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Swallowtail

着物のこと。歌舞伎のこと。
私のもとにやってきた小さな命のこと。
新米ママが綴る日々の徒然☆

2011年 「平成中村座」が浅草に帰ってくる!

2010年09月30日 | 歌舞伎
来年、隅田公園に「平成中村座」が建設されて、
2011年の11月~2012年の5月の7ヵ月間にわたって
歌舞伎興行が行われることが発表されました

座頭の勘三郎さんは7ヶ月のうち、6ヶ月出演予定だそう。

関連ニュース:
北海道新聞
毎日新聞

平成中村座の初公演は隅田公園だったので、原点の場所に戻ってくるのですね。

このニュース、わくわくします

ついつい、その頃、お子も産まれてあとの歌舞伎観劇は....と考えてしまいがちなのですが

私が、いけるかどうか別として!

光景を想像して純粋に素敵だなあ~、と。


勘三郎さんのことだから、きっといろんな仕掛けで楽しませてくれるんだろうな~!
と、本当に楽しみです。


過去の平成中村座でも、

2008年の公演では、浅草寺の境内に江戸の芝居小屋を中心にしたお江戸の町並を再現したり。

今年の公演では、大阪城の西の丸庭園内に劇場が建築されてるのですが、
舞台の背面壁が開閉でき、大阪城を望むことができるのだそう。
大阪平成中村座の記事(歌舞伎美人)

現実の風景を背景にした舞台という夢の世界なんて素敵ですよね。
現実と夢の境目を乗り越えて、一瞬芝居の中の世界へ飛べそうです。


そういえば、浅草寺境内で公演があった2008年当時、
私はまだ歌舞伎にハマってなかったんだな~。
丁度、きもの学校には通い始めたころだ。

その頃には、2年後の自分がこんなに歌舞伎好きになっているとは予想してませんでした。

きものがきっかけになって、自分の興味の領域がどんどん広がって
良い出会いもいっぱい、いっぱいあったことは、
本当に大きな収穫だったな~、と改めて思います。


これからどんな自分になるんだろう。
2年後の自分、どうなってるかな?

自分の世界が予想できない方向に広がっているだろうか?
趣味・思考は?

人間的に成長できてるかな?

自分だけじゃなくて、家族がみんな健康で、
パワーアップしながら生きているような家庭を作れているかな?


それから、それから...
ああ、夢はどんどん膨らんでいく。


太郎ちゃんも歌舞伎好きになるだろうか?


いやいや、自分のことを振り返ると、そうもいかないか。
和文化ドップリで歌舞伎好きの父に育てられたけど、
子供の頃は歌舞伎になんて全く見向きもしなかったもの。
子供と自分は別人だものね。


でも、ちょっと悪あがきしてみたい気も.....

こんなのとか....

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夢見るのは自由ですから!
今夜は未来のことを夢想しながら、眠ることにします



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秀山祭九月大歌舞伎 夜の部

2010年09月28日 | 歌舞伎
9月24日、雨のそぼ降る中出かけた新橋演舞場。

昼の部、「沼津」も見てみたかったのだけど、
ただただ、吉右衛門の俊寛が見たくて、夜の部へ。


「平家女護島 俊寛」

俊寛僧都    吉右衛門
瀬尾太郎兼康  段四郎
海女千鳥    福 助
丹波少将成経  染五郎
平判官康頼   歌 昇
丹左衛門尉基康 仁左衛門


出端から悲壮感漂う俊寛でした。

飢えでおぼつかない足元...
祝言を祝う舞で足をとられたり、
恩赦の船が見えて来た時のはしゃぎよう、
自分が恩赦の対象でないことをしったときの落胆、
全ての行動が、心身の疲労度が限界ということを表現してて、哀れさMAXでした。

クライマックスで、成経、康頼、千鳥が乗った船が出船するのを見て、それを追う俊寛。
松の枝が折れて前のめりに倒れ、最後の叫び声が切れた後の表情が素晴らしかったです。

私は、絶望、とか悲哀、とかの表現ではなくて、
俊寛はその時、「無間地獄」を覚悟したのだと思いました。


流罪になってから今までの3年間は、成経、康頼と助け合いながら生きてきた。
今後は、際限のない、永遠の孤独が待っている。
その長すぎる年月を思って途方にくれ、真っ白になったのだ、と思います。


これから今までの年月よりも長く、
一人で飢えと孤独に耐え抜かなければならないことに気がついた。


ついさっき、自分の口から出た「未来で!」というコトバの本当の意味が
「今生ではない」ということを意識したときの表情。


いろんな演じ方があるのだと思いますが、今回の俊寛では、
そういうことを表現したかったのではないかな~、と思いました。



そういえば、以前CS放送で放映された松本幸四郎さんの俊寛を見たことがあるのだけど、
本当に対照的な演じ方をしているな~。


幸四郎さんは「咆哮」とも呼べるほどの叫び声の一瞬後に幕。
迫力があって、まるでミュージカルのように、感情を盛り上げていきました。

吉右衛門さんの静かな幕引きは、心理描写が巧みで私はこちらのほうが好きです。
最後の表情もオペラグラス越しで見たことも手伝ってか、
ドラマのクライマックスのような趣で、オペラグラスの下では涙・涙でした。


