真昼の月

創作?現実? ちょっとHな虚実不明のお話です。
女の子の本音・・・覗いてみませんか?

運命の微笑

2005-04-14 21:43:16 | オリジナル小説
そんな日々が続き、美咲は益々西澤への信頼を深め、西澤が来る時間を待ち遠しく思う程なっていた。
これは美咲にとっては非常に珍しい事である。
第一印象の良くない相手を、その後好きになるという事は、外見で判断せず、直感で判断する美咲には今まで経験の無い事だったと言っても良いかもしれない。
西澤の場合は、出会った瞬間こそ印象どころではない状態だったので、良いも悪いも無かったのだが、その後の出来事の印象が最悪であるのは言うまでも無いだろう。
最悪の出会いをしたはずの西澤を、今は待ち遠しく感じ、無防備に眠る西澤の寝顔を眺めながら「可愛い」等と感じている自分に気付き、愕然とする事もあるぐらいなのだ。
これで”仕事”という枷が無かったらーーーいや、今の美咲は”仕事”だと自分に言い聞かせ、無理矢理脆い枷をかろうじてはめている状態だった。
そうしなければ自分が西澤を愛し始めている事に気付いてしまう。
だが自分は今仕事を辞めるわけにはいかない。 それに西澤は”ソープ嬢”としての美咲を気に入ってくれているだけなのかもしれない。
西澤ほど成功している男なら、家柄も良く、学歴も家庭環境も申し分の無い女性と付き合えるだろう。 もしかしたら今だって、”恋人”は別にいて、私はあくまで息抜きの相手として気に入っているだけなのかもしれない。
考え出すと不安が溢れてしまいそうで、極力その事は考えないようにしていた。
息抜きの相手だとしても、店にいる間は私だけの優しい恋人。。。美咲はそう考える事に決め、割り切ろうと努力していた。

そんなある日、唐突に西澤が「ちょっと美咲に付き合って欲しいところがあるんだが
・・・」と切り出した。
嬉しい気持ちと、この人も普通のお客様なのね、と複雑な気持ちを抱えた美咲であったが、西澤のいう「付き合って欲しい」というのは、店を通しての貸切外出というものだった。

西澤と出かけるのは嫌なわけが無い。店を通して貸し切るというのも、店からも美咲から見てもスマートで正当な行為で、文句を言う筋合いでは無い。 それどころか貸切外出などとは、他のコンパニオンからは羨望の眼差しで見られたものだ。
だが、美咲はなぜだか肩透かしをくらったようでガッカリした。
個人的誘いでも、仕事としての正当な誘いでもどちらでもこんな複雑な気持ちになるなんて、美咲にしてもわけが分からず、ただ無性に腹立たしく悲しかった。

それでも仕事は仕事である。 西澤の誘いは1泊2日の貸切だったため、美咲は眠っている時間や、店への移動の時間も、食事の時間も収入になるわけだから他のコンパニオンであったら手放しで喜んだであろう。
ましてや相手が西澤なら、貸切といっても恐らく普通の恋人同士のように過ごし、洒落者で通っているだけに、さぞやお洒落な食事やシチュエーションを用意しているだろう。
当の美咲は・・・店で西澤の向かえを待つ間、まるで中学生の初デートのようにドキドキし、身だしなみは大丈夫か、自分の服装は似合っているだろうか、と気にしてみたり、それなのにどこか憂鬱な気分もあった。

これは普通のデートじゃ無い。 その事が美咲の心に影を落としていた。

そうこうぐるぐると考えを巡らしていると、自ら車を運転して西澤が現れた。
西澤は車で来店する時もあったのだが、美咲はそれを目にする機会は無かったので、運転している西澤の姿が非常に新鮮に思えた。
それと同時に、噂では聞いていたが、当たり前のように超高級車を乗り回す西澤を目の当たりにし、やはり違う世界の人間なのか、と寂しくも感じたのだが、そんな素振りは見せず、助手席に乗り込むと、早速車は発進した。

どこへ行くのかは敢えて聞いていなかった。 どちらにしろお洒落なデートスポットか静かな海辺のホテル、それとも都心のスイートで静かに過ごすといったところだろう。
美咲の予想通り、車は高速へと入り、幌をオープンにしていたために突風を受け、美咲は乱れる髪に軽く拗ねてみせ、”今だけは本当の恋人のつもりでいよう”と腹を決め、珍しく美咲の方から運転中の西澤に甘えてみせた。
そんな美咲に、少々驚いた様子で、だが照れているのか不可思議な笑みを浮かべる西澤であった。

