【 2020年3月28日 】 京都シネマ
『世界でいちばん貧しい大統領-愛と闘争の男 ホセ・ムヒカ』はすでに3月末に公開された外国人監督によるドキュメンタリー映画である。映画を見てから直ぐに記事をアップしようと思っていたが、いろいろ事情があって今日まで延び延びになってしまった。
ホセ・ムヒカは南米ウルグアイの第40代の大統領で、2010年3月から2015年までの5年間を務めていた。そのムヒカを扱った映画には、すでに公開され、今回紹介するこの映画と、近々公開予定の日本人監督の手による別の映画『ムヒカ-世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』の2本がある。ムヒカは退任後の2016年4月に来日しているが、後者の映画はその時の様子を中心に撮られたもので、いずれもムヒカが本人が登場するドキュメンタリー映像だし、公開の時期がほとんど同じだったので、同じものと混同されそうだが(私も当初そう思っていて、どうして違う2種類のチラシがあるのかと思っていた)、別の作品である。今回の記事は前者の映画を中心にしたもので、後者についてはまだ見ていないので当然、紹介のみである。
それぞれの公式サイトがあるので、下記のアドレスで該当のモノを参考にしていただければと思う。
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ウルグアイといっても、どの辺にあるどんな国か知らない人の方が多いであろう。そういう私も、南米にある畜産のさかんな国で、サッカーの強いチームがあるくらいの知識(何とFIFAワールドカップで強豪ブラジルを破り2回も優勝しているというではないか!)しかなかった。これを機会に調べてみると、《南米の国》と言えばアメリカ合衆国に搾取され虐げられ、独裁者がはばをきかせ人民を抑圧して人々の生活は貧しく、一口に《アメリカの裏庭》とくくられて呼ばれるような、南米の1国であると言うだけだ済まされない由緒ある歴史のある国であること知った。かつての歴史の中では『南米のスイス』と呼ばれる時代もあったほどの民主主義や福祉制度の土台を持っている国であることもわかった。
映画のポスターにあるような現在のムヒカの温和な顔の表情からはとても想像できない歴史があったのだ。
ネットでウルグアイの歴史の項を調べてみて、概要を示してみると、以下の様だ。
『新大陸であるアメリカは、他の国々同様、ヨーロッパの国々の支配下から始まり、独立後も常々その影響下に置かれていた。ブラジル(ポルトガル支配系)と
ブラジル(スペイン支配系)の間にあったウルグアイは、両者の緩衝地帯として1828年に独立をしたが、その後も各国の思惑に影響され戦禍に晒されていた。
国内では親アルゼンチン派のブランコ党と親ブラジル派のコロラド党の内乱が続き、不安定だったが、20世紀初頭のホセ・バッジェ・イ・オルドーニェス大統領
の大改革により、20世紀前半のウルグアイは「南アメリカのスイス」とも評された。しかし、家畜の数が人口の数十倍という畜産国=モノカルチャー(単一産業)
で経済が行き詰まり、1960年代には都市ゲリラ『トゥパマロス』が活動するようになり、1973年にトゥパマロス鎮圧を果たした軍部によってクーデターが起きて、
長らく民主主義の伝統を保っていたウルグアイの民主体制は崩壊した。』(きわめておおざっぱな概略!)
その『トゥパマロス』にムヒカが参加して活動していたというのだ。
さかのぼって経過をもう少し詳しくたどると、
「ムヒカは1935年にウルグアイの首都モンテビデオの貧困家庭に生まれ、モンテビデオ大学卒業後は家畜の世話や花売りなどで家計を助けながらも、1960年代
に入って極左都市ゲリラ組織トッパマロスに加入、ゲリラ活動に従事する。・・・南米最強のゲリラと呼ばれたトゥパマロスは次第に国民の支持を集め、1971年の
大統領選挙でトゥパマロスが支持を表明した左翼政党の拡大戦線は全国で18%、首都モンテビデオでは31%の支持を得ていた。」
という。しかし、
「同選挙で拡大戦線が敗北するとトゥパマロスの攻撃は過激になりツパマロスと治安組織の抗争の激化、労働組合や職人組合の政治経済への反発といった時代
のもと数々の襲撃、誘拐にたずさわる中で、ムヒカは6発の銃弾を受け、4度の逮捕(そのうち2回は脱獄)を経験する。議会は1972年4月に内戦状態を宣言し、軍と
警察が総力を挙げてトゥパマロスを弾圧し、組織は壊滅した。ムヒカも同年に逮捕され、軍事政権が終わるまで13年近く収監されており、軍事政権側の人質として
扱われていた。」
という。
一方、現在の妻であるルシア・トポランスキーは、ムヒカが「トゥパマロス」で活動をしていた同じころ、大学を辞めゲリラ活動に身を投じていた。その時以来、互いに知り合っていたが、1972年にトポランスキーも逮捕され、1973年には軍隊によるクーデターが起こり、最後の長い投獄経験を経た1985年に、ようやく恩赦で解放されて、13年ぶりの再会を果たし、2005年に結婚している。
そして、
