モスクワから東へ1200km、北緯58度の都市ペルミで開催されたロシアジュニア選手権は、いつもハラハラドキドキさせてくれるサーシャ・トゥルソワ先輩が劇的な逆転優勝を飾った。
(Thanks! Mihail Sharov!)
左から、男子優勝のダニイル・サムソノフ(A2)、コストルナヤ、トゥルソワ、シェルバコワ(全てエテリ組)
トゥルソワの愛犬チワワのティナも試合会場ですっかりおなじみの存在になっている。
大会結果
順位 | 名前 | 区分 | 所属 | 得点 | SP | FS | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | アレクサンドラ・トゥルソワ | J2 | エテリ | 233.99 | 7 | 69.55 36.55+34.00 |
1 | 164.44 92.68+71.76 |
2 | アリョーナ・コストルナヤ | J2 | エテリ | 230.79 | 1 | 79.97 43.80+36.17 |
2 | 150.82 75.85+74.97 |
3 | アンナ・シェルバコワ | J2 | エテリ | 223.97 | 2 | 77.17 42.52+34.65 |
3 | 146.80 78.16+69.64 |
4 | クセニア・シニツィナ | J1 | パノワ | 212.78 | 4 | 73.31 40.91+32.40 |
4 | 139.47 74.92+64.55 |
5 | アンナ・タルシナ | J3 | ダビドフ | 206.13 | 5 | 71.51 | 5 | 134.62 67.50+67.12 |
6 | ビクトリア・ワシリエワ | J2 | ダビドフ | 203.58 | 6 | 70.41 | 6 | 133.17 68.72+64.45 |
7 | アナスタシア・タラカノワ | J2 | プルシェンコ | 201.79 | 3 | 73.53 | 7 | 128.26 62.94+66.32 |
8 | ビクトリア・サフォノワ | J3 | マトベエワ | 191.45 | 8 | 69.25 40.04+29.21 |
9 | 122.20 |
9 | アンナ・フロロワ | A2 | パノワ | 186.13 | 10 | 65.66 | 10 | 120.47 |
10 | ダリア・ウサチョワ | A2 | エテリ | 181.89 | 16 | 65.66 | 8 | 125.87 |
11 | アリョーナ・カニシェワ | J1 | パノワ | 180.38 | 9 | 67.66 | 13 | 112.72 49.62+63.10 |
12 | アナスタシア・コスチュク | J2 | パノワ | 179.92 | 12 | 60.30 | 11 | 119.62 |
13 | マリア・スミルノワ | J1 | ダビドフ | 179.18 | 11 | 63.92 | 12 | 115.26 |
14 | アナスタシア・シャボトワ | A2 | パノワ | 168.45 | 15 | 57.13 | 14 | 111.32 |
15 | エバ・コブザリ | A2 | ガチンスキー | 168.22 | 13 | 60.29 | 16 | 107.93 |
16 | ニコル・ワイトクス | A2 | ピサレンコ | 156.49 | 14 | 58.76 | 18 | 97.73 |
17 | マリア・パブロワ | J1 | ウルマノフ | 156.35 | 17 | 53.90 | 17 | 102.45 |
18 | マリア・ドミトリエワ | B2 | ピサレンコ | 155.50 | 18 | 45.47 | 15 | 110.03 |
大会結果サイト
トゥルソワ
ショートは3Lz+3Loで転倒して7位(69.55点)となり、首位コストルナヤ(79.97点)と10.42点差と出遅れたサーシャ。それだけでなく最終グループ6人にも残れなかった。