車中では、西澤が運転中だった事もあるが、無口な美咲にしては珍しいぐらいに饒舌で、これもまた珍しいぐらいに、鳥が飛んでいると言ってははしゃぎ、変わった名前の看板を見つけては笑い、至極楽しそうにしていた。
そうこうしているうちに目的地が近づいたようで、インターを降り、そのまま慣れた様子で運転し続けた。
ナビなどまだ普及していない頃であったし、あったとしても使わなかったであろう。
それ程に熟知した場所としか思えない運転ぶりであった。
他の女性とも何度も来ているのだろうか? 美咲の気も知らな気に、車を操る西澤だが、迷っている様子では無いのに、どんどん人通りの少ない、寂れた風景へと変わっていくのを見て少し不安がよぎった。
閑静な場所に隠れ家的なコテージや、規模は小さいが極上のホテルもあるのは知っているが、果たしてこの先にそんな場所があるのだろうか?
身の危険等は感じているわけでは無かったが、一体西澤はどこへ行こうとしているのだろう?
そんな疑問を抱えたままの美咲を、西澤は小さな漁村が見渡せる丘の上で車を止め、外へと誘った。
不思議に思いながらも、促されるままに外へと出ると、西澤が漁村を指差して行った。
「この村、どう思う?」
「どう思う?って言われても・・・静かなところね。」
「遠慮しなくていい。寂れた村だろ。漁村とは言っても漁獲高は年々減る一方で、若い者は居着きゃしない。賢いヤツはみんなこんな村見限って都会へと出て行くさ」
「でも・・・確かにそうなのかもしれないけど、ここに住んでいる人たちだっているんでしょ?」
「あぁ、いるよ。元住人ならお前の目の前にも一人いるしな」
驚きの眼差しで西澤を見遣ると、いつもとは違う西澤がいた。
今目の前にいるのは”成功者・西澤”では無い。 故郷を捨て、過去を憎んでいる男の顔だ。

しばしの沈黙の後に「どうして私をここに連れて来てくれたの?」と聞いた。
「付き合って欲しい場所はここじゃない。 いや、この中にある場所だが、この村には良い想い出なんかありゃしない。本当なら一生見たくも無い場所だよ」
再度車に乗った2人は、村の中へと入り、適当な空き地に車を停めると「すまないが、ここからは少し歩くしかないんだ」と言われ、西澤と共に歩を進めた。
なぜだか村の中にいるのが怖くて、西澤の腕を自分から握り締めていた。

車を停めてからは、歩いたといっても5分も歩いたわけでは無いのだが、その途中で出会った老人が西澤を見た時の表情は普通では無かった。
まるで汚いものでも見るような、それとも怖いものにでも出くわしたような複雑な表情を浮かべると、そそくさとその場を立ち去ってしまった。
立ち去りながらも振り返り振り返りしながら、気にする様子は老人が変わっているのか、それとも自分達が異質に感じられたのか?
西澤はそんな老人の様子には一瞥もくれず、辿り着いた場所は墓地であった。
その最も奥にある、明らかに手入れされていない墓の前まで来ると、立ち止まり、「これが俺の両親だ。今日が2人の命日だからここに来たかったんだが、一人で来る気分になれなくてね。」
「2人の命日って、同じ日に亡くなられたのね。交通事故か何か? でも私なんかを連れてきて良かったの?」
「バカ、美咲だから一緒に来て欲しかったんだよ」
「教えてくれれば、私お花用意して、お墓のお掃除だってできたのに」
「いいんだよ、ここはこのままで。 こんな墓だが両親が一生を過ごした土地だ。墓で人の気持ちなんか計れやしない! それにもし俺がここに立派な墓を建てたところで。。。」
そのまま押し黙ってしまった西澤に、声をかけるのも躊躇われ、美咲は一人で墓の前にしゃがみこむと手を合わせ、墓に話しかけた。
「初めまして、美咲と申します。西澤さんにはお世話になってばかりで、とても良い息子さんをお持ちで良かったですね。でもお仕事頑張りすぎて体壊さないように叱って差し上げて下さいね」
茶目っ気たっぷりに、だが明らかに西澤を元気付けようとしている様子の美咲に、西澤はまた複雑な笑みを浮かべた。だが今度の笑みは心なしか苦しげでもあったようだった。

西澤ならどんな立派な墓も建てられるし、もっと近くに墓を作る事も可能なはずだ。
遠くても手入れぐらいは、人を雇ってだってできる。
それなのに、わざと手入れの行き届かない状態で放置し、でも愛情がないワケでは無い。
西澤の不可解な行動と、先ほどでくわした老人の態度、それを考え合わせると、恐らく西澤はこの地で嫌な思い出があるのだろう。
だが墓には行きたい。 そんな大切な場所へ自分を連れて来てくれた事を美咲は感謝した。
ここは西澤の聖域のはずだ。少なくとも相当信頼した人間で無ければ連れては来ないだろう。