プルサーマル計画を憂慮する有志の会

愛媛県伊方発電所3号機におけるプルサーマル発電の問題を考える有志の会です。

枯葉剤が残したもの

2011年01月31日 | 日記
 昨夜、NHKの「枯葉剤の傷跡をみつめて」という番組を観ました。枯葉剤という猛毒(ダイオキシン)が引き起こした影響の大きさを、ほんの僅かでも知ることができました。(以下内容の要約です)

 ベトナム戦争時、枯葉剤(エージェント・オレンジ)の危険性を米軍の兵士も知らされていませんでした。帰還後、多くの兵士が癌や糖尿病を発症しましたが、その子供にも様々な奇形や先天障害が生じました。

 番組の中でベトナムへの旅を行なったヘザーさんも、父親がベトナムに従軍し、枯葉剤を浴びました。その影響で、生まれたヘザーさんは片足がなく手が奇形となりました。彼女は差別され、虐められ、孤立して戦って生きてきました。米国では、枯葉剤の被害者を支援する公的団体がないといいます。彼女自身も、枯葉剤被害者として認定されることなく、また病院から、被害の枯葉剤との関連を否定されてきもしました。

彼女にとって、「ベトナム戦争は終わっていない」、未だその「傷がうずいている」のです。そして、国民の大半がベトナム戦争をよく知らない世代となったベトナムには、さらに多くの重度の障害をもった第2世代の子供たちがいます。全身の皮膚が爛(ただ)れた姉妹に対してフェザーさんは、「貴方たちに責任はない」、これは「不公平なこと」だと語り掛けます。私には、彼らのはにかんだ笑顔が痛々しく、心臓が締め付けられるようでした。

枯葉剤に含まれる有害なTCDDはダイオキシンで、ベトナムにおける枯葉剤によるダイオキシン汚染は史上最大規模のもので、ベトナム全土で400万人の人々が浴びたそうです。癌や糖尿病、甲状腺ホルモン異常、神経疾患や皮膚病、さらに流産や奇形などの疾患が発症し、またこの汚染は、数十年、数百年と長期にわたる影響を与え続けるのです。

 枯葉剤と先天性異常の関連に早くから気付いて治療に当たってきた「ツーズー病院」では、育てられない多種の重度障害を持って生まれた子供たちを預かって治療していますが、死に至る赤ちゃんの多くが中絶させざる得ない現実があるようです。様々な奇形をもち、生まれることを拒まれた胎児の標本のビンを見た時には、衝撃で思わずオームを連呼していました。(正直、恐かったのです)

 ただ、頭が二つある奇形のズエン君に対して(申し訳ないのですが、彼は目もなく、正直言って直視しずらい容貌なのです)お母さんが、息子を「天が与えたもの」、「他の同じ子供として育てていく」といって、愛情を持って世話している様子を見た途端、不覚にも涙が零れました。お父さんは、「障害はあっても、生きようとする力がある」といって子供への思いを表現されました。そして二人のお姉さんである少女たちが、ズエン君を明るく可愛がる姿に、深く心が強く揺さぶられ、涙が溢れて止まりませんでした・・・(書き切れませんでしたので、後日続きを投稿させて頂きます)

日本国債の格下げ

2011年01月28日 | 日記
1月28日付『朝日新聞』によると、「米格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は27日、日本の国債格付けを『AA』から『AA-』に一段か下げたと発表した」、「大規模な財政再建策がとられない限り、日本の財政赤字が今後も悪化していくことを理由に挙げた」、「国債の格付けは、国の借金である国債が期日どおりに返済できる確率がどの程度なのかを示したもの」、「格下げされれば日本の信用力は落ち、円や国債が売られやすくなる」とのことです。

実際、「国債暴落」の予兆(長期金利の上昇)はあり、一旦暴落となれば、日本のみならず、日本が国債を大量に買っている米国もただでは済みません。世界経済が混乱することは間違いないでしょう。また、「国債発行額が税収を2年連続で上回る異常事態」、「国債の発行残高は・・・12年3月末には668兆円までふくらむ」との推計もあり、確かにこのまま日本の財政赤字を放置することはできないのも確かです。

また「日本国債は95%を銀行預金などを通じて国民が支えており、今回の格下げをきっかけに『日本売り』が進むとみる人は少ない」としても、「家計の金融資産で、日本国債を買い支えられるのは、あと2~3年ぐらい」ということですから、国債を売りはしない(売れない)けど、もうこれ以上買える預金も底を尽きかけているという状況ではないでしょうか。

しかしながら、この国債格下げや円をめぐる一連の動きは、米国(或は米国を親分とする世界の「利」のシステムに浴している国々)のあからさまな「仕掛け」であって、実質的に米国との戦いであることは明らかです。これで、与謝野さんを引き込み、マスコミにプロパガンダしてもらった「官」(僚)内閣の「消費税増税・財政再建」の思惑が、米国のその手先の格付け会社によって、さらに抑圧的に強制力を増しているという現状のようです。「国債暴落」の恐怖をちらつかせ、利害の一致している米国と財務省が一気に攻勢に出てきたと妄想します。(但し、ドル安で輸出を増加させたい米国が、円安を誘導することはないでしょうから、円高は以前変わらないと思います)

問題はこの財政赤字を再建するために何をするか、です。しかしそれは、「消費税」をUPすることには繋がらない、という認識を持たなければいけないと思います。与謝野さんの持論のように(それがいつの間にか財政再建目的となっているように感じますが)、消費税UPは「福祉目的税」(年金、介護、医療のためだけに使うの)であって、財政再建は、赤字国債の大幅カット、そして国内経済の立て直しとそれに伴う税収UPの両輪で行なっていくべきものです。(それをどうやるのか具体的な仕事をするのが政府の役割なのではないかと思うのです。