ところで、福助さんの千鳥...
若くておきゃんな感じをだそうとしたのか...
他の役者さんが抑えた演技だったので、なんとな~く、目だってました。
野田版「研辰の討たれ」の「アッパレじゃ!」@萩の江のテンションとかぶって、
ついつい、何度も思い出してしまう

CS放送で見た幸四郎版では芝雀さんの千鳥で、素朴で可愛らしい感じ。
今回の組み合わせにはこんな感じのほうがマッチするかな、と思ったり...



他の3演目、「猩々」「鐘ヶ岬」「浮かれ坊主」は全て舞踊。
猩々の梅玉さんの踊り、キレがあって素晴らしかった。

そうそう、鐘ヶ岬の芝翫さんに「大成駒!」という大向こうからの声がかかってました。
「大成駒」イコール五世中村歌右衛門だと思っていたので、おおっ!と反応してしまった私。
未だ掛け声のことは良くわかりません...


「引窓」は未見。見たかったな。


一演目分早く演舞場を後にすると、外は雨があがり、秋の風が吹いてました。
名残惜しくて、寂しくなりました。

観劇、今度はいついけるかな?
でも、楽しかった。夢の世界にどっぷり浸かれたから満足

といいつつも、12月の京都は豪華な顔ぶれだなあ...って未練が....(ぉい!)



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「髪結新三」

2010年09月10日 | 歌舞伎
先週末、CSでさよなら公演の「髪結新三」(2009年6月 歌舞伎座)が
放映されたのを録画して鑑賞。

2時間15分ほどのお芝居を見終わるまでになんと3日もかかりました...(汗)
芝居がどうのこうのの話ではなくて、100%私の体調のモンダイ。

人によってつわりの症状は違うといいます。
食べ物に関しては全くといっていいほど苦労しなかったのだけど、
私の場合は、目にキたと思います。
とにかく目が疲れやすくなり、同時に集中力も低下

月に15~20冊は読んでいた、読書のペースもガタ落ちしました。

聞いた話によると、子宮と目はつながっているらしく、
目を使いすぎると子宮が冷えたり硬くなったりして、良くないそうな。
妊娠後期になると、さらに気にしてあげないといけないらしい。

加えて、お腹が大きくなった最近は、めちゃトイレが近くなって(恥)

いろいろ考えると芝居見に行くのも足が遠のいてしまいます。
新橋演舞場にも幕見があれば、調子いいときにちょろっと見に行くとか、
気軽にしたいんですけどね


さてお芝居の感想(前置き長っ)

新三は幸四郎さん。
髪結新三は落語で知っていて、新三のイメージが私の中で膨らんでいたせいか、
少し違和感がありました。
苦みばしった表情に、立派な体躯、セリフ回しも凄みがありすぎて、
江戸っ子の粋な感じがあまり伝わってこなかった。
セリフ回しは、まるで時代物狂言(?)その直後に、トボけた表情になり、
そのギャップが面白くて、思わず笑ってしまうこともしばしば。
ここが幸四郎さんの新三の魅力なのでしょう。
でも、私には、弥太五郎源七のほうが、幸四郎さんに似合うように思いました。

染五郎さんの勝奴は、調子の良いズルい男、ちょっと色っぽくて、
私の持っていた新三のイメージとかぶります。
いつか、染五郎さんの新三が見たいもの。

歌六さんの弥太五郎源七は貫禄たっぷり。
家主長兵衛は彌十郎さんで、丁々発止のやりとりは盛り上がります。
その立派な親分の弥太五郎源七も、新三に言い負かされて逃げかえったり、
家主が悪党の新三を言いくるめて十五両懐に収めたり、
人物がイキイキと描かれていて、面白いお芝居です。


新三が手代忠八の髪を結う仕草、棒手振りの鰹売り、など、
江戸の風俗が巧みに織り込まれていて、
江戸の市井の人々の生活がリアルに、身近に感じられます。


私は台風の豪雨と、猛暑と秋雲が同居する空の下で鑑賞しましたが
できれば芝居の季節(初夏)に見たいお芝居です。


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『歌右衛門伝説』 & 『歌右衛門名残の花』

2010年08月07日 | 歌舞伎
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二冊合わせて読みました。
晩年の中村歌右衛門の芸が所作までこと細かく記録されています。
両書とも晩年の中村歌右衛門に関する本なので、自然、
書かれている芝居も重複しています。

私にとっては未見の芝居に関しても多く書かれていましたが、
『名残の花』の渡辺文雄氏による舞台写真が助けとなり、
合わせて読むことによって、理解が深まりました。


この本の主題は「老い」と「近代化」である、と「歌右衛門伝説」のプロローグで書かれています。

私は特に、「老い」に挑戦し続けた歌右衛門の生き様に感動しました。

以前から、歌舞伎を見ていると、不思議な感覚がありました。
よく芸術家が「(上からイメージが)降りてくる」という表現をするのと
同じことかもしれないですが、
舞台上の役者達は、巫女のように、依り代となってなにかを自らの体に
降ろしているように感じていました。

