つれづれ小平

忙中閑あり。
徒然のひとときに、自分探しの旅へ。

今こそ日本人のポテンシャルを

2011年03月26日 07時22分51秒 | Weblog
こないだまでの日常の平穏安寧が、今は傾き、東京と周辺の人々は右往左往している。
関西まで、ミネラルウォーターが一時品薄となったと聞いた。

結局、不況といっても、人々の大半はこないだまで平穏安寧に過ごしていた。
その生活レベルに対する考え方は、
「普通に過ごせればいい」
「派手なことはせず、みんなと一緒でいい」
という中流意識であった。

中流意識は、盲目的な迎合主義、ポピュリズムを生みやすい。
民主党政権誕生も、そしてその支持率低下も大衆である我々が招いた。
政治はなかなか変わりそうもない。

でも、日本人は、政治は三流でも、技術は一流ではなかったか。
少なくとも、その誇りを持っていたはずではなかったか。

資源もない日本が、荒廃した戦後から、不死鳥のように経済大国に上りつめたのは、
間違いなく、科学技術とそれを応用した生産技術であった。

平穏安寧が傾いた今、その傾きを助長するのが盲目的な迎合なら、
修正するのは、今も科学技術知識水準の高い日本人のポテンシャルだ。

今回の件で、日ごろの業務に関係ない単位(シーベルトなど)を
ネットで調べたという友人も多かった。

報道から分かるように、外国から見れば、まだまだ驚くべき勤勉実直な国民性を持つ日本人。
日本人自体が、それに気づかないまま、あきらめることなく、真価を見せる時だ。

ベクレルとキュリー

2011年03月26日 06時58分04秒 | Weblog
2年あまり前、業務上、たまたま原子核の物理が必要となり、古い本を読んでいた。

ウラン系列、トリウム系列、アクチニウム系列、ネプツニウム系列など、一通りまとめ、資料化したのだが、
その中で放射能の1単位であるキュリー(Ci)を使った。

その直後の2年ほど前、
上記業務そのものではないが、関連して、放射線取扱主任者である友人(後輩でもある)と話をしているとき、
私の口から発せられた「マイクロキュリー」に対し、友人から、

「yasuhigaさん、古っ」

と、すかさず言われ、恥をかいたことがある。

さっそくベクレルを憶えた。