しかしそれは、過日書かせて頂きましたように、実質米国に対するさらなる「開国」となるTPPに参加することではなく、散々税金を投入してきたのにも関わらず、その恩を忘れて日本を棄てた多国籍企業という名の「無国籍企業」の居なくなった抜け殻のような日本の国内産業の隅々に「血」を巡らすようにして、「金」の回るシステムを作っていくことです。日本は最早輸出大国ではなく、内需大国になっているのです。しかし、「円高」を盾に、さらに世界のあらゆる物を「買い叩き」、輸入し消費する(「千と千尋の神隠し」のような)肥え太った豚、「輸入大国」になるのではなく、僅かなお金でも、僅かな物でもお互いの繋がりを大事にしながら流通させ、小さな資本の援助の下、支えあい、助け合っていく物の流れ、お金の流れ、その「システム」を作っていくことが求められているのです。

現在の、消費増税、財政再建の流れには、決して組みしないで下さい。たとえ「国民のエゴ」と言われても、いえ、逆にちゃんと「国民のエゴ」を主張して、国のあるべき姿を国民自ら提示するべき時が来ているのではないかと、(瞑想ならぬ)妄想したりする底冷えのする朝です・・・

P.S. 結局、問われているのは、自らの生き方なのかもしれません。それはつまり、自らとの闘いなのだと思います。自分に甘い私としては、そんなには頑張れませんよ、と白旗を揚げたいところですが、一国民として、一農民としてできることは、ぼちぼちでもしていかないといけないのでは?と、やっと思い始めたところです・・・

P.S.2 21段階ある格付けのランキングが、上から3番目から4番目になったとのことですが、福沢の言う「文明」の中でも、「半開」にあたるポジションに日本はあるということですが、同じAA-でも、上り調子の中国と、落ち目の日本では内容に雲泥の差があることは、間違いありません。正直言って、数年前から日本株式に買いを入れている中国、今後日本の国債を買い支えてくれる可能性があるのは、米国などではなく「中国」であるという認識(妄想)を持たざるを得ないというのが現実なのですが、危機感の薄い政府には、どうも米国を見限るだけの才覚(勇気)も、登り龍の中国(若頭)に取り入る外交(権謀術数)もありはしないようです・・・(むしろ、相変わらず米国の戦略に踊らされているように妄想するのです・・・)

治験という「人体実験」PartⅡ

2011年01月27日 | 日記
実は、「世界の新薬承認数・・・をみると、・・・日本が圧倒的に多い」、「世界の合計・・・の3分の1以上を占めている」、「新薬が承認されるまでには、必ず人体実験が必要ですから、日本ではたくさんの患者さんが被験者になっているわけです・・・新薬世界一というのは、実験数世界一でもあるのです」、「ところが、貴方の身のまわりをみても、被験者になった人を誰も知らないのではないでしょうか。患者さんは知らないうちに治験の被験者にされているのです」と近藤誠医師は言われます。

実際、「従来日本では、患者さんの同意を取らずに治験を行なってきたという実態があり、試験の進め方や内容もかなりずさんだったので、日本のデータは信用できない」、「逆に米国やEUはきちんとしているから、そこで開発・承認された薬は、日本ではフリーパスにして認可しろ、という流れになりそうだった」ので、、「薬品の開発・流通の国際化の時代を迎え、『データの信頼性確保』によって、国内製薬会社を保護するために打ち出された基準」が、GCP「医薬品の臨床試験の実施に関する基準」です。

そのGCPには、第17条第1項に、「治験担当医は、治験の実施に際し、治験の内容等を被験者に説明し、治験の参加については文書又は口頭により、自由意志による同意を得るものとする」という『被験者の同意』が盛り込まれているということですが、先生である厚生省が必至に「信頼性確保」のための「基準」を儲けたのに、生徒の製薬会社と病院は、まともにその宿題をやってこなかった、ということのようです。

これで安易に開国などすれば、世界一の抗癌剤市場である日本の製薬業界は、莫大な利益を失い壊滅的な打撃を受けるわけですが、それでもこの鉄壁の堅さを誇る「薬剤関税障壁」に守られ、国内製薬企業は、癌患者さんを「人体実験」にしながら、ぬくぬくと「利(益)」を貪ってきた(いる)ということになろうかと妄想致します。まさに、国内製薬産業を保護するために、海外で有効性の証明された外国の新薬の承認には待ったを掛け(なかなか承認されません)、その間に国内製薬会社による市場独占を図るという「利」のシステムが存在しており、その市場を「開国」させようとの「黒船」の圧力もかなり強烈であることも伺われます。

また、「治験中に死亡しても、公的な副作用被害の対照にはなりません」、「治験薬による健康被害には、医薬品副作用被害救済制度は適用されない」のです。一方、「病院のほうは、万一の時(訴訟が起きた時)に損をしないように備えて、治験を依頼された製薬会社との間に契約書をかわしている」とのことで、治験の承諾には口頭でまともな説明もなく、実質的に無断で「同意」とさせながら、自分の「利」の確保だけは「文書」できちんと行なっているとは、さすがです・・・

さらに、抗癌剤の副作用対策としての「白血球増多剤や吐き気止めを併用して、抗がん剤がどこまで増量できるかを調べる試験もありますが、この場合には副作用止めの製薬会社もバックにいることが多く、(医者は)増量剤(抗癌剤)と副作用止めとの両方の製薬会社から研究費を・・・二重取りします」、しかし患者にとって「副作用止めを併用した増量試験は大変に危険です」、「医師は、特定の副作用を軽減させることができる、と油断していますから、患者さんは他の副作用で死亡したりします」ということです。つまり、抗癌剤治療の全ての段階で、これと同じ危険性が潜伏しているということです・・・