それが、江戸時代から連綿と伝承されてきた型を通して見える、
何世代もの前の役者さん達なのか、芝居のカミサマなのか、よく分かりませんが、
とにかく役者一人で演じているのではないような感覚です。

でも、ただ一人の例外もなく、人間の体はいつか滅びる。
人間の体の寿命と、依り代としての技の円熟とのせめぎあい。
六世中村歌右衛門はその限界に挑戦しようとしていた。
特に最晩年は体の自由が利かない中で、芸の高みを目指す、
壮絶な生き様だと思います。
そして自分の人生と重ね合わせて考えてしまいました。


中村歌右衛門の芝居というものを、自分の目で見て確かめたい、
と思って読み始めた本でしたが、やはり芝居は「追体験」できなかった。

劇評は、観る人の主観的なものであり、
もう観られない芝居は、この本の題名の通り、「伝説」になるのだと悟りました。

この本は、私を夢中にさせ、何度も読み返してみました。
そこにあるのは役者として、ではなく、一人の人間の生き様でした。


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『十一代目團十郎と六代目歌右衛門―悲劇の「神」と孤高の「女帝」 』

2010年07月28日 | 歌舞伎


先日読んだ、「坂東玉三郎 歌舞伎座立女形への道」の著者が、同書に先駆けて書いた本、ということで読みました。

他にも歌右衛門に関する本は多くある中、この本をまず手にとったのはあまり深い意味もなく、
流れで、としか言いようがないのだけど...読む順番間違ったかな、というのが正直なところ。


ここで言う順番は、本書と、「坂東玉三郎歌舞伎立女形への道」を、発刊された順番に読む、
ということではなく
中村歌右衛門について他の観点から書かれた本を先に読むべきだった、ということです。


-------------------

『巧みな政治的手腕で歌舞伎界の「女帝」として「君臨」する中村歌右衛門』像は、
「坂東玉三郎歌舞伎立女形への道」で十分に刷り込みがあり、認識していました。

六世歌右衛門がそのような権力闘争を繰り広げた背景として、
「五世中村歌右衛門の実子ではなかったこと、早くに後ろ立てを亡くしたこと、をあげ、
そのように生きねばならなかった、と説明しています。

同時期に生き、歌右衛門と対照的であった十一世市川團十郎との対比で
さらにそれが色濃く浮かび上がってきます。


対比される團十郎は、政治的手腕や世渡り云々、というよりも、
自分の考えを「正しく」主張できなかった、というだけのこと。
勝○和代風に言うと「アサーティブな振る舞い」ができてない、ということになりますw
(ちなみに、勝○女史のことは、私は好きじゃないですけど...
分かりやすいかも、なので引用)

特に、本書第四章の二節「團十郎の迷走」~三節「團十郎問題」で語られている諸事を読むと、
ブランドマネジメントが深く浸透している現代であればしごくまっとうなことであるのに関わらず、
当時の歌舞伎界で「横暴者」扱いをされたのは、
ただコミュニケーションスキルが高くなかったということと、
著者がいうように、團十郎は「少し早すぎた」という2つにつきると思います。


ただあとがきの「歌右衛門が團十郎を死に追い込んでいったとしか見えないのだ」というのは疑問。
続けて「舞台はもう追体験できないが、権力闘争であれば追体験できる」というのも....


そして著者は、「あんなにも歌右衛門が精力を注いだ権力闘争について、
きちんと記録してあげないのは気の毒なようにも思う」と続けます。
著者がそのような思いで書いたのであれば尊重しますし、斬新な切り口だと思いますが、
そこが私のような役者を知らない若輩者には、物足りなく感じるところ。


ひとりの役者を語る際に、芸の部分について触れぬのでは、片手落ち。
主役となっている役者を知らない私には、政治的活動に関することだけに終始した本書は
やっぱり食い足りないような気が、どうしてもしてしまう。

もっといえば、この本を読んでも、読んでも、
まったく「歌右衛門という人」(役者としても人間としても)が
見えてこないような気がするのです。


その欠落した部分を埋めてくれるような気がして、今は、渡辺保さんの書いた
歌右衛門伝説

歌右衛門 名残りの花
を読んでいます。

特に、『歌右衛門伝説』のほうは、書かれている内容が時期的に本書とかぶるので、
同じ事象が書かれていたり、引用されている記事も同じですが、
「歌右衛門の芸」についても述懐されているので、
ちょうど求めていたもの。
読み終わる頃には、少し「顔」が見えてくるといい、と思います。

本を何冊か読んだだけで、理解できるようなものではないとは分かっていますが、
夏休みの自由研究のつもりで、少し長いスパンでいろいろ読んでみたいと思っています。


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