「毎日のように歩く見慣れた町並みに、ある日ぽっかりと更地ができている。・・中略・・しかし、そこに何があったのか・・・どうしても思い出せない。
私たちの記憶とはそのようなものだ。・・・見慣れたと言いながら適当に忘れているのである。・・・俳句はそこに何があったかを思い出させてくれるきっかけになる言葉なのだと思う。」
小川軽舟「俳句と暮らす」(中公新書)
一つ咲く冬の椿を切りにけり 富安風生 千句選56
椿系統はみな同じようですが、花は咲いたが、数が少ないなと思って近寄ってみると、それぞれの花のまわりの枝につぼみがたくさんついています。
そのつぼみが一週間ぐらい経つと次々に咲き始めます。
「一番椿」、そんな言葉はないか。
山道の掃いてありたる初詣 富安風生 千句選57
酒もすき餅もすきなり今朝の春 高浜虚子 千句選58
「今朝の春」正月元旦です。
当方のような「駆け出し俳人」だと、
酒を飲み餅一つ食う今朝の春
電話ボックス冬の大三角形の中 今井 聖 千句選59
小さな公園の電話ボックスだけが明るい。「電話ボックス」いくつかは残すようです。
「大三角形」冬の星座だそうです。
返球の濡れてゐたりし鰯雲 今井 聖 千句選60
俗に言う、草野球ですね。その昔、早朝野球というものがありました。
外野に転がって朝露に濡れたボールが返ってきたのでしょうか。
枯芝に置きて再びピアノ運ぶ 今井 聖 千句選61
ピアノを家から出しているのか、入れようとしているのか、どっちかわかりませんが、
枯芝とピアノが妙にマッチしていますね。
トースターの熱線茫と霜の朝 今井 聖 千句選62
顎紐や春の鳥居を仰ぎゐる 今井 聖 千句選63
とある解説文に、「村の消防団が鎮守の森の鳥居前で訓練・・・」うんぬん、とありましたが、
それは、ちといただけない。
普通に読めば、「靖国神社」参拝を見た句だと思うのですが、さて。
苗代に満つ有線のビートルズ 今井 聖 千句選64
んーん、この景色、昭和末期にあったかなという感じですね。
蒲公英のサラダの話立子の忌 広渡敬雄 千句選65
「立子」高浜虚子の次女、星野立子
帽子屋に帽取棒や春深し 広渡敬雄 千句選66
たぶん、銀座に帽子屋があると思います。
当方の銀座は、三越のライオン、鳩居堂、日比谷公園、数寄屋橋公園ぐらいですね。それぞれ二、三回行ってみた程度ですが。
工女帰る浴衣に赤い帯しめて 富安風生 千句選67
工女、そうか、工場で働いているのか、可哀そうなどと読み違えてしまってはいけません。
それなりに選ばれた存在だったはずです。
何人かの少女が夏まつりの愉しみを終えて、寮に帰っていくのです。
作者は高級官僚として、全国各地に転勤生活を送っていたのです。昭和11年逓信省次官を退官。
現代は、「だれでも転勤」になってしまいましたが。
その昔の転勤はエリートのものだったのです。
近詠
大島も薄く見えたり冬ゴルフ 今日水
水割りの焼酎甘し日記買う 今日水
団栗も落葉も掃かれ土光る 今日水
買い物に付録の句帳十二月 今日水