最後に、「患者さんは、質問に答えないような医師に抗がん剤治療をされてはなりません。疑問をそのままにしておくと、危険が蓄積していく、副作用死を回避できません。強圧的で、話し掛けるのが怖いと思うような医師からも逃げ出しましょう。週にいっぺんしか病室に回ってこないような医師の指示による抗がん剤治療も、危険か治験かのどちらかです。そして間違っても、再発した後に医師を変えて、のこのこと『がんセンター』などに行ってはなりません。それまで何の交流もないので、被験者にされることはまず確実です」と、氏は警告、アドバイスされています。

P.S.  「新抗癌剤の副作用がわかる本」には、「どんな患者さんが実験台にされるか」、「こんな治療を勧められたら・・・」といった対処法等も書かれています。また、イレッサ訴訟で問題になった抗癌剤の「添付文書」、そして副作用情報のリストも巻末に掲載されていますので、関心のある方は是非ご一読下さい。

P.S.2 「治験の参加者(被験者)には、その治療に関わる医療費はいっさい生じない」、「通常のガン検診より精密な検査を無料で受けられるほか、製薬会社から提供される新薬の代価や、治験期間中の入院費なども負担する必要がありません。さらに参加者には、ボランティア協力費、謝礼金あるいは負担軽減費の名目で、治験所要日数×一定額が支払われることもあります」(『抗ガン剤治療のすべてがわかる本』)とのことですが、無断で治験が行なわれている限り、こうした当然得るべきはずの特典すら受けることができない、ということです・・・

P.S.3 米国では、こうした治験には、無保険の患者さんや、経済的に十分な治療を行なえない貧困層の患者さんを対象に行なわれるようです。ですから、日本の製薬会社が「黒船製薬企業」に太刀打できるわけもないのですが・・・しかし現在、日本でも「貧困層」が急激に増加しており、無保険患者さんも増えていますから、今後日本でも、人体実験は「金のない」人間にしよう、という流れになっていくのでしょう・・・

田辺三菱製薬 新薬試験せずに出荷

2011年01月26日 | 日記
 1月26日付『朝日新聞』によると、「田辺三菱製薬の子会社が品質試験をしていない医療機関向けの注射薬を出荷していた」、「2007年~10年3月の約3年間に試験担当社員が一部の試験を行なわず、出荷の基準に合格していたように虚偽の試験結果を記録した行為があった」とのこと、「田辺三菱と別の子会社(「バイファ」)は昨年4月、薬の承認申請で試験データを改竄したなどとして業停止処分を受けて」います。

「問題となった子会社は田辺三菱製薬工場」、「同社の足利工場が製造している・・・リプル注、パルクス注、リメタゾン静注、パズクロス点滴静注液の4製品で不適切試験の疑いがもたれ」、「田辺三菱と同工場は・・・社内調査を実施」、「『本人もやったと言っているし、記録でも裏付けられた』として『試験は行なわれていた』と結論付け」ていましたが、弁護士らによる社外チームの調査で不正が発覚したものです。(*「リプル、パルクスは閉塞性動脈硬化症などの手術や治療に使われる代表的な薬」だそうです)

 田辺三菱は、「隠蔽する趣旨はなかった」としていますが、データ改竄、不正試験と続く一連の流れの中では、どう転んでも「隠蔽」しようとしたとしか妄想できません。昨日の近藤氏も、抗癌剤新薬の開発(治験)過程でも、データのトリック(改竄)があるとその著書で書かれていましたが、これは単に1社員、1工場の問題ではなく、会社全体、さらには製薬企業全体の風土(「利」のシステム)となっているように思います。

 ちなみに薬の品質試験とは、薬の安全性を確保するため、製薬会社が出荷前に品質を最終チェックする」もので、「申告した品質試験を行なう前提で、国から薬の製造販売の承認を受けている」とのことですから、非常に重要な欠くべからざる「試験」なのですが、担当社員は「手間がかかる」とのことで、どうも面倒くさかったようです・・・。しかもそれをチェックする体制もないというか、「ばれたらまずい」、「告発とかしないように」といった社員の言葉にも顕われているように、とにかく「隠蔽」しようとする、「利」を最優先するシステムは、暗黙の了解で出来上がっていたようです。さすが「利」のシステムでも、最先端を走るだけの企業であり、製薬業界の代表的な会社だけはあります・・・

「田辺三菱は薬害C型肝炎訴訟が続き08年に和解が成立した」ところなのですが、チマチマ試験などしてたら、手間隙だけ掛かって儲けが減ると信じているのでしょう。(まあ実際、コストアップになりますし、他社が同様の薬剤を製造すれば利は大きく減じますが)結局彼等に、それまでも、また今後も、人命や人の健康に直接携わる営みによって「利(益)」を得ているという「自覚」を求めることは、哀しいかな無理な相談のようです・・・(私も哀しいかな、この世界の「利」のシステムの上で、その恩恵を受けて生きていると言う意味では、「同じ穴の狢」ではありますが・・・)

P.S. 田辺の前身の一つが「みどり十字」であるのはご存知かと思います。薬害エイズを起こし、まさに「利(益)」に忠実に、エイズ・ウイルスに感染した非加熱製剤を在庫が尽きるまで売り続けたトップセールス企業でした。その「みどり十字」を吸収したのが田辺製薬ですから、今なおエイズ・ウイルスならぬ「癌細胞」は生きていて、増殖しているというわけです・・・(まあ、どちらが宿主で、どちらが癌なのか、どちらも癌細胞なのかも分かりませんが・・・)

P.S.2 「厚生労働省は、薬事法違反にあたるかどうか判断」するとのことですが、判断などせずとも、文字通り読めば「違反」でしょうし、「隠蔽」なのでしょうが、そこは接待も受け、退職後は天下らないといけませんから、軽く「不注意」を窘(たしな)めるぐらいのところでしょうか・・・