「調子が悪いのか?」「表彰台に乗れないのか?」と、かなり不安な気持ちを抱きつつライブで見たフリー。
しかし・・・
フリーでは、4T×2本や3Lz+3Loを含むすべての要素をしっかりと実行し、(シニアでは必須のコレオシーケンス要素なしで)164.44点というISU非公認ながら世界最高点を出し、総合得点でも逆転し優勝するという離れ技をやってのけた。
トゥルソワ・フリー
4T+3T 4T 2A 2A FCCoSp4 / 3Lz(r)+3Lo 3Lz(r)+1Eu+3S CCoSp4 3F(r) FCSp4 StSq3
今回は難易度の高い4Lzをはずし、4Tを2本の構成にした。体が大きくなり恐らく体重も増え、高難度ジャンプを跳べるのかと、ハラハラしながら見たが、杞憂に終わったようだ。
ふたを開ければ、過去最高レベルに美しい4回転ジャンプを2本披露した。軸も綺麗で高さもあり、着氷も美しい。
前日は失敗した3Lz+3Loも綺麗に決まった。前日のSPの状況をコーチと分析し、翌日に影響を引きずらないところが凄い。
筋力と体力がさらに増強されたのか、エッジワークの力強さも増している。活きの良い魚がぴちぴちと跳ねるようなサーシャの滑りがとても好きだ。
ブリキのおもちゃのような動きではなく、しなやかさが出ていることをジャッジは見逃さずPCSが高い得点になったのだろう。PCSはコストルナヤとSPで2.17点差、FSで3.21点差の合計5.38点差なので思ったほど離されていない。スピンの加点の差も以前ほどではない。
高難度ジャンプという博打によって順位が変動するだろうが、世界ジュニア選手権での活躍を期待している。
トゥルソワ・フリー
(別アングルのカメラで撮影した動画、キスアンドクライも含む)
コストルナヤSP
2A高!美! 3F FCSp4 / 3Lz+3T(r) CCoSp4 StSq3 LSp4
SPは79.97点で、おそらくトゥルソワは3Aを跳ばないと追い付けない次元に達したコストルナヤ。1年半前のジュニア1年目のデビュー時に比べると身体は大きくなったが、さらに安定感が増し、ジャンプやスピンと滑りの継ぎ目のないなめらかな動作が際立ってきた。リッポンジャンプを連続ジャンプの2つ目で効果的に使っている。フリーも150.82点と高い得点。シニアと遜色のないPCS、TESの出来映え加点に並ぶ「5」の数が凄まじい。最近はルッツやフリップでエッジエラーとなることもない。
高難度ジャンプを跳ぶことなしに230点を出すコストルナヤこそが実は「怪物」なのだが、美人でもあるにもかかわらず、日本のマスコミの扱いはまだ少し小さい。
今季は世界ジュニア選手権に向けて、ケガの予防とプログラムの完成度を上げることを優先したようだが、来季に3Aを実装したらトゥルソワ、シェルバコワ、ザギトワ、紀平、坂本を上回る異次元の世界に到達する可能性がある。
シェルバコワSP
2A 3F(r) FCSp4 / 3Lz(r)+3T LSp4 StSq3 CCoSp4美
SPの儚げな音楽がよく似合う選手で、音に合わせた滑りが良い。フリーレッグの動作も見ていて飽きない。JGPFの状況からケガからの復調やメンタルを心配したが、ロシア選手権(シニア)に優勝。さらに世界初の4Lzジャンパーでもあり、すでにロシアの歴史に名を残す選手になっていた。
しかし今回のフリーを見ると、仮に4Lzに成功し加点がついてもトゥルソワを超えなかった可能性があり、PCSの5項目すべてでトゥルソワのほうが高いことに驚いている。
クセニア・シニツィナのフリー
3S 3F(r) 2A StSq4 2A / 3Lz+3Lo 3Lz(r)+3T(r)+2T(r) FCCoSp4 3F(r)+2T(r) CCoSp4 LSp4美
体を絞ったのだろうか、きびきびとした動作が小気味よく、エッジが氷に吸いついている感じだ。曲調にあわせた手や足の表現も良い。ステップでレベル4となった数少ない選手。スピンもスノーレパードで一番うまく見ごたえがあり、ジャンプも安定感があり流れもある。
