俺の申し訳が立たない”ですか(笑)」
「いや・・・」
そう言ったきり、西澤は深く息を吸い、目を瞑った。てっきり眠ってしまったのかと思った頃、目を閉じたまま返事が遅れて返って来た。
「じゃないと俺の嫁さんにしちまうぞ」
それだけ言うと、今度は本当に寝息を立てて眠ってしまったようだった。
気まずい空気が流れたが、眠ってしまった者の勝ちであった。

「悪い。。。冗談ですわ」 気まずい空気の後に、やっと直子は微かに呟いた。

運命の微笑・第二章

2005-06-02 23:54:24 | オリジナル小説
・・・あれから数年の時が流れた。
バブルの残滓も感じられない、世の中は確実に世界不況への道を歩み始めていた。
西澤は美咲との一件があって以来、美咲のいた店へも顔を出す事はハタとなくなっていたし、また美咲からの連絡も当然無かった。
実際世界不況へと走り始め、混迷を極める日本経済の中で生き残るには、いかな西澤といえども遊び歩く余裕などありはしなかったし、精魂尽き果てる程に働いても、西澤の会社も規模の縮小、リストラの結構を行わないわけにはゆかなかった。
そうして努力に努力を重ねた事と、西澤の仕事がITに関連した事業を中心とし、他の業務への拡大をいち早く放棄したお陰で、かろうじて大規模な人員整理も、倒産の憂き目も見ずに済んだのは、やはり西澤の先見の明と才能と、経営者としての才能ゆえと言えた。
バブル当時の起業家仲間や、遊び仲間達が次々と破産、倒産の憂き目を見る中、なんとか被害を最小限に食い止め、社員の生活を守れたのはそれ程に奇跡的な事だったのだ。
一家心中や失踪した知己も多数いる中、現在の地位に踏みとどまり、今後も発展の見通しのある数少ない業界の一端に食い込めたのは僥倖と言わずして何と言おう。
そして西澤の下に集った社員も、そんな西澤の経営者としての才能を信じればこそ協力し、また才能のある者には年功序列の枠を飛び越えて出世の道を開き、才能を存分に開花させようとする西澤を慕い、有能な若手技術者達も、企業の規模は小さいにも関わらず、多数集まってくれていた。
西澤はバブル経済破綻の荒波を生き残った、数少ない成功者と言えたであろう。
とはいえ以前の様な羽振りの良さは当然望めなかったし、また西澤も年齢のせいか、接待や懇親会で飲みに出かける程度で、派手な遊びからはすっかり手を引き、落ち着いた生活を送っていた。

以前はワンマン経営の西澤であったが、現在の西澤は性格も比べ物にならないくらいに温厚となりーーいや、以前も仕事上では冷静で、決して激しやすい方では無かったのだがーー経営に関しても周囲の意見を取り入れるようになっていた。
とりわけ西澤が右腕とも思い信頼しているのが、役職こそ無いが、秘書とも補佐役ともいうべき川村であった。
女性ながら沈着冷静、頭脳明晰な彼女は、学歴こそ大したものでは無かったが、面接の際にその有能ぶりを遺憾なくなく発揮し、入社後もめきめきと頭角を現し、西澤のみならず、他の社員の信頼をも得たキレ者であった。
有能な女性にありがちな驕り高ぶったところも無く、人当たりも柔らかい川村は、容姿こそ地味ではあったが、その人柄で男性からも人気が高かったのだが、浮いた話一つ出ない川村に”きっと以前からの恋人がいるのだろう”と噂されていた。
実際西澤の右腕という地位にありながら、西澤との色恋沙汰という噂も、当初こそあったものの、極めてクールな様子の2人に”そんな事は無いだろう”というのが皆の感想であった。
ましてや以前の西澤の放蕩時代を知る者にとって、川村という女性は西澤の好みとは思えないタイプであったし。

川村直子という女は、実際他人に対してクールな一面があった。
日ごろはそんな素振りは決して見せないし、男性とも女性とも親しく接し、気軽に会話を交わし、一見社交的かとも見えるのだが、その実川村直子の私生活まで踏み込んで付き合っている友人は社内にはいなかった。
だが決して冷たい人間というわけでは無い。恐らく仕事とプライベートはきちんと区別したいという川村の主義なのだろう。
しかしその有能さは疑うべくも無かったし、社にとっても、社長である西澤に次いで必要な人材であった。
未だ独身を貫いている西澤であったから、仕事上の付き合いでのパーティーやレセプション等には川村に同行を頼む事が必然的に多かった。
同伴者を必要としないパーティーも勿論あったのだが、外国語は英語と、あとは片言のドイツ語程度の西澤に比べ、英・独・スペイン語に中国語まで操る才媛の川村が同席する事は、非常に有益で、ウケも良かったのだった。
才媛でありながら、川村直子という女は決して出過ぎない。あくまで社長の西澤を立ててくれていた。
それは海外の企業人や技術者には「ヤマトナデシコ」の美徳と取られ、日本人の企業人、特に年配の企業人には「今時生意気な女が多いなか、出来た女だ」と、中には西澤よりも川村との会話をこそ楽しみにしている人間までいる程であった。

今後の予定です

2005-06-01 18:14:44 | Weblog
「運命の微笑」今後の予定ですけど、現時点で「運命の微笑・第一章」が完了となります。
一応私の頭の中では第三章までに分けての執筆予定なんですけど、果たして第ニ章はどうなるのか、因業ババアyurikaに怒るなる、美咲に涙するなり、西澤に激怒するなりしてお待ち下さいませm(__)m
そんなにお待たせはしない予定ですので(笑)