ya827's Diary

2012年2月のOCNCafe終了によりこちらに引越しました。

椅子座禅初体験

2008-11-26 | 日記
*(初心者)* 今日は午後から高梁総合文化会館で開催された、曹洞宗中国管区教科センター及び曹洞宗岡山県宗務所主催の檀信徒研修会「禅をきく会」に出席。

岡山県宗務所長による開会挨拶に続き、岡山県生まれで最近では2001年に「ビタミンF」で第124回直木賞を受賞した作家の重松清氏による「ことばの力」という演台の講演がありました。

一時間半の講演に先立ち聴衆はどんな人かを調べた結果、僧侶などお寺関係の人と一般人が半々(どちら向けに講演をすべきかで難しいところと仰っていました。)ということで、両方に向けての内容で始まりました。

内容は・・・

*最近は地域社会と学校そしてお寺の結びつきが弱い。
*昔は神社に人が集まったが今はそれがない。
*ニュータウンの小説を書いたことがあるが、ニュータウンに唯一ないものは神社やお寺とお墓。
*学校以外に人が集まる広場が必要。
*社会の財産であるお寺を開放してはどうか?

*命とはエネルギーに満ち輝いているものだけではなく、老いや死をひっくるめたものである。
*にもかかわらず、最近の若者や子供達は死を醜く汚いものとしてその場面から遠ざけられていて、死を学ぶ機会が少ない。
*家族の死(ペットでもよい)を通してぜひ子供達に死を学ばせてほしい。 


*お寺の役割として、一番多く死と接しているお坊さんが一対一で自分自身の言葉で語ることも必要。(特に葬式の時などお経は勿論だが、残された人に対しての言葉。)
*一般人とは一線を引いたところで、地域の人を見守っていく事が大切。

*最後に人口200人の東京都八丈島の青ヶ島の話。(高校が無いので15歳で島を離れ無ければならない子供達見送る時、村中の人がサヨウナラの方言「思うわよ」と言って見送る。子供達も「思うわよ」と答える。
感動的だっただそうです。

*ことばを発する時には宅配便のように、差出人と受取人をはっきりすべきで一対一が一番効果的。
*そういう意味で標語は嫌い。(そんなものでは済まされない)

というような内容でした。


そして最後にに初体験の椅子座禅。

仄かに明るい舞台の幕が開くと、真っ赤な覆いのかかった中央の台の上には正面を向き座禅をしている老師。

そしてその左右にはこちらに背中を向けて座禅をしている3人ずつの僧侶と一般人?の姿。

ピーンと張り詰めた空気の中、息をのむような美しさでした。

そんな中、椅子に座ったままの我々参加者も姿勢を正し約30分の椅子座禅体験。
途中にマイクでの難しい「禅話」も聞こえてきましたが、初体験の椅子座禅は無にもなれずとても長く感じました。

禅僧は毎日、しかも両足を組む「結跏趺坐」をして毎日座禅をしている事でしょう。

それが務めとはいえ尊敬に値します。


ということで有意義な一日でした。


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