コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~

制圧者とインカの末裔たちとの戦いの物語

コンドルの系譜 第七話(41) 黄金の雷

2007-02-06 20:08:40 | 黄金の雷
他の側近たちが各々の寝所に戻っても、常にトゥパク・アマルを影のごとくに護衛するビルカパサは、この夜も自分の天幕に戻ることなく、本部の入り口近くの椅子に腰掛け、主(あるじ)の方に、じっと視線を注ぐ。
そんな二人に、本部で働くインカ兵たちが、恭しく礼を払いながら通り過ぎ、それぞれの任務を交替で続けている。

夜明けと共に再開される次なる戦闘こそが、いよいよ此度の反乱の最終決戦となるやもしれぬ…――!!
兵たちの間に緊張と気迫が漲る。
今度こそ、必ず決着を着けてやる!!
スペイン討伐軍を蹴散らし、ついに植民地支配を瓦解させ、真の自由を手にするのだ!!
彼らにとってはインカ皇帝そのものであるトゥパク・アマルの存在を、こうして、今、とても身近に体感し、インカ兵たちの意気は、むしろ盛んであった。

敵の火器の威力の程度は既に知るところとなり、己たちもそれに見合う火器での応酬を為し得ている、と、昼間の合戦で既に手応えも得ていた。
かのフィゲロアの死は痛ましい出来事ではあったが、彼の率いていた「リマの褐色兵」の大軍勢は、今やインカ軍の陣営内で、同志として、共に夜明けを待っている。
さらに、各地でスペイン側の支配を押さえ込み、インカ側の統治下に入った地域の義勇兵たちが、援軍として続々と当地に到着してきてもいた。
インカ軍本部の兵たちも、野営場のインカ兵たちも、その心に希望を宿しながら日の出の時を待ち侘びる。

しかしながら、相変わらず表面上は全く平素と変わらぬ沈着な表情をしたトゥパク・アマルの、その心の中心には、今は、深い影が射し、激しい心痛が渦巻き続ける。
(フランシスコ殿…――!!)
万一にもフランシスコが負傷にて倒れてはいまいかと、ディエゴの指令のもと、戦場周辺一帯をつぶさに捜索したものの、結局、フランシスコの痕跡は全く掴むことができなかった。
戦場に累々と横たわる死体は、砲弾や銃、刃物などによって、よもや見る影も無く、人と判別することさえ難儀の惨状。
しかも、夜間ともなれば、その死体の個人を特定することなど至難極まりないことである。

トゥパク・アマルは、司令本部の一隅で、椅子に座ったまま、瞼を閉じた。
夜明けの決戦に備え、仮眠をとっておかねばならない。
その閉じた瞼が、小刻みに震える。
そんなトゥパク・アマルの姿を、遠目から、じっとビルカパサが見守った。

月はさらに下に傾き、夜闇の空間を支配していた秋の虫たちの声を打ち破るようにして、明け方の鳥たちの甲高い声が遠く響きはじめた。
トゥパク・アマルの微かに宙に放たれかけた意識は、フランシスコへの強度の心配の情に繋がれたまま、すぐに己の体の中に引き戻される。
彼は、ゆっくり目を開けた。
そして、やや身を屈(かが)め、額に褐色の指を添えたまま、苦しげな眼差しで床に目を落とした。

(フランシスコ殿…本当に、一体、どこにおられるのか…。
もしも、敵に囚われているとしたら、今頃、いかなる目に合わされていることか…!
これまでも、スペイン側に囚われたインカ兵たちは、皆、過酷な拷問を受けて惨殺されている。
ましてや、わたしの重側近であるとなれば、課せられる仕打ちは、いかほどに激しいものであろうか…――!!)
床に向けられたトゥパク・アマルの漆黒の瞳が、苦渋に揺れる。
他者が激しい苦痛を蒙(こうむ)っていると想像することは、彼にとっては、己がそれを蒙るよりも、よほど辛いことであった。

(その上、今のフランシスコ殿は、過去の戦闘による癒えぬ心的外傷を抱えたままであり、まだ正常な心理状態ではない。
そのような状態で、過重な訊問や拷問が加えられれば、人格崩壊か、果ては、狂死か…――!!)
トゥパク・アマルの全身を、電撃のように震撼が走り抜けた。


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