治験という「人体実験」

2011年01月25日 | 日記
 近藤誠氏は、著書「新抗癌剤の副作用がわかる本」の中で、堂々と日本の抗癌剤開発に関わる治験を、「人体実験」と言って憚(はばか)りません。以下、氏の主張を抜粋・引用し、ご紹介したいと思います。(*印は私の加筆です)

「(*フルオロウラシル系の)経口抗がん剤の売上高は、エッセンシャル・ドラッグ(*WHOの認めた効果の証明された主要な薬剤)に載っている抗がん剤の売上高を全部合わせたよりもずっと多い」、「医師がそんなに使う最大の原因は『薬価差益』ないし『研究費』です」、「経口抗がん剤の薬価差益は注射薬よりはるかに高額で、しかも何年も継続して患者さんが飲んでくれますから、医師にとっては安定的な収入源になる」、「『研究費は』というのは、患者さん1人に処方するといくら、というかたちで、製薬会社から医師に研究費として渡されるお金です」、「こういった構図は、・・・抗がん剤のような高価な薬ほど目に余る」ということです。

また、「認可のための研究をした専門家(*医師や大学病院の教授)が製薬会社と癒着していたり、さらに、その専門家が、認可を審議する厚生省の中央薬事審議会の委員を務めている」、また「中央薬事審議会のメンバーに製薬会社の息のかかった人物がいる」とのことで、大学・病院と、製薬会社、そして厚生労働省が三位一体の癒着構造をもって薬事行政が行なわれ、抗がん剤の認可、製造、販売による「利」のシステムができていることが分かります。

抗がん剤の治験の手順としては、「死ぬ患者さんが出るあたりまで段階的に薬を増量して『危険な量』の当たりをつける」第1相(毒性)試験(*治験する側はこれを「安全性を確認するための」試験と呼んでいます)、「当たりのついた『危険な量』で本当に大丈夫か、もっと多くのいろいろながんの患者さんで試す」前期第2相試験(やはり毒性試験)、そして「しこり縮小効果を出すためにしこりが縮小しやすい種類のがんの患者さんを狙」って行われる後期第2相試験と続き、「本当に治るかどうか不明のまま」、わずか「奏効率10%ほどで認可」され保険適応となり、その後(認可後)行なわれる第3相くじ引き比較試験は、「延命効果がそこそこでもQOLがあれば取り消しはしません」という製薬会社に余りにも寛容な認可制度となっています。(大体、効くかどうか分からないのですから、認可後の「第3相くじ引き比較試験」そのものが「人体実験」でしかないと妄想します・・・)

第3相くじ引き比較試験は、「くじを引いて患者さんを二つの郡に分けて、それぞれに別の治療をして、その優劣を比べるもの」で、「『くじ』と聞いて同意する患者さんはいませんから・・・くじ引き実験は、医師が患者さんに無断で行なっ」ているということで、実際インフォームド・コンセントなしでこうした「治験」が行なわれているとすれば、これは明らかに人権侵害であり、「ヘルシンキ条約」にも違反しています。(*口頭では取っていると主張する医師もいますが・・・)

インフォームド・コンセントは、第1相から第3相に至るどの段階でも、患者さんの人権擁護、そして安全を守るために、「薬についての十分な情報やリスクなどを患者に提示して説明し、患者の同意を得る必要があります」(『抗ガン剤治療のすべてがわかる本』)とのことですから、その治験の結果、副作用が発生し(癌に効果があるということは、必ず何らかの副作用があるということは、癌医療の世界では常識となっています)、死に至ることさえあるわけですから、決して患者に無断で行なうようなことがあってはいけないはずなのですが・・・

ちなみに、「国立がんセンター・・・をはじめとするがん専門病院は、治験の宝庫」、「がん治療で有名な病院では治験をされると覚悟したほうがいい」と近藤氏は警告されています。
(まだ半分ぐらいしか書けていませんので、後日PartⅡを投稿させて頂きます)

P.S. それまで第3相試験後に認可されていたものが、「1991年につくられた抗ガン剤の治験についてのガイドラインでは、第2相試験で一定の奏効率が認められれば、抗ガン剤は正式に承認されるようになった」(『抗ガン剤治療のすべてがわかる本』)とのことですが、これはどうも、患者さんのためということではなく、製薬会社の、そこから「研究費」を貰う(大学)病院の、そして、製薬会社や大学へ天下りする官僚の「利(益)」のためのようです・・・

ハイチ共和国の今

2011年01月24日 | 日記
 NHKのETV特集「ハイチのマザーテレサ」を観ました。(以下その要約です)

1年前未曾有の大地震がハイチを襲いました。その復興の緒につき始めた昨年10月、ハリケーンが襲来しました。そして、コレラの流行、3,800人が死亡し18万人が感染したそうです。どん底の生活の民衆に、次々と襲う災害、悲劇、そしてさらに、大統領選をめぐる不正と、混乱、暴動と、ハイチはまさに地獄絵図のような様相です。

こうしたハイチに修道女として渡って24年、医療活動に奉仕する一人の日本人女医、須藤シスターがおられます。マラリヤやエイズ、デング熱で多くの死者が出、欧米の200倍という感染者がいる結核が、文字どおり「死の病」として厳然としてある貧しき国において、しかも薬も医療機器もベッドもない状況の中、病院を建て、医療に身を投じてこられた須藤シスターですが、大地震がその病院もろともハイチのインフラを全て薙ぎ倒してしまいました。

そして崩れ落ちた国立結核療養所の復興計画が、イタリアのNGOやスイスの赤十字の参加そして、ハイチ保健所の参加の下立てられるのですが、その計画は須藤さんが当初目指したものから、いつの間にか莫大な金が必要な計画へとすり替えられ、現場の要望からはほど遠い内容となってしまい、頓挫してしまいます。(多分、ハイチ政府が他国からの援助をもとに、国内の建設会社に受注させて儲けようとしたのでしょう)