『クーデター後、軍事政権はネオリベラリズム(新自由主義)政策と強権統治に訴えたが、このような統治を望まなかったウルグアイ人およそ50万人が国を捨てて出国し、
更に軍政を合法化しようとした1981年の国民投票が否決されたこともあって、1985年に民政移管した。民政移管後暫くは19世紀以来のコロラド党とブランコ党
の二大政党制が継続したものの、2005年の大統領選挙では中道左派政党拡大戦線のタバレ・バスケスが当選し、ウルグアイの二大政党制に終止符を打った。』
とある。
「トゥパマロス」は壊滅され、2人が最終的に逮捕され、軍事クーデターが起きた1970年代といえば、もう一つの「南米の優等生」と言われていたチリにおいて、1970年の大統領選挙であのアジェンデを当選させた『チリ人民連合』の勝利があり、それをCIAと結託した軍部が力づくのクーデターで「民主連合政府」を倒した同じ時代だ。その同じころ、ウルグアイで、こんなことが起こっていたとは今まで全然知らなかった。チリもウルグアイも南米の《優等生》(民主的なという意味で)と言われていたそうであるが、チリの情報は一定日本にも報道されていたが、ウルグアイのことは全然だ。
南米はその後、「アメリカの裏庭」という汚名を返上するように、ベネズエラやボリビア、パナマやエクアドルと選挙でそれまでの独裁政治を打ち破り動きが進んでいたが、最近どうも雲行きが怪しくなってきた。
【 ボリビア大統領モラレス氏と 】 【 第266代ローマ教皇・フランシスコと共に 】
やはり、アメリカ合衆国からのモノカルチャーの押し付けの影響からか、経済政策の失敗からか、独裁政治を許してしまう見主主義の土壌の浅さや経験の薄さがあるのか、なかなか間に進まない。(そういう我が国も、偉そうなことは言えず、「真摯に受け止めます」とは言うものの、全く責任を取らない「独裁者の存在」を許してしまうマスコミの在り方、国民の意識の中身を問われると、偉そうなことは言えないが・・・。)
【 ムヒカとトポランスキー 】
ムヒカの個人資産は、フォルクスワーゲン・タイプ1(ビートル)とトラクター、農地、自宅のみで、大統領公邸には住まずに、首都郊外の質素な住居に暮している。
【 貧しい人と共に 】 【 愛車のワーゲン 】
2015年に大統領を退任(ウルグアイでは大統領の連続しての再任は憲法で禁じられているそうな)した後には日本にも訪問をして広島を訪れたり、日本の学生に講演したりと、精力的に活動を続けている。(その辺の事情は後者の映画で描かれている。)
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この映画(ドキュメンタリー)は監督との対話形式で描かれている。はじめ見たとき、この奇妙な顔の男はいったい誰なのかと思った。で、いつかどこかで見たような-特徴あるあくの強い表情は忘れるに忘れられない。だいぶたって思い出した。家にあるビデオをひっかきまわし、ようやく見つけたその映画は『フェアウェル-さらば哀しみのスパイ』というかなり以前の映画だった。
この1度見たら忘れられない特徴的な顔、その映画の監督で主役を勤めた人物だった。ソ連崩壊に至らしめる情報を海外に持ち出したという想定の、印象深い映画だった。更にこの人の情報を調べてみたら、なんとこれも更にずっと昔見た『パパは、出張中』というユーゴの映画(ソ連の圧力に対し、一般市民の無関心が独裁政治を許してしまう、という内容の、これも印象深い映画)の監督だった! ”奇妙な男”がムヒカと向かい合っている意味が、これですべて氷解して納得した。
『世界でいちばん貧しい大統領-愛と闘争の男 ホセ・ムヒカ』-公式サイト
(この公式サイト、1か月前に見たものよりもだいぶボリュームアップしていた。コロナ過の影響でオンライン配信
がされるようになったり、リバイバル上映の予定も噂されているから、今後映画館で見る機会があるかもしれない)
2020年5/24追記:「緊急事態宣言」が解除され、京都シネマもこの5月18日から再開され、この映画も5月28日まで(期間があまりないですが)上映されることになっています。是非見てください。
『フェアウェル-さらば、哀しみのスパイ』-予告編のサイト
【はじめ、広告の画面が出ますが、スキップすれば「予告編」が始まります】
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『ムヒカ-世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』のチラシ
『ムヒカ-世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』は本来4月上旬に公開予定だったものが、新型コロナ感染の影響で、映画館が休業状態になり上映予定が未定です。私も当然見ていないので「公式サイト」から監督のメッセージも引用しておきます。
【 大統領の紹介ー後者のホームページより 】
『ムヒカ-世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』-公式サイト
(コロナ過が終わり映画館が再開されたら全国で順次公開の予定)