・エルガー 交響曲集 A. デイヴィス / フィルハーモニア管
エルガーの交響曲はバルビローリの録音が今ひとつなせいもあってか苦手中の苦手でまともに聴けたことがなかった。それは演奏が悪かったのではないかと目から鱗が落ちた一枚。なんとも軽やか、かつノーブル。ノビルメンテってこういうのを言うんだろうか。大抵の作曲家が嫌いではないイギリス作曲家陣で唯一嫌いだったエルガーが少し好きになった。他の指揮者は重すぎるのだ。ただし、この軽さが仇となってイギリス音楽以外を演奏してる時のデイヴィスは酷評されることが多いようだ。まあ、そうかも(笑)。エルガーは弦楽セレナードとゲロンティアスの夢、チェロ協奏曲(ただし、デュ・プレの演奏のみ)を聴いていたが、今後はもう少し聴いてみよう。ただし、演奏はA. デイヴィスかハンドリーでないとダメっぽい。
・ニールセン 交響曲全集 C. デイヴィス / ロンドン響
全集で一枚の価格と演奏が良ければ超お買い得盤なのだが・・・。演奏があかん。これ、ブラームスでっしゃろ?透明度皆無の分厚いオーケストラが陰々滅々と鳴らされるのには参った。ブロムシュテット盤は結構いい演奏だったんやねぇ。デイヴィスはシベリウスではブラームスしなくなったのになんでニールセンはブラームス化してしまうんやろ。暗くて開放感が全くと言っていいほどない。テンポも遅すぎる。広がりの交響曲なんてまるで大地の歌。ブロムシュテット盤はとても綺麗なんだけどなぁ。なお、透明度皆無なのはデイヴィスのせいだけでなく常にこもり気味のLSOの録音のせいもあると思われる。こういう曲こそいつもは嫌いなサロネンやベルグルンドの出番なんでしょうね。ヤルヴィ父子の録音もありそうだな。
・ショスタコーヴィチ 交響曲第7番 V. ペトレンコ / ロイヤル・リヴァプールPo
例によって2xHDの録音は極上(SS)。しかし、これ、テンポ遅すぎやろ。ショスタコーヴィチでも5番、7番はそんなに難解な曲じゃないのだから丁寧にやるより勢いのある演奏のほうが私には心地よい。細部はよく分かるが爽快感皆無で楽しい演奏ではなかった。
・ブリテン ピーター・グライムズ ベットフォード / ブリテン=ピアーズ管
悪くない、悪くないのだ。ブリテンの名を冠したオケを助手でヴェニスに死すの初演者が振るという記念碑的な録音なのだが、C. デイヴィスも、ハイティンクも、このベットフォードも作曲者自演でさえもグッドオールの抜粋版を聴いた後では脳天気な腑抜け演奏に聴こえてしまう。どれも決して悪い演奏ではないと思うのだが。グッドオールは録音の悪さ(モノラル)がくらーい海辺の漁村という雰囲気作りに一役買っているようで今後超えるのは難しそうだ。
・ブリテン 無伴奏チェロ組曲 ジェイミー・ウォルトン
ウォルトンは若手の中ではお気に入りのチェリストなのだが、この曲はダメだ。全然メランコリーがない。すっぱり削除されてしまって他の何かに置き換えられてしまっている。エネスコでもいい演奏を聴かせたモルク盤と比較すると一目瞭然だ。こうしてみると現代にチェロは人材がいないみたいなことを書いてしまったが、モルクやペレーニがいるんだった。どっちかというとソリストというより首席奏者としてのイメージが強くて忘れがちだが。二人共結構年食ってるし(笑)。この曲は献呈されたロストロポーヴィチの演奏もあるんだろうけど、あの人は感情過多ではあってもメランコリーとかないからなぁ(笑)。
・ドホナーニの一連の録音
うん、やっぱり本人の言葉通りベームとセルの中間ですね。私の好みとは完全に無縁ですね。テンポ、リズムが正確でオーケストラの人は弾きやすいんじゃないですかね。この人が今でも重鎮なのはプロコフィエフやリストのソナタのように奏者側からの人気じゃないですかね。メジャーレーベルで廃盤、企画頓挫が多いのを見ると聴衆には私のような見方の人は少なくないんじゃないですかね。演奏がF. ライナーに寄ってくると興味が湧いてくるのですが。オケものが良くないSignumにしては良好な録音だけに残念。同じ録音スタッフで別の指揮者で録音を・・・。
・シューベルティアーデ インマゼール他
シューベルトの私的な集まりで演奏されたと思われる曲を集めて古楽演奏家が演奏したもの。演奏は超・超・超(さらに幾つか超を付けたいぐらいw)クール。録音も超優秀で余計にクール。しかし、シューベルティアーデってモダンのあまり上手くない演奏家の古い録音(できればLPで)の方が温かみがあってそれらしくなりませんかね?実際の友人たちはあまり上手くなかっただろうし。録音の良し悪しよりライヴ感重視のルガノ音楽祭あたりでやったほうがそれっぽくなるような。これがまとまりのある~集だったら最高の演奏なんでしょうけどね。ただし、何故かクールなのにヴァイオリンのテツラフのように緊張感で息は詰まらない。どこが違うんでしょうね。
・C. テツラフ
バルトーク協奏曲と無伴奏、バッハ無伴奏、ブラームスの室内楽と聴いてきたが、バッハを聴いていてもバルトークを聴いてるような緊張感で息が詰まる。ブラームスのソナタでも音はとても美しいくせにサッサと次に移って絶対に歌わせようとしない。クレーメルは敢えてメタリックな人工美を見せつけるようなところがありますが、テツラフにはそれもなし。それなりに人気があるわけですから需要があるんでしょうね。まあ、私も結構好きなんですが。わかりやすいカプソンや指揮のヤンソンスが人気があるのはわかるけど、テツラフ聴く人は眉間に皺を寄せて聴くんでしょうかね。得意な曲からしてもシゲティの後継者のよう。技術はとても高そうですが、曲想を曲げてまで客を喜ばせる気はサラサラないタイプ(ギトリスあたりの対極)。自分もベームやセルは断固NGなのにテツラフやギーレンに甘いのはよくわからない(笑)。
・スラットキンとリヨン国立管、デトロイト響
スラットキンはセント・ルイス響をメジャーに押し上げてオーケストラ・ビルダーの才能があると見做されたのか、いろいろなオケから声がかかって多忙な指揮者になった。しかし、当初からセント・ルイス響の実力を押し上げたのは実は前任者のワルター・ジュスキントではないか、という疑問が呈せられていた。サイモン・ラトルについても実はバーミンガム市立をメジャーで通用するオケにしたのは前任者のフレモーではないかという疑問が投げかけられている。オケを鍛えるのといい演奏をするというのは別の才能なのだろう。スラットキンは結局ワシントン・ナショナルやBBC響で鳴かず飛ばずでメジャー落ち。Naxosに拾われて看板指揮者になったわけだが・・・。クリュヴィヌが鍛えたはずのリヨン国立との演奏は多くがつまらない演奏である。メリハリがなくノペーっとしていてかといって構成力みたいなものもまるで感じない。実に面白くないラヴェルだ。幻想交響曲のコルネットをやたらと目立たせて派手な演奏に仕上げた辺りにスラットキンのセンスを感じるのみ。彼が振る時のリヨンは不感症の女性だ。もうスラットキンを買うのはよそうかと思っていたが、デトロイト響でのラフマニノフは何故か打って変わった躍動感あふれる好演。コープランドも良さそうである。彼の才能はいろいろな意味でアメリカ限定なのか。