 かつてハイチは、殆どの国民が農民で、農業で生活できる国だったっそうですが、(経緯や内容は知りませんが)軍事政権樹立後、国連の経済制裁を受け、農地は荒廃、農民は都市へと追い遣られ、スラム化したといいます。須藤さんは、国の再建には農業の復興は必要だと、農業学校の設立を目指し、土地を用意したのですが、その土地には被災した難民で溢れる現状です。

 まだまだ復興への道は険しい状況で、1人奮闘する須藤シスターは、もう二度と日本には戻らない覚悟で、このハイチの復興に身を投げ出しておられるとのことでした。番組を見た正直な感想としては、孤軍奮闘の高齢のシスターには申し訳ないのですが、どうにもならない、という暗澹たる気持でした。まあ、私のような無力な(そして罪深い)者に、シスターは何も求めてはおられないでしょうが・・・

 世界からは見捨てられたこの国を、須藤さんは見捨てないのだ、そして淡々と力を尽くす、誰もができることではないと思いました。須藤さんはまた、多くの方と一緒に考え、今の状況を切り抜けていきたいと、1人ではできないことだと、言われていましたが、ハイチの復興に、1人でも多くの方の関心が集まるようにと、ただ祈るだけです・・・

P.S. 悲惨な状況の他国を見る度に思うのは、一つは「構造的貧困」であるということ、そしてそれは「構造的暴力(差別)」であるということです。そのシステムのなかでは、日本は「100人村の1人」であるということ、つまり支配し、差別し、抑圧する側であるということです。その罪深さにいつも呻吟し、罪悪感を感じ、憂鬱な気持ちから抜け出すことはできません。かと言って、シスターのように身を投げ出して、人のために尽くすほどの信念も信仰も持っていはいません。まさに中途半端で哀れな人間です。そんな自己憐憫に陥っている私にも、優しく語り掛けてくれるのは、マザー・テレサだけです。実は日本にも様々な「内戦」は存在し、傷付いた多くの被災者(被害者)が溢れていることを、マザーは知っていたと思います。そして何より、私たちの「心の飢餓」を「魂の貧しさ」を誰よりも理解し、慰撫の心で、そして「愛語」でもって今も語り掛けてくれているのです・・・

P.S. マザーならどうされるだろうかと、このハイチのことを妄想しました。多分マザーなら、何も特別なことはせず、ただ、目の前の患者のみに心を捧げることでしょう。そして巨大な瓦礫の山のひとかけらの石を、その皺々の手で拾い上げ、また拾い上げ、テントを一つ、また一つと設置し、淡々と患者に向き合い続けることでしょう・・・たとえ、それでは復興からは程遠いと批判されても、ただ1人、ただ1人の手を優しく握り締めながら・・・

TPPという名の「開国」 PartⅡ

2011年01月21日 | 日記
 引き続き1月21日付の『朝日新聞』には、「第三の開国」とのタイトルで二人の論客が紹介されていました。以下(要約、引用させて頂きます)

 開国論者の東大教授、伊藤氏は、「政治も経済も国民の意識も内向きになってしまいました」と嘆きますが、介護や医療、家事等の「開国」を叫ぶだけで、同氏からは傾聴にたる意見は伺えません。これでは、円高を盾に安い外国の労働力を搾取するだけで、国内の雇用をも破壊してしまいます。

 一方、京大教授の佐伯氏は、「国を積極的に開き自由貿易をすれば世界中が共存共栄できる、なんていう考えはまったくのウソです」、「古典的な自由貿易では、資本や労働力、技術が国内にとどまること(が)前提」、「グローバリズムにより、それらが国境を越えて自由に移動する」、「そういう状況では、自由貿易で各国が等しく利益を得ることはありません」、「この十数年グローバルな世界で一番得をしたのは中国ですが、中国は自由貿易ではなく、戦略的に特定の分野で開国しただけ」、「経済的に成熟した日本と新興国が競争すると、日本にはデフレ圧力がかかり苦しい」と言われます。

 騎兵隊での突撃を敢行しようとする、アメリカナイズされた菅さんには、「開国」が夢のような経済発展をもたらしてくれると勘違いされている節がありますが、これまでの自由貿易を主張し、謳歌してきたてきたどの「列強国」(先進文明国)も、当初は国内産業を保護し、保護主義的な貿易により経済発展した後に、「自由貿易」(「開国」)を他国に迫るといった過程を経てきているのです。そしてやがて経済てい衰退期に入り、不況と失業が常態化したときには、「自由貿易」などなりふり構わず国内産業を保護し、他方で他国には為替切り上げ等の「自由化」を押し付けているのです。

 まさに現在の米国であり、今回の「TPP騒動」もそのアメリカの「罠」だと申し上げているのです。(勿論、妄想です)アメリカンスタンダードがグローバルスタンダードなのか、グローバルスタンダードがアメリカンスタンダードなのか分からない、冗談のような世界秩序の中で、この数十年中国は戦略的に国を開き、外国資本と技術を導入し、安い国内の労働力と安い元を武器に、輸出を増大してきたのです。これ以上の安易な「開国」は、国を滅ぼす「亡国」となることを肝に銘じなければなりませんし、米国の戦略に乗せられて、TPPで「開国」などはしてはいけないのです。

 氏はさらに、「解放を前提に国のかたちを構想するのではなく、国内のあり方を決めた上で、外国との付き合い方を考えるべきです」、「日本は人口減少社会になり、経済が大きく成長することは難しい。生活のレベルを急に落とさず、低成長にどうやって持っていくのか」、「開国の方向をさらに進めるより、国内の経済・社会生活の基盤を固めるのに力を入れる方がいい。内需中心の経済にして、国内でお金を循環させる。年金問題をはじめ、我々の生活の安定をきちんと保障する」よう訴えています.

