キリスト教のミッション・スクールって…何だろうか?
戦前の「教育勅語」中心の教育から解放され、戦後、欧米の自由な考え方、思想が生まれ育つようになり、それは教育の分野でも大きく、自由が許されるようになった。
日本では明治6年に、キリシタン禁教が解禁になり、さらに1945年8月、第二次世界大戦で敗戦した日本に、靖国思想が崩れ、代わりに米英ヨーロッパの思想と共に「キリスト教」が再入国、孤児院などの慈善事業と共に、教育分野では「ミッション・スクール」が各種、入ってきた。
専門的なことは別にし、プロテスタント、カトリック等、多くの宣教師や教育専門の宣教会、外国人シスターたちが来日し、庶民の多くは、子女教育の思想的なよりどころとして「ミッション・スクール」に大きな興味を示し、発展していった。
キリスト教も1960年代までは発展したものの、お金を中心に豊かになった1980年代のバブル思想と少子化により、(新興宗教が急激に隆盛になり)キリスト教は衰退し、ミッション・スクールの生徒も徐々にではあるが、少なくなっていった。
一部のミッション・スクールは、教育の中心となっていたカトリック・シスターが少なくなっても本来のキリスト教的な要素を維持するために、信徒の先生を維持し、道徳的・宗教色を失わないように至難の努力をしたところと、片や、信徒の先生がほとんどいなくなり、次第にキリスト教的宗教色を失い、有名大学への「進学校」になっているところも多くなっていった。
私が知っているミッションスクールでは、生徒ばかりではなく、先生も加担する「生徒イジメ」が行われ、片や、塾の先生と現役の先生たちとがテスト問題を、事前に当該生徒たちに知らせて、普段は成績がよくない生徒でも、満点の成績をとり「推薦進学」をする生徒もいると聞いた。もちろん保護者が多額の金を出してやっている…と。何と言うことだろうか!!
片や、信徒ではない先生たちが、子供たちに「カトリックの宗教教育」をしようと頑張っているところもあり、先生たちの士気が高く、良い生徒が育っている学校もある。
統一教会の不祥事も多々報道されているが、仏教もキリスト教も、宗教界はしっかりその原点に戻って、何を人々に語りたいのか、明確にして公言するべき時が来ていると、私は思う。
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