最近説得力を増しつつある見解がトランプは様々な悪材料を市場に投げつけ続けることによって人工的に市場をリセッションに持ち込もうとしているというものである。トランプの政策は全てと言ってよいほどインフレ志向なので通常のやり方ではトランプが希望するドル安、金利安には持ち込めない。なら乱暴でも一旦景気後退させてしまおうというのだ。失業、消費の減退で物価は下がるという目論見である。
この見解にはそれなりに根拠がある。第一次トランプ政権でもそのような手法を取っているからだ。就任したらいきなり関税や規制を言い出して株価と金利は大きく下がった。前回はトランプ就任から株価は20%下げている。それからトランプは関税についてうるさく言うのを止めた。トランプの目論見通りの水準まで株価と金利が下がったからだろう。
米国の富裕層やバフェットがトランプ当選確定後に株を売りまくったのはこれを警戒してのことだったようだ。今のところ彼らの予測通りに事は進んでいる。
確かに物価が下がらない状態で金利を下げることは困難だ。FRBは物価が今のままなら逆に利上げしかねない。トランプはパウエル議長にもはや自発的な利下げを期待することなくリセッションさせることで金利を引き下げる状態を生み出そうというのだ。しかし、前回と全く異なることがある。米国は既に高インフレ状態だということだ。仮に目論見通り景気後退が発生したとしてもインフレが沈静化するとは限らないのだ。今のインフレはデマンド・プル・インフレと呼んでいいかどうか微妙な状態だ。むしろコスト・プッシュ・インフレの類ではないか?米国景気にトドメを刺すのは関税(輸入インフレ)なのだから。コスト・プッシュ・インフレはリセッションしたからと言って解決するとは限らない。ウォルマートは仕入先の中国企業に関税相当分の仕入れ値の割引を申し込むという厚かましい態度に出たようだが、当然のように拒否された。日本の下請けのように甘くないのだ。
これは非常に危険な遊戯で断崖絶壁スレスレで踊るようなものである。政治に口を出さないバフェットが珍しく遠回しにトランプを批判したのはこの政策が危険過ぎると感じているからだろう。
ただしトランプも無策ではない。当選前からネタニヤフ、プーチンと示し合わせていたのだろう。ガザとウクライナは何とか停戦に持ち込めそうだし、自国の石油開発、増産にまだ時間がかかるのでOPECを脅して石油を増産させた。これで将来的に物価を引き下げられる見込みが立つ。それから株価を横目に見ながら関税政策を細かく調整している*のも急激なリセッションを避けて緩やかなリセッションに誘導したいからだろう。急激にリセッションさせたいならもっと素早く高い関税を掛けていたはずだ。
*投資家にとってはこんな朝令暮改は迷惑千万なのだが・・・まあ、株価と金利とドルを一旦下落させたいトランプに言っても仕方のないことだが。
トランプがこんな危険な政策に前のめりになるのは中間選挙で敗北し任期後半がレームダック状態になるのを恐れているからだろう。偉大な大統領として栄光に包まれたまま退任するために中間選挙までに結果を出すつもりだからではないか。1年以内にリセッションに持ち込み、その後金利が下がったら一気に大相場、巨大な好景気に持ち込むつもりなのだ。イーロン・マスクが国家支出に大鉈を振るった結果可能になるであろう企業、富裕層への減税、国内への投資は切り札として未だ温存されている。今やっても待望のリセッションが遠ざかるだけだからだ。リセッション後に発表して回復にブーストを掛けるつもりなのであろう。
バフェットや米国富裕層の推測が当たっているかどうかわからないし、仮に当たっていたとしてトランプの思惑に反して長期のスタグフレーションに突入する可能性もあるわけである。ただしトランプの思惑通りになれば今現金や換金できる資産を持っている人は大きく儲けるチャンスということになる。日本は利上げを強要されるであろうから円高、米国株安という日本人米国株投資家にとって最高の展開になるはずだ。本当にトランプの思惑通りになったらではあるのだが。