 農業に関しても、「世界では人口が増え、激しい食料争奪戦が起きています。日本は農産物の自給率を高めた方がいいのですが、ここで貿易自由化を急激に進めると、日本農業は大打撃を受けます。自由貿易論者が言うように、農業を自由競争にさらしても、建て直しはできません」、「農業衰退の本当の理由は、若者が都会へ出て行ってしまったからです。それが日本の近代化だった」と言います。

 食料安全保障を安易に考えてはいけません。食糧を自給できない国が栄えた試しはないのです。第1次産業の衰退は、国の衰退を意味しているのです。経済的に落ちていく日本が、今後同じように世界の「食料」を我が物顔に輸入し、消費していくことなど不可能ですし、農産物のみならず、魚や材木、水、そして地下鉱物資源に至るまで、それら他国にある物を「金」で「自由」に買い叩き、利用することは、それだけで大きな罪であることを認識しなければならないのではないかと思うのです。それを「自由貿易」というのならば、私はでき得ることなら拒否したいと思うのですが・・・(実際には全くできてはいませんが・・・)

P.S. 日本でもイギリスや米国と同じように、労働力の「囲い込み」が行なわれました。米国では「奴隷解放」という名で、さらに劣悪な環境での長時間労働を合法的に強いる「囲い込み」が行なわれたのですが、日本でも上記のように、都会での工業化に必要な「囲い込み」が行なわれ、日本の農業は徐々に衰退の道を辿っていきました。(日本の農業は保護されてきたと言われていますが、私にすれば、補助金や種々の政策等で保護されてきたのは、建設業界とそこが支援した議員、そして自民党政権であって、決して保護されてきたのは農業でも農民ではなかったのです。逆に後継者である若者を奪われ、両腕をもぎ取られてきたと妄想しています)国としてはさらに、「土地」も「囲い込み」によって集め、アメリカナイズされ効率の良い、「農業」という名の工業化された「ノウギョウ」(農薬と化学肥料とでほとんどアメリカナイズされてはいるのですが)を目指した過去はあるのですが、日本古来の土地を愛する農民の心が、土地を手放すことはなかったというわけなのです。それによって辛うじて、国内の環境と水資源が守られてきたのではないかと、私などは妄想するのですが・・・

TPPという名の「開国」

2011年01月20日 | 日記
 永田町では、ティピピ、ティピピと「窮菅鳥」がけたたましく鳴いているようです。(消費税増税とともに)「菅」太平洋パートナーシップ協定(TPP)締結に向けて、自ら「開国」をしようとの意図なのでしょうか。そもそも「開国」とは、力あるものが、力なき者を強制的に開かせることであって、歴史上、その逆はまずあり得ません。「開国」を勇ましく、しかも自ら行なうとすれば、まさに風車に飛び込むドン・キホーテ、まさにドン・菅「騎兵隊」の真骨頂なのかもしれませんが・・・

 1月18日付の『朝日新聞』には、「第三の開国」と題して二人の論客の議論が併記されていました。東大教授の戸堂氏は、開国しなければ日本は「中進国」に落ちぶれてしまう、「幼稚産業保護論」を排し、グローバル化していない「臥龍企業」を世界に羽ばたかせることが必要だとする「開国論」を展開していました。しかし私の妄想では、日本は開国しても、いずれ「半開」(「中進国」)へと落ちていかざるを得ない構造的衰退期に来ていると思っています。もし国そして国民をいうものを念頭に置いた「国家観」が僅かでもあるならば、農業や中小企業など、グローバル化できない産業を如何に守れるかが、国として最も大切な役割であると妄想しています。グローバル化した「多国籍企業」は、実は最早国を捨て、国民を置き去りにした「無国籍化」企業に他ならないのですから。

 一方、京大準教授の中野氏は、「今でも日本の平均関税は欧米よりも韓国よりも低い。日本は既に十分開国しています」、「日本のGDPに輸出が占める割合は2割にも達しません・・・日本は実は輸出立国ではなく、内需大国なのです」、そして「今以上に貿易自由化を進め関税を引き下げると、外国の安い製品が入り、デフレがさらに進んでしまう」、「日本国内の企業が輸出で競争しようとすると、低賃金で技能が高いインドや中国の労働者との競争になり、社員の給料は抑えざるを得ない」ということになります。実際、(大)企業は潤っても、その恩恵を受けられなくってきている労働者が、このデフレ社会の中で急激に増加しています。

 氏はさらに、「TPP交渉に参加する9ヶ国と日本の国内総生産を合計すると、日米両国で9割を占めます。TPPは実質的に日米自由貿易協定です」、そしてデフレ脱却のために、「一時的な関税引き上げや『バイ・アメリカン』政策的な保護主義が必要」、「せめてこれ以上の貿易自由化はやめてほしい」と言われます。氏も述べていますが、(親分の)米国に対して日本が保護主義的な政策を取ることは事実上困難です。「TPP」は羊の皮をかぶった「狼」(米国)であって、下手に欲をかいて手を出すと、一飲みで米国の胃袋の中に飲み込まれてしまうことでしょう。これ以上の「デフレ」を輸入することは、日本国内の青色吐息の産業の息の根を止めてしまうことになるでしょうし、「開国」どころか、「亡国」状態に国を追いやることになるのではないでしょうか。

 私は農業を営んでいますが、だからと言って「農業」を擁護するつもりはありません。今の農業は工業化した「ノウギョウ」であって、自らが自らや家族、友人の食する物のために汗をかく「農」の営みとは異質のものだと妄想しています。赤字であれば続けられませんが、現在なんとかギリギリ最低限の「利」を得ながら、営農していますが、少なくともこうした「農業」は、TPPの皮をかぶった狼にも飲み込まれずに生き残れるのではないかと思って(踏ん張って)はいるのですが、なかなか厳しい現実は厳然とあるのです・・・

