観光列車から! 日々利用の乗り物まで

日記代わりに始めました。
まずは先日の小旅行での観光列車から出張利用の乗り物まで。

三井野原駅 木次線

2013-03-08 05:38:11 | JR西日本 木次線

JR西日本の駅の中で最も標高の高い駅(727m)である、三井野原駅は、島根県仁多郡奥出雲町八川にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)木次線の駅です。平成17(2005)年3月に仁多町と合併し奥出雲町となりました。

駅周辺にはスキー場が広がりスキー客相手の民宿街となっています。元々は高原野菜などを栽培するための開拓地として開けた集落です。

以前冬期には広島県福山市の福山駅から福塩線・芸備線直通のスキー列車が運行されていた事もありました。現在は利用客もほとんどなく、ひっそりと佇んでいます。

愛称は「高天原」。高天原は、『古事記』に含まれる日本神話、および祝詞において、天津神が住んでいる、とされた場所のことです。原文は漢文であるため、どの訓が正しいかは或る程度推測にとどまる。ただし、古事記冒頭には「訓高下天云阿麻下效此」とあり、天は「アマ」と読むように指定がある。通常は、「たかまがはら」という格助詞「が」を用いた読み方が一般的であるが、この読み方が広まったのは歴史的には新しいとされています。


古事記などでは、地上の人間が住む世界である葦原中国や、地中にあるとされる根の国・黄泉に対し、天上界にあった、と記述されました。
古くから神話に書かれていることを現実だと見なして解釈しようとする人たちがおり、大和、九州、北陸、富士山他、実在の場所であったとの説も多数となえられました。

平屋建て軽量鉄骨造りの非常に屋根が低い駅舎があります。備後落合方面に向かって右側に単式ホーム1面1線を有する地上駅(停留所)。待合室にの三方の壁沿いに長椅子が設置されています。

待合室の三方の壁沿いに長椅子が設置されています。床と壁の派手な配色となっています。木次鉄道部管理の無人駅です、駅舎に出札口が残っています。

駅舎は国定公園内にある駅のため知事の許可が必要であるところを無許可で塗装してしまったために、同年5月30日にオレンジ色と黄緑色に再び塗り直されたという経緯があります。

1949年(昭和24年)12月24日 - 国鉄木次線の出雲坂根駅 - 油木駅間に、三井野原仮乗降場が設置される。
1958年(昭和33年)9月1日 - 駅に格上げ、三井野原駅が開業。旅客営業のみの旅客駅。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道の駅となる。

電報略号 ミノ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗車人員
-統計年度- 7人/日(降車客含まず)
-2009年-
開業年月日 1949年(昭和24年)12月24日*
備考 無人駅
* 仮乗降場として。1958年(昭和33年)9月1日に正式な駅へ格上げ。

 


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