今日の夕夜

ニャンコ大好き。相棒はサイベリアン!

………

2018年07月03日 12時48分49秒 | 
1日の朝に、あと少しで17歳になるはずだったスズちゃんが、逝きました。

前日私は仕事でしたが、
病院から連絡が来て、もうあぶないと。

会社の人が半休で帰りなと、背中を押してくれたので、猫の事で仕事を休むのも迷惑かけると思いましたが、それでも帰らせてもらいました。

ちょうど、娘が私が帰っていることを知らずに車で病院に行くところで、最寄駅近くの交差点で、車に乗ってる娘を偶然見つけて、走って車を叩いて(あぶないんだけど)、そのまま一緒に病院へ行きました。

まだ逝ってしまう前に、うちに連れて帰ってこれてよかった。

いつもの定位置、私のベッド。
いつも私の頭の左側に、寄り添うように寝ていたから、そこに寝かせてあげて、もう看取ることしかできないから、水をちょっとだけ、口につけてあげて、あとはずっと、撫でてあげるしかできなかったけれど、

ずっとそうしてた。帰ってきてから次の日の朝まで。

ずっと泣いて、もう目が痛くて。
でも撫でてあげると、グルグル喉を鳴らしてくれる。
しんどいはずなのに。

人間もそうだけど、
亡くなる前って、呼吸が変わってくる。
喉でしきりに息を吸い始めたから、もう逝くとわかった。

娘を呼んだ。

最期まで、ずっと一緒にいました。
ずっと体を触って、名前を呼んで。



目は、すぐに閉じてくれて、
すごく綺麗で、そんなに痩せてもいなくて、いつもみたいに寝てるだけみたいで。

前猫のエリーや花ちゃんよりは、苦しまなかったかもしれない。
早かった。
10日くらい、だったかな。
あっという間だった。

病気一つしない、元気なニャンでした。

お葬式も全部済みました。
人間のエゴだけど、花一杯囲んで。

1日、
ほんとはFAOI、オーラスに、静岡に行くはずだった。
新幹線のチケットも取っていた。
でも、
行かなくてよかった。

チケットは、誰か他の人にあげたかったけど、そんな時間はなかったから。

羽生くんを見れなかったけど、それは何か意味があるのかな、と思う。
私にとって、なにかの戒めなのか、ただの偶然なのかはわからないけど。

もっと可愛がったらよかったとか、もっとなにかやれることがあったんじゃないかとか、ずっと考えるけど、

その時やれることは全部やった、つもり。
十六年前、2日間、家の近くで一人でずっと鳴き続けていたスズを、誰かが拾うかな?と思って我慢してたけど誰も拾わなくて、もう我慢できなくなって家に連れて帰って、家族になった時から、やれることはやれたかな、完璧じゃなかったけど、いつも私のそばにいてくれたくらいには、私を好きになってくれたかな、と思うから、

今はもう悲しむのはやめました。
まだ涙でるけど。

うちに来てくれて、家族になってくれて、癒してくれて、幸せをくれてありがとう、それだけを思ってます。




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