P.S. それにしても、米国と自由貿易協定の協議で合意に達した韓国は、日本同様2.5%の自動車の関税が、6年後には0%となるわけで、ウォン安にも乗って売り上げを伸ばすと予想されています。その結果、「米国向けの自動車、電気、電子、機械分野の輸出が2020年には1兆5千億円分、関連の国内生産額は3兆7千億円分の打撃を受ける」と試算されていますが、さらなる「開国(亡国)」政策で、国を開いたとしても、産業の構造的な金属疲労を来たし、衰退の道を辿り始めている日本が、現在の韓国の勢いを止めることはかなり困難だと言わざるを得ません。今は「開国(亡国)」政策ではなく、「守国」政策を実施すべき時ではないかと妄想します・・・

P.S.2 韓国は、国内では国内農業の保護を強烈に打ち出し、さらに米国との自由貿易協定の協議においては、米国産牛肉の輸入制限緩和はFTA発効の前提条件としないとして協議を続けているそうで、小国とはいえ、なかなか強(したた)かに米国と渡り合っています(またそれだけの勢いがあるのです)が、日本はどうも「TPP」の絵に描いた餅の「罠」に自ら嵌り込んで行きそうな妄想に、無力な一農民は煩悶しながら鍬を振り上げているのです・・・

P.S.3 こうした状況の中、輸出企業(自動車、電気業界)は米国と自由貿易協定(NAFTA)を結んでいるメキシコを拠点にして、無税で製品を輸出し始めたそうです。さすが「無国籍企業」の面目躍如です。「利(益)」を逃すことはありません。であるならば、最早「自由貿易協定(FTA)」、そして「TPP」そのものが必要ないのではないかと妄想したりもしますが・・・

都市鉱山からレアメタル

2011年01月19日 | 日記
 昨夜のNHK『クローズアップ現在』では、「廃棄物からレアメタル争奪戦」と題して、日本に眠るレアメタルの争奪戦に関する放送をしていました。(以下要約です。)

 パソコンや携帯、ゲーム機等の部品には、様々な金属が含まれ、その中には希少金属(レアメタル)も僅かながら含まれています。そうした小型家電製品の廃棄物からは、ネオジム、タングステン、インジウム、ニッケルやパラジウムといったレアメタルがリサイクルできます。「都市鉱山」と言われる所以です。しかしながら、こうした都市鉱山からのリサイクル、技術がありながら日本ではなかなか軌道には乗っていないとのことです。

 そこで、この日本の「都市鉱山」に目をつけたのが最早日本を凌ぐ経済大国の中国、広大な土地に、年間5百万トンの処理能力を持った「金属リサイクル工業団地」を建設する計画で、日本の廃棄物を輸入しリサイクルする予定だといいます。

 同時に、国内において家電リサイクル法を定め、家電メーカー自らが廃棄した家電を買い取ることを義務化し(但、国から高額の補助金を出します)、安い人件費(人海戦術)で選別・処理し、あらゆる部品をリサイクルする(またそれだけの巨大な需要・市場がある)システムを構築しており、「産業のビタミン」と言われるレアアースの9割を産出する中国が、さらに廃棄物の(「都市鉱山」)中に埋もれる資源の戦略的なリサイクル戦略(「資源ナショナリズム」)を展開しているということです。

うかうかしていると、日本の「都市鉱山」だけでなく、日本の廃棄物「処理技術」までも、中国に奪いとられてしまう勢いです。(こうした考え自体がまた、偏狭な(資源)「ナショナリズム」であるわけですが、どうしても身贔屓といいますか、中国よりも日本を応援してしまいます)

中間処理における破砕・選別や、精錬の技術は非所に高い日本の課題としては、レアメタルの回収のシステム作りで、採算が取れるには、ある程度のまとまった量を回収してくる必要がありますが、小型家電には既に法律があり、リサイクル先進国ゆえの壁があるとのことです。また車や業務用機器などの大型家電についてはレアメタル等の回収義務づけがなされておらず、こうした法整備が今後必要となってくるとのことです。
 
しかしながら、こうして書きながらも複雑な気持ちに陥るのは、たとえば「環境先進国」とは、結局「公害先進国」であった証左なのであり、「リサイクル先進国」(日本のリサイクルは余りにひど過ぎますが)は、「大量廃棄物産出大国」という意味なのです。そのリサイクル(リサイクルとは原料のみ取り出すという意味です)の過程で健康被害も生じるわけで、その為にたとえば日本国内では、廃棄物を運搬するのにも、排出元と運搬先の自治体の許可が必要で、廃棄物の過程をきちんとトレースできるように「形だけは」しているわけです。(勿論、実態は闇の中です)

国際間の不当、不正な廃棄物の移動がないように、バーゼル条約が制定されていますが、実質的に守られてはおらず、これまで韓国や中国、フィリピン等に輸出され、現地の貧しい住民の健康被害を引き起こしてきたのです。その廃棄物がさらに「宝の山」となれば、こうした取引は増大し、ますます多くの現地の人々の健康を害し、命を奪っていくものと思います。それがどこの国の、どの民族の命であろうと、その命の重みは変わらないはずですが、やはり現実は、廃棄物も高きから低きへ、つまり日本国内では都市(「文明」の「文明」)から田舎(「文明」の「野蛮」)へ、そして国際的には「文明」から「野蛮」(或は「文明」の中でも「野蛮」のポジションにある地域)へと流れていきます。

