柳生橋駅近く三沢医院の、建て替え工事が始まりました。現在の建物はかなり古かったです。始めた頃は大変混雑していました。病棟もあり入院患者にも対応していました。私も若い頃痔で入院したことがありました。その頃はまだエアコンがなく、夏に入院したのでとにかく暑かったことを覚えています。代が変わり夫婦で診療していましたが、やはりお祖父さんの頃より患者は減ったと思います。さらに年月が経つと体調や年齢の関係か診察日や時間が減り、患者もぐっと少なくなっていました。お孫さんが3人いて3人とも医師になったのですが。男のお孫さんは成田病院に勤めていましたが止め、在宅医療を行っていたと思います。病院はどうなるのか、と思っていたら建て替え工事です。う~ん、お孫さんがやる気になったのか。病院も商売も続けていくのは大変です。上手く引き継がれればよいですが、そうはいかない例も多く見ています。
最新の画像[もっと見る]
子供、孫が古くさい病院を押し付けられても、そりゃいやがるでしょ。建て直すかリニューアルはしないとね。
患者は、人につく、ので代が変わると、会話術、性格、滲み出る優しさも違うのでなかなか難しい反面もある。これは税理士とか歯科医でも同じことですが。
親が勤務医で、息子が開業医って向山のわたなべ皮膚科くらいかな?瀧本小児科(岡崎市)もそうだ。光生会の牧野先生は二代とも勤務医。
私の高校の先輩の、佐竹先生も親とは別にクリニックを開設しましたが、今は闘病中でクリニックを売ってしまったとか?
東小鷹野の白井医院も10年近く前に建て直し。
つつじヶ丘の柿原クリニックは、隣に娘が眼科を開設。
我が実家の裏の東田の権田医院(既に閉院)は、息子は医者になったが、勤務医。上地のキンパラ小児科も娘が小児科医で市民病院にいたけど、イマドコだろう、手伝ってるのかも。
鎌田医院は二代目と一緒に診察。井原クリニック(閉院)、窪田眼科(東田坂上、閉院)、鈴木整形(赤岩口、閉院)も息子は整形外科医で勤務医。向山の商業高校前の池田医院も閉院。武田クリニック(閉院)、瓦町の長谷川内科閉院、上條医院閉院(娘婿は千木良先生)、前田町眼科閉院、向山の斎藤医院閉院、秋本内科は継承、東高校前の柴田医院(閉院)、三ノ輪の三ノ輪谷野クリニック閉院、酒井外科(息子が跡地で歯科医)、栗田外科(閉院)多米の豊生病院も色々有って、浜野医院(閉院)、岩田の小野田内科は跡継ぎ有り、下平医院も跡継ぎしたが、、、仁連木白井医院(閉院)小鷹野宮崎耳鼻科(閉院)、牛川今村医院(閉院)、、枚挙に暇がないけども、跡継ぎが継いでるのは、半分以下、1人でも医者になってるのは、半々くらいか?いや半分いないかな。
継ぐか継がないかは、子供たちの自由だけど、医者になれないと可哀想だよねぇ。もしくは同程度の大学に行けないと。
それも子供の自由だけど、上手に線路を引いて育てないといかんですね。