最近は「リスクが大きい高難度ジャンプ3Lz+3Loを跳ぶのではなく、3Lz+3Tを跳びGOE+5を目指すほうが良い」と思うようになってきたが、やはり、リスクのわりに得点はたいして報われないこのジャンプに挑戦する姿を見ると、心を揺さぶられる。
パーソナル・ベストスコアを更新し4位212.78点となった。
ビクトリア・ワシリエワのフリー
2A 3Lz+3T 2A(UR)+1Eu+3F FCSp4 3S / 3Lz 3F! 3Lo+2T StSq4 LSp4 CCoSp4
モスクビッチ時代のフリー「シルク・ド・ソレイユ」のイメージが強かったが、シェルバコワと同じ「ロンド・カプリチオーソ」は大人びたしっとりとした滑りになっている。こちらもステップでレベル4となった数少ない選手。ジャンプの高さ、回転不足、エッジエラーはやや気になるが、CSKAダビドフの元への移籍は成功と言えるのではないか。身体の成長で苦しい時期もあったようだが、心技体の充実が感じられる滑りをし、2回目の200点超えとなった。
この他に、タラカノワのSP、タルシナのFS、ウサチョワのFS、美少女コブザリのSPなどもよかった。直前にトンデモ発言をして日本でもニュース記事になったシャボトワは無事に大会に出場した。ノービスB2で飛び級で出場したドミトリエワはかなり緊張したのか普段通りの実力を出し切れなかったようだ。
そしてもう一人、我らがカニシェワたんも実力を出し切れなかったようだ。「谷間世代のジュニア1年目」「ちまちました滑り」と揶揄されるが、その常識を覆すため、フリーで130点を超える演技を期待したが、今回は調子が悪かったようだ。気負いすぎたのかもしれない。
(Thanks! Mihail Sharov!)
アイスダンス選手のフダイベルディエワの膝に乗るカニシェワ、笑いをこらえるエロホフ。
(フダイベルディエワはパノワコーチに教わったこともあり、JGPファイナルでカニシェワと同室かバンケットで親しくなったのかもしれない。)
今大会は18名全員の顔と名前を知っていて、SNSを通じて多少関わりのある選手もいるので、観戦するのが少し辛い大会だった。ノービスの選手は精神的に少し楽なのに対して、ジュニア2年目以上の選手は結果を出さなければという重圧があり、そのプレッシャーがひしひしと伝わってきた。
世界ジュニア選手権などの大会は、国別の出場枠の他に、シーズンベストスコアにより6名程度を出場させるようにしてほしい。今回200点越えしているシニツィナ、タルシナ、ワシリエワ、タラカノワは、世界トップレベルの選手であることは間違いない。どの選手もJGPで表彰台に乗っている。優れた選手が大量に出現した時に、他国へ移籍させることなく国際大会へ余すことなく出場させる仕組みを検討してほしい。日本に再びジュニアの黄金期がやってきた時にこの仕組みが役に立つはずだ。
シニツィナのインタビュー
英訳字幕を見ているが、ジャッジにプログラムが評価されてよかったがさらに全ての要素をベストなものにすると言っているのか。9歳の妹がいるシニツィナはかわいい声だが落ち着いている。
トゥルソワのインタビュー
英訳字幕を見ているが、ショートの後コーチと状況を確認したが、フリーではショートの失敗を忘れて演技に臨んだようだ。スマホの着信音を2回消したが、左右のポケットに1台ずつあるということか。BGMは演技中のカニシェワの「冬の日の幻想」だ。
「高難度ジャンプを跳べるのは14~16歳までだ」という経験則はあるが、トゥルソワにはこの経験則を打ち破ってほしいと思う。ボナリーは16歳を超えてから4Tや4Sに挑戦している。すでに世界で初めて4Tを跳び、「女子には4Lzは跳べない」という常識も覆しているサーシャだ。
経験則を信奉し可能性を否定する人は、100年前にライト兄弟が飛行実験をしていた時も「人間が空を飛べるわけがない」と否定したことだろう。困難ではあるが、「可能性」という扉を開ける人間はいつの世にも現れる。
サーシャがその人物になることを願っている。「意外性」に満ちたサーシャの活躍を期待する。