結局どこの国であろうと地域であろうと、経済発展のためなら、為政者や官僚、そして企業は、それに携わる労働者や、地域の住民の健康や命のコスト(犠牲)は「タダ」だと思っているのではないでしょうか。こうした矛盾を矛盾とは思わないのが彼らの「利」の「理」なのではないかと・・・

P.S. ドイツでは、車の部品のリサイクルを義務づける法律があるそでうす。結果8割の部品が何らかの形で使われるとのことです。廃棄物に関して何より大切なのは、まず廃棄物を出さないこと(reduse)、そして出した廃棄物は再び使うこと(reuse)であって、原料だけを取り出す(recycle)は、最小限に留めるべきである、ということです。日本にも廃棄物を減らす「排出者責任」というお題目があるにはあるのですが、結局「利」の為には垂れ流しの現状となっているのです・・・

P.S.2 私たちの自治体では、リサククルという名の「引導」の権威を盾に、家庭排出ゴミをこと細かく分別して出さなければなりませんが、あの「分別」、ほとんど無意味なことのようです。分別して得するのは一部の企業(原料として使うために回収、分別する手間と費用がカットできますから)のみで、あとは殆ど燃やされている(或は埋め立てなの)のです。分別したままでは燃えにくいと、わざわざ分別した物を混ぜ合わせて燃やしているのですから、無意味どころか、作業した住民の手間と思いが無駄となっているのです・・・

抗癌剤考

2011年01月18日 | 日記
 巷では、抗癌剤治療は無駄だと主張する慶応病院の近藤誠医師が、相変わらずコップ(伊丹先生が言われる日本の癌医療界)に大きな波風を起こしているようです。確かに近藤医師の、日本の癌の「標準医療(治療)」への批判には、かなりの「理」があるように思われます。
 特に、抗癌剤の治験に関する言述では、この日本の殆どの医師が口を噤む医療制度の「利(権)」システムへの現実を良く理解することができます。(以下『新・抗がん剤の副作用がわかる本』より要約、引用)

 氏は、抗癌剤治療の効果によって4つのグループ分けていますが、大雑把に言うと、第1グループの抗癌剤の効くグループ(逆にいうと、抗癌剤でしか治せないグループ)以外の抗癌剤治療は、無駄だと言われています。抗癌剤のもつ「寿命縮小効果」と、抗癌剤の延命効果を天秤に掛けた場合、抗癌剤治療を行なう意味はないと言われているのです。

ここで勘違いして欲しくないのは、癌が縮小したからといって、延命効果がもたらされたことにはないらないという事実です。癌治療に関わる殆ど全ての医者が、癌が半分以下になった(縮小した)場合、その抗癌剤は「効いた」と言いますが、その結果延命効果がもたらされかどうかは分かりません。現在「効いた」、その結果「延命効果があった」と証明できるのは、せいぜい数ヶ月程度のものである(世界的な論文をみても、大掛かりな比較試験をしても、やっと3ヶ月程度の延命のエビデンスをあげられるぐらいなのです)という事実を、まず認識しておかなければなりません。

その上で、抗癌剤による副作用、或はその副作用による死、寿命の短縮といった要素と、その延命効果をしっかりと把握した上で、抗癌剤治療を行なうか、続けて行くか、或は行なわない、止めるといった判断をしなければならなと近藤医師は述べています。私に言わせれば、抗癌剤という毒を身体に入れるわけですから、増してや副作用や死の危険性もあり、免疫力を著しく低下させる治療に対しては、そうした情報を得ることは当然のことだと思います。(私なら基本的に抗癌剤治療は行ないませんし、するならば、伊丹先生や今村医師のような信頼にたる医者からしか(或はその指導の下でしか)治療は受けるつもりはありません)

副作用に関しては、イレッサ裁判でも争点になったように、副作用に関する情報開示が極めて少ないことが、問題です。抗癌剤の「添付文書」(製薬会社が添付するように法律で義務付けされている)は、基本的には患者は見ることができませんし、医師も時間を掛けて説明をしていないのが現実です。(近藤氏は、自分に使われている抗癌剤の「添付文書」は)見せてもらうようにアドバイスされています)せめてそうした副作用を知り、気を付けているならば、患者は自分の命を自分で守るよすがを得ることができますが、その基本的情報からも患者は隔離されている、まさに「癌難民」ならぬ「癌情報難民」であるわけです。まともな判断材料(情報)もないまま、訳も分からないまま治療されているというのが現状なのです。

そうした現実、現状に、一石を投じてこられたのが近藤医師で、少なくとも現代(癌)医療の弊害(問題点)をあからさまにしたという点で、氏の功績は大きかった(伊丹先生によれば、乳癌手術の乳房温存療法なども、氏の外科手術のあり方への批判から変わったことです)と言えると思います。ただ、近藤氏の言われることは、やはりコップ(標準治療)の中のことであり、癌の先進的な治療(COX2阻害財や接着因子抑制剤、メラトニンや骨転移抑制剤といった治療)や、笑いや気功、心理療法を取り入れた全人的(ホリスティック)医療にはほど遠いと言えます。(ただし、現在行なわれている治療の殆ど全てが、近藤氏の言われる「標準治療」である以上、氏の批判はほとんどまともなものであることを認めざるを得ません)

P.S. 余り具体的なことは書けませんでしたが、詳しくは近藤氏の上記の著書(その他、たくさん出版されています)を、是非ご一読下さい。抗癌剤の治験(まさにホラーでしかない人体実験)に関しては、また後日書かせて頂きます。

P.S.2 懸念されるのは、近藤氏の主張を全て鵜呑みにして(或は誤解されて)、これまた「抗癌剤性悪説」に陥ることです。上述しましたように、近藤氏も全ての抗癌剤治療を否定されているわけではありませんし、必要な抗癌剤治療というものもあるわけです。それを承知した上で、自らの治療方針を決める、という姿勢が大切なのだと思います。