河内国喜志村覚え書き帖

大坂の東南、南河内は富田林市喜志村の歴史と文化の紹介です。
加えて、日々の思いをブログに移入しています。

72 / 老いの小文

2023年07月31日 | よもやま話

文月の末、河内を立ち、西国街道を西へ。
昆陽(伊丹)、大蔵谷(明石)、加古川、正條(たつの)を過ぎ、片山(備前市)から道を北へとって和気の宿にたどりついた。
金剛川の堤防から正三角形の和気富士を眺める。この炎天の中、よくぞここまで来たものよと、ようやく旅人の心地がする。
 汗拭きし旅人見上ぐ 和気の富士
普段なら岡山に出て倉敷を見物し、備中高松城から津山に向かうのが常ではあるが、それでは興趣がなかろうと、岡山藩の三大河川の一つである吉井川に沿って北上。
夕景になって、招きを受けた赤磐郡周匝(すさい)村の旧友の館に着いた。

周匝は本来「しゅうそう」と読み〈まわりをとりまく〉の意である。
村の周りを山に囲まれているからか、あるいは、吉井川とその支流吉野川の合流点にあることから川に囲まれている意でついた地名であろう。
江戸時代には岡山藩家老池田氏の陣屋町として栄えた所である。
村の西方にある茶臼山の頂に山名氏、赤松氏、浦上氏、宇喜多氏と続いた茶臼山城の模擬天守が建てられているというので見に行く。
どうせコンクリートにペンキを塗りたくった城であろうと思っていたが、二層三階の見た目は木造のなかなか立派な城だった。
中の造りも古城らしく施され、天守に上ればひんやりとした風が心地よい。
 旅人の城へ上れば夏の空

尾根づたいに標高300mの位置にある山里へ行く。
その名も是里(これさと)という自然の塊のような里である。
そこに、数年前に個人が三年間の歳月をかけて建てた展望台があった。
それに上ると周匝の村が一望できる。
もう少し時間が早ければ、朝日に輝く雲海を望むことが出来るという。
雲海はまたの機会と山を降りる。
途中、山からの湧き水をひいた水源があった。
猛暑に渇いた喉を冷たい水で潤す。ふと傍らを見ると、街では珍しい金梅草(きんばいそう)の黄色の花が鮮やかに咲いていた。
 山清水 すくいて眩(まぶ)し金梅草

次の日は湯郷を過ぎて美作の国に入り、奈義という町に行った。
那岐山の中腹600mに菩提寺という古刹があった。
浄土宗の開祖法然が9歳から13歳まで修行した寺だという。
幼い法然は、麓にある阿弥陀堂のイチョウの枝を折って杖にしてこの寺にたどり着き、「学成れば根付けよ」と境内に杖を挿した。
それが根をのばして成長し、大きなイチョウの樹に成長した。
高さ45m、幹周り12m、樹齢900年を超える全国銘木百選に選ばれた大銀杏である。
 大銀杏 見上げておれば鐘の音

大銀杏の根に触れて霊気をもらい、なんともレアな旅を終えた。

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71 / 富士の山

2023年07月29日 | よもやま話

備前の国の旅の途中、和気(わけ)の宿場から富士の山が見えた。
和気富士というのだそうな。左右対称で富士山に見えなくもない。
ただし、標高が172.8mの山である。中国山地の山は概して低い。
高い山ベスト5はすべて鳥取県で、①大山=1729m ②氷ノ山=1510m ③烏ヶ山=1448m ④東山1388m ⑤三室山=1358m。
このうち①から④の山は「~やま」「~さん」とは読まずに「~せん」と読む。
山岳仏教の修行の山だったので、古代インドの世界観の中で中心にそびえる「須弥山(しゃみせん)」から名づけられた。

須弥山は円盤が3枚重なった上にそびえる山である。
円盤の広さは太陽系の広さぐらい、したがって、須弥山の高さは約132万Km。
これが一つの世界で小世界という。
小世界が1,000個集まったものを小千世界。小千世界が1,000個で中千世界。中千世界が1,000個で大三千世界という。
 ♪三千世界の鴉(カラス)を殺し 主(ヌシ)と添い寝がしてみたい♪
長州藩の幕末の志士、高杉晋作が詠んだとされる都々逸(どどいつ)である。

この三千世界のの中心に存在する仏さまが毘廬舍那如来(びるしゃなにょらい)、つまり、大仏さま。
お釈迦さまは、この中の一つの小世界の人々を導くために現れた仏さまである。
円盤のまん中にある山が須弥山
頂上には神様の住む世界があり、その上に悟りの世界がある。
その一歩手前を「有頂天」という。
頂上を守るのが「四天王」。
山の下にある一番上の円盤を金輪といい、その遠いはてを「金輪際」という。

