真昼の月

創作?現実? ちょっとHな虚実不明のお話です。
女の子の本音・・・覗いてみませんか?

運命の微笑・第二章

2005-06-13 10:14:01 | オリジナル小説
「すまないな。」 唐突に西澤が言った。
そう一言だけ告げると、気まずいのか照れ臭いのか、下を向いてやおら卓上の茶を飲み干した。
「すまない、って...どうして?」 何の事か分からず直子は尋ね、西澤が飲み干してしまったお茶を新たに注ぎ足した。
「少し、いやかなり強引に結婚を迫ってしまったし、忙しいのは確かだが、本当ならもっとゆっくりと準備をしてドレスもオーダーで着せてやりたかったし、新婚旅行だってもっとゆっくりと、海外のリゾートでも行ってのんびりさせてやりたかったんだが・・・本当にすまない」そう言って頭を下げた。
それを聞いた直子はクスクスと笑い出した。
「どうしてそんな事を謝るの? 私は...子供の産めない体だし、結婚なんてとうに諦めてたわ。恋愛だって、こんな仕事の虫だから無理だろうと思ってたし。でも社長はこんな私でも良いって言ってくれた。結婚式だって、挙げれるなんて思ってなかったのに...それに皆さんにもあんなに祝福して貰って、私はとっても幸せ者よ。海外だなんて、、、温泉だっていいじゃない。私、温泉って好きよ。それもこんな個室に露天風呂付きの素敵な宿だなんて。優しい旦那様に貰って頂いて、有難うございます。」
確かに西澤が新婚旅行先に選んだ温泉宿は、各個室に露天風呂が付き、静かで風情のある日本庭園に、気配りの行き届いた接客、美味しい料理と、非常に洗練された宿ではあったが、IT企業の青年実業家と、その妻であり副社長でもある二人の新婚旅行先としては、いささか地味であるのは否めなかった。
が、そうそうのんびりと新婚旅行に時間を割く事ができないのは事実であり、副社長である直子は、その事は重々承知していた。
それに、本当に直子はこの結婚を地味に行いたかったのだ。当初は「入籍だけでいいのに」とまで言っていたぐらいである。
「言ったろ、子供なんてどうでもいいって。 俺は直子が好きなんだ。それ以外何もいりやしない。家事だって別にしなくていいし、仕事だって、直子が好きなようにすればいい。俺はただ直子を幸せにしたいんだ。」

さすがに陳腐なセリフだと思ったのか、赤面した西澤は、「っと、その、風呂、先に入るな。せっかくの温泉だしな。」
そういってその場を逃げ出してしまった。
後に残った直子は、少々呆気に取られ、それからクスクスと笑い出した。

風呂から上がった西澤は、いなせに浴衣を着こなしていた。だがまだ照れているのか、直子の顔を直視しないままで、「君も入って来るといい。星空がとても綺麗な夜だよ」
直子が浴場に向かうと、西澤はビールを飲み始めた。どうにも照れ臭く、気まずくて、まるで中学生の恋愛みたいだ、と自嘲しながらも解けない緊張を酒で誤魔化そうとしたのだった。
そんな西澤の日頃からは考えられない緊張ぶりに、湯に浸かり、心地よい夜風に顔を涼ませながら、直子は思い出し笑いをしていた。
直子が湯から上がる頃には、もう西澤は二本目のビールを飲み干そうとしているところであった。
「君も飲むかい?それとも日本酒でも頼むか? よく眠れるよ。」
「ううん、私もビールを頂くわ。でも少しだけね。ちょっと飲みすぎよ!」
「なに、このぐらい、俺にはなんてこと無い量だよ」 確かに西澤は酒には強いが、緊張してピッチが早まった事は内緒であった。
三本めのビールを二人で空けると、そろそろ寝ようという事になったのだが、寝室になる部屋の襖を開けて布団に入ろうとして、二人は戸惑ってしまった。
当然の事ながら、新婚の"西澤夫妻”の布団は、二組が寄り添うように敷かれていた。
接吻こそ交わし、正式に夫婦となった二人だが、実はまだあの日の接吻以降は何も無かった。
そう、つまりまだ男女の仲にはなっていなかったのだ。