人間の世界は須弥山の裾に広がる海の中にある一つの島でしかない。
その島の中で煩悩にとりつかれた凡夫が自分である。
そう考えると、目の前の和気富士が偉大な山に見えた。

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70 / 青色

2023年07月28日 | よもやま話

四月以来、久々に備前の国にやって来た。
美作(みまさか)に近い山あいの村ゆえに、夏は涼しいであろうと思っていたら、なんのなんの。
中国山地というだけあって山ばかりなのだが、中国山脈の南、瀬戸内側のほとんどの山は標高100~200m程度。
その山あいの平地となれば富田林とたいして変わらない。
それどころか、空気が澄んでいるぶん日差しは半端ではない!
日差しの裏の自分の真っ黒な影を久しぶりに見た。

夜、酒を酌み交わしていて、ふと思い出した。
そうだ、これを見に来たのだ!
水割りのコップを片手に、カランコロンと澄んだ氷の音をさせながら外に出る。
あった!
ウルトラマリンブルー!

ヨーロッパの有力な王族、貴族が莫大な金をはたいて買い求めた石、ラピスラズリ。
その石から作られた顔料は深い夜空の色をしていてウルトラマリンブルーとよばれた。
その色をふんだんに使った絵を画かせることが権威の象徴だった。
昔はどこの夜空もウルトラマリンブルーだったが、今はあまり見ることができなくなった。
しかし、「晴れの国」とよばれる備前にはウルトラマリンブルーがあった。
ごくりと酒を飲みながら、吸い込まれそうな空を見る。
この青の向こうにはどんな世界が広がっているのだろうか。

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69 / いろ色

2023年07月26日 | よもやま話

最初に質問。
Q:赤・緑・青」の三つの色を混ぜると何色になる?

昔、理科の先生から「リンゴは赤色ではない」と習って不思議に感じた。
リンゴに色が付いているのではなく、リンゴの表面に当たった光のうち、吸収されずに反射した光を人間が赤色に認識しているに過ぎない。
つまり、光の反射と人間の色覚が色をつくっているのであって、物には色が無いのだと言う。

考えてみれば、光のない闇夜には色がわからない。
暗い深海にすむ魚は色を認識する色覚がない。
もともと夜行性だった犬は青と黄色しか認識できない。
その動物の目から捉えた色がこの世界の本当の色ということになる。

人間は人間が認識できる色を、植物や鉱物を混ぜ合わせて人工的につくりだした。
その基本が「色材の三原色」といわれるもので、黄色(yellow))・赤紫(magenta)・青緑(cyan)を指す。
プリンターのインクがそうである。
三つの色をすべて混ぜ合わせると、光を反射する力がなくなり黒に近づく。しかし、純粋な黒色でなく濃い茶色になる。
そこで、プリンターは黒(biack)を加えて四色で色を表現している。

したがって、最初の質問の答えは「黒」ではない。
」である。
「赤・緑・青」は「光の三原色」で、色を混ぜ合わせるにつれて光が強くなり白になる。
カラーテレビやパソコンのディスプレーは「光の三原色」ですべての色をつくっている。

ものが燃える時に出る炎も光を放つ。
特に金属の炎は様々な光を放つ。
リチウム(Li)赤 ・ナトリウム(Na)黄 ・カリウム(K)紫 ・カルシウム(Ca)橙・ストロンチウム(Sr)紅 ・銅(Cu)緑青 ・バリウム(Ba)黄緑・ルビジウム(Rb)薄赤 ・セシウム(Cs)青紫
夏の夜空に輝く花火は、様々な金属を燃焼させた光で表現されている。

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68 / 群青色

2023年07月25日 | よもやま話

空は青い。
しかし、地上に目を移すと青色はいたって少ない。
「自然界にある空・海・花以外で、青色のものを答えなさい」とたずねられても、なかなか思いつかない。
孫にたずねたら、即座に「どらエモン」と答えた。

「好きな色はなんですか?」という質問の第一位は青色。
青色は空や海をイメージさせるからだという。
その心理をたくみに利用したのが葛飾北斎。
青色をふんだんに使用している。

日本の絵画で古くから使用されてきた青い顔料は、アズライト(藍銅鉱)という鉱物から作った色で、群青色(ぐんじょういろ)である。
夕闇がせまり、物が色を失う頃になると、空気の青色だけが際立ちすべてが群青に染まる。
海のコバルトブルーや青空の空色は爽やかさが感じられる。
群青色は人を安らかな気持ちにしてくれる。


※葛飾北斎『冨嶽三十六景 相州梅沢左』
※川瀬巴水『馬込の月(「東京